4-9 幼女
アレクシアたちをに待機してもらっていた『角持つ黒馬亭』に戻ると、彼女たちはまだ睡眠中のようだった。
夜明け前の捕り物から六時間あまり、そろそろ起こしてもいい頃合いかな。
大部屋の施錠魔術を合い言葉で解除し入ると、天蓋つきベッドで三人仲良く眠っている。
普段なら俺の気配に気づいて勇者は目を覚ますんだが、徹夜の上に騒ぎもあったからな、疲れているんだろう。
ただ、寝相の悪いアレクシアに足を乗せられて、マルグリットがちょっと苦しそうだ。一方キャロラインはそんな勇者に抱きついて、彼女の眉をひそめさせている。
普段は蓑虫の姉妹みたいに仲良く横並びしているのに、やはり寝つきが悪かったのかね。
三者三様の寝姿を見ていると、不意に愛おしさが湧いてくる。
ああ、俺はこいつらが大切なんだなあ。素直にそう思ったが、残念ながらいつまでもこうしてはいられない。
「悪いな、みんな。起きてくれ」
「んん……あと五時間……」
「日が暮れちまうわ」
反覚醒状態でしょうもない冗談を言うアレクシアの額を、ぺしっと叩く。目を数回しばたたかせた後、彼女はぼんやりした笑みを浮かべた。
「悪いわね……あんたも、疲れてるのに……」
「それが役目だからな。リットも起きろ、緊急事態だ」
「ふぁい……ひと高き
なんとも冒涜的な祈りの後に、柔らかな光が発される。すげえ、あんな雑な詠唱でも呪文が発動するのか、やっぱり聖女ってとんでもないな。
「おはようございます、イアン」
むにゃむにゃ言っていたのが嘘のようにぱっちり目を開いて、マルグリットが速やかに身を起こす。ちょっと怖いぞ。
「……リットぉ。呪文を使って起こすのはやめてくれって、何度も言ってるじゃないか」
こちらは不機嫌そうに目をこすりながら、キャロラインがぼやいた。
本来は眠らされたり気絶した者を覚醒させる呪文なので、夢うつつだった意識が急にクリアになって違和感がすごいから、彼女の言わんとすることはわかる。
少女たちには穏やかな寝起きを楽しんでもらいたいが、余裕がないのもたしかだ。マルグリットもそれを感じ取ったから、魔術を使ったんだろう。
とりあえず宿の亭主に用意させた冷たい水で顔を洗わせて、そろいのネグリジェ姿のままで話を聞いてもらう。
最初は気だるげだった彼女らも、フィリベルトたちの証言や俺の推測を聞くにつれ、顔つきが真剣味を帯びていった。
「……となるとまず、捕まえた連中が本当に操られてたか、たしかめなきゃね」
ベッドの上で親指を唇に添えてうつむく勇者、そんな彼女の膝に頭を乗せて目の前で揺れる黒髪をもてあそびながら、魔女もまた考え込む風であった。
「魔術によるものなら、リットの〈
「そうですね、彼らの罪も減刑できると思いますし……」
勇者と腕を組んで身を寄せる聖女は、なにやら気まずげに視線をさまよわせている。
「どうしたお前ら。なんか態度がおかしくないか?」
「いや、その……」
「えっと……」
歯切れの悪い二人を後目に、アレクシアが意を決したように顔を上げた。
「ずいぶん、メリッサと仲よさげじゃない。あたしたちが寝てる間に、さ」
「ん? メリッサって誰だ」
「え? 本気で言ってる?」
唐突に出てきた聞き覚えのない名前に戸惑っていると、アレクシアたちも不思議そうな顔をした。いや、君らが聞いてきたんだろうが。
「……ギルマスの秘書の女性だよ」
「おお!」
あの眼鏡美女、メリッサさんというのか。初めて知った。
「まあいいや。それよりも着替えて衛兵の詰め所に……どうした、お前ら」
なんか脱力して、三人でくっつき合っている。可愛い。
よくわからんがぶつぶつ言いながら三人は着替え始めたので、俺は大部屋を退出して扉の前で待つことにした。まあ恋人といっても相手の考えることが全て理解できるはずもなし、わかろうとする努力を続けることにしよう。
それにしても名前ね、秘書さんもそうだが冒険者ギルドの職員たちについては、ほとんど把握していなかった。
冒険者であれば他のパーティと協力することもあるし、貴族や他国の人間に雇われる場合もあるから、さすがに情報収集を怠ったりはしないのだが。
たとえばキールストラの『
といってもあそこは入れ替わりが激しく、固定された構成員はフィリベルトたち四人くらいで……
「キャロ、ちょっといいか? 襲われたとき、呪文攻撃してきた女がいたよな」
魔女の〈
「いたねえ、リニだろう? ボクと同じ五ツ星、有名人じゃないか」
「もう、キャロ。あんたは六ツ星になったんだってば」
扉越しに聞こえてくる声を聞きながら今朝のこと、そして昨夜のことを思い出す。
そうだ、“
昨夜、冒険者ギルドで“
キールストラは、三人の仲間以外の全員をパーティから追放したという。
俺はてっきり冒険者ギルドで揉めたときに居合わせた四人のうち、フィリベルトを除いた面々だと勝手に思っていた。しかしリニもまた、追放されたという集団にいたわけで。
あのとき、あの場にいなかったやつが、もう一人いる? だけど山吹党でそれほどの実力者、俺が知らないはずもない。
今回の件の首謀者、キールストラとそのパーティを操ったのは、そいつじゃなかろうか。
* * *
生命樹教会の聖職者たちにも応援を頼み、俺たちを襲った連中に治療を施したところ、やはり大半が魔術によって精神を操られていたことがわかった。
正気を取り戻せば、自分たちがやったことがいかに愚かだったか思い知らされる。午前中に尋問した際のふてぶてしい態度が嘘のように、全員が顔を青ざめさせ平身低頭で謝ってきた。
衛兵の詰め所で取り調べ用の部屋を借り、今度はうちのパーティ全員で容疑者の話を聞く。
それにしても俺たちは『アイハラ猛撃隊』で、向こうは『
四人がけの机の一方にフィリベルト、もう一方にはアレクシアとキャロラインが並んで座り、俺とマルグリットは壁沿いに置いた椅子に腰かけていた。
「今にして思えば、なぜあんな結論になったのか、自分でもわからないんだ」
捕まった直後よりも憔悴した様子で、フィリベルトが独白する。
いかに操られていたといっても、なんらかの処罰は免れないだろう。それが自分でもわかっているのか、十年は老け込んだような顔で、肩を落としていた。
「あんたたちに術をかけたやつに、心当たりは?」
「信じてもらえないかもしれないが、その……オネッタという幼い少女が先日来、リーダーのそばに、はべるようになったんだ。俺たちがおかしくなったのは、その頃からだと思う」
机を挟んで勇者と相対したフィリベルトは、落ち着かない様子でぽつりぽつりと語る。
それまでは曲がりなりにも同じ冒険者として、対等とまではいかないまでも、玄人同士の関係であったはずだ。それが気がつけばキールストラを主と仰ぎ、その意向をかなえるため献身するようになっていた。
そりゃ俺だって、アレクシアたちのためなら命を賭ける覚悟くらいはしている。だがキールストラとこいつらには、そこまでの絆はなかった。
それが歪められ、あまつさえ“黄金剣”自身もおかしな行動に出るようになったのは、やはりその幼女のせいか。
「〈
俺を、と言いたいところだが仲間の手前、全員が標的だと誇張しておいた。
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