第3話 何かが部屋に現れた

先輩せんぱーい。お疲れ様っす!」


 昼食にコンビニで買ってきた納豆巻きと野菜スティックを食べていると、職場の後輩が人好きする笑顔を振り撒きながらで手を振り駆け寄ってくる。


 会社近くの緑地帯にあるベンチには多くのサラリーマンやOLが思い思いに寛いでいる。特に今日は天気が良く気温も過ごしやすいせいかいつもより多い。ベンチはほぼ満席に埋まっている。

 俺がこのベンチを確保できたのはタイミングが良かったから。

 空き場所は無いかと探し歩いていたら都合良く通りかかった時に前使用者が立ち去った。そうじゃなければ人がいっぱいのこの場所を諦め、社内に居場所を求めて戻っていただろう。


 そんな幸運に恵まれ確保できたベンチに、ありがたみを感じるでもなく当然のように割り込んできた後輩に、俺はお尻の位置をずらしながら深い溜息を吐きだした。


「そんなあからさま!? ちょ、いいじゃないっすか、可愛い後輩が先輩に寂しい一人飯をさせまいとしてるんすよ。てかなんすかその組み合わせ!? 納豆巻きにサラダってマジ?」

「それが可愛い女子社員だったら喜んでケツの半分ベンチからはみ出すくらいはしてやったが、何が悲しくて男同士くっついて飯を食わなくちゃいけないんだ。あとコンビニに残ってたのがこれしか無かったんだよ!」

「訴え方が切実過ぎるっす!」


 そもそも俺は一人になりたくてわざわざここで飯を食っていたのだ。だから好き好んでむさ苦しい思いをしたいとは思わない。そんなものはありがた迷惑、いやただの迷惑なだけだ。


「しかもすごく嫌そうな顔!?」


 再び溜息をこぼすと後輩が大袈裟に驚いてみせる。


「まぁいい、お前が外に出てきたって事はデバッグが終わったのか?」


 こいつはいつもこんな調子なので適当にあしらい納豆巻きに齧り付く。

 後輩も昼食をコンビニで買ってきたのか、コンビニの袋を持ったまま誇らしげに腕組みをした。


「扱いが雑で悲しくなるっすけどそれは置いとくっす。デバッグですか・・・・ふっ、終わると思うっすか!」

「自信満々で言う事じゃ無いだろ・・・・とは言えお前の事だ、結構進んではいるんだろ?」


 後輩の態度に苦笑いを浮かべながらも、そう宣う後輩の言葉を間に受けるつもりはない。

 こいつは見た目と言動はチャラいが仕事は出来る奴だと思っている。責任感だって人一倍あり誰よりも頑張っているのを知っている。

 厚かましくて鬱陶しい所はあるが正直俺はこいつを信頼しているので、実はこう訊きながらも心配はしていない。


「そこそこっす。そこそこっすよ先輩。デバッカーのバイトの顔を見るのがちょっと嫌になるくらいのそこそこっすー」

「お前病んで無いか? 大丈夫か?」


 違った!? 心配しないといけないレベルだった!?


 あれだけ元気な後輩が表情を無くして遠い目をしていた。

 そう言えばこいつ二徹して家にも3日くらい帰っていなかったはず。ヨレヨレのシャツは一昨日から着ているものだし、このテンションはもしかしてただハイになっておかしくなってるだけか!


「待て待て待て、二回も正式稼働を延期しているから流石にもう伸ばせないぞ。運営元もウチの上層部も泡喰っているからな、何とか表面上のバグだけでも潰して形だけでも整えないと今度こそ何言われるか分かんないぞ」

「そう思って時田ディレクターに訊いたっす。この分だと今の状態で稼働させないといけないって。時田ディレクターは笑顔で大丈夫って言ってたっすけど、多分あれ半分意識飛んでたと思うっす。なので申し訳無いっすけど先輩の方でもどうしたらいいかチェックしてもらえないっすかね」

