第125話 騒動の噂

「やぁハルさん。いらっしゃいませ」


 にこやかに手を上げるクァバルさんに軽くお辞儀だけ返す。

 今日も多くの露店が賑わう通りに、昨日同様クァバルさんのお店も並んでいた。


「今日は何か探し物ですか。おや、もしかしてその子が預かっている子、ですか?」

「えぇそうですよ。服を融通してくれてありがとうございます」


 店の前で立ち止まった俺に商売人として対応をしてくるクァバルさんだったが、今日はもう一人いることに気が付くと興味深そうに少々弛んだ顎をなでる。


 俺と一緒にいるのはフィアだ。今日はフィアを連れて外出している。


 流石に昨日の今日で一人にはしておけなかった。見つかる危険を伴うが既に身バレしている可能性があるので、一人にしておくよりかは俺と一緒にいた方が守り易く安全だろう。

 それにフィアは口には出さなかったが一人になるのを不安そうにしている。怖い目にあったばかりの少女をおいていくことは俺には出来なかったというのが一番の理由かもしれない。


 フィアはクァバルさんに都合してもらった外套を頭からすっぽりかぶっているので、自分が売ったものを身に付けて、更に俺の近くにいたことで分かったのだろう。


 フィアの顔は口元以外ほとんど見えていないし目立つ髪の毛も完全にしまっているので、ぱっと見でノーティリカ公国の公女様だと見破れる人ははまずいない。

 それでもクァバルさんの視線から避けるように、フィアは俺の後ろへと隠れてしまった。


「ちょと恥ずかしがり屋なもんで」

「ははは、可愛らしいお嬢さんじゃないですか。服のサイズは問題ありませんでしたか」

「大丈夫でした。クァバルさんには良いものを選んでいただき感謝ですね」


 軽く世間話で場を繋ぐが、あまりフィアに関して突っ込まれても困るので話を切り替えておこう。


「今日も人の出が多いようですね」

「えぇ商売人としてはありがたい事ですよ。物の売買もそうですが、こうして人が出入りをしてくれれば様々な情報も入ってきますしね。情報は商売人には何よりも重要な道具になりますから」


 そう言って人通りを見つめるクァバルさんの目が少し鋭くなったような気がした。なるほど出来る商売人は常に人間観察を怠らないのか。

 でも見た目が童顔でM字禿のクァバルさんはあまりさまにならないけどね。


「それで今日はどのような御用で?」

「そろそろこの街を出ようと思ってまして、馬車を手に入れるにはどうしたらいいのかを訊きたかったのですが」

「おや、もう出られるのですか。それは残念ですね。これからもっとお近づきになろうと思っていましたのに、次に行かれる所はもう決まっておいでですか?」

「どことは決めていませんが、他の国に行ってみるつもりです」

「そうですか。えっと馬車の入手方法でしたね。中古でも構わないのでしたら探してきますが、新品ですと木工店にお願いするかたちですね。時期にもよるでしょうが頼んでから大体三十日はかかったと思いますよ。それにお値段も四万から二十万ゴル位しますので、こだわりが無いのでしたら中古をお勧めします」


 げ、四万から二十万ゴルって四百万から二千万かよ。ちょっといい自動車と同じくらい高いじゃないか。しかも発注して一か月は流石に待てそうにないぞ。


「ただ問題は馬車を引く馬ですかね。この街には牧場も馬屋もないので誰かに譲ってもらうしか方法が無さそうですね」

「馬も頼んだら用意は出来ます?」

「うぅん、ちょっと難しいでしょうね。馬を手放す人ってなかなかいないんですよ。そもそも馬を抱えているのって商人か貴族様が多いので、必用だから持っているってのがほとんどですからね。維持できなくて手放すとかじゃない限りは無理でしょうね。そうなるとどこかの牧場から仕入れるか、王都の様な都市じゃないと厳しいと思います」


 そうかぁ。フィアを歩かせるのは可哀想だから馬車を手に入れたかったんだけど、現実的には難しそうだ。

 こうなると旅をしながら探していくしかないか。


「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、お力になれず申し訳ありません」


 取り敢えずこの街で馬車を手に入れるのは諦めた方が良いみたいだ。


 お礼を述べて立ち去ろうとしたら「そう言えば、これは噂なんですが」とクァバルさんが俺の足を止める。


「昨日、子供を誘拐しようとした者達が捕まったらしいですよ」


 ん、それって。


 フィアが緊張したように掴んでいた俺の服の端をクイっと引っ張る。


「スラムに巣くっていた奴ららしいのですが、冒険者上がりの傭兵だったみたいで、あまり良い話を聞かない札付きだそうですよ。そいつらの溜まり場が昨日の夜に兵士によって抑えられたらしいのですが、どうやらその原因が子供を誘拐した事だっていうじゃないですか」


 あぁやっぱりそうだ。フィアを連れ去った奴らの話だ。

 良かった、ちゃんと捕まったみたいだ。懸念していたことは取り越し苦労で終ったようでほっとした。


 だが、問題はその攫われた子供についてどれだけ伝わっているかだな。


「子供を攫うなんて危険な奴が捕まって良かったですね」

「えぇ全くです。ただこの話、一つ妙な所があるんですよ」

「妙?」

「はい、確かに兵士たちが踏み込んで捕まえているらしいのですが、兵士が踏み込んだその時には既にそいつらは全員縛られていたらしいんです。しかも建物はボロボロに崩れ攫われた子供もいなかったそうですよ」


 思わずギクリとした。


「事前に誰かがそいつらと争い、攫われた子供を救出したみたいなんですよ」


 クァバルさんが含んだ笑みを浮かべて俺を見る。


「近くの人が騒音に驚いて見に行ったらしいのですが、どうやら奴らと争っていたのは夜の闇に紛れるような黒髪の男だったらしいんです」

「・・・っ!?」

「ハルさん子供を連れているのであればもお気を付けください」


 そう言ったクァバルさんの笑みは何か確信しているようであった。


「・・・・えぇ気を付けます」


 気にするべきはフィアでは無くて俺の方だったみたいだ。


 必至で動揺を隠して俺たちはその場を去った。

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