第5話 初めての戦闘

 石造りの階段を感触を確かめるように一段一段と降りていく。

 中は少しひんやりとするがそれが俺の高揚感を落ち着かせてくれる。

 壁面も天井も切り出した石を積み上げ組み合わせた構造をしている。中に照明となる物が一切無いのに不思議とほんのりとした明るさを保っていた。

 普通であればこのような狭く囲われた空間では音が反響するものなのに、この階段はまるで公園の中を歩いている様に静か。五感の情報と脳内の情報が食い違い一種の乗り物酔いに似た気持ち悪さを感じる。


 そう長い階段では無かったようで、出口が直ぐに見えてきた。余り長く居たい環境では無かったので安堵した。


 階段を下りた先にぽっかりと口を開く白い空間。

 俺の鼓動が聞えてきそうなほど打ち鳴らしてくる。自然と足の運びが速くなり、何時しか駆け下りていた。

 そうしてとうとう辿り着いた階段の出口は光に包まれ外がどうなっているのか一切見えない。何にせよ一本道でここが出口なのは間違いない事なので、俺は恐る恐るではあるが、その真っ白な世界に手を差し込んでみる。

 すると眩い光が膨れ上がりあっと言う間に俺を呑み込んでいった。




 


 眩しさ防ぐ為目元を覆ていた腕を下ろした俺は数度瞬きをする。徐々に白ボケした視界がはっきりしてくる。

 

 俺は息をのんだ。


 クリアになった俺の視界には、数十メートルにも及びそうな巨大な木々が見える範囲一面に生い茂っている。

 僅かに枝の隙間から漏れ届く木漏れ日は、光の帯となって地面に突き刺さる。

 いつか見た映画のワンシーンのような、そんな幻想的な世界が俺の周囲に広がっていた。


 深い緑の匂いが鼻孔を刺激してくる。俺の住む場所では決して味わうことのできない濃密な草と土の香り。降り積もった落ち葉が腐食し分解され、豊かな土壌をはぐくむ糧となる、その香りは芳醇な酒のようであり雨に濡れた犬のようでもある。俺の様に田舎の自然も経験したことの無い、慣れていない人であればこの濃密な森の匂いにむせ返ってしまいそうだ。


 ちょっと詩人じみてしまった。


「・・・・・・これが、異世界。ってか最初っからあの白い入り口をテレビに出せばよくね?」


 無駄な階段ギミックに呆れつつも、突然変わった視界に驚きを隠せなかった。


 上を見上げる。木の天辺が覆い隠されて全く見えない。


「何てデカイ木だ」


 昔のこの木なんの木よりもデカイ木々に開いた口が塞がらない。


 公園でよく見かける楢の木に似ているが、少し違うような。


「まだ6月なんだけどな・・・・・・どんぐりとか落ちてないだろうか?」


 日本と季節が違うのか、はたまたこの地域の気候の所為なのか、足元には落ち葉が多く積もっていた。

 どんぐりは無かった。


「落葉樹なのか? でも紅葉もしていないし葉も落ちて減ったようには思えないな。そもそも今は秋なのか?」


 もしかして年中生え変わる葉っぱなのだろうか?


 不思議な見た事の無い木の幹をポンポン叩いてみる。特に何の変哲も無い、感触的には木、だ。


 ふと後ろを振り返る。

 降りてきたはずの階段が無くなっていた。

 ・・・・・・・・多分だが出口の光で転移したのだろうと推測する。完全にあの階段は必要ないだろうな。


「ただの趣味か? あの婆ならあり得るか」


 色々と小ネタを挟んでくる婆を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。


 あの婆の事は取り合えず置いておこう。先ずはここが本当に異世界なのかどうかを確認しなくてはならない。もしかしたらただ単に俺の知らないどっかの森に飛ばされただけかもしれない。