「お前が外に出て来たのはそれが理由か。しかもそれって・・・・・・いや、分かった。飯食ったら上げられたやつの取捨選択をしてみるよ」


 それは俺の仕事じゃない、そう言いかけてやめた。

 結局何を言ってもやらないとどうにもならないのだろう。こいつが俺に頼むとはそういうことだ。


 俺が了承した事で多少肩の荷が下りたのか、後輩は「あざっす」と顔をくしゃりと綻ばせ、背もたれにぐたぁと体を預けた。

 こいつなりにだいぶ切羽詰まっていたのだろう、珍しく元気の無さを感じた。

 買ってきた菓子パンを頬張る後輩を視界の端に捉えつつ俺は苦笑いを浮かべる。


 こいつは俺が初めて指導を受け持った後輩だ。

 名は加藤隆文と現代若者にしては割と普通で年齢は24歳、大学卒業後すぐにうちの会社に入社してきた。それだけに何かと今も面倒を見ている。


 加藤は要領が良く物覚えも非常に良い。入社当時から然程手も掛から無い非常に優秀な社員だったのだが見た目と言動の所為で誤解されやすい。


 その加藤がこうして俺を頼ってくるのは本当に切羽詰まりそうな時だけ。しかも状況判断が良いから、本当に詰まりきる前には持ってくる。


「・・・・仕方無いか」

「ん、何すか?」

「いや、何でも無いよ」

「そうすか・・・・先輩の趣味ってなんすか?」

「と、唐突だな?」


 そんな後輩の頼みを関係無いとは断れないと自分の中で飲み込んでいると、当の後輩がのほほんとした顔で脈絡の無い質問を切り出した。


「前から思ってたっす」

「いや、そう言う事じゃ無くて」


 唖然とする俺に更なる謎の追い討ちをしてくる後輩に思わずツッコミを返す。


「ほら、先輩って抜け殻みたいじゃ無いっすか」

「抜け、殻!?」

「え? あぁ違うっす。仕事以外の時っす」

「何のフォローにもなってねぇよ! ま、事実だから否定し難いけどな」

「っすよね・・・・わゎ、すんませんす!」


 失礼極まりない後輩に腕を振り上げる。


 そう言うとこだよ加藤!


 加藤は頭を庇いながらもどこか楽しそうなのが更に腹立つ。


「でも実際どうなんすか? 趣味、持ってるっすか?」


 俺の感情などお構いなしにマイペースな後輩の追随は止まらない。

 何でそんなに俺の趣味を気にするのか、見合いでもあるまいしと呆れてきた。


「それ知ってどうすんだよ?」

「後学の為っす」

「なんのだよ!?」


 反論するのにも疲れる加藤は引く気がなさそうだ。

 目を爛々とさせ俺を見ている。最早本当にお見合いでもしている気分になってくる。


 加藤の頑なさに諦めの吐息を吐き出す。


「・・・・無いよ」

「え、何がっすか」

「おま・・・・はぁ、趣味だよ」


 結局俺は根負けして答える。

 

 加藤の質問に対しては改めて考えるまでも無い。

 ここ最近は仕事のことで一杯一杯だったからプライベートと言えば寝るくらい。当然ながら趣味に講じる気力も余裕も時間も無かった。

 昔はそれなりに趣味、とまでは言えないが色々と楽しんでいた。俺は結構興味を持つと何でものめり込むたちでもある。だが今はその興味すらお疲れ状態だ。


 苦虫を噛み潰した様で答える俺に加藤は眉をハの字にさせる。


「ドンマイっす」

「るせ」


 軽過ぎる労りについ悪態で返す。


「分かってたっすけどこうして直接耳にすると哀しいものがあるっす」

「いや、だったら訊くなよ」

「そうっすよね、先輩女っ気無いっすもんね。趣味はもってないっすよね」

「余計なお世話だよ・・・・てか女っ気は関係なくね?」


 まさかの暴論にビックリだわ!

 

 え、何で女? それ全然関係ないだろ?


 随分な態度にこの後輩は俺のことが嫌いなのではないかと思えてくる。


「お、俺に女が居ないって・・・・何で言えんだよ」

「あ、そういうのはいいっす」

「・・・・」


 反論する俺に対しやれやれと頭を振る加藤。

 俺はムッとしながらも口を噤ぐ。

 分が悪い、これはその一言に尽きる。

 加藤が言う通り俺に女っ気は全くないからだ。

 だがこのままやられっぱなしは癪だ。


「お前だって同じだろうに」


 ボソリと意趣返し。

 我ながらちっちゃいと思いながらも感情を止められない。


「え、俺は違うっすよ。ちゃんとあるっすから」

「え!?」


 だが返ってきたまさかの回答。

 俺は豆鉄砲を喰らった鳩の如く目を大きく開けた。


 ある?

 は、どっちが?


