第94話 即時撤退!

 人間調子に乗ると碌な事をしない。特に普段他人からの期待を浴びていない奴が、誰かにお願いされた時なんかは頼んでもいない事をやってしまって、それを後で後悔をすると言うのはよくある話だ。


「うえ・・・・気持ち悪い」


 まるで二日酔いみたいに頭痛と吐き気が酷い。


 【多重起動】と【魔力調整】のコンボはMPを湯水のように奪っていった。途中2回レベルアップしていなければあっという間のMP切れを起こして、あのモンスターたちを倒しきれなかったかもしれない。自信満々に言っておきながら自分の想定の甘さが露見した。

 この怒涛の魔法攻撃で【多重起動】がLv2にアップしていたが、使いどころを間違えると痛いしっぺ返しに会いそうだ。いやもうあっているか、初めてのMP切れは物凄く辛かった。


 ようやっと少しではあるがMPが回復して体調が良くなった。


 空まで届きそうだった土埃も風で飛ばされ多みたいで、見通が良くなりやっと周囲の様子が・・・・・・・・・・・・・・やべぇぜ!!!!


 脇汗どころか全身の発汗作用が異常に活発化するのを感じながら、俺はまたしてもやらかした事態に頬を引きつらせていた。


 ピクニックしたくなるような平原だった場所が・・・・・・・・まるで月面に様変わりしている!!


 これに比べたら丘が崩れたことなんて買ってきたショートケーキが横倒しになってた程度の・・・・・・いやそれはそれでよく考えるとショックだな、てそうじゃない!


 いくら何でもやり過ぎだ。もうこれ個人の賠償でどうこうなる範疇こえてるぅぅ。


「総員即時撤退!!」


 もうこんなの迷うことナッシング。逃げるの一手しか無いだろうが。


 なのにだ、お隣の美少女さんときたら月面クレーター群を見ながら酸欠の金魚の様に口をあわあわとさせ呆けているじゃないか。


 少しこの可愛らしい動物を愛でていた気もするが、そうは問屋が卸しそこなっちまう。ぐずぐずしてたら俺の異世界人生が終わる。


 取り合えず人的被害もないのだし、若干モンスターが残っているがあれだけの軍隊がいるから街が襲われることも無いだろう。


 ステルフィアとの約束は果たした、筈だ。


「おい、早く逃げるぞ。軍隊に見つかったら面倒だからな。あ、今度はモンスター・・・魔物を倒しながらになると思うから自分で歩いてくれ」


 そそくさと逃げる準備をしながらステルフィアに催促を居れると、まだ放心したように口を開けたままだったステルフィアが何やら申し訳なさそうに訊いてきた。


「私も・・・・ついて行っていいのですか?」

「おいおい、助けてやるって言っただろ。兵士に見つかると拙いんだろ? だったら逃げないと。さ、急ぐぞ。誰かに見られる前にこの辺から離れておかないと」


 まったく今更何を言っているのか・・・・・・・・・はっ! もしかして器物破損の犯罪者となった俺を見捨てる気か!?


 まさかの裏切り行為に慄きを露にしたのだが、どうやらそれは俺の無駄な危惧でしかなかったようだ。


 コクンと頷いてテクテクとステルフィアはこちらに寄ってきたからだ。


 危なかった。危うく美少女不審に陥るところだったぜ。




 丘から降りるところだけは抱えてそれ以外は俺の後ろを歩いて付いてくるステルフィアを気にしながら、俺の魔法から逃げてきたモンスターたちを屠りながら森を進んでいく。


「・・・・・・・・」


 俺たちはずっと無言のままだった。


 ステルフィアは時折何かを考えているようなそぶりなのだがが、その表情が険しくて話しかけ難い。俺は俺でモンスターの相手をしていることもあって森に入ってからは一言も喋っていない。


 オーガが襲ってきたのを右のストレートで粉砕して光の粒子に変える。どうやら俺が思っている以上い逃げているモンスターは多かったみたいで、森に入ってからは引っ切り無しに襲われている。


 あまり人が踏み入れない森なのか足元は悪く伸び放題お雑草は身長の低いステルフィアと同じくらいはある。

 せめて歩きやすくしてあげようかと、ゲームで初期に手に入る何の変哲もない鉄のロングソードを取り出して、草を刈りながら進んでいく。


 突然出したロングソードにステルフィアにギョっとされたが今更だ。キャンプセットをアイテムボックスにしまっているのを見られている訳だし、魔法のこともしかり、だからもう俺の中でこの子の前で必要以上に隠すのはやめにした。気にしていたらこの子を守るのなんて到底出来そうにないからな。


「取り敢えずタルバンの街に行こうと思うんだが」


 沈黙の重苦しさにも限界が来た俺はステルフィアへと話しかける。ステルフィアはぼうっとした顔を少し上げると、僅かに描いたようなきれいな眉をㇵの字に曲げた。

 

「タルバンの街とは貴方が救った・・・・・・・・・・でも街に私は・・・・」


 最後に言葉を詰まらせるステルフィア。


 お尋ねものだから入れない、そう言いたいんだろ。


 だが俺も沈黙がつらいからと唯言ってみただけじゃない。ちゃんと俺にも考えがあってこの提案を口にしている。


 タルバンの街には城壁が無い。つまりは門兵も居ないのでどこからでも街に自由に入れるし身元を確認される心配が無い。だから夜に街に潜入してしまえばちょっとやそっとのことで見つかることは無くなる。

