第133話 ゴージャスさん

 ここで待ち伏せられているのは大分前から分かってはいた。だからこそあの火事が人為的だと直ぐに思ったわけだし。ただ状況が状況(火事が広がり阿鼻叫喚だしステルフィアが乗り移られるし)だったので細かい確認はしていなかったのは失態だ。


「・・・・・いい加減、気張り過ぎだろが」


 ずらりと並ぶ完全武装の兵士たち、中には騎乗している者までいる。鼠一匹逃がす気が無いとばかりの規模で展開された包囲網に、多少強引でも別な出口から逃げればよかったと今更ながら後悔に舌を打ち鳴らす。


 これがモンスターだったら事が簡単でいい。魔法でもぶっぱなしながら逃げてしまえば終わりだ。だけど人が相手、それもそれが正規の兵士だとそうはいかない。領地の兵士なのか国の兵士なのかは分からないが、どっちにしても下手なことは出来ないのは確かだ。やり方は外道だが向こうには一応の正当性が確りとある。この国の立場から考えれば俺は自国に潜入した敵国の重鎮に加担する悪人、ここではどちらに正義があるかと言えば向こうにあるのは間違い無い・・・・・・やり方は外道だがな!


 腹立たしい事ではあるが、だからと言って感情で暴れるわけにはいかない。これで住民が何人も死んでいたのであれば俺もどうしたか分からないけど、紛い形にも住人は一人も死んでいない。どういう意図かは知らないがある程度配慮されているんだと思う。それならば俺も手荒い真似は出来れば避けておきたい。


「あ、あの・・・・私たちは火事で逃げてきただけなのですが」

「いえいえ、ご謙遜なさらず逃亡者殿。流石に銀の髪を持つ少女を連れてそれは罷り通りませんよ、えぇ」

「・・・・チッ」


 だから駄目もとで人違いを装ってみた。不要な争いはこちらとしても望まないので。

 だがゴージャスさんはこの場に不釣り合いな温和な笑みを浮かべ、柔らかな口調で有無を言わさぬ拒否を示した。


 ・・・・だよな。


 そもそもステルフィアの外見の隠ぺいまで気を回す余裕がなかったから顔や銀色の髪の毛がさらされたままだ。これでまかり通ったら何にも苦労しない。何しろ相手はこれまでずっと俺らの行方を阻んできた相手だ、人違いでしたなんてある訳もないか。


 さて、そうなるとこの人数から逃げれるか?


 だがその考えに直ぐに頭を振った。


 多分だが突破破するだけなら出来なくもないだろうけど向こうには馬がいる。馬を相手に鬼ごっこなどしたくない。更に言えば今はステルフィアが気を失ったまま腕の中にいる。意識の無いステルフィアを守りながらこの数を相手にしては万が一があるかもしれない。確実に抜けるとなればそれこそモンスターの群れを吹っ飛ばしたように魔法を全力で放つぐらいじゃないと話にならない・・・・・・・・そんなのは駄目だ。


 それに・・・・・・・・このゴージャスさんが指揮官か、こいつがネックだ。


「大人しく公女様をお渡しいただけるのであれば、貴方に多少の恩情は与えることも前向きに検討し善処しなくもないですよ、はい。ただどうしても逆らうというのであれば・・・・・・・そうですねぇ、面倒なのでそれは辞めていただきたいです、えぇ。私も逃亡者殿のお力を甘くは見ておりませんのでねぇ。実力行使は出来るだけ避けたいところなんですよ、はい」


 この場をどう切る抜けるか思案に暮れていると、ゴージャスさんがステルフィアを渡せば俺の罪を軽くする的な提案をしてきたのだが・・・・・・・・いやいや、てかその言い回しは恩情なんてする気さらさら無いだろ。前向きに検討して善処ってどこの政治家の会見だよ。


 タプタプな顎を摩るゴージャスさん。その仕草に若干イラっと来たがゴージャスさんの言わんとしていることはもっともだろう。


 見た目は別としてこのゴージャスさんの指揮のもと俺は良い様に追い詰められてきた。あの追跡の手腕、もしかしたら俺と同じマップ能力を持っている人物の当人或いはその部下を抱えているのは間違いない。