「どっちが?」


 その驚愕ぶりは思わず心の声が漏れ出すほど。


「ぬふふ、どっちもっす!」

「なん、だと!?」


 自身満々に宣う後輩に衝撃を受けた俺はベンチでのけぞった。


「それは・・・・まさか?」

「そのまさかっす。趣味と・・・・女っす!!」

「っ!?」


 はたから見たら実に出来の悪い寸劇を繰り広げている様に見えるだろうが、当人としては至って真剣だ。


 加藤だって俺と同じような生活のサイクルをしているはずだった。だと言うのに趣味どころか女もいる、この事実は俺にとって衝撃以外の何者でも無い


 あり得るのか? こいつに?


 顔は・・・・悔しいがそこそこ良い。

 チャラいが人懐っこい子犬っぽさがあるカワイイ系の顔だ。


 だが、だがだ。そんなことがあっていいのだろうか?


 いや断じて否である!


 そうこれは受け入れがたい虚言。


 だからこそ俺は期待を込めた可能性の模索をする。

 そして思いついた一つの


「まさかお前・・・・・キャバクラに嵌ったのか!?」


 趣味と女、その両方を同時に得られしかも俺らの生活サイクルでも可能な事。それは夜の誘い。


 あれは確か別部署の部長の話だった。



 仕事に明け暮れるだけの毎日に疲れたとある部長が、深夜自宅に帰る途中、輝かしいネオンに目を奪われた。


 それが不幸の始まりだった。


 その部長はその日から夜のネオン、今はLEDだが、その誘いに乗ってしまった。

 そうキャバクラにだ。


 普段色の無い生活をしていた部長はキャバ嬢たちからチヤホヤされる快感に心を溺れさせ、足蹴に通うようになってしまった。


 そして仕事一筋で遊びなれていなかったのも災いした。


 部長は限度を超えた回数キャバクラに通い詰め、仕舞には借金までして貢ぎまくり、結果奥さんにばれ離婚する事となった。


「人生を棒に振る様な趣味はいけません!」

「何の話っすか!? 違うっすよ、キャバクラなんて行った事も無いっすよ。俺が興味にしているのはアイドルっす、アイドル! 正しくは趣味じゃ無くて推し活っすけど」


 加藤の両肩をガシリとつかみ訴えかける。すると加藤は目を丸くして首をブンブンと振る。


「ん、アイドル? それってあれか、最近よく聞く会える地下アイドル、みたいな。それはそれで貢ぎまくって危ないんじゃ」

「確かにそういう人もいるっすけど俺は違うっす。俺が好きなアイドルはそう簡単に会えない方のアイドルっす。劇場とかに出ているのとはまた別なタイプっすよ。分かります?」


 すっすすっすと熱弁する加藤。

 どうやらキャバクラみたいな危険な遊びはしていないらしい。


 てかその「おっさんには分かるまい」みたいな言い方はちょっとイラっとくるぞ。


「『りるりる』って言うアイドルなんすけど、3人組ユニットの一人で、その子たちはデビューしてからまだ2年しか経ってないんすけど、デビュー当時から音楽配信でいつも上位に入る実力者なんす。それぞれ個性があって、俺が推す『りるりる』は最近だと雑誌モデルやCMなんかにも出てて凄く人気なんです。先輩、見た事無いっすか?」


