第121話 ぶっ潰す!

 フィアの美しい青みのかかった銀髪は泥と埃に塗れた床に広がり自らの血で汚れ固まっている。白磁の人形の様な手足には痛々しく赤黒い傷跡が至る所に出来ており、現実味を感じさせない妖精の様な神秘的で整った顔は、片方の頬が浅黒くその輪郭を変えてしまっていた。目の片方が腫れ上がり半分ほど塞がり、鼻と口それと額が流血で真っ赤に染まる。


 今朝まで一緒にいたはずのフィアの変わり果てた姿がそこにあった。


「てめぇ、どっから湧いて出やがった!」

「おいディバ大丈夫か?!」

「屋根が半分無くなってんぞ、嘘だろこれ」

「・・・・・くっ、いって~なぁ、くそ。何だ? 何が起こった!?」

「おぉディバ、変な奴がアジトに乗り込んできやがった」


 男たちが騒がしく喚きだし、蹴り飛ばした男が顎を摩り首を振って起き上がる。一人の男の指摘に視線が一斉に俺へと向けられる。


「お前らか・・・・・・この子を攫ってこんな目にあわせたのは、お前らか?」


 幼気な少女に対する無残な仕打ちに抑えていたはずの怒りが沸々と煮えたぎる。


 俺の怒りをぶつけれた男らは互いに顔を見合わせ一拍の間の後「ぶはは」と笑いだした。


「あぁん、乗り込んできやがって、しかも俺に手を出してからそれを訊くか普通。馬鹿じゃねぇのか? この状況で俺ら以外誰がその小娘を攫ってくんだよ」

「おいおい、おっさん調子くれてっと痛いめだけじゃすまねぇぞ、てもうおせぇけどな」


 頭が悪いとしか思えないセリフを恥ずかしげもなく披露する男たちは、まるで武器の自慢大会さながらにナイフを俺へと見せつけたりるように手の間で躍らせたり、また別な男が小型の斧をクルクルと回している。それはまるで大道芸そのものだ。


 蹴り飛ばしたディバと言う男、恐らくこいつがリーダーなのだろう。そいつが一歩前に出てくると。斜に構えて鋭い目つきで俺を見据えると、口角をにゅっと歪に持ち上げた。


「ぶっ殺しは確定だ。俺は本来綺麗な女を泣くまで殴るのが好きなんだが、今日は汚ぇおっさんでも遊んでやんよ」



 あぁ、そうか。



 食いしばる奥歯が今にも砕けそうに軋みを上げ、血と熱が一気に体中を駆け抜けていく。抑えようと思っていたがこれは風呂を手で蓋をするぐらいに無理だ。


 こんなにも頭に来たのは初めてだ。



 だからな、



「全員ぶっ潰してやる」



 お前らが誰に何をしたのか、その大きな意味と罪をじっくりと味わあせてやる。



「はぁ、それは俺等のセリフだ、ぼけぇ!」


 ナイフの男が始めに動いた。跳ねるような軽快なフットワークで体を振りながら突進してくる。その動きはまるでプロボクサーのよう。


 俺はそれを身動き一つせずに目だけで動きを追う。


「シッ!」


 瞬く間に懐に飛び込んできた男はナイフを躊躇うことなく鳩尾付近めがけて突き出してきた。


 その慣れた動きはさぞ今まで碌でもないことをしてきたのだろう。


 上半身を捻る。ナイフの突いてくる動きに合わせて体を回るように躱し、同時に突き出された男の手を取ると相手の勢いを利用し流れに沿って加速させいなす。


 ナイフの男は俺が誘導するがまま体を流し、もたついきおろそかになった足に俺の足を引っ掻ける。それだけでナイフの男は簡単に宙にその身を投げ出した。


 だが優しくいなしてやるのはここまでだ。


 宙に浮いたナイフ男の腕を腕力に任せ強引に引き投げ飛ばした。



 ゴボォン!!



