第51話 新人討伐研修6

【カツリィ】



 私の生まれた村は何の変哲もない如何にも村っていう村だと思う。

 朝、日の出とともに起きて畑に行き、家畜の世話をし、日が沈むと寝る。そんな変わらない毎日が私のおばあさんの更におばあさん、いやもっと前から続いている。


 生まれてからずっと村にいたからその生活に疑問なんて持ったことが無いし、村以外がどんな生活をしているかなんて知らなかった。


 あの冒険者たちが来るまでは。


 ある日4人の冒険者たちが村に訪れた。

 村はずれの洞窟に住み着いた魔物を退治しに来たのだと、村の大人たちが言っていたのを聞いた。


 その話を聞いて興奮した子がいた。冒険者が来たと聞いたときから嫌な予感はしていたけど案の定だった。


「魔物をやっつけるなんて冒険者ってかっこいいな」


 目をランランと輝かせ、最近抜けて隙間の空いた歯でにっかりと笑うのは幼馴染のトッくんことトバル。


 ほんと、男の子って単純よね。それがどういう事でどんな危険があるかなんて考えもしないんだもの。


 冒険者たちは準備だと言って1日村に滞在し直ぐに出て行った。3日後、冒険者たちは身に着けていた防具をボロボロにして帰ってきた。

 その表情は疲れ切ってはいたものの、とても満足そうに口元が弧を描いていたのははっきり覚えている。


 そして嫌な予感が当たった。


「カツリィ、俺冒険者になる」


 一層目を輝かせたトッくんがそう言うのは分かっていたわ。


 だから私は何も言わずに盛大にため息をついていた。





「あの人たちが来なければ私がこんなこと・・・・・うっぷ・・・・・しなくてすんだのにぃ!」


 そんな昔のことを思い出しながら、吐き気を抑え不満を爆発させる。


 思いのほか大きかった私の声に、向かい側で同じ作業をしていたトッくんがびくりと器用にしゃがんだまま跳ねた。


「な、何だよカツリィ。びっくりするじゃん」

「うるさい。あんたの我儘に着いてきたから私がこんな大変なめにあってんでしょ」


 もう嫌だ。このゴブリン臭い、汚い、きもい、グロい。


 冒険者になって最初に受けないといけない討伐研修、来たはいいけどゴブリンを解剖するなんて私聞いていない。


 うぅ、この臭いも、開いたお腹から出てくるウネウネも、すんごく気持ち悪いよぉ。


「え? なんで俺なんだよ」


 とても心外だと言わんばかりに頬を膨らませるトッくん。それがちょっと可愛いと思ってしまったことを誤魔化すように、キッと睨みつけておく。


「全部トッくんの所為じゃない!」

「まぁまぁ、カツリィちゃん落ち着いて」


 クピが両手を振ってどうどうと落ち着けと促してくる。


 何よ、私は暴れ馬か何かっていうの!?


 クピはトッくん、と言うよりは主に私に巻き込まれて一緒に来た幼馴染。丸くておっとりした性格で、よく私とトッくんの間に挟まれている。


 悪いとは思っているんだけど、クピがいるだけで安心出来るから無理やり連れだしてきちゃった。


 悪戦苦闘のすえ、何とかゴブリンから目的の核を取り出すことが出来た。ゴブリンで売れるのはこれだけらしいけど値段が安いらしくて余り稼ぎにならないとミラニラさんが言っていた。

 今更ながらに冒険者になっていい事あるのかなと疑問に思う。


 取り出したゴブリンの核を、クピが大事そうに自分のバックにしまうのを横目で見ながら、ゴブリンの死骸から離れた。

 私たち以外の人たちはもう既に解体作業を終わっていたらしく、思い思いに休憩をとったりしている。


 その中の一人、今回私たちと同じ新人冒険者でありながら、一人大分年上の男の人へと私の瞳が吸い寄せられていく。


 この辺ではあまり見ることのない真っ黒い髪色をした男の人は、特徴をつかみずらいのぺっとした顔をしてる。

 ブ男、て程ではないんだれど、私のタイプではないのは確かな容姿。年齢は直接聞いていないけど、私のお父さんと同じくらいに見えるから結構いいおじさんだと思う。

 終始丁寧な言葉づかいで、話しかけてくるときはニコニコと笑顔を振りまいているのだけど、どこかその笑顔が胡散臭い気もしてならないのよね。

 でも、トバルの不躾な態度にも、最初こそ戸惑った様子はみせたけど、別に不快に思ってはいなそうだった。


 名前は”ハル”っていうらしい。


 それにしてもあの年で一人で冒険者になるなんて・・・・・・きっと人には話せない事情があるんだろうな、なんて勝手な想像をしてみる。


 結婚しているんだろうか・・・・・・・・してないな、あの感じは。


 で、そんなハルさんだけど、私たちのパーティーに研修中は一緒に行動することになって、このゴブリン退治も手伝ってくれた。


 ・・・・・・・いや、手伝ってくれたのとは違うよね、あれは。


 なんて言うのか、このハルさん・・・・・・ちょっとおかしい。


 いや、すんごくおかしい!


