第44話 世知辛い

「これは・・・・・入っていい店か?」


 看板を見上げて悩む。


 気になるのもを物色しながら街を歩いていると、装飾品ポイ看板を見つけた俺はその建物の前で悩んでいた。

 今持っている服はクァバルさんから買った2着だけだ。なので替えの服をあと何着かは欲しい。

 そんな中で見つけた服っぽい絵の看板なのだが、如何せんこの世界の字が読めない。ここが本当に服屋なのかは分からない。


 入ってみればいいか・・・・・・・・・・・いや待てよ。もし用の無い店だと気まずいぞ。


 俺はあれだ、小規模店舗に入ってしまうと何かを買わないといけない気分になるタイプの人間で、コンビニでも何も買わずに出るのを躊躇ってしまうくらいだ。不思議と大型店やショッピングセンター内のテナントだと平気なのだが、こういった独立した店舗だと何故だか気を使ってしまう小心者だ。


 どうしようか迷っていると丁度小窓を発見。どうやらこの世界硝子はあるらしい。ただあまり技術が発展していないのか透明度は良くない。


 高さも手ごろな窓から中を覗いたのだが、すりガラスとまでは行かないが少しくすんだガラスは今一見え辛かった。

 俺は更に顔を窓に張り付きそうなほど近づける。それでやっと中のうすぼんやりと見えてきて。



「・・・・・・っ!!」



 それと同時に慌てて窓から顔を引き離した。


 うわ、拙い!


 これは頭で考えるよりの社会的防衛本能が働いたとしか言えない反射速度だったと思う。網膜に張り付いた瞬間に体が反応したに近い。


 俺が覗いた店・・・・・・・・それはどうやら女性専門の衣料品店のようだ。


 一瞬だったが女性ものの下着らしきものもあった。それこそ網膜に一瞬で焼き付いてしまっている。


 危なかったと内心汗を拭ったのだが・・・・・どうやら遅かったようだ。


 周囲からのひそひそとした声。恐る恐る振り返れば何人かの女性がこちらを見て不快そうに顔をしている。


 俺は脱兎のごとく退散。


 ・・・・・くそ、失態だ。




 店舗に入るのを早々に諦めて露店でいい物は無いかと物色することに。露店であれば商品が外に並べられているのだから俺でも分かり易い。


 さっきの串焼きのおっさんがいたエリアなら露店も多く、いい物がありそうだなと来た道を戻る。通りに並ぶ異国情緒あふれる露店をじん繰りと見ながら歩いているととあるものに目が行った。背負いバックを措いてある店だ。


 アイテムボックスのカモフラージュにバックは持っていた方がいいかもな。


「いらっしゃい、何かお探しかね?」


 その露店に近づくと細身の40代くらいのおばちゃん店主がにこやかに対応してくれた。


「あ~、ちょっとバックを探してて、これ見せてもらってもいいですか?」

「あぁ見るのは構わないが持っちゃ駄目だよ」


 幾つか置いてあるバックを指差し見せて欲しいとお願いすると、おばちゃんは許可はくれるが少々面倒そうに応えた。

 

 持つなとは、盗難に警戒しているのか?


 少々不親切だなと思いつつもそう言われてしまっては仕方が無い。だが、これは困ったな。見ただけじゃ良し悪しが分からない。

 俺としては特にこだわりも無いし、取り敢えずの間に合わせでしかないから正直何でも構わないのだが、どうせ買うならいい物をと思ってしまう。

 取り敢えず見比べてみるがデザインの違い位しか判断できない。ああもう面倒だなと、手前に置いてあるバックを買ってしまおうかな、と考えたところで、そう言えばと便利なものを思い出した。


 そう【鑑定】スキルだ。


 早速とジョブを【商人】に変更した。早速買おうとした手前のバックを鑑定した。



 名称:壊れた革の鞄

 品質:低

 穴が開いているのをいい加減に塞いではいるから今にも壊れそう。縫製が雑で汚い。これを売るのは詐欺。



 ・・・・・・・・・・注釈が細かいくせにやたらと人間味を感じる。何となくだが鑑定の趣旨が間違っている気がする。それに細かいのは注釈だけでそれ以外は大雑把だな。

 せめて値段とか出てくれたら便利なんだけど、レベル上がったら出てくるだろうか?