 男は頭から外壁に激突。そのまま薄っぺらな壁板を突き破り外へと飛び出すと、地面を二回三回と弾んでから隣の建物にぶつかり、地面に膝と顔を付けて尻を持ち上げた無様な姿勢で倒れる。


「っな!」


 その一瞬の攻防に何が起こったかの分からなかった誘拐犯たちが唖然とする。


 俺は手の平を突き出し、クイっと指先だけを曲げた。


「どうした? ぶっ殺すんじゃないのか?」

「・・・・ざ、ざけてんじゃなぇぞぉぉぉ!!!!」


 安い挑発に男たちが顔を紅潮させていきり立つ。


「喰らいやがれ!!」


 一人が手斧を投げる。


 回転しながら一直線に飛んでくる手斧。だがその軌道は単純な直線でしかない。レベルの上がった俺の動体視力には、そんな鈍くて単純軌道の物など子供の投げたボール程度でしかない。


 左足を軸に回転して右足で手斧の腹を蹴る。方向を変えた手斧は壁に突き刺さった。


 武術とはまた違うすこしトリッキーな動きだが、これが妙にしっくりくる。


 【狩人】になっている所為か?


 【狩人】をちゃんと使うのは初めてだ。フィアを捜すのに便利そうだからとこれを選んだが、思っていたのよりもずっと戦闘向きかもしれない。


 だが別にそのことは今はどうでもいい。


 このするのにどのジョブだろうと大差はない。


「んな!?」

「なんて身軽な奴だな、ならこれならどうだ」


 この世界のオークよりもオークらしく思えるだらしの無い体形の巨漢の男が、両手を組んで肩を突き出しアメフト選手のタックルの様な低い体勢でどすどすと床を軋ませ突進してくる。


 以前確認した【狩人】のステータスでは攻撃力が低かった。つまりは俺は今力が弱いと言うことなのだが。


「この程度の相手には誤差に過ぎない」


 頭上で両手を組んで振り落とし、強引に巨漢の男を叩き潰す。


「んがぼっ!」


 海老反りに顔面から床にめり込む。メキメキと床板が割れ体の半分が床下に潜っていき、墓標の様に下半身だけが床からは生えた状態になる。


「ぶっ飛べ!」


 更に追い打ちとばかり横蹴りを喰らわせる。巨体で床板を割りながら蹴りに押されてずれる。そのまま脚の振り抜き破壊した壁穴から外に蹴り飛ばす。


 カラランと木片が落ち乾いた音があたりに響く。それぐらい男どもは静かになっていた。


 ゆっくりと残りの男へと視線を向ければ、リーダらしき男が息を飲みながら鞘から剣を引き抜くところだった。もう一人も同様に抜身の剣を手にしている。いよいよ悪党らしく本気で俺を殺す気らしい・・・・いや、元からか。


 そんな事は今更だな。


 女性を攫う様な、況してや幼い少女に手を上げるような輩だ。こいつらはクズ以外の何者でもない。


 さっさとぶっ潰す。そして早くフィアを自由にし手当をおこなう。こんな場所に一分一秒でも長くは居させたくない。


 手近にあった大きいテーブル、その天板の端をむんずと掴む。大体大きさとして十人くらいは一緒に食事が楽に出来そうなダイニングテーブル。それを俺は無造作に片手で持ち上げる。


