第139話 ミラニラとギルド長
【ミラニラ】
「ちょ、ちょっとリア、ドランゴも・・・・・・・」
私が止めるのも聞かずに二人ともジョシュの元へと駆けて出してしまった。ジョシュはジョシュで話もろくに訊かずに先走って前線に向かったまま。
「何のために必死に戻ってきたと思ってるのよ!」
みんなの勝手さに愚痴も吐きたくなると言うものよ。
目的を忘れパーティーメンバー全員が居なくなるという身勝手に私は地団太を踏む。
でも、気持ちは分からなくはない。あんな話を聞かされたら確かめたくはなるわ。
特にここ最近のジョシュは彼をし過ぎなくらいに意識していたみたいだし。
「はぁ、しょうがないわね。私が役割を果たしとくわよ。それに・・・・・訊いておきたいこともあるし」
見えなくなってしまった仲間たちも気になるけど、私は私なりの役割を果たすことにする。
「ギルド長、よろしいかしら」
ギルド長のところにもどり呼びかけると、ギルド長は少しだけ困ったように目じりを下げた。
「先ほどの話しだけど、あそこにいるのが新人冒険者のハルって言うのは本当なのかしら? ハルってあのハルよね」
私がそう訊くとやっぱりかと言った感じに息を零し「えぇそうですよ」と返してきた。
どうやらハルが兵士たちに追われているのは本当の事らしい。
でもそうなるとより一層分からない事があるわ。
「どうして公国のお姫様と冒険者のハルが一緒にいる事態になっているのかしら?」
そう、これが一番分からない事だわ。逃亡中のお姫様が冒険者を雇うというのは無くも無いでしょうけど、ハルの実力は別として登録したばかりの新人よ。偶々にしては腑に落ちないわ。
「はぁ、まず我々が追っている相手が公国のステルフィア第一公女殿下であることは間違いありません。そしてあそこに兵士たちが追い込んだのもその公女殿下です。そしてこのタルバンに公女殿下が潜んでいる間一緒にいたと思われるのが彼、新人として登録してきたハルと言う名の会員です。まぁその名前が本当の名前かどうかはわかりませんが、彼はつい最近こちらに来たみたいですね。もちろんある程度内偵もとってありますのであなたが思っている相手とここに居るハルとは同じ人物だと断言出来ますよ。ただ、そうですねどうして公女殿下と一緒にいるのかは不明、といったところですね。いえ、どちらかと言えば公女殿下の護衛がどうしてギルドの会員に登録したのかが不明、と考えた方が自然かもしれませんが」
ギルド長の話は納得できるものだった。
確かにハルは最近この街にやって来たばかりといっていたわ。そうなるとギルド長が言うように元からお姫様の護衛をしていたハルがこの街に来て冒険者になったと考えるのが一番筋が通るのも解る。確かにその仮説が新人冒険者のハルとお姫様が一緒にいる理由としては自然。それにハルが新人の割に異常な戦闘力を持っているのも納得できるわ。
でもどうしても私は違和感を覚えてしまう。
確かにハルの強さは異常だったわ。それこそ歴戦の名将と言われても信じられるほどには。けどハルの言動や行動は私が見た限りどうにもそれに当てはまらないような気がするのよね。
だってあの時のハルは純粋に楽しんでいたわ。
敵国の、しかも追われているお姫様の護衛がギルドに登録して楽しむなんてあり得るのかしら?