 てか、詐欺ってなんだ。


 【壊れた鞄】に手を伸ばしかけた俺をニコニコと愛想を振りまくおばちゃん。


 ・・・・・あぁなるほど。だから持つなっていったのか。


 奥においてあるのバックも【鑑定】でチェック。



 名称:背負い鞄

 品質:低

 何処にでもある量産背負い鞄。ダサい。



 こっちは同じ品質【低】だがちゃんとしているようだ。でもやっぱり注釈が気になる。


「これはいくらですか?」


 取り合えず手前の壊れたバックの値段を訊く。


「それは革製のやつだから200ゴルだね。どうだね色合いも綺麗でお兄さんにはぴったりだよ」


 200ゴルか・・・・日本円で凡そ2万ってところだ。確かに日本でも革製であればこの値段は安い方かもしれないが、如何せん壊れている。多分おばちゃんは壊れていることは知っているんだろうな。


 なるほど、詐欺だ。当然のる訳が無い。


「奥の奴だったらいくらです?」


 もう一個の方の値段を訊くとおばちゃんがあからさまに眉をよせる。商売人としてどうかと思うのだがそもそも粗悪品を薦める時点で駄目だろう。


「あぁ、こっちはちょっと状態が良くないんだが・・・・こっちも200ゴル、だね」


 如何にも難がありますよ的に説明するが、どっちも同じ品質でこちらの方は壊れていないことを知っている俺には無駄な事だ。


 だがこれも200ゴルか。


 こちらは壊れているのと違って布製っぽい。確かにぱっと見壊れているやつの方が良いものに思える。

 そう考えると200ゴルは高い。


 どうしようか、値切るか。恐らく定価なんて在って無いようなものだろうしな。でも俺にそんな高騰技術が出来るだろうか。自慢ではないがこれまで値切りなどしたことが無い。まぁそれは日本人なら大半そうだろうが。


「に、200は高いですね。もう少し安くな、なりませんか?」


 頑張って言ってみた。すげぇ恥ずかしい。


 おばさんが少し笑顔から渋い表示に変わる。


「だったら150ゴルでどうだい」

「・・・・・・・」


 あれ? 意外とすんなりに、しかも予想よりも大幅な値引きが返ってきた。

 これは案外とちょろいのかもしれないなと、もう少し頑張ってみることに。


「ひゃ、100で」

「それは無理だね。120ゴル。これ以上は出来ないよ」

「分かりました。120でいいです」


 マジか、4割も安くなったぞ。こうもあっさりと行ってしまうとかえって気持ち悪いものがあるな。別に後ろめたい事がある訳じゃないのに、悪い事をしているような。


 そんな得も知れない罪悪感に浸っているとピロリンと電子音が脳内でなった。



 『スキル【交渉】を覚えました』



 そして流れたメッセージに固まってしまった。


 スキル? 交渉がスキル?


 どういうこと?


 え?


 なんだろう、この物凄く腑に落ちな感じは。【交渉】が態々スキルと出るって、なんだか俺に能力が無いからスキルで補ったみたいな。


 ・・・・・・・・あながち間違っていない、かもしれない。


 そんなどうでもいい事に眉根を寄せつつお金をおばちゃんに支払う。いつもの様にポケットマネー方式だ。


 まぁスキルどうこうはさておき、バックが手に入ったので今後はバックから出した風を装おう。


 多少イレギュラーな事は生じたがそれなりに成果のあるものが買えたので取り敢えず満足したので、本来の目的である服を買う為にまた通りをぶらつく。


 このタルバンの街は、ティンガル村と違って地球とそれほどそん色無い街並みをしている。まぁ多少奇抜な色合いにも思えるが、それを含めてちょっとした観光地に来た気分だ。行ったことは無いけど海外旅行をしているのと変わらないくらい。地球と文明的な開きはそれほど感じ無い。


