第138話 剣の鬼

「あは・・・・・・あははははは・・・・・・・あぁっははははははははははははははははは」


 俺の股間を躊躇無く狙ってきた女が狂ったような高笑いを上げた。

 その嬉々とした笑いに俺の縮み上がっていたあそこが更に畏縮していく。この女、分かっていたがとんでもないS気だ。


「なるほど・・・・・・・確かに貴様の言うとおりだ。あぁ、面白い・・・・面白いぞ!! そうだ、これだ。あの時貴様から感じたのはこの気配だ」


 そして今度はうっとりとした艶やかな笑みを見せる金色女。その美貌故何も知らなければ危うく見惚れてしまう上等なものなのだが、内面が凶悪過ぎる事を知っている俺としてはその笑顔は残虐的なものにしか見えない。


 自分で言っておいてなんだが、この女を楽しませるのは危険なのではないか?

 煽ったのは失態だったかもしれない。


「ならばこちらも本気で行かせてもらうぞ!」


 金色女が笑みを浮かべたまま突進してくる。その迫力が何段か増している気がする。

 狙いは一番避けにくい胴体か。しかも心臓部分を躊躇いも無く串材しようとしているのだから、背筋を中心とした体温が5度くらいは下がったのは間違いない。


 っ、速い!


 もう金色女から遊びなどと言う生ぬるさは微塵もない。一撃一撃が必殺の刃であり必中の狂気となって襲い来る。

 しかもさっきよりも格段に速い。まるでギアがローから一気にハイトップまで上がったかのような神速の刺突。今の俺でも霞んで目で追うのがやっとの範囲。


 大丈夫、寸での見切りは難しいがまだ避けられない程じゃ無い。


 金色女の刺突を大きく仰け反って躱す。そのままバク転し片手で逆立ちになるとカポエラの如く脚を振り上げて蹴りを繰り出す。

 だが金色女は分かっていたかのように蹴りのタイミングに合わせて自らの体を回転させた。足裏が僅るだけで蹴りは空振りに抜けていく。


 金色女の猛攻は止まらない。


 金色女はそこから更に反転、お返しとばかりにフィギアスケートのスピンさながらの回し蹴りを繰り出してくる。

 咄嗟に逆脚を振り上げ蹴りを蹴りでいなす・・・・・が、金色女にその脚を掴まれ思いっきり引っ張られてしまった。

 ただでさえバランスの悪い体勢の俺は簡単に引き倒されてしまった。

 そして嬉々とした金色女の顔を見上げて戦慄する。

 「拙い」そう思うのと横に転がるのは同時だった。その咄嗟の行動が危機を救う。俺が元居た場所に拷問器具が突き刺さった。


 良し、チャンスだ。今なら


 危機から一転こちらに有利な状況が生まれる。

 武器が土に埋まればそこから抜くのに時間がかかるはずだ。その間に厄介な武器を使えなくしてしまえば・・・・・・・そう考えたのだが。


 その考えが浅はかだったと直後に思い知る。


 金色女はまるで豆腐でも引き裂くように軽々と土に刺さった剣を横に払ってきたのだ。


 地面の中から飛び出した棘付き刃が逆袈裟に跳ね上がる。

 反撃しようと踏み込んでいた俺は重心が乗り過ぎていて動けない。


「だらぁ!!」


 気合の雄叫びを上げる。


 脇腹の筋肉を軋ませ無理矢理に上体を僅かに逸らす。

 ギリギリを金色女の剣が過ぎていく。俺の服を引き裂いて獰猛な風音が耳を霞める。


 駄目だこのままじゃ。

 すこぶる良くない状況を脱するため一旦金色女から距離を取った方が良い。

 その為に無様でも何で金色女を引き離す。


 俺は再び筋肉を軋ませ無我夢中で金色女に突進。そのまま全身で体当たりをかます。


「ぐぁ」


 金色女が女らしくない呻きを上げ後方へと吹き飛ぶと俺も空かさずバックステップに後退した。


 荒くなった息を整え熱くなった頭を出来る限り冷やす。


 どうにも上手くいっていない。ステータスの差で確かに圧倒しているがそれが上手く使えていない気がする。

 やはり技術や読み合い駆け引きでの差が出ているのだろうか? いや、そんなことは分かり切っていたことだ。それを差し引いたとしてもこのステータス差であれば圧倒できたはず。現に素早さは格段に俺の方が上だ。あの女の攻撃だって見えている。


