第134話 金色の鬼

「・・・っ!」


 未だかつてない反動に激しくし右腕がしびれる。

 一瞬何が起こったのか分からなかったが、どうやら俺の剣が何かに弾き返されてしまったようだ。


 そして目に映る・・・・・・・・・朝日に眩しく輝く金の流麗。


 俺とゴージャスの間にいつの間にかそれが現れていた。


「こんなものか」


 金色こんじきがさもつまらなさそうな、そして底冷えするほど冷たい声を漏らす。それは高い声音なのに体の奥底に浸透していくような重低音の様だった。


 金色がぶれた。


 俺は何かが見えた訳でも無いがヤバいという直感だけでその場から飛びのいた。すると服の腹部がズタズタに裂かれ布が舞った。


「なっ!?」

「っ・・・・お、おやおや、これはこれは助かりましたよバーン殿。まさかこのような短絡的な行動に出ようとは流石の私も読めませんでしたので、えぇ」


 このときになってようやくゴージャスが俺に狙われていたのだと気が付いたのか驚きに目を躍らせた。

 そしてゴージャスの礼に答えるでもなく金色がすくりと立ち上がる。



 っ、女!?



 その金色は・・・・・金色の髪に白い鎧を着た女だった。



 勇ましいというか凛々しいというか、切れ長の鋭い目つきに非常に端正な顔立ち、ステルフィアとはまた違った美を持つその女性はどちらかと言えばかっこいいと評せるもの。ぱっつん髪が過去に見たアニメの呼び出された聖騎士を彷彿とさせる。


 その中性的な美貌に俺は不覚にも一瞬見惚れてしまった。だがそれと同時にその美貌には既視感があった。


 あ、思いだした。


 こいつ・・・・・ギルドで俺を蔑む目で見た女だ。あとゴージャスもそん時いた、気がする。


「代官、悪いんだけどあたしはごちゃごちゃしたのは嫌いなんだよ。こいつはあたしの好きさせてもらうよ。目的のはあそこで転がってんだ、文句はないだろ」

「えぇえぇ、構いませんとも。私共の目的はあくまで公女の捕獲ですからなぁ。その者に関しては気になる点は色々とありますが、だからと言ってバーン殿の機嫌を損ねてまで必要ではありませんよ、はい」


 あの時もそうだったがこの女、高圧的で性格が悪そうだ。しかも相当な戦闘狂だと思われる。なにしろ俺の事を獲物を狩る前の猛獣のような目で見ているからな。

 だがそれよりもさっきから俺の中での警鐘が鳴りやまない。


 ・・・・・・・こいつ、絶対ヤバい奴!


 口元をクニャリ吊り上げて端正な顔立ちが狂気の色に染まっている様は正直背筋がぞっとする。

 俺の直感が危険だと連呼している。今この場を動いた瞬間に斬られてしまいそうな抜き身の冷たい笑みが俺を絡め捕る。体が固まっている。


 綺麗な女性から好きにしたいって言われたのに全く喜べないこの状況。


「喜べ貴様。貴様にはあたしを楽しませる権利が与えられた。だから・・・・・さっきみたいな腑抜けた剣じゃなく本気で来い!」


 なんという暴論か。こっちの気持ちを一切配慮しない物言いにつっこみたいところだが、そんな余裕は瞬く間に消え去った。


 いつの間にか女が目の前にいたからだ。しかも既に攻撃態勢に入っている。


 っ、速い!


 至近距離からの刺突。これを俺が躱せたのは偶然の賜物かもしれない。

 驚嘆での仰け反り、それを強引に身をひねることギリギリ躱した。

 それにしても早すぎる。体の動きもそうだが何よりその剣速は異常だ。俺でもほぼ見えていない。もはや人間技とは思えない圧倒的なスピードの刺突だった。


「くっ、この!」


 そして苦し紛れにだした拳、だがそれは軽々と金色に避けられ。


「ぐあぁ!!」


 変わりに俺の胸元から鮮血が飛び散った。



 いっっってぇぇぇぇぇ!!!!