 ただ大きく違うとすれば。


「髪色がすげぇな・・・」


 そう街を歩く人の髪の色が街並み同様とんでもなく鮮やかなことだ。


 赤、青、黄、紫と色とりどり。しかも秋葉原や同人イベント会場で見る様な嘘くさい髪じゃなく不思議と違和感を感じない自然さがある。

 青い髪色なんて普通だったら意味が分からない。紫などどこぞの関西のお婆ちゃんじゃあるまいしとも思う。

 だがここの人たちはそれがそれが当たり前なのだと受け入れられる。


 それと簡素だけど鎧を着ている人や、武器を携えている人を度々見かける。どうやら街中で銃刀法違反はないもよう。


「そういう所は何だかんだでやっぱ異世界、なんだな」


 そんな街の人々観察し勝手な納得をしつつ、途中の露店で服を何着か手に入れて宿へと戻った。


 ゲルヒの宿に入ると中は随分と賑やかだった。


 それほど長い時間ぶらついたつもりは無かったのだが、どうやらもう夕食時だったみたいだ。準備中であれだけ静かだったホールには、テーブルのほとんどが埋まるほどお客さんがいる。


 その中でも一番奥で木製のジョッキで豪快に酒らしきものを呑んでいる男たちは、軽快かつ大きな声で笑い声を上げていた。


「うるさいよ、あんた達。もう少し静かに食事が出来ないのかい」


 そうお叱りの声を上げたのは恰幅の良いご婦人、この店の店主ゲルヒさんだ。


 ゲルヒさんは出来たばかりの料理を男たちのおテーブルに置くと、腰に手を当て男たちを睨みつけた。


「わ、悪い女将さん。でもほら、今日は良い事があったからつい、な」


 男がタジタジとしながら仲間内で相槌を打っていく。ゲルヒさんは「程々におし」とため息をこぼし、空いた皿を下げるとこっちを振り向いて俺に気付いた。


「おや、お客さんおかえり。あんたも食事にするかい?」

「そう、ですね。じゃぁお願いします」


 にっかりと笑うゲルヒさんに先程から鼻腔をくすぐるいい香りに思わず腹が鳴って返事をする。「こっちだよ」と空いている席へとゲルヒさんは案内してくれた。


「何にするよ? 今日のおすすめはクバ鳥の包み焼きだね」


 一応手書きのメニューらしきものを見せてくれたが字が読めないのでどうしようもない。なのでゲルヒさんが薦めたものを「じゃぁそれで」と注文。


 ゲルヒさんが了承を告げ厨房に戻ると 俺は買ったばかりのバックを椅子に掛け、意外と落ち着きの良い椅子の迫たれに体を預け周囲に意識を巡らせた。


 ホールには家族連れや憎たらしいカップルもいるが、大半は男たちが占めている模様。雰囲気は仕事帰りの居酒屋さんってところか。


 そんな中で先程ゲルヒさんに注意された男達が、ゲルヒさんが居なくなったタイミングで再び話に盛り上がっていった。


「祝いの酒だってのに、女将さんおっかねぇなぁ」

「プフフ、お前怒られたときビクッとしてただろ」

「いやぁ、だってよぉ。昔っから怒られているとああなっちまうんだって、お前らだってそのうち分かるよ」


 つい気になって聞き耳を立てる。どうやら男たちは常連らしくゲルヒさんには弱いみたいだ。


「分かるわ、俺。女将さんの声ってやたらと響くんだよね」

「だろぉ。そうなんだよ。何故だかあの声で怒られると逆らえない」


 何処にでもあるような他愛もない会話。やることも無いので頬杖をついてぼうっと聞いていたのだが、途中で会話がピタリと止まる。

 おや、と思っているとどうやらゲルヒさんが俺の料理をもって来たらしく、目ざとく男らがそれに気が付いたようだった。


「お待ちどうさん」


 温かそうな湯気と一緒に良い匂いが鼻腔を擽る。


「いい香りですね」

「そうだろう。このクバ鳥は火を入れると独特の香ばしい匂いがする肉でね。それをオガルの葉で包んでから焼き上げると外に香りを逃がさず、しっとりとした焼き上がりになるんだよ。うちの旦那の得意料理でもあるから、確りと味わって食べておくれ」


 自然と口に出た言葉に自慢げに胸を反らしテーブルに料理を並べていくゲルヒさん。説明で時折聞き覚えの無い固有名詞が出てくるのはきっと地球にはない食材なんだろう。


「料理は旦那さんが作っているんですね」

「あはははは、あたしは昔っから料理だけは駄目でね。両親からこの宿を引き継ぐときに出された条件が、料理のできる男と結婚しろってやつでね。幸いにもその時付き合っていた男が今の旦那でね、てあんたあたしに何言わせんだい」


