第3話 加護確定

 夜のスカイダイビング、マジぱねぇっす。


 婆に上空に転移?させられた俺はちょっとちびりそうになった。いや別に高所恐怖症では無いぞ、無いのだが、突然何の前触れも気構えも無く無装備スカイダイビングをさせられれば誰だってそうなる筈だ。だからこれは当然の事であって致し方の無い自然現象であるのだ。


 数秒間自由落下を体験させられた後、再度婆が指を鳴らすと、俺は元の部屋に戻ってきていた。

 ダイビング中だった俺は腹ばいに床にビタンと落ちてしまった。


「あう!」


 息が詰まった。


「どうじゃ? ちっとは信じる気になったかえ?」


 又も得意げな顔で俺を見下ろす婆。


 だが、悔しいがここまでされては信じない訳にもいかない。神かどうかは別として何やら特別な力を持っているのは確かなようだ。


「・・・・・少しはな」

「ほんに素直じゃないのぉ」

「うるせぇ。この歳になるとそう易々と性格は変えらんねぇんだよ。んで、俺への用事って何だ?」

「何だかお主の口調がどんどん卑屈と言うか荒れてきたような気がするぞい?」

「気にするな、元からだ」


 いや違う。余りにも理不尽で不可思議な事ばかり起きたからテンションがおかしくなっただけだ。だが今更恥ずかしくて戻せない。


「まぁええ、触れて欲しくないところもあるようじゃし」


 くっ、気付かれている。やっぱりこの婆、心読めるのか。


 によによと笑う婆に眉を顰める。


「さて、わしがお主に趣味を与えてやると言ったのは覚えとるか?」


 趣味? あぁ・・・・・言っていたような言われてないような。


「ちょっとした楽しみをお主に与えてやろうと思ってな。その為にやってきたのじゃが」

「趣味? 楽しみ? 言いたい事が良く分かんねぇな。そもそもそれを俺に与える事でお前に何の得があるって言うんだ?」

「一言でいうなれば暇をつぶせる、じゃろかの」

「おい!」

「ケケケケケ、怒るでないよ。わし等神仏と言うのは無限の時間に存在しておるからのぉ。暇で暇で仕方ないのじゃよ。世界の管理と言っても基本は不干渉で見守る事しか出来んのじゃ。神がやる事と言ったら極端な変革を世界に起こさないようにするために、それを阻止する者へ少々の加護を与えることくらいじゃ。そんな毎日じゃ暇になっても仕方が無いじゃろう?」


 確かに・・・・・例えるなら人がプレイしているRPGを眺めているようなものだもんな。そう考えると、何となくだが俺らゲームの作成者の立場に似てなくも無い。

 うん、ちょっと共感。


 考えていたら自然と頭を縦に振っていた俺を嬉しそうに婆が見て続きを話し始める。


「そんな訳でお主に加護を与えてやるから、ちょっとばかし冒険をしてきてもらいたいのじゃ」


 俺は首を捻る。


 そんな訳がどんな訳かさっぱり分からん。


「冒険って何? 加護ってさっき貰ったやつか? 彼女に出会えるとかいう。いやいや、俺社会人だし仕事が忙しいから無理無理」

「まぁ最後まで聞け。冒険してもらうのはこの世界では無い」

「・・・・はぁ」

「お主等の言葉で言えば異世界というやつかのぉ。こことは別な次元にあるとある世界を自由に旅してくれればそれでええ。そこでお主が何をしようと自由、こちらから強制して何かをやらせようとは思っておらん」


 あ~・・・・・・あん?


 異世界ですか? しかも何そのゆるりとした条件。マジで何の得があってやらせようとしているのか分からん・・・・・いや待て、暇つぶしと言っていたか、ならば単純に俺が旅しているのを眺めたいってだけの理由なのか。

 え、何その旅番組てきな内容。


「まぁその通りじゃな、ケケケ」

「あ、また勝手に心読みやがって。しかしだ、結局俺に時間が無いのは変わらない、というか異世界などに飛ばされてはたまらん。俺はこの世界から離れる気は無い」

「あぁ、そこは気にせんでもええ。行きたいときに行って帰りたいときに帰ってくればよい。時間に関しても、そもそもの時間軸が違っておるから、向こうに言っている間こっちの時間は止まっておるし、こっちにいる間は向こうの時間が止まっておる。分かり易く言えばお主を軸に時間が動くという事じゃ」


 そんな事が出来るのか。

 それって超便利じゃないか。向こうに行っている間こっちの時間が止まるという事は無限の休暇を手に入れたと同じ。つまり休み放題という事になる。


「そこが一番に思いつくって言うのも侘しいのぉ。確かに、そういった使い方も可能じゃのう。あ、そうそう、歳に関してはこちら側だけの時間経過が反映するでな。向こうにいる間は不老という事になるで」

「・・・・・・随分と至れり尽くせりの世界観だな。それで何の使命も無いなんて・・・・怪しくない?」

「ケケケ、そう言いたくなるのも分からんでも無いが、そうじゃのぉ。お主が向こうの世界を回ってくれることがこちらとしては得となる、そう解釈してくれればええ。暇つぶしって言うのも本当ではあるがな」

「俺が行くのがどうして得なのか、それが知りたいんだが」

「それは神のみぞ知る、と言うものじゃ」

「そのはぐらかしは気になるが・・・・・」


 それでもちょっと興味を惹かれる。


 異世界冒険か。ゲームに携わっている人間としては聞き逃せないところだ。


 だけど危険ってないのか?