それはどう考えてもあり得ないことだわ。
そもそも態々ギルドに登録する意味が分からない。そんなことをすれば返って身バレして大事なお姫様を危険にさらす恐れが高いわ。お金を稼ぐにしてももう少しやり方があったと思うし、そこまで危険を冒してまで冒険者になるとは考え難いわ。
あぁでもハルを見た感じ短絡的にそうした可能性もありうるのかもしれないかしら。ちょっともろもろとわきが甘い感じもするし。
でも、それでもやっぱり私としてはギルド長が否定した「新人冒険者のハルが何かの理由でお姫様と一緒にいる」その考えの方が自然な気がするわ。
ギルド長はハルと直接会ってないからそんなことを考えたのかもしれないわね
まぁこれはどこまで行っても憶測でしかないわね。どうしても知りたいなら直接ハルに訊くしかないでしょうけど。
でも・・・・でも仮にハルがただの冒険者で偶々出会ったお姫様を助けているだけだとしたら。しかもそのために今こうして街を、いえ国を相手にしていようとしているなら。
えぇそうね・・・・・・・・・それはとっても面白い事だわ。
それにこれだけの兵士に囲まれたハルがどう動くのかが、少し・・・・いえ非常に興味があるわ。
もしこの包囲網を突破できるだけの実力があるのだとしたら・・・・・・・・・ハルは姉さんを超える力があるのかもしれない。
その事を想像した私の口元は自然と笑みをこぼしていた。ギルド長が私を見ていることに気が付き直ぐに口元を引き締める。
さて、それはそれとして気になることはまだあるわ。
「それにしては随分と数が多すぎる気がするのだけど、スラム街が燃えているのがその理由、かしら」
「・・・・・・・はぁ、さすが、察しがよろしいですね」
どうやら私の推測は間違っていないみたい。私がそう口にするとギルド長の温厚そうな眉が大きく下がった。そしてギルド長もそれほど隠す気は無いようだわ。
この包囲網、どう考えてもハルとお姫様の二人を捕らえるにしては大規模すぎる。
それだけお姫様を重要視していると言われればそうなのかもしれないけど、それにしても過剰すぎる。これじゃあほとんど街を制圧するようなものだもの。
それとここに集まっている大半は冒険者ではなく兵士、それならば指揮を執っているのは間違いなくあの男。だったらお姫様の確保だけが理由じゃ無いのは間違いないわね。
代官ブルゴリ、以前からあの守銭奴代官は何か理由を付けてはスラムを無くそうと画策しているって噂が出ていたわ。今燃えているのがスラム地区だけと言うのは偶然ではないのでしょう。
まったく・・・・責任の押し付け場所があればこれくらいはやるのね。
「・・・・・下衆だわ」
偽りも飾りも無い私の罵りにギルド長は黙していた。
きっとギルド長も同じように思っているのね。それでも代官や領主からの意向に逆らえずに付き合っているってところかしら。
スラムは確かに犯罪の温床にもなっている部分はあるけど全員がそうだという訳じゃないわ。
それなのにこの無差別に、それこそスラムの街をすべて焼き払おうとしているようなやり方・・・・・・・・・あぁ本当に汚い。
これだから貴族は好きになれないのよ。
「まさか・・・・住人達ごと巻き込んだのかしら?」
私が剣呑とした雰囲気でギルド長を睨むと、ギルド長はゆっくりと首を横に振った。
「はぁ、これはここだけの話しでお願いします。先に言っておきますと犠牲者は出来るだけ出ないように手は尽くしてます。ただ指揮を執っているのは代官ですから悔しいですが完全とは言えません」
「・・・・・・そう」
私とギルド長の周囲は皆冒険者かギルドの職員なのでしょう。全員が苦虫を噛んだように悔しさをその表情に滲ませている。
「と言っても突然の強制招集ですし火を放った魔術師は街の兵士ですからね。出来る事と言えば事前にスラムに会員を潜伏させて逃げるのを誘導するくらいですがね」
「全く情けないですね」と言いながらギルド長は頭を掻く。少々言い訳臭いギルド長の話しではあるけどそれを指摘するのは酷と言うものね。領主からの命令と言うのであればギルドに拒否は難しいだろうし。
それに・・・・・・。
ちらりとギルド長を見る。
その拳は固く握られ小刻みに震えている。それだけこの事に納得がいって無いのでしょう。
でもそれはそうだわ。だってこれはギルドの理念に外れる行為だもの。