 何時斬られたのかすら分からない。だが初めて負ったと言ってもいい傷はとんでもなく熱く痛かった。


 ゴロゴロと転げて逃げる。そして直ぐに立ち上がる。


 胸に手を当てるとべっとりと血が付いていた。見ればまるで削ぎ落されたような胸の傷跡に思わず卒倒しそうになるのを必死に耐える。


 大丈夫、傷はそれほど深くはない。そう自分に言い聞かせ身構えたのだが、どうやら女は追撃する気がないのかその場から動かずに剣に着いた俺の血を振り払っていた。


 だが俺はそれよりも女が手にしていた剣に驚きを隠せずにいた。


 ・・・・・なんだよ、あの武器は!!


 俺は女が持っていた武器、それはあまりに異質だった。


 長剣、そう呼ぶにしても長すぎる刀身は女の身長とそう変わらない。だがそれよりも異様なのは刀身がまるで鋸のようにギザギザとしている事だ。形的にはエヌマエルの剣やソードブレイカーを思わせる。

 俺自身ゲームを作成するにあたって様々な剣を調べたから知っているが、まさかこんなマニアックな剣が出てくるとは思いもしなかった。しかもこれ系の武器は斬ることよりも絡めたり抉るのが目的としている。まともな騎士が使うような得物では決してない。


 ズキズキと傷口が痛むのを堪え乍ら情報をかき集める。HPバーを見ると一割近く減っていた。「傷は深くない」とかけた暗示が一気に溶けて急激に傷口が痛みを主張しだす。

 これまで何度も戦闘はしてきたがHPが削られたのを認識したことは無い。

 それはつまり命の危機というものを俺はこれまで感じていなかったということで、だからこそ実際に闘っていながらもどこかでゲーム感覚でいれた。


 だがこれは違う。明かにこのままやられていたら俺の命が危ない!!


 ・・・・そうだ魔法、魔法を撃って反撃しなくては。


 初めて追い込まれている焦りに気が動転しどうしたらいいのか頭の中が真っ白になる。

 、その奥底からくる想いから選択肢を狭め単調な思考に打開策を講じる。


 それが過ちだったと気づかずに。



 俺が魔法を放とうと手を伸ばすと既に視界から女が消えていた。


 それは束の間の隙だ。

 魔法を使う瞬間どうしても視線と意識がショートカットへと向いてしまう。女はその僅かな隙をついて飛び出していた。


「っ!」


 脳髄反射のように咄嗟に引いたロングソード。耳元で聞こえるギャリギャリとした金属同士が擦れる音。それは恐怖以外の何物でもない。


 またも良く見えなかった・・・・・・いやどちらかと言えば見失っていたと言った方がいい。

 一瞬でも女から目を離せば次の瞬間俺の肉が抉られる。


「っ!」


 思わず息を飲んだ。これでは魔法を使う事すら難しい。


 しかも何だこの剣戟は、手首が持ってかれそうだ。


 鋸状の刃に引っ掻かれ連続した強い衝撃にロングソードも腕も壊れそうだ。


「ほう、大した反応だ。動きが拙いわりに良く防ぐ」


 そして聞こえる甘美な死神の声に全身に鳥肌が立っていく。


 強引に振りほどく。だが女はこの特殊な長尺の剣を巧みに扱いまるで間合いも重さも関係ないと右から左から突きに振り下ろしと強襲してくる。

 その技量は間違いなく今の俺よりも何枚も上手。ジョシュアンさんと比較しても段違いに技巧的でこんな物騒で扱いにくい剣を使っているとはとても思えないもの。


 長尺の剣を女が振り下ろす。それを地面に転がりギリギリで避けるがそんな隙だらけの俺に女は躊躇無く胴に蹴りを叩きこんでくる。

 むせ詰まる圧迫感ときつい鈍痛に耐えながら体を転がし立ち上がると、そこには既に攻撃モーションに入っている女の姿。拷問器具にしか見えないそれを突き出してくる。

 もう何度も鼓膜を震わせている独特な風切り音。それに何度も斬られ抉られているが最初の一撃のような鋭さはない。

 増える傷跡で全身が赤く染まっていく。だが致命傷になるような傷は無い。


 こいつ・・・・・・遊んでやがる。


 それは明らかに手を抜かれていた。そうで無ければ俺は既に立っていなかったかもしれない。

 だがそこに悔しいと思う余地はない。今は生きるのにしがみつくのがやっとでそれどころじゃない。


 だがそれも終わりが近づいてくる。


「どうしたこんなものか。弱いにも程があるぞ貴様。あの時感じたのは偽物か、あたしをがっかりさせるんじゃないよ、あぁん!」


 女が次第に不機嫌さを露にしだす。俺が不甲斐ないと憤慨する。

 嫌味を言われ放題だが反論するだけの余裕はない。必死に躱し必死に逃げる。それでも細かい傷がどんどん増えていく。きつい!