「その世界って俺は死なないとか?」

「いや普通に死ぬぞい」


 当たり前だろって顔で婆が言う。


「死なないなど人ではないわい。俗に言う剣と魔法の世界というやつじゃからのぉ。それなりの危険はつきものじゃな」


 神の癖にその俗どこで覚えてきたんだ。いや、そんな事はどうでもいい。


「おいおい、それじゃ危ないじゃないか。そこで楽しんで来いって無茶が過ぎる」

「何を言ってるのだ? 安全な世界ではファンタジーと言えんでは無いか。男たるもの危険を顧みず己の力でもって戦ってこその冒険であろうが。ただ安全な世界に行きたいのであれば、そんなもん海外旅行と何ら変わらんわい!」


 婆がちゃぶ台を叩きながら力説する。

 ふむ、そう言われると確かにそうだ、が・・・・・やっぱり危ないのとか痛いのは嫌だな。


「それにさっき言ったじゃろ。加護を与えると」

「それって、どんな奴なんだ?」

「わしに出来る範囲であれば何でも構わん」

「何でも・・・・・例えば世界一の剣豪になりたいとか?」

「簡単な事じゃ」


 然もありなんと答える。


 いいねぇ。バッタバッタと敵を切り倒す。向かうところ敵なしの剣豪何てロマンがある。あ、それなら・・・


「究極の魔法使いとか」

「うむうむ、いいのぉ。魔法はやはり使ってみたいじゃろ。表現は幼稚だが問題無いわい」


 うるせぇほっとけ。

 しかし、誰もが驚愕するような魔法を使う・・・・・これはもうてっぱんだよね。


 ああ、そうなってくると迷うな。


 ああでもないこうでもないと考えていたところでふと思う。


「そこってどんな世界なんだ?」


 婆に訊く。

 すると婆は少し考えるように視線を上に向け、暫くして口を開く。


「世界観はお主が作っているゲームとやらに似ておるな」

「リリース前なのに何で知ってんだ・・・・・て、そうだな俺の事色々知っているんだったな」

女神・・だから当然じゃな」

「そこ強調するね」

「お主がそう呼ぶまで諦めんぞい」


 そう言われると絶対に言いたくなくなる。


「それは諦めろ。で、その世界はゲームのようにレベルとかスキルの獲得とかあるのか?」

「そのようなけったいな仕組み、有る訳無かろう。普通に体を鍛え鍛錬を積んで技術と力を磨いていく、この世界とその辺は変わりはないわい」


 成程。


 俺は顎に摩り考える。


 これは俺の趣味と楽しみを与えるものだと言っていた。それであれば俺が楽しめる為にはどうしたらいいか思いつく。


「ならば俺だけゲームのような成長だったり仕組みって与えられるものなのか? 例えばコマンドメニューが使えたり、敵を倒せば経験値が入ってレベルが上がったり」

「それはお主が作っているような、という事かえ?」

「ああ、そうだな。それだと一番いいな」


 すると婆が目を瞑り唸りながら考え出した。婆が考えて黙るのは初めてだな。


 やっぱりそれは難しい事だったか。そう言えば「けったいな仕組み有る訳無い」っていってたもんな。

 そう思って肩透かしに苦笑いを浮かべていたら、婆がカッと目を見開いた。ビビった。


「ふむ、出来るのじゃ」


 え、マジですか!


「ならそれで頼む」


 テンションが上がっていくのが分かる。


「ただし、この加護を与えるとなると負荷が大きいから最初から強くするとかは出来なくなるぞい」

「そんな事は願ったり叶ったりだ。それこそゲームの醍醐味じゃないか。初めっから強いのもいいかもしれないけどやっぱり地道に経験値を稼いでキャラを育てる、そこに生き甲斐と達成感を見出すもんだよ」

「ケケケ、やっと楽しそうな顔になってきたのう。よし分かった、それであればお主にゲームシステムという名の加護を与えよう。今からわしが世界を繋ぎお主に加護を与える。次に目覚めた時、それが現実のものとなるじゃろう。 結城晴斗よ、楽しんでくるがよい」


 そう言うと婆は眩いほど輝き出し部屋全体が白の世界に染まっていった。


 これから俺の異世界冒険が始まるのかと思うと、その期待に年甲斐にも無くわくわくしてしまう。


 あれ、こういった異世界転移物ってロリ女神が定番じゃなかったっけ? そうかあれは都市伝説だったのか。まさか真逆の存在がやっていたとは。

 

 そして俺の意識は静かに閉じていった。







 ジリリとけたたましく鳴り響くレトロな目覚まし時計の音で目を覚ました。


 時計の針は6時を指していて外はすっかり朝になっていた。

 目覚まし、いつセットしたんだっけ。うーん記憶が無い。


 床に寝ていた所為か体中が痛かった。これも歳をとった影響か。

 寝ぼけていた俺はちゃぶ台に足をぶつけてしまった。


 悶絶した。


 だが、そのちゃぶ台があった事で昨日の婆は夢では無かったのだと実感した。


 シャワーを浴び、歯磨きをし、洗濯物をランドリーに持って行くため袋に詰める。今日は少し肌寒そうだったのでシャツは長袖にした。


 ふとちゃぶ台を見ると一枚の綺麗に折りたたまれたメモ紙を発見する。熊の可愛らしいキャクターの絵柄の入った便箋。


『遅刻したらいかんから、目覚ましかけておいてやったぞい。   女神より』


 ・・・・・・・・


 婆、目覚めるのをもう少し早く出来なかったのかよと、俺は恨めしい目を天に向ける。


「はぁ、会社に行くか」


 取り合えず異世界冒険は仕事が終わるまでお預けになった。


「あ、そう言えば・・・・・どうやって異世界に行くのか聞いていない」

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