折角魔物から街を守ったと思ったら自分たちの手で破壊するなって、誰が快くやるものですか。
それを平然と行う領主や代官は本当にどうし様も無い生き物だわ。
「・・・・・・それで、あなたも何か私に話すことがあるのではないですか? 正直今は立て込んでおりますからあまり面倒ごとは避けたいのですが」
すっとギルド長の目が細まった。
普段温厚で人当たりがいいギルド長だけど、時折こうして人を見透かすようなまなざしをしてくる。実際こうして察してくるあたり彼が唯の飾りでギルド長になっているのではないと改めて思い知らされるわ。
でもギルド長の言うようにこの状況であの報告をするのは心苦しいわね。けど知らせなければ被害が拡大する可能性が大きいのも事実だわ。
あれの存在は間違いなく脅威になるはずだから。
だから私は回りくどい説明を抜きにして、まずその事実を報告することにした。
「変異個体、もしくは上位の魔物がでたわ」
「なっ!!」
ギルド長は驚きに目を剥いた。変異個体なんて滅多に表れるものじゃないから当然ね。
固まるギルド長をそのままに詳細を話し始める。
「オーガ・・・・・だと思うけど普通のオーガとは全く異なる魔物だったわ。それが丘付近の森に突然現れて、私たちは危うく全滅すると事だった。その脅威度はゴブリンキングやトロールなんかよりも遥かに高いと思うわ」
「そ、それは」
「残念だけど見間違いでも勘違いでも無いわ。あれの一撃でドランゴの腕は折れリアの魔法でもかすり傷程度よ」
信じられないと首を振るギルド長。元々汗を掻き易いのに今は滴るくらいに額から噴き出している。
しばらく放心したように考え込むと、重い口を開く。
「で、それは・・・・・どうしたのですか?」
「どうも出来なかったわ。運良く逃げただけだから、その後どうしたのかは分からない。でも私たちに容赦のない敵意を向けていたわ。放置すればいずれ人を襲いに街に来るかもしれない。あれだけの個体であれば結界を突破する可能性が高いと思うわ」
私の話を聞いた後、ギルド長は「そうですか」と顎をさすった。
申し訳ないけどあれをどうにかしろって方がおかしいわ。あんな強力な魔物なんてそれこそ軍が・・・・・・・軍、か。
「それであれば、ここにこれだけの兵士と冒険者が居るのは僥倖だったのかもしれません。スラムの住人たちの前では決して言えませんけどね」
ギルド長が口にしたのは奇しくも私が今しがた思いついた事と同じだった。
このギルド長、見た目は気弱そうで頼りないけれど実際には頭が切れて有能な人だわ。
「どうしてこうも立て続けに・・・・はぁ」
でもやっぱり頼りないわね。
「私たちはどうしたらいいかしら」
「・・・・・・そうですね。実際戦ったあなた方は貴重な情報です。前線に、とは言いませんのでできれば捜索には協力してもらいたいですね。全員でなくて構いませんが、少なくともミラニラさんには同行してもらえませんか。代官殿への報告と要請は私のほうで手回ししておきます。この一件が片付いたらすぐにでも動きたいところですね」
「分かったわ。でもどうして私? リーダーのジョシュの方が良いんじゃないかしら?」
「そうですね。本来であればそうなのでしょうが、あなたが優秀である、と言うのも理由ではありますが・・・・・最近のジョシュアン君は少々様子がおかしいですからね。確実性を求めるのであればあなたの方が適役でしょうから」
「・・・・・そう」
流石見て無いようで良く見ているわ。
確かに最近のジョシュは不安定だわ。あの新人研修から帰ってきてから様子が変わったように思う。
特に昨日あたりからは思いつめた感じで回りが見えていない。この調子ではいずれ引きずられて私たちは大きな失敗をしかねないわ。実際今回は森でジョシュの無謀な先行で全滅しかけている。
原因は・・・・・・えぇ分かっているわ。どうしてジョシュがあんな行動をとったのかちゃんと理解している。
でもそれを認めることも肯定することも私には出来ないし、それの上手な解決方法を私は見つけられていない。
だからか、何となく今回のこの騒動は私たちの大きな変換点になりそうな気がする。
そんな不安を頭に浮かべていると。
『僕を馬鹿にするなぁ!』
その不安が早くも現実となる雄叫びが兵士の壁の奥から届いてきた。
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