 そう言ってバシバシと俺の背中を叩く。結構痛い。なれそめなど聞きたくなかったというのに、とんだ嫌がらせがあったものだ。


 ゲルヒさんに軽くジト目を送ってから、空腹を満たそうと意識を料理へと意識を移す。

 テーブルに並んだのは大皿が一つと小皿が一つ、それに黒っぽいパン。

 先ずは大皿に載っているごてごてとした肉にフォークを一刺し。さっきからこれが強烈ないい匂いをさせている。

 口に運び入れると噛んだ瞬間身がほろほろと解れていく。驚くほど柔らかい。多分蒸しあげられているんだろうクバという鶏肉は、さっぱりとしているのにジュワリと甘みのある肉汁が口いっぱいに広がっていく。


「うん、柔らかくってとってもおいしいです」


 お世辞の一切含まれていない感嘆に、ゲルヒさんはにっこりと笑う。


「ゆっくり味わっていきな」


 誇らしげにそう言うと踵を返して、3人の男達の下へと歩みを進め呆れた声をあげた。


「あんた達は静かにおしって言ったろうに」

「き、聞こえてたのかよ。いやだって女将さん。今日はさっきも言ったけどお祝いなんだよ」

「祝いって何のだい?」


 小皿に載っていたのはこれも多分蒸したものだろう、ほうれん草の様な野菜。ぴりっとした塩加減は意外とパンに合う。

 俺はそれらのおいしい料理に舌鼓を打ちながらもゲルヒさんと男たちの様子を窺っていた。


 お祝いをしていると言う3人組の男たち。その内の一人、恐らくその人がお祝いされている本人なんだろうけど、頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。


「いやぁ、俺、今日ギルドの等級が上がったんですよ」


 そしてどうだと言わんばかりに告げる。

 

 ギルドと言う言葉に食べるのを止める。欲しかったギルドの情報が得られるとつい男たちを凝視。しかも等級が上がっただと。てことはベタにランク分けされているということか。


 ついついテンションが上がってしまう。


 よくある異世界ものギルドと言えばFランクから始まってSランクが最強みたいな感じが多い。そこに現れた異世界人がチート能力を発揮していきなり昇進、そしてSランクを越えるSSランクに・・・・・・。


 あぁ良い。


 こういう展開があっても良いんじゃない!


 俺の妄想が・・・いや願望が加速する。ここまで微妙な展開が続いてきたため期待度がMAXを超振り切っている。


 だが俺のアゲアゲテンションとは裏腹にゲルヒさんの反応は冷ややかなものだった。


「それは何等級だい?」

「・・・・・・・・さ、3等級・・・・かな」


 ちょっと雲行きが怪しい感じになってきたが、ふむ、これは数字が高い方が良いのか低い方が良いのかどっちだろう。


「あんた、冒険者になって何年だい?」

「・・・・・・・じゅ、15年ちょっと、かな」


 8割溜息のゲルヒさんの問いかけに、男は苦虫を噛んだ様に顔を歪ませ答えにくそうにぼそりと呟いた。


 どうやら雰囲気的にこれは余り高くないと判断していのかもしれない。そうなると1等級から始まってってやつだろうか? そしてそこまで上がるのに15年かかったと・・・・・・。


 それまで盛り上がっていた男たちから急激に寒々しい空気感が。


「はぁ、祝いたい気持ちは分からなくも無いけど、あんまり人様に聞かせられるもんじゃないねぇ。15年かかってそれだったらいっそ別な仕事をして欲しいね」

「女将さん・・・・・それをいっちゃぁ・・・・・」


 ゲルヒさんが呆れに首を振る姿にお祝い主がガクリと項垂れ、男の仲間が肩を叩き必死に取り繕うも「嫁にも祝ってもらえず、そう言われました」と、半泣きで酒を煽る男に皆が無言になってしまった。


 あぁまるで定年間近で主任という微妙な立場に昇進したサラリーマンを見ているようだ。


 どうやら何処の世界も世知辛いようだ。


 俺はそっと男たちから目を離し、少し冷めてしまった鶏肉を頬張った。

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