第140話 ここは日本じゃない

 さて、小休止は終わりだな。


 愕然と立ち尽くすジョシュアンさんを置き去りに、金色女改めキルラ・バーンが俺へと向き直る。


「・・・・貴様、それはどういうことだ、あん?」


 一昔前のヤンキーかと突っ込みたくなるメンチを切ってくるキルラ・バーンに俺は分かっていながらわざとらしく肩を竦めてとぼける。


「さて、何のことだ?」

「その傷が塞がっているのはどういうことだと訊いている」


 だろうね。


 気付かない訳が無い。俺がハイポーションを飲んで元気になっていることを。


 ポーションの効果についてはジョシュアンさんとステルフィアからのある程度聞いている。どうやらこの世界のポーションはそれほど回復しないらしい。

 この世界でもハイポーションはある。あるけどその効果は精々止血して痛みを和らげ傷は塞がるけど完治はしない。薄皮が張る程度で到底完治とは言えない程度。それと何度も服用することで自然治癒欲を格段に高めてくれる。薬と考えれば軌跡的な効果があるけどゲーム慣れしている俺からすれば微妙な効果だ。骨折はおろか抉れた肉も戻らず傷跡も残ったまま。ローポーションに至っては抗生物質と鎮痛剤のちょっと凄い版程度だ。


 だが俺のハイポーションはゲームさながらに単純にHPを戻してくれる。つまりは傷が何であれどうなっていようとあまり関係が無い。いうなれば時間を逆行させて怪我を無かったことにするってのに近いのかもしれない。

 ポーションとハイポーションの違いはその戻り幅だけだ。ポーションでも複数飲めばハイポーションと同様の効果が得られてしまう。


 ふむ、レベルアップよりもこっちの方がチートな気がしてきた。


 あ、でも古い傷は治らなかった。

 もしかしたら時間が経過し過ぎてしまったらHPの最大値が変更になるみたいな感じかもしれない。


「俺、代謝は良い方なんだよ」


 ただその事まで素直にばらす気はないので適当にはぐらかす。


「相変わらずふざけた男だ」


 綺麗なお顔に迫力が増した。美人が怒ると怖いってのは本当だな。


 それはそれとして、だ。

 ジョシュアンさんのおかげで丁度いい仕切り直しが出来た。


 ここまで俺は何だかんだといいところが無い。しかも能力を隠すのをやめたというのにこの様だ。


 ただ・・・・原因は何となく分かっている。


 結局、俺の覚悟が足りない・・・・・・いや違うかな、これはあれだ、どちらかと言えば諦めだ。俺は妥協して諦めることが出来てないんだ。


 そもそも俺がチートな能力で目立つってのはもう問題視していない。それに関してはステルフィアが見つかった時点で目立たないというのは実質無理になった。

 だからそこに関しては躊躇っているわけじゃない。

 だったら何が原因か。


 それは単純だ。俺の日本人として培われた道徳心だ。

 俺はそれを守ろうとして色々と躊躇っている。

 別に人を殺そうとかは思っていないしそんな覚悟をするつもりも無い。ただ日本の秩序と比べて殺伐としたこの世界でステルフィを守るためには、どうしても俺がいままで培ってきた道徳心や善悪の基準ってのが邪魔になってしまう。


 現に今、俺はことを躊躇っている。


 だから防戦一方になり碌な反撃が出来ていない。攻撃は避けられる、向こうの剣術は確かに格上だがそれよりも俺のステータスの方が上回っている。だが反撃がどうしても当たらない、当てられない。それは俺が意図的に手を抜いてしまっているからだ、躊躇っているからだ。


 だから俺は諦める。なんでもかんでも守ることは出来ない。いや素直に認めよう・・・・・・それを守るだけの能力が今の俺には無い。

 だったら何が優先なのかを決めそれ以外の事は諦めることが必要だ。そうしなければ本当に大事なものまで無くしてしまう。


 戦いを避ける事は出来ない。相手を傷つけないようにすることも。むやみやたらに戦う訳では無いが、それでも必要な時、俺の中で正しいと思った事をなす為には何かを犠牲にしなければならない。


 だから諦めて戦え。ここは日本じゃないんだぞ!