 え、何その幼児の飲み物みたいな名前。

 ん~知らんなぁ。そもそも最近テレビなんて見てないし。


「知らないな」

「マジっすか!」

「で、結局お前の趣味ってはアイドルの追っかけってこと?」

「いえ推し活です」

「は? 何それ、なんか違うの?」

「全然違うっす」

「俺には同じに思えるんだが、要はアイドルの応援が趣味で、あぁなるほど女っ気ってのもそのアイドルの事か」


 加藤よ、趣味としては個人の好色だから何も言わんが、アイドルの追っかけを女っ気があるとは言わないと思うぞ。

 まったく加藤のくせにビビらせやがって。


 話しに興味を無くした俺は残っていた100%ジュースを一気に飲み干す。

 そろそろ休憩時間も終わりだな。


「それはまた別っす」

「・・・・え?」


 ごみを片付けて戻る準備をしている俺の耳に飛び込んできた加藤の軽い一言。だがその一言は軽く受け流すには意味深すぎるものだった。


 俺の片付ける動きがピタリと止まる。


「あ、こんな時間っす。仕事に戻らないと!」

「え、ちょ、加藤。え・・・・え?」


 しかしその真意を聞き返すことは出来なかった。


 加藤はカジュアルな腕時計に目を落とすと慌てたようにベンチから立ちあがり、引き留め間もなくあっという間に去って行ってしまった。


 俺はしばし呆然と加藤の後姿を見送った。


 周囲のサラリーマンたちが続々と動き出していく。満席だったベンチはいつの間にか座俺含めて片手で数えられる程になっていた。


 重々と立ち上がる。


 軽くなったコンビニの袋を手に持つと会社へと帰路の一歩を踏み出す。


 見上げた空の太陽がやけにまぶしく感じた。





 結局その日は会社に泊まり込みでの作業となった。

 ただその甲斐あって何とか体裁は整えることが出来た。


「あぁもう流石に限界だわ」


 次の日。屍累々となる開発室の惨状に室長が一斉に帰宅を命じた。

 俺や加藤も4日ぶりとなる帰宅となった。


 築40年を超える趣のあるアパート、そのひび割れたコンクリート製階段を脚を引きずるようにして登る。


 駅から近いだけが取り柄のこのボロアパートが今の俺の家だ。

 風呂はシャワーのみの1K、なのに家賃は月6万と微妙に高い。

 ただそれでも会社から二駅、その直ぐ近くの立地を考えれば非常に安い物件だ。

 社会人なりたての頃は理想を持ってそれなりに生活環境も気にしたもんだが、今となっては如何に時間をかけず素早く寝られるかだけが重要になってしまった。結果2年目で引越し今のアパートに入居した。

 不満としてはやはり風呂が無いとこだが、このご時世あちこちにサウナや温泉施設があるので、そこも然程苦にはなっていない。


 そんな寝るだけのアパートの重たい鉄製の玄関扉を開くと、古臭い建物特有の臭いが鼻に流れ込んでくる。これが帰ってきたなと一番実感できるのだから、俺も随分と馴染んでいる。


 片肩に背負っていたバックをベッドの上に置くと床に座った。

 一人暮らしであるこの部屋には当然誰もいない。隣の住人も帰って来ていないのか、薄い壁越しの物音も無かった。

 その沈黙と直に臀部に当たる床板の冷たさに妙なもの寂しさが込み上がる。


 だからだろうか、ふと頭に昨日のお昼にした加藤とのやり取りが思い出されたのは。


「・・・・趣味、ね」


 忙しいのは事実だ。現にこうしてなかなか家に帰ってすら来れない。

 でも、それでもこのままでいいのか、とも思ってしまう。


「べ、別に女が欲しいとかじゃ、ないし!」


 結局加藤から真相は聞け出せなかった。

 「女って?」と問いかけても「それは内緒っす」とはぐらかされるだけだった。

 別に趣味と女を一色単に考えている訳でも無いが、どうしても加藤の事が頭に残っていて同時に浮かんで来る。


 誰も聞いていない強がりを誤魔化す様に、俺は久しく見ることの無かったテレビのリモコンに手を伸ばした。

 ベッドの上で横になると、お目当てがあるわけでも無いチャンネルを次々と変えていく、が気になるのは無かった。

 何となしに一番最初にの番組をぼうっと眺める。


 趣味でもあればこんな時間も有意義なんだろうな。


 そんな事をぼんやりと考えていたら、1時間もしないうちに俺の意識は静かに闇へと落ちて行った。





「・・・・・・き・・ゃ」



 あ、れ・・・俺、眠っていた?


 やけに喉が渇くのを感じながら虚ろな意識に自分が寝ていた事を悟る。妙に体が重いのは中途半端に寝てしまったからだろう。


「起きる・・・・ゃ」


 誰かが呼ばれたような気がした。しかもその声には妙な懐かしさがあった。


 ・・・・あぁ、田舎の婆ちゃんか。


 母親方の祖父母は東北で農家をしている。

 小さいときはお盆や正月になるとよく行ったものだ。その度に渋滞に巻き込まれて酷い目にも合っているけど、俺は嫌いでは無かった。

 その婆ちゃんの声に似ている。


 そっか、夢か。


 懐かしさを覚えながら現実に会えない事だけは理解してる。


 元気にしているだろうか?

 今度、いずれ、いつになるかわからないが、祖父母の所に顔を出そうかなと考えながら、再び意識を沈ませていく。



「起きるのじゃ!」


「っ!?」



 だがその眠りは怒声によって妨げられた。

 それと同時に無理やりに覚醒させられた脳が失態に気付き焦りが湧き立つ。


 や、やば、やっちまった!?