 そんな奴を相手に俺たちが無事に逃げ切れる可能性は低い。


 やるしか、ないか。でもそれだけは避けたい。


「いやいや、決断が遅いのは愚者ですぞ」


 迷っている俺にやれやれと軽く手を上げたゴージャスさんが、背後に控えていた数名に何やら指示を出した。


「もう少し状況をご理解いただきましょうかねぇ、はい」


 ゴージャスさんがそう言うと先ほど指示を出した数名が杖を構えて何やら唱え始めた。


 まさか・・・・・・・魔法を撃つ気か。


 牽制の為なのか魔術師と思われる者たちからクラリアンさんと同じように青い粒子が立ち上る。


 拙い・・・・・・と空かさず剣を抜こうとしたのだがそれを俺は途中で止めた。


 よく考えれば彼らはステルフィアを害そうとは思っていないはずだ。何せステルフィアを捕らえようとした目的が第二王子の妻に迎えることだからだ。

 だったらステルフィアが傷つくことまではしないはず。


 そう考えた瞬間、こんな状況でありながらゲーマーの性が疼いてしまった。


 俺は職業を【魔術師】に変更した。


 これは新たな魔法スキルを手に入れるチャンスだ。


 どうやら俺のスキルは経験すれば覚えられると言うものみたいだ。クラリアンさんの時も放たれる魔法を見て新たな職業と一緒にスキルを覚えていたからな。


 だから俺は覚える可能性がある職業へとチェンジした。


 だが・・・・・・・



 このがこの後俺を窮地に追い立てることとなる。




 指示された魔術師たちが空中に光の魔方陣が描いていくのだが、どうも見た感じではクラリアンさんがしていた時よりもずっと遅く感じる。正直これなら魔法準備している間に攻撃を仕掛ければ簡単に間に合いそうだ。

 だが俺は敢えて待つ。新しいスキルを手にする為に。


 魔方陣は俺の狙い通りクラリアンさんとは違うタイプのもののようだ。魔方陣の模様が違う。


 取りあえず魔法が出来るのを待ってはいたが、だからと言って油断しているわけじゃない。ステルフィアには攻撃しないだろうとは思っているが万が一という事がある。何時でも魔法で迎撃できるように魔法のショートカットを押せるよう待機させている。


 起動用の詠唱の後長々とした魔方陣作成が終わりようやっと魔法が具現化しだす。


「あれは・・・・・・火の魔法、か」


 魔方陣の前にはバスケットボール大の火の玉が浮かびだす。


「【飛焔ひぜん】」


 そして魔法名が告げられるとそれが放たれた。


 まるで迫撃砲の様に放物線を描いて飛ぶ火の玉は然程スピードはない。




ティロリン♪


スキル【火魔法】を覚えました




 気が抜けそうな電子音の後に流れるメッセージに俺は小さくガッツポーズを決める。


 よし、二つ目の魔法ゲットだ!


 そして案の定、魔法はステルフィアを直接狙ったとは思えない軌道を描いている。放物線は俺たちの頭上を過ぎていき後方へと流れていった。


 いや待て・・・・・・・・俺の、後ろ?


 まさかと思い振り返る。


 そこにあるのは今も遠方で火の手が見えるスラムの街、そしてその燃える街と俺を取り囲む兵士たちをどういう状況か分からず狼狽え困惑に怯える街の住人たちの姿。


 火の玉は無情にも燃えるスラム街に新たな火の手を作り上げた。


『うわぁぁぁ!』

『何で!?ふざけんなぁぁ!』


 喚き叫び蜘蛛の子を散らすように逃げ出す人々。異様な状況に立ち往生していた人々は火の手を避け、更に兵士たちから逃げるように走り出す。


 だが幸いと言うべきか今回の魔法でも人的な被害はなさそうだった。


 ・・・・・・・だけど。



「何してんだよ・・・・・・お前ら!!」



 吹き出す怒りが喉を震わせた。


 だがゴージャスは憤慨する俺を平然と、いや馬鹿にするような目で見るだけで、そこには悪びれるどころか罪悪感を全く感じ無い。


 ・・・・・こいつ、ワザとやってやがる。


 いや、よくよく考えれば分かる事だった。何せこいつは俺らを追い立てるために街に火を既に放っているのだから。


 ・・・・・・・くそ、失態だ。スキル欲しさに悠長に見ている場合じゃ無かった。



「何を、ですかな。それはそれはいなことを仰りますな」


 ゴージャスはまたもオーバーな芝居がかった仕草で両手を広げ驚愕な言葉を口にする。


「街のゴミ掃除に決まってるじゃないですか、はい」


 なっ!?


 正直こいつの言っている意味が分からなかった。


 街のゴミを掃除? こいつは街の重鎮なんだろ? お前ら街を守る兵士だろ!?


「えぇえぇ邪魔なんですよね、こういった街の景観を損ねるゴミがあるというのは。私が納める場所が汚されているのは本当に不快でありましたかねぇ、えぇ。だから丁度良かったので、貴方方を追い詰めるのと一緒に不要なゴミを焼却処分しようと思ったのですよ。えぇえぇ実によく燃えてくれて、これで私の街が今まで以上に綺麗で住みやすくなりますよ、はい」


 ・・・・・・・狂ってやがる。


 然もそれが当然でまかり通るものとして語るゴージャスに俺の我慢も限界だ。


 あれほど躊躇っていたのに気が付けば抱えていたステルフィアをそっと地面に下ろし剣を引き抜いていた。


はしてやる・・・・・だが加減はしないぞ」


 ドンと破裂したかのように飛び出す。ゴージャスに向かって一直線に襲い掛かる。


 殺しはしない、だけど死ぬほど痛い目はみてもらう。


 無造作に剣を振るう。感情だけを乗せた鋼の刀身がゴージャスへと落ちていく。骨の数本は覚悟しろ、そう思っての一撃。



 ギギン。



 だがそれは甲高い金属音と共に弾かれた。

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