「死ね!」


 非常に物騒な掛け声を発したキルラ・バーンの横薙ぎが、文字通りの牙を剥き出しに腹部を目掛けて斬り込んでくる。

 さっきまでであればこれは避けていたところだが、俺はそれを敢えて自らの剣を叩きつけることで止めた。


 逃げるなよ、俺!


 握りした拳をがら空きとなっているキルラ・バーンの腹部へと叩き込む。


「が、ふゅ!」


 スキル以外での手加減は無しだ。死ななければ良いくらいの勢いで渾身の力を籠める。

 拳はキルラ・バーンの鎧を難なく砕き女とは思えない硬い筋肉の腹にめり込んでいく。だが俺の渾身のボディーブローはその程度では止まらない。キルラ・バーンの体は浮き上がると弾丸の如く土埃を巻き上げ地面を滑り吹っ飛んでいった。


 罪悪感が凄い。女の人を傷つけたくないと今でも思っている。


 だがそれではあの子を守れない。


「ぐ・・・・・かふっ」


 あれで終わってくれれば楽だったがどうやらそうはいかないらしい。

 キルラ・バーンは直ぐに起き上がった。しかし結構なダメージは受けたようで、腹を押さえて膝を付いた。


 周囲の兵士たちからどよめきが起きたのはしばらくたってからだった。


 きっと兵士たちには俺とキルラ・バーンの攻防が見えていなかったのだろう。だから彼らには突然剣鬼と呼ばれるほどのキルラ・バーンが苦痛に呻き膝を付いた状態で現れたように見え、その原因が何であるかを察するのに時間がかかったのだろう。


「くぅ、くは・・・・・くははははははははははは、はぁ・・・・・・・なるほど、やはりそうか」


 そのどよめく中、何がおかしいのかキルラ・バーンが笑い声を上げた。

 その異様な雰囲気にキルラ・バーンの周りにいた兵士たちはじりじりと後ずさり距離をとる。


「あぁいい、いいぞ貴様。まぁだ隠していたのか。口の割に腑抜けていたからがっかりしていたのだが、あぁあたしはうれしいぞ! 貴様のような破格の強者と向き合えて、剣を交える事ができるとは、これ以上の楽しみは無いわ。そうだそうやってあたしを満足させろ、興奮させろ、気持ちよくさせろ!」


 流石異名に鬼が付くような戦闘狂だ。背筋がぞっとするような悦に浸る笑みを浮かべて剣を構える。


 鋭い飛び出しからの上段斬り。それをバックステップで・・・・・・いやそれじゃ駄目だ。

 俺は敢えて一歩踏み出し半身になって剣をすり抜ける。踏み込んだことで詰めた間合いでキルラ・バーンの脇ががら空きになる。そこに拳では無く剣で横薙ぎに一閃を放つ。


「・・・っ!」


 だが剣が当たる直前に躊躇らってしまった。

 一瞬鈍った剣速にキルラ・バーンの引き戻す剣が攻撃を防いだ。


 一度バックステップで離れ気合を入れ直し今度は俺から突進する。


 こいつは敵だ、躊躇うな!


 型など関係なしに片手で振り上げた剣をキルラ・バーンへと振り落とす。

 まともに当たれば間違いなく大怪我をするだろう力を乗せた一撃、でもそうする事でステルフィアを守ることにつながる。


 戦え、逃げるな!


「うらああぁぁぁ!」

「っ、ごはっ」


 フェイントも何もない力任せの攻撃。キルラ・バーンは早々に防御態勢を取って待ち構えている。避けないのは容赦のなくなった俺の一撃が確りと来ているから避けれないとふんだのだろう。


 しかしそれでも万全な防御姿勢のキルラ・バーン。


 だがそんな事は関係ない。


 気合の雄叫びを上げ俺は剣を構わず振り落とす。


 鼓膜が破れそうな轟音を響かせ俺とキルラ・バーンの剣がぶつかり合う。だが拮抗する事などは無い。俺の有り余ったステータスを乗せた一撃は防いだ剣ごとキルラ・バーンを圧し潰す。


 そして鎧をへこませキルラ・バーンの体を地面に叩きつけた。


 血反吐を吐き出すキルラ・バーン。

 勢いの乗った衝撃はそれで止まらず彼女の体は再度バウンドして浮き上がる。


「ぶっとべぇぇ!」


 俺は攻撃を止めない。止めるわけにはいかない。


 無防備な姿をさらすキルラ・バーンにサッカーボールキックを叩き込んだ。

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