 確かに幻想的で不思議さを感じさせる森ではあるが、地球上にこんな場所が無いかと言えばありそうな気もする。


「モンスターの一匹でも出てくりゃ分かるのに」


 と、フラグ立てのセリフを口にしてみた。


 するとそれをおもんばかってか草木の陰から一匹のけったいなものが現れた。


 大きさとしては軽自動車のタイヤくらいだろうか。少し溶けかかったゼリーのような見た目のそれは、半透明な体を伸縮させながらこちらへと近づいてくる。一番近いものとしてはアメーバじゃないだろうか。


 フラグが効いたのかどうかは別として、俺はここが異世界であるとやっと確信を持つことが出来た。


「なるほど、スライムってキモイな」


 そう、俺の前に現れたのはスライム、と思われる生物?だ。

 こんなのが出てきたらここが地球で無いのは確定と言っていいだろう。


 それと不思議と俺は冷静だった。多分ここには強いのはいないという婆の言葉を信じているからかもしれない。あの婆の言葉には不思議とそうなんだと思い込ませる力があるのかもしれない。

 だから出てきたのが見た事の無い生物?スライムだとしても俺はそれほど焦ることも無く冷静に観察することが出来ているのだろう。


「よし、じゃあ早速・・・・・・・あ!」


 だがそれも束の間、俺は焦りを覚えた。


「俺、武器持ってないじゃん」


 浮かれすぎていて忘れていた。

 そうだよ、どうやってモンスターを倒せばいいのかなんてここに来ることばっかり考えていて全く気にもしていなかった。


 ウネウネグニュグニュとスライムが近づいてくる。


 焦った俺は体中を弄ってみるが当然戦えそうなものなど持っていない。そもそも部屋に武器に出来そうなものなど一切置いていない。俺は料理もしないから包丁すら置いてないのだから。


 ・・・・・・どうすればいい?


 ゆっくりと動くスライムが少し恐ろしく見えてきた。


 逃げるか? いや、何か折角来たのにそれは癪だ。今戻ったらあの婆に何か言われそうだし、それは俺の精神衛生上よろしくない。


 周囲に目を這わせる。

 すると足もとに落ちていた手頃な長さの木の枝が目に入った。


 「これでいいか?」と枝を拾い上げ、何度か素振りをして感触を確かめる。いけそうな気がする。


 2,3度深呼吸をした俺は意を決してスライムに飛び込んでいった。


「うらあぁぁぁ」


 緊張で声が裏返ってしまった。


 剣道はおろかチャンバラすらした事の無い俺は地べたを這いつくばるスライムを、拾った木の枝で滅多叩きする。格好も糞も何もない。へっぴり腰でお尻を突き出し、我武者羅に木の棒を上下左右に振り回すだけ。


 何回打ち込んだか覚えてはいないが、息が切れ掌が擦り剝けた痛みで我を取り戻した俺は、目の前で割れた水風船のようにしぼんだスライムの残骸に気が付いた。


 どうやら俺はスライムを倒したようだった。


「・・・・・・うは・・・・・・うは、うは、はっはははははははははは」


 乾いた笑いが溢れ出した。


 俺は手にした木の棒を天高らかに突き上げた。


「スライム、打ち取ったぞぉぉぉぉぉ!!!」


 叫んだ。心からの咆哮だ。

 あまりの嬉しさにガッツポーズ迄してしまったほどだ。


 異世界最高!!


 しばらく歓喜の余韻に浸っていた俺が落ち着くのに10分程ようしてしまった。


 落ち着いた俺は改めて思った。「一人でよかった」と。


 さて、これで俺は生き物?を初めて殺したのだが、それがスライムだったせいか嫌悪感はまったくといっていい程無い。まぁもっとも手に伝わる感触と言えばブニョブニョとかグニグニしかないのだからそんなもんだろう。


 落ち着きをとりもどした俺はここで初めて視界の中に不可思議なが浮かんでいるのに気が付いた。


「なんだこれ?・・・・・・・・EXP10P獲得、10ゴルを獲得、スライムの核を入手・・・・・・・ああ、ホントゲームだわこれ」


 視界の左隅に白文字で書かれている。文字は日本語だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る