「・・・・・はっ?」


 男どもが大きく目を見開く。


 直後、問答無用でテーブルを男に向けて投げた。


 フリスビーの様に回転しながら巨大なテーブルが男たちを襲う。恐らく七~八〇キロほどあるテーブルの破壊力はすさまじい。


「うをっ」

「うがふっ」


 一人に直撃したテーブルは男を弾き飛ばし奥の入り口の扉とぶつかり互いを粉砕して飛び散った。


 辛うじて床に転がって逃れたリーダーらしき男が口惜し気に顔を引きつらせる。


「こ、この化け物が」


 そして意外な事に逃げ出さずにまた剣を構え直す。


 だがそれは俺にとっては好都合だ。下手に逃げられるよりがかからない。


 こいつらは一人たりとも逃がすつもりはない。フィアにしたことをきっちりと後悔させてやる。


「おらぁぁぁぁ」


 男が床を蹴って間合いを一気に詰めてきた。その動きは予想以上に速かった。


 だが、あくまでも予想以上ってだけの話だ。


 そこには危機も焦燥も無い。


 男は横に構えた剣を全身の回転力を乗せて払いの一閃。


 俺は上半身をのけぞらせ男の腹に脚を。打撃と言うよりは足の裏で押すような感じで身体を強引に押し戻す。剣先が数センチ手前で空のみを切り裂く。


 男が苦虫を噛む中、今度は俺から間合いを詰める。


 男が振りきった剣の勢いを利用して更に体を回転させて裏拳を狙ってきた。飛ばされた空中で咄嗟にそれが出来るとは、なかなか戦いなれた奴だ。


 純粋な戦闘技術は俺以上だな。いやジョブが冒険者であったらそれすら俺が上回っていたかもしれない。


 だがこのジョブの俺でも常人を圧倒するステータスが存在している。そのアドバンテージは絶対だ。


「無駄だよ」

「ちっ!」


 裏拳を難なく躱す。


 握りこぶしを作り、それを脇腹を抉るようにめり込ませた。


「・・・・・あがっ」


 横にくの字に折れ曲がり口から胃液を吐き出す。


 まだだ、こいつはフィアを傷つけた。こんなもんじゃ終わらせない。


 間髪入れず上半身を前に抱え込むように回転させて逆サマーソルトを繰り出す。短い風切り音を鳴らし踵で後頭部と蹴り床に叩き落す。リーダーの男は手毬の様に床に激突後弾かれ再び浮かび上がる。この時点で男の意識が飛んでいるが、まだ駄目だ。更に一歩踏み込み右ストレートを顔面へと叩き込む。


 ミキミキと骨が砕ける感触。


 殴った男は弾丸の如く水平にぶっ飛んでいく。


 部屋間の壁を突き破り、それでもスピードは落ちずに外壁をも崩して半身だけが外に出る。壁に引っ掛かったようにだらりとその体を垂らした。



「くたばった、か」


 今にも消え入りそうなうめき声を上げる男たち。


 テーブルに弾かれた男は不自然な方向に曲がった右腕を抱えてうずくまり、外に放り出し折り重なるように倒れている二人は、意識を亡くし微動だにしない。リーダーらしき男は顎が砕け鼻が折れ曲がり、顔中を血で染め上げ壁に埋もれている。


 四人いた男全員が当面立ち上がることすら出来ないくりにぼろ雑巾とかしている。


 ただ、それでも全員辛うじて息はしている。これだけ怒りに任せて叩きのめしても、俺の【手加減】スキルが万全の仕事をしていてくれた。


 【システムメニュー】と【手加減】、この二つだけは全ての職業に共通して入っているスキル。もしこれが無ければと思うと今更ながらぞっとする。これも神さんの俺に対する配慮なのかもしれない。


 少々やり過ぎてしまった感はあるが、フィアにしたことを思えばこれでも足りないくらいだ。


「でも、これ以上は俺の領分じゃない、な」


 どっちみち俺に人殺しなんてできやしない・・・・・・いや、やってはいけない。それだけは侵せない。


 だからこの国の法がどうなっているか分からないが、これ以上の処遇に関してはこの国に任せよう。



「ふぅぅぅぅぅぅ」


 大きく息を吐きだす。体の中の淀んだものを全て出し尽くす様に大きく大きく息を吐きだす。それからフィアへと向き直る。


 フィアは真直ぐ俺を見上げていた。


「今、自由にしてやる」


 しゃがんでフィアを拘束していたものを解いていく。脚を、体を、彼女の自由を奪うものを取り払う。

 フィアを解放しそれからポーションを取り出すためシステムメニューを呼び出した。



 その時。



「・・・・



 フィアが俺に抱き着いてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る