 しちまった!


「す、すみません。ちょっとうとう、と・・・・あ、れ?」


 やらかしに心臓の鼓動を激しく打ち鳴らしガバリと起き上がる。


 だが徐々に明瞭となってくる視界と脳が、違和感に気づくのにそう時間は掛からなっかた。


「はぇ? 会社じゃ・・・・ない?」


 視界いっぱいに見覚えのある古い壁紙が広がっている。だがそれ以前に最も覚えた違和感は狭さ。


 こ、ここ・・・・・・・・俺の、部屋だ!?


 その事実に目が丸くなる。


 も、もしかして寝ぼけてた?

 いや、それしか無いだろ。


 そう言えばテレビを見ていてその後の記憶がない。

 つまりはここは俺の部屋。婆ちゃんの夢を見て寝ぼけていた。



「やっと起きたのじゃ。わしはお主のじゃないのじゃ」

「ひゃうえ゛っ、ぐふ!?」



 俺は奇声をあげベッドから飛び上がる。そしてバランスを崩して床に転げ落ちた。

 後頭部を強打した。だがそんな痛みなどより全開で周りを見渡した。


 はっきり聞こえた!


 まるで耳元で囁かれた様な至近距離で、しかもしわがれた老婆の声。

 夢現などでは無いその息の熱まで感じるリアルさに、顔面は蒼白し心臓が痛い程打ち鳴っている。


 まさか・・・・・・・・。


 一人暮らしのボロアパート、そこで聞こえた俺以外の声


「っ!?」


 俺が寝ていたベッド、その上を見た俺は絶句した。


 いた! いやがった!?


 それは小柄な老婆だった。

 シワだらけの顔が俺を見下ろしている。


 サッと血の気が引いて行く。

 全身に毛という毛が逆立った。


 俺も紛いなりに理系の人間だ。

 だがこうも超常の現象を目の当たりにさせられては反論のしようも無い。

 何故? とか何が? とか、もうそれらを考える余裕は脳にも心にも無く、ただただ湧いてくるのは純粋なる恐怖。


「・・・・お化け」


 それは畏怖と自分へに再認識を兼ねた呟き。


「誰がお化けじゃ!!」


 だから決して返答を求めたものでは無い。


「・・・・は?」


 だがこれまたはっきりと返ってきた抗議の声に、俺は別な意味での恐怖に身を震わせた。


 こいつ・・・・お化けじゃ、無い!?


 よく見れば脚がある。

 透けているわけでもなければ、しっかりとベッドが沈むくらいの質量も持っている。


 つまりそれは実態があるという事、そして幽霊の類では無いという事は・・・・。


「・・・・・・え、誰!?」


 麻痺する脳が答えを見出せず、困惑に眉が情けなく山を作る。


 幽霊で無ければこいつは実在の人。

 それはこの状況からすると不法侵入したという事。


 え、大家さん? 親戚? 近所の人? いたかこんな婆さん?


 全く覚えのない人物がベッドの上に居る。

 それはホラー以上のホラー。


 そんな俺の困惑を他所に仁王立ちする謎の婆さんは何故だか自慢気に胸を逸らし・・・・


「女神なのじゃ!」


 そう宣った。


「???」


 俺の困惑に拍車が掛かったのは言うまでも無い。


「え・・・・えんのじゃ?」


 だからこんな返しをしたとしても俺は悪く無い。


「誰が盲目で部屋を間違えたボケ老人か!? 女神なのじゃ!!」


 いやそこまでは言っていない、と言うツッコミを飲み込み、何と無くノリで口が滑る。


「え、手紙なのじゃ?」

「うむ田舎のお婆さんが元気にしてるか心配して野菜と一緒に送ってきたのじゃ、な訳ないのじゃ!!」


 お、おぉ・・・・意外とノリが良い、て違ぁう!?


 こいつ何!?


 知らない人!


 知らない人が勝手にノリツッコミしてる!?


 はっと我に返った俺はスマホを手に取ると画面をプッシュ。


「1,1,0」

「行き成り警察はやめるのじゃ!」

「いて!」


 婆さんにスマホを叩き落とされた。しかも手がぶれて見える程の恐ろしく速い動きで。

 俺は床でバウンドするスマホを唖然としながら見ていた。

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