第124話 すっきりとしない決断

 朝食は静かなものだった。二人して何も喋ることも無く黙々を食べたあと、フィアから深々と頭を下げて感謝の言葉と謝罪を告げられた。

 その際フィアの襟元から覗いた僅かな谷間に慌てて眼を逸らした俺が、勢いあまって椅子から転げ落ちそうになったのは余りに不謹慎なので内緒だ。


 落ち着こうかと食後の一服にアイテムボックスからブラックの缶コーヒーを取り出した。熱々の状態に保温機能付きアイテムボックスのありがたみを痛感する。

 フィアにも何かなかったかなと探すと、100%のオレンジジュースを発見。


 普段ジュースを飲まない俺なんだがどうしてこれを入れたんだろう?


 入っていた経緯の分からないオレンジジュースを取り出し、それをフィアの前に差し出す。


「・・・・・・・・」


 フィアは眉を捻じりジュースのを見詰めたまま動かない。


 あ、しまった。プルタブの開け方が分からないのか!


 再度フィアの前からジュースをとってプルタブをカシュっと開ける。流石にお姫様が缶のまま飲むのははしたないかなと紙コップを取り出して注いであげる。


「飲んでみな、おいしいぞ」


 フィアはこくりと頷き、小さな口にコップをあてる。


 一口含むと一瞬動きが止まるが直ぐにコクコクと飲み始めた。どうやら気に入ってくれたようだ。飲んでいるさまが小動物の様で可愛らしい。


 そんなフィアを愛でながら俺もコーヒーを一口含む。立ち上る香りに気持ちが落ち着く。あれ、これなんかデジャブ。



 さて、こうしてフィアを無事、と言っていいか分からないが五体満足で助けだせたが、このままズルズルと何時までもここに隠れている訳にもいかない。

 

 フィアはこの国への復讐を望んでいる。彼女の境遇を考えれば当然のことだ。だけど俺はそれをさせたいとは思っていない。


 まだ少女のフィア。少し一緒にいただけでもこの子の優しさくていいい子なのは良く分かる。そんな子が憎しみにかられ人を傷つけるなんてとてもじゃないが容認しがたい。


 助けるといった手前協力をしてあげたいが、でもやっぱりただ復讐するのは違う気がする。


 だったらどうすればいいか。


 フィアがただ恨みに囚われ復讐に走らないようにするためには・・・・・・。



 思考に浸りコーヒーを飲んでいるとフィアがこっちを見ていた。


 安宿だからか外の騒がしい声が漏れて聞こえてくる。昨日程じゃないがとても活気のある声には時折笑い声も含まれていた。こうしていると昨日までにあった事など嘘のように穏やかだ。

 でもフィアのしようとしていることはこの穏やかさを壊す事を意味している。



 ・・・・・・やっぱりこのままは良くないよな。



「なあ、フィア」


 飲み終えたコーヒーを置く。


「俺はこの国を出ようと思っている」


 結局俺が考えて出る答えなどこれぐらいしかなかった。


 問題先送りでは無いが、この国にいる限りフィアは必然的に狙われるし復讐から離れることは出来ないだろう。だったら状況を変えるにはこの国を出るしかない。どこか別な国に行ってどうしたらいいのかをゆっくり考えればいいんじゃないかと。


「それは、もう・・・・もう私と一緒には、居れないと言いうことですか」


 国を出ようと提案するとフィアの深緑の瞳が揺れる。悲しそうな、でもそれをどこかで受け入れているような、子供とは思えない複雑な表情を作り出している。


 どうやら俺の言葉足らずだったようだ。

 

「いや違うよ。決めるのはフィアだけど、俺はフィアも一緒に連れてこの国を出たいと思っている。もちろんフィアがどんな気持ちでこの国に来たのかは・・・・・まぁ全部とは言えないがそれなりに分かってはいる」


 フィアは自国を滅ぼしたこの王国を、なによりそれを先導した第二王子を恨んでいる。俺が知っているのは戦争があったていう事実だけだけど、フィアを見ていればそれが如何に大きな想いなのかは十分理解できる。きっと多くのものを目の前で失ってきたのだろう。強い憎しみに焦がされて単身で復讐を果たそうなどと無謀とも思える行動に出た。


 だからこそ俺はフィアをここから連れ出したい。


「でもそれが正しいのかどうか俺には分からないから。出来ることならにそんなことはさせたくはない、かなって・・・・・・・ごめん、勝手なことを言っているね。だけど、俺は・・・・」

「やはりお優しいのですね」


 俺の諭すような懇願はどこまでいっても唯の自己満足でしかないのだろう。たかが一介のサラリーマンが言えることなどこんな程度しかない。結局のところは問題の棚上げであって解決ではないからな。

 それでもと思いをぶつけると言葉途中でフィアが笑顔を向けてきた。とても寂しそうなはにかんだ笑みだった。


「私は弱い人間です」

「・・・・そんなことは」

「いえ、とても弱い人間です。抗えず覆せずそして逃げてばかりの弱い人間なんです。今もこうしてが去るのだと考えただけで不安で押しつぶされそうになるような小さな人間です」


 フィアが自らを蔑む言葉を並べる。

 自国を侵略され近しい人たちを全て亡くし、多くの悲劇と惨状にるに巻き込まれた公国のお姫様。単身で敵国に乗り込む気概を餅ながらも自らを弱いと表する。


 確かに戦う力は無いけど、あの時敵国の国民の為に流した涙は決して小さく弱い人間だとは思わない。


「だから私は・・・・・・・貴方に許されるのであれば一緒に着いていこうと思います」


 それは意外な言葉だった。


 フィアは膝の上でスカートをギュッと握るり俺についてくると言った。


 てっきりこの国に復讐するまで離れないかと思っていたのだが、こうもあっさりと他国に行くことを決断してくれるとは。


「私は貴方の邪魔ではないのですか?」


 付いて行くと言った矢先、不安に思ったのかフィアが上目でそう訊いてきた。物凄い破壊力を感じた。何だこのリーサルウェポンは!


「邪魔? そ、そんな風に思ったことは無いぞ」

「私が傍にいるということは貴方に様々な迷惑をかけてしまうことになると思います。それでも、それでも一緒にいてもいのですか?」

「構わないよ。だって助けるって言っただろ。それにほら、俺意外と強いから」


 絆されそうになった照れ隠しに二の腕の力こぶを作って見せつける。でもこぶは貧相にぽこんと小さく真理上がっただけ。おかしい、ステータスは高いのに。


「でもいいのかい? 君の目的が果たせなくなるかもしれないんだよ」

「・・・・・はい、今はそれでもいいのです(冷静になって考えたいこともありますから)」


 フィアが肯定した。


 これでフィアがこの国から一時的とはいえ離れることが決まった。最後にフィアが何かを呟いたが、それは俺には聞き取れなかった。


 不安をよそに意外な程すんなりと決定した王国からの脱出に俺は少々拍子抜けしている。これで本当にいいのだろうかと今更ながら悩んでしまった。


 

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