「貴様剣士ではないのか? 少しはあのザバエかもと期待はしたのだがな、これではザバエであるどころかとんだ期待外れもいいとこだぞ。どうした、あの時みたいにあたしをときめかせてみろ!」


 寸でのところでロングソードで軌道を逸らすも、俺の左肩が女の剣によって肉が抉れる。泣き叫びたくなる激痛に刃を食いしばりロングソードを振り切って女の剣を弾く。


 くっそいてぇぇ、死ぬ、てかこの女何言ってやがんだ!?


 全身の傷にポーションで直したいがその隙は全くない。すこしでもメニューへと意識を向けると空かさず女の攻撃が邪魔をしてくる。


 息つく暇がないとは正にこの事だ。


 この女強すぎる。太刀打ちできない。


 少しでも間が開けば魔法を打ち込めるのだが、女はその隙を全く与えてくれない。本格的にヤバい、その焦りが俺の動きを鈍らせる。


「ぐああぁあぁ」


 左上腕を女に切り裂かれた。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 28歳にもなって泣きそうなくらい痛い。だがそれでも気を緩めることも逸らすことも出来ない。女の攻撃はどんどんと苛烈に加速していく。



 死ぬのは嫌だと全身が震える。


 逃げだしたい・・・・・・本気でそう思うほどこの状況はヤバい。



 でも、それは出来ない。



 何故なら俺には守らないといけない子がいるからだ。


「っ、させるかよ!!」


 俺と女が戦っている隙を狙って二人の兵士が意識を無くしたステルフィアに駆け寄っていた。そして彼女を抱え上げると直ぐに反転する。


 俺は踵を返して走る。女の剣が背中をかすめたが歯を食いしばり大地を踏ん張る。駆けながら石を拾い上げステルフィアを攫って行く兵士目掛けて投げつけた。


 石は兵士の一人に命中した。

 兵士はもんどりを打って崩れもう一人もステルフィアを支えきれずにバランスを崩す。

 その隙に詰め寄るとロングソードの柄で兵士を殴り倒し、一緒に倒れそうになっていたステルフィアだけを抱き起す。


 だがそれで安堵できるだけの暇は与えてもらえない。真後ろからあの女が肉薄している。


 ごめんと内心で謝りながら俺はステルフィアを地面へと投げ飛ばし、振り向きざまにロングソードを振り抜く。


 火花を散らす鋼と鋼。


 だが女の方が圧倒的に力が強かった。鍔迫り合いで俺は地面に叩きつけられ地面をバウンドする。叩きつけられた肺から一気に空気が押し出される。


 と金色女との能力の差は歴然だった。

 たった数度斬り合っただけでもそれは身に刻まれ良く分かった。だがそれでも俺はここを逃げるわけにはいかない。笑いそうになる足を踏ん張って立ち上がりステルフィアの前で剣を構える。


「フィアを救うって言ったんだろが!!」


 そして自分を鼓舞するよう無駄に声を張った。


 どれだけきつかろうと痛かろうと、ここから逃げることはステルフィアを見捨てるということになる。俺だけだったらいざ知らずステルフィアを連れてここを、この女から無事に逃げきれるとは思えない。


 駄目だ、その選択肢だけは譲っては駄目だ。


 いくら趣味の異世界冒険であってもこれは紛れもない現実だ。ここでもしステルフィアを見捨てちまったら俺は一生どころか死んでも後悔し続けるだろう。


 そんなことが出来る訳無いだろうが。


 腕の力だけで跳び起き直ぐに剣を振りかぶる。ステルフィアへと手を伸ばしていた女へと斬りかかる。


「ふん、駄目だね」


 それを然も事無げに拷問器具で受け流す。気合だけではどうにもならない差がここにある。



 くそ、やはり【】ではこいつに勝てない。

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