 なのに・・・・・・くそ、こんな為体ていたらくでどうすんだ。これじゃさっきまでと何も変わっていないぞ。


 悔しさに唇をかみしめる。


 金色女がこっちを見ている。相変わらず寒気のする笑みを浮かべて。


 畜生、余裕じゃねぇか。


 もう少し休憩と考える時間が欲しかったがどうやら無理なようだ。

 何とか引き離した距離は金色女の突進一蹴りであっさりと埋められる。そしてまたも襲い来る容赦のない猛攻。


 逃げる俺に追いすがる金色女。離れればその長剣のリーチを生かした攻撃が、狭い間合いでも邪魔なはずの長刀をしなやかな体捌きで巧みに扱う。


 縦に裂き、横に薙ぎ、突きを穿つ。


 その剣技は戦闘狂的性格や物騒な拷問器具からは想像できない無駄が無くかつ繊細な軌跡。力を乗せた思い一撃が来たかと思えば柔らかな剣捌きで攻撃をいなす。正に剛と柔を織り交ぜた多彩な剣舞を披露する。


 金色女が逆袈裟に斬り上げてくる。燕が地面の虫をさらうように長い刀身を地面すれすれから跳ね上げる。負けじと俺が袈裟斬りで迎え撃つ。


 いい加減こっちのストレスが溜まっているんだ、目いっぱいの力で今度こそやる!


 金色女の鋭い斬撃と俺の渾身の振り落とし。金色女の剣が折れたところにストレートの拳を叩き込む、そんな目論見を幻視しながら握る柄に力を籠める・・・・・・・・が、その込めた力がするりと抜けていった。

 刀身が重なり合った瞬間、金色女の手首が柔らかくしなっていた。

 目いっぱいに振り降ろした俺のロングソードは力のぶつけ場所を無くして空回りする。それに俺の体も引っ張られるようにして流された。


 やばい、倒れる!


 咄嗟に脚を踏み出して踏ん張る。

 だがそれは明らかな隙を生む。バランスを崩し無理な体勢なうえに両足が完全にベタ足だ。ここから素早く動くこと難しい。


 見事にしてやられた。苛立ちでまたも頭に血が上っていた。

 誘われた、まんまと引っ掛かった。


 金色女の剣が俺の首筋を真直ぐに捉えている。


 どうする、金色女の攻撃は避けられそうにない・・・・・一撃位なら持ちこたえられるか。



「っ!!」


 ・・・・・・何を馬鹿なこと考えている!



 そんな弱気な事で今後ステルフィアを守れるか。無理だ、出来ない、もっと強く圧倒的じゃなければあの子は救えない。

 こいつらに思い知らせるんだろ。圧倒して勝つんだろが!


 結局は慢心していた俺のおごりがこの結果を生み出している。【冒険者】のステータスなら食らっても問題ないとそう考えてしまっている。ステータス頼みに考えもしなかった俺が馬鹿だった。


 不甲斐ない。実に不甲斐なく馬鹿野郎だ。


 考えろ! 受けても死なないからなどと弱気は追い出せ。

 必死に打開策を探れ。

 瞬き時間さえも無駄にするな。

 俺の出来る事は何だ!


 一瞬がこれほど長く感じた事は無い。まるでスローのように流れる情景に思考だけが加速する。


 そして見えた僅かな光明。


 それは金色女と同時に攻撃してくるジョシュアンさんの姿。


 ジョシュアンさんの刃が僅かだが金色女よりも先に到達する。同時攻撃など更なる窮地に思えるがこれは違う。偶々なのか狙っての事なのか、どちらにしてもジョシュアンさんの剣は俺にとっての活路となる。


 金色女の避けられない部位とは違いジョシュアンさんの狙いは肩への刺突。


 ・・・・・これなら!