 それに俺にはマップ機能が付いている。マーカーの位置さえ確認していれば人と全く出くわさずに宿まで行くことは可能だ。


 まぁそれ以前にこの近くにタルバンの街以外選択肢が無いというのが一番の理由だけど。


「外套で顔を隠しせば簡単に見破られたりはしないだろ。それに何時までも野宿は出来ないし、ここから離れるにしたって物資の調達は必要だ。だったらいっその事多くの人の中に紛れてしまった方が動きやすくもなるだろ」


 懸念材料があるとすればあの襲ってきた冒険者3人に見られていることだろうか。街に付いたら俺も含めて服を全部買えた方が良いだろう。

 戻ったらクァバルさんにお願いしてみようかな。あぁでもあの人公国出身って言ってたからステルフィアのこと直ぐにバレちゃうか。


 その辺どうするかは宿に戻ってから考えるか。


 あとはこまめにマップをチェックしていれば何とかはなるだろう。


 何にしても一番目立ちそうなのは・・・・。


「君のその髪色って珍しいのか?」


 やたら綺麗な彼女の銀髪かな。


 異世界に来てから俺の黒髪もそうだが銀髪なんて一人も見ていないからな。あの冒険者たちもステルフィアの銀髪を見てお姫様って確信していたみたいだし。


「どうでしょうか・・・・・ただ国には私とお母様だけで他にはおりませんでした・・・・・」


 ステルフィアが自分の髪をすきながら寂しそうな目をする。


 思わぬ地雷を踏んでしまったかもしれない。


「そ、そっかぁ、じゃあその髪の毛も隠さないと駄目だな。でもそうなると外にいる時はずっと外套をかぶってないといけなくなるしそれはそれで逆に怪しまれそうだな。人の認識をずらす道具でもあれば便利なんだけどな」


 どこかにドラ〇もんはいないだろうか。


「・・・・・・あるとは聞いたことがあります」

「え、あるの。流石魔法何でも有りだな」


 どうやらド〇えもんの道具はあるらしい。それは何れ手に入れておこう。


 しかしどうにもステルフィアの元気がない。さっきの失言が尾を引いているわけでもなさそうだし、逃げてきたときからずっとこんな調子の様な気もするし。

 森の中を女の子と楽しい会話をしながら歩きたかったがこれじゃあ無理だな。まぁ元よりモンスターが多すぎて楽しくなんてできないんだけどな。


 そんな話をしている間にも【気配察知】にモンスターが引っ掛かってくる。どうやらトロールのようだ。


 あの油ギッシュメタボか、あまり戦いたくはないが仕方ない。


「魔物出てきたから少し下がってて」


 ステルフィアを下がらせて草刈り用のロングソードを構える。


 バキバキと枝が折れる音が近づいてくるのは重量級ファイター。その巨漢で木の枝などお構いなしに真直ぐ進んでくると、木の陰からぬぼぉっと姿を現した。


「グオォォォォ」


 威嚇の咆哮を上げるトロール。


 オークもそうなのだがこのトロール上半身と下半身のバランスが非常に悪い。やたらと太くてデカイ上半身に対して下半身は短くて脚が小さい。まるでデフォルメを失敗した気持ちの悪いご当地キャラみたいなシルエットをしている。

 どうもこの世界のモンスターは下手糞なクリエーターが描いているのではないかと思えてならない。強調デフォルメをするにしてももう少し違う描き方があるだろうと文句を言いたくなる。

 特に最近は堤氏のこだわりのあるデザインばっかり目にしてきたから、そのあまりのギャップに納得がいかなくてしょうがない。


 まぁそんなことを言っても仕方が無いんだけどさ。


 トロールが丸太の様な腕を振り上げ俺へと襲い掛かってくる。

 

 ドシンドシンと超重量級の突進は見た目の迫力はあれど非常に遅い。あまりのどんくささに欠伸が出そうになる。


 あの時は触れずに唯逃げたが、今回は俺は剣を持っているから問題ない。俺はもうあの時の轍を踏まない。ゴブリンを手でつかんで「ゴブリン菌」と揶揄されたあの屈辱を。もしステルフィアに冷たい目で「トロール菌」などと呼ばれたら俺は泣く自信がある。


 さてやっと近付いてきたメタボ君だが早々に退場してもらおう。何時までも見ていると気分が悪くなるからな。


 トロールが俺を叩き潰そうと振り下ろした腕を過剰なほど余裕をもって避ける。曲りなりにもかすったりすれば嫌われてしまうからな。


 ズグンと地鳴り腕の形で地面が陥没する。流石に巨大な手だ。振るっただけで物凄い風圧が押し寄せてくる。しかも臭い。


 動きの遅いトロールはこの時点で負け確定だ。


 ロングソードを一薙ぎ。トロールの上半身と下半身がずるりとずれて光の粒子となって天に上る。

 今までナイフしか使ってなかったけど、やっぱり剣を使うとリーチ的に楽だ。【剣術】スキルのおかげで初めての武器でも違和感なく戦える。草刈りもスムーズだったしな。


 終わった終わったと後ろを振り返ればステルフィアの表情が優れない。無理させ過ぎたか。どこかで休まないと倒れてしまいそうだ。


 これは今日も街にも戻るのは難しいか。

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