 私たちがゴブリンと戦ったことが無いって知ったら「なら、3人で戦ってみよっか。俺はフォローだけするから」と、新人にあるまじきことを述べてきた。


 その時は、ゴブリン1体に対して私たち3人もいるから問題ないだろうという考えと、ハルさんが大分年上の人だから、そうやって偉ぶりたいのだろうという考え、私たちは何も言わずに素直に従った。


 それは大きな間違いだったと直ぐに思い知った。


「ギャギャギャギャ!」

「ひっ!」


 大きな眼球に蛇のような縦に割れる目が、品定めばかりに私を捉え、嬉々とした金切り声が一瞬で私の脳に恐怖をねじ込んできた。


 それだけで私の心と体は動きを封じられてしまった。


 たかがゴブリン、でもやっぱり魔物。間近にせまるそれはとても恐ろしい。


 助けて、とトッくんに歎願の目をむけるが、それはかなわぬものだと即座に悟った。


 トッくんもクピも震え慄いてしまっていた。


 もぉ、ほんとこいつら使えない!!と思いながらも助けを求めて先輩冒険者を探し視線をさまよわせた・・・・・・・・近くにいなかった。


 「ちゃんと面倒見ろよ」と叫びたかったけど、声にまでは至ることが出来なかった。私の喉まで震えて固まってしまっていた。


 ゴブリンに視線を戻したとき、私は終わりを感じていた。ゴブリンが私に向かって襲い飛び掛かってきていた。


 逃げて、そう私の脳が大声で叫んでいた。でも体はピクリとも反応しなかった。自分の体では無くなってしまったのかと思えた。


 絶望に瞳を閉じた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・。




 何も痛みが来ない?


 あれ、と恐る恐る目を開ける。


 すると眼前にぶらぶらと揺れるゴブリンの身体。


「うひっ」


 思わず変な引きつった声を出す私の前に、いつの間にか表れた黒髪の年長者。


「そんな固くなったら駄目だよ。はい仕切り直し」


 そこにいたのはゴブリンを掴み上げたハルさんの姿だった。


 それはとても陽気で軽い口調だった。


 ゴブリンの首根っこを無造作につかみ、ペイっとまるでごみを放るように投げ捨てる。ゴブリンはそれはよく転がった。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 これはいったい、何なのでしょうか?


 意味がわからない。ゴブリンって投げるものだったの?


 あまりの状況にはしたなくも口を開いて呆ける私。

 あ、トッくんとクピも同じ顔してる。


「はいはい、みんなぼさっとしないで剣を構えて」


 そう言いながら、とても胡散臭い笑顔でハルさんが手を叩く。


 それから何度も何度も何度も何度も、戦わされてはゴブリンを投げ、また戦わせてはゴブリンを投げを繰り返す。


 逃げることも逆らうこともできない・・・・・・ゴブリン。


 そんな哀れなゴブリンを見ていたら何時しかゴブリンへの恐怖は消えていた。いいえ違うわね、消えたのではなく恐怖の対象が変わっていた。


 笑顔でゴブリンを投げるハルさんに。


 この人、ある意味怖い。そして何かがおかしい。


 ゴブリンを倒した後の私の「怖かった」って言葉、ハルさん、それはあなたの所業へ向けた言葉ですよ。

 あの顔は絶対分かっていないですよね。


 そんな初ゴブリン討伐を経験した後、研修はまだ終わらず更に森の奥へ。


 途中、スライムやゴブリンが襲ってきたけど、私たちは何とか戦うことが出来た。出来ていた。


 むむぅ、これはハルさんのおかげ、ですよね。


 巨大な芋虫が出てきた。


 逃げました。


 私、虫は無理。


 トバルが虫が出した糸に絡まって面白い格好で倒れていたのを、ハルさんが助けているのが見えた。


 う~ん、何だかんだでハルさんはいい人なのはよく分かった。

 やり方はおかしなところがいっぱいあるけど、ハルさんが強いんだろうなってのは分かる。


 この人、本当になんで今更新人冒険者になんてなったんだろう、またしてもその疑問が甦る。


 そんなこんなで一緒に行動していれば、絶対単純なあいつは目を輝かせるに違いない。


「なぁ、おっちゃんを仲間にしようぜ」


 あぁ、やっぱり。言うと思ったよ。


 確かにハルさんがいれば色々と楽で安全なんだと思う。それこそ今みたいに私たちをフォローして鍛えてくれることでしょうね。


 でもなんでだろうか。


 今一賛成できないのよね、私。


 何て言うかこう、確かに便利そうな人ではあるんだけど、一緒に行動したくないというか。関わってはいけないオーラが出てるというか、兎にも角にもハルさんは普通じゃない。

 本音でいえばこの研修が終わったらあまり関わりたくはない。


 ゴブリンを投げるような非常識な人なんだよ、一緒のパーティーで行動したら何をしでかすか不安でしょうがないわ。


 でも・・・・・・・・・・・。


 トッくんとクピを見る。


 ずっと一緒に育ってきた幼馴染の二人。これからも一緒にいたいと思う。それに私は・・・・・・・。


 私の視線に気づいたトッくんが「ん」と首をかしげる。


 そうね、今のままでは駄目だよね私たち。いつまでも一緒に生きていくためには力をつけないと。私たちには実力もなければ、それをどうにかするためのコネもないもの。


 ハルさんは変だし、怪しいし、関わっちゃいけない感はあるけど、それでも力ある実力者だよね。


「うん、分かった。私が話してみる」


 そうよ、これはハルさんにとってもいい話だわ。


 一人でずっと活動するより、私たちと一緒にいた方がきっといい筈よ。


 だから話す。私からハルさんを誘う。これには女の子からの誘いの方が断り難いって打算もあるけど、人のいいハルさんだったらきっと受けてくれるはず。



 ・・・・・・と、思ってたのに。



 え、どうして。


 なんで断られたの?


 でもちょっとほっとしている自分がいた。

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