 それは考えて出た答えと言うよりは直感に等しい思い付きだ。

 迷っている暇など到底無い。一か八かの勝負。


 俺はアイテムのショーカットを押した。



 その賭けは見事に勝った。



 ガキンと甲高い音が耳を刺し俺の上半身が反動に押される。

 外部からの衝撃に無理やり位置を変えた首元を鋸刃が霞めていった。薄っすらと赤い筋が首に刻み込まれたが何とかその場をしのぐことが出来た。


「なっ!」


 手品のように突然現れたに驚く二人・・・・いや金色女は目が驚いているが面白いとばかりに口が弧を描いている。


 そしてその二人の表情にかぶさり流れるいつものメッセージ。



 スキル【盾術】を覚えました



 どうやら初めて使ったで新たなスキルが発現したみたいだ。


 そう俺が使ったのはアイテムボックスから盾を出す事だった。

 装備アイテムを取り出すと何故か装備状態で出てくる不思議現象を利用した防御を思いつきそれを実行した。

 ジョシュアンさんが肩を狙っていたからこそ出来た裏技。上腕に現れる盾であればその腕の肩であれば少ない動作でカバーできる。そしてその刺突の反動を利用して金色女の一撃から逃れるというもの。

 上手くいったのは奇跡に近い、作戦とも呼べない偶然の賜物。


「ふざけた奴だ」


 だがそんな博打のような方法で九死に一生を得たのも束の間に金色女から新たな追撃が襲い来る。


 あぁくそ、次から次へと。


 辛うじて出した盾で防いだが容易く弾かれてしまった。


 駄目だ、【盾術】のレベルが低くすぎて金色女相手には役に立たない。


 窮地を脱することに一役かった盾だがこれ以降は逆に邪魔になるとアイテムボックスにしまった。

 またも一瞬にして今度は盾が消えたが、金色女は僅かに眉を揺らすだけで変わらずに神速の剣戟を繰り出してくる。


 ピンチは脱したが状況がまるで変っていない。


「何なんだあなたは!」


 更に面倒臭いのがこれだ。

 ジョシュアンさんはジョシュアンさんで更に攻撃の手を強めてきた。


 2対1の状況でも対応できているのはやはりステータスの高さのおかげだろう。だというのにこうも苦戦を強いられるなんて。


 右からの金色女の剣をロングソードで防ぎ、左らのジョシュアンさんの剣を一歩引いて躱す。反撃に金色女のしたところ、刃を滑らせながら金色女の剣がまたも首を薙ぎに来たのでしゃがんで躱した。


 やっぱり駄目だ、金色女ののだがことごとく悟られ躱されてしまう。

 ただ防戦一方ではあるが【魔術師】の時とは違っている。確りと対応できているし幾分かの余力は感じている。だがそれが反撃に結びついていかない。どうにも今一歩届かない、そんな感じがする。


 必死に体と剣を動かし剣戟の嵐を耐えしのぐ。


「・・・・・・チ」


 そんな猛攻の中金色女の舌を打つ音が激しく響く金属の衝撃音の中で不協和音のように耳に入ってきた。変わらず続く猛攻の中で僅かだが違和感を覚える。


 ・・・・・・おかしい。


 それは極些細なずれだ。


 厳しいのには変わりない金色女の剣筋から繊細さが欠けてきている気がした。本当に僅かなずれだが、金色女の技術が卓越しているが故にそのずれが目立っている。


 苛立っている?


 それよりも分かりやすい変化があった。


 金色女の表情から笑みが消えていた。眉間に皺が寄り微弱に頬が引きつっているように見える。


 俺を仕留められない焦りからか、そう思いつつ何が来ても良い様に警戒を更に強めた。


「・・・・・まだ」


 そしてそれは唐突に訪れた。

 だが俺が警戒していたのとは全く違う形だった。


「邪魔だぁぁぁぁぁ!!」


 金色女が感情迸る咆哮と共に極悪な剣を振り上げた。今までにない激情を宿したそれは、これまで嫌と言う程見せつけられた繊細さなど微塵も無いただの暴力に思えた。 


「っ?!」


 だがその矛先が俺では無くかった。


 金色女が激情を向ける先・・・・・それはこともあろうに仲間であるジョシュアンさんだった。


 身構えていた俺は呆気に取られていたこともあり初動が遅れた。

 

 ふざけんな、狙いはそっちかよ!!


