第123話 宿屋に再び

 フィアを背負って建物の上を跳んでわたる。夜の風はひんやりとしているが、背中だけはぽっかり温かい。肩越しから聞こえる規則正しい呼吸音。フィアが俺の背中で安らかな寝息を立てていた。


 くたりと体を預けて眠るフィアの体の軽さと細さに、フィアがまだ子供なのだと改めて思い知る。


「公国のお姫様、か」


 平和な日本の一サラリーマンでしかない俺では本来出会う事も無い存在だろう。なにしろ日本だったら女系皇族と言った立場の人物だ。そんな人物に近付こうものならそく警備員に拿捕されてしまう。


「小さな体に大きな負担」


 何かのCMのキャッチコピーみたいな事を呟いているあたり、俺も大分気持ちにゆとりが生まれてきたのかもしれない。


 そばにいると落ち付くなんて、フィアは俺にとっての精神安定剤なんだろうか。


 もしかして俺ってロ・・・・。


 ぶるぶるぶるぶる。


 いやいやいやいや、違う、そんなことは無い、ある訳が無い、はずだ。


 フィアの事を必死に何かしたりしているのは、この子の優しさとか直向きさに感銘を受けてであって、きっとそして大人としての義務感、いやきっとこれは父性・・・・・・・・うぐ、これはこれでズキリとくるものがある。


 確かにフィアはちょっと、いや異常すぎる程に綺麗ではあるけど、大人の俺が欲情することなど無い。無いったら無い。


 俺は危険な思考を必死に追い出し、後ろを振り返った。


 フィアを攫った男たちは柱に四人とも縛り付けてきた。

 テーブルをぶつけた一人だけは意識があるようだったが残りの男は気絶したまま。フィアを縛っていたロープでこれでもかってくらいがっちりと縛ってやった。


 骨折やら何やらと全員が重症と言っていい傷を負っていたが、それを治してやろうって気はさらさら起きなかった。死ななきゃいいだろう、そう思っている時点、俺もこの世界に毒されてきているのかもしれない。


 助けてからというものフィアは俺から離れようとしなかった。もしかしたら今回の誘拐がトラウマになってしまったのかもしれない。


 くそ、あいつらもっと殴っとくべきだったか。


 まぁそんなことしたら今度こそ死んでしまうので、しない。フィアについては・・・・・・経過観察、かな。


 フィアの傷も綺麗に治り犯人たちの拘束も終わったころで、俺の異常に良くなった耳が遠くから近付く金属音に気が付く。

 マップを確認すると複数の青マーカーがこっちい向かってきていた。


 これには察しが直ぐついた。あの兵士が仲間を連れてやってきているのだろうと。


 あの訛りの強い兵士に応援を呼ぶよう依頼をしていたのだが、彼はちゃんと守ってくれたようだ。本来であれば俺かフィアが証言して誘拐犯の非道を暴かないといけないのだろうけど、この場で重要なのはフィアの安全なのでそこは断念。


 そして今こうしてフィアを背負って屋根の上を移動しているのだが。


「あいつら捕まったかな? 兵士の話では結構悪さしているみたいだったし無罪放免は無いとは思うんだけど・・・・・・・逆に俺が暴行罪で捕まったりしないよな」


 今更ながら不安になってきた。下手したら俺が犯罪者になる可能性もあるんじゃないかと。


 何しろ奴らをズタボロに叩きのめしただけじゃなく、建物も半壊させてしまっている。されには表人となるフィアは表に出すことは出来ない。場合によっては・・・・奴らの証言次第では俺の方が分が悪いかもしれない。


 タラリと冷たい汗が額を流れる。


 ま、まぁどうせ今更だ。たかが家一軒、今まで壊してきたものに比べたらどうってことはない。もし追手が来るようならさっさとこの街を出て逃げればいい。うん、そうしよう。


「それに遅かれ早かれ出ては行かないといけないだろうし」


 今はフィアが無事だったことを純粋に喜ぼう。


 そして取り敢えず疲れたから早く宿屋に戻って寝りたい。






 朝、目が覚めるとぼんやりとする目を擦る。


 あまり良い目覚めとは言えない気分だ。寝不足なのか寝過ぎなのか、取り敢えずそんな感じで妙に頭が重い。


 昨日部屋に戻って来てフィアをベッドに寝かせ、俺は床に敷いた寝袋の中に潜り込んだ。寝袋に入って数秒後には落ちた。即落ちだ。三徹後くらいの即落ちだった。


 俺も相当疲れていたのかもしれないな。主に精神的に。昨日今日とイベントが多すぎだろ。


「今、何時だろう」


 もそもそと寝袋から這い出して、頭をぼりぼりと掻きながら外を見る。う~ん午前中? 脇下がかゆかったのでデカい欠伸をしながらシャツの下から手を入れて、ぼりぼり・・・・ん?


 だらしなさ前回の休日のサラリーマンと化した俺は何となく感じた違和感にふと横を向いた。


 美しき銀髪の少女が綺麗な姿勢でベッドに腰掛ていた。


 彼女は深緑の瞳を眩しそうに細め外を見ている。


 ふと視線に気が付いたのか銀髪の少女フィアがこっちを振り向いた。


「・・・・おはよう、ございます」


 僅かにはにかみ挨拶を口にする姿は相も変わらず神々しい。朝の陽ざしを浴びるとなおのこと神さんの5億倍は神ってる。


 そんなフィアに見とれていた俺は脇の下に手を突っ込んだまま固まっていた。


「・・・・・あ、あぁおはよう」


 慌ててシャツから手を引き抜き、上ずった声で挨拶を返す。


 恥ずかしい。はしたない姿を見られてしまったわ。


「ちょ、調子は、どうだね。どこか痛むところとかないかな?」


 自分でもちょっと何言ってんのって感じにテンパってしまったが、フィアは自分の身体をざっと見て首を横に振るだけだったので、どうやら俺の行動は気にしていないようだ。


 「ちゃんと眠れたか」とか「悪い夢見なかったか」などいくつか声を掛けると、フィアはその都度頷いたり首を振ってこたえる。


 見た感じ異常もなさそうだ。


「あ、そうだ。昨日も何も食べてなかったし腹減ったよな。朝飯に何かもらって来るよ」


 ゲルヒさんに何か作ってもらおうと手櫛で軽く寝癖を直して立ち上がる。


 と、フィアに手を握られて止められた。


「おっと、どうしたフィア」

「・・・・あの、私・・・・」


 フィアは何かを言おうとしてそれを飲み込む。


 俺はフィアの頭をガシガシとちょっと乱暴に撫でてやった。


「う・・・・わう」

「何はともあれ飯を食え。話があるんならそれから聞いてやる」


 目を丸くしているフィアににっかりと笑いそう言い放つと、俺は部屋を出て食堂へと向かった。

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