 内心で悪態を吐きすてぎりっと奥歯を噛みしめる。

 金色女の振り下ろした凶刃の軌跡は、俺では無くへと牙を向いていた。


 脚の筋が千切れんばかりに地面を強く踏み弾く。間に合えとジョシュアンさんに体当たりで突き飛ばした。


「ぐあ!」


 短い悲鳴を上げるジョシュアンさんと俺の体が入れ替わる。だが代わりに今度は俺がピンチとなった。金色女の拷問器具がその獰猛さを露に迫ってくる。

 剣を振り回していたんじゃとても間に合わないと咄嗟に拳を振り上げる。

 ゴキリと嫌な音と鈍い痛みが拳から伝わってきた。


 ぐぉぉぉぉ、指が変な方向に曲がっているぅぅ。


 指の骨折と言う大きな代償をはらったが金色女の剣は何とか弾き返せた。

 千切れなかったのは流石俺のステータスってところだが・・・・・・・・・・・いってぇぞ此畜生!!


「うらあぁ!」


 だが人生初の骨折に悶絶している暇などない。即座に剣を後ろ手に払って女へと斬りかかるが、どうやら女自身追撃する気が無かったらしく、易々と後ろに飛び退かれ躱されてしまった。


「どう言うつもりだ。仲間を攻撃するなんて」

「仲間? ふっ、異な事を言うじゃないか、貴様」


 抑えきれない苛立ちを露に金色女を睨む。だが金色女はそれが何だと言わんばかりに鼻で笑い信じがたい事を言い出した。


「邪魔な小虫がうるさく周りを飛べば払いもすると言うものだろ。それの何が悪いというのだ、貴様。あたしの楽しみを奪うやつは誰だろうと斬り捨てる。それが分からないような輩は小虫と同類。それであればあたしの前に立った瞬間殺してくれと言っているのと同義だろう、ん? それよりも分からんのは貴様の方だ。貴様にとってそいつは敵だろうになぜ庇いだてなどした」


 正に暴論とはこの事だ。


 こいつとんでもねぇな!

 仲間意識どころか虫呼ばわりかよ。しかも自分の闘を邪魔する奴は誰だろうと斬るなどと堂々と言うなんてとんだ戦闘狂だ。笑いながら拷問器具振り回している時点でそれは分かってたけどよ!


 あぁ・・・・・・だぁらか。

 ずっと引っ掛かっていたんだが、金色女と戦っている時、兵士たちが介入してくることが

無かった。これだけの数をそろえておいてほぼ1対1はおかしいと思っていたんだ。なるほど最初はこの女の強さに自信があるからかと考えたが、どうやら理由はこの女の気質によるところか。


「偶々だ。お前をぶっ飛ばそうと思ったらぶつかった」

「はっ、ふざけたことを抜かす。あれをどう見て偶々などと思える。まぁいいだろう、そこを言っても貴様のそのふざけた態度が変わるとは思えんからな・・・・・・・おいそこのお前。分かったらさっさとこの場を去ることだな。虫は虫なりに場を弁えろ」


 さて金色女の弁にはドン引きだが、俺としてもこの女の言い分には益がある。2対1の状況もさることながら、こう何度もジョシュアンさんが金色女に狙われてその度に庇うのはたまったもんじゃない。


 ジョシュアンさんはまさか自分が狙われるなど思っていなかったのだろう。蒼褪めさせた顔が如実に語っている。


「ぼ、僕は・・・・・・・僕はあなたの、の邪魔をするつもりなど」

「黙れ小虫が。いかなる理由があれ、お前のような弱者にウロチョロとされては邪魔以外の何物でもない。あたしに殺されたくなければ早々にこの場から立ち去れ!!」


 懇願するように見上げたジョシュアンさんを、武器同様のえげつなさで抉るようにバッサリと斬り捨てる金色女。

 そのあまりのぶった切りにジョシュアンさんが愕然と女を仰ぐ。


 俺は何となく邪魔をしちゃいけない気分でその二人を黙って見ていたのだが、何と言うか出来の悪い小芝居でも見せられている気分になる。

 まあそれは良いとしてこれは絶好のチャンス。メニューからハイポーションを選択してしれっと飲み干す。


 おほぉ、すげぇ、指の骨折治ってんじゃん。肩の切り裂かれたところも復活しているしHPも満タンだ。


 と、それよりもだ。


 私、とっても気になります。


 あの金色女の名前がキルラ・バーンだというのが分かったのだが、その事よりも名前の前につけられた二つ名の方が物凄く引っ掛かっている。


 確か剣鬼けんきって言ったよね。


 しかもじゃなくての方で。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・。


 マジか、超ぴったりじゃん!!

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