第109話 もう一つの・・・・・・ ⑨

【達郎】





 柔らいベッドの上で目を覚ました。


 何時寝たのか覚えていないぐらい随分とぐっすり眠ってしまっていたみたいだ。妙に頭がすっきとしている。


「!!」


 僕はその馴染みのない感触に跳び起き周りを見渡した。


 おいてある家具や調度品、られらは豪華だけど派手ではない、まるで洗練された高級ホテルのスイートの様な部屋。天井は綺麗な装飾を施された木なのか石なのか分からない素材で出来たタイルで規則正しく埋め尽くされており、床は温かそうな毛の長い如何にも高価そうな絨毯が敷いてある。


「ここは僕の部屋じゃない」


 つまりは、


「・・・・異世界に来たのは夢じゃなかったんだ」


 そう、僕は昨日異世界にやってきていた。


「よし、よし、やったぞ!!」


 嬉しさが込み上げ一人部屋でガッツポーズを取った。



 と、その時。


「おはようございます。タクロー様」



 直ぐ傍からかけられた女性の声に僕は大いに驚きの声を上げる。


「わあぁぁぁぁ」


 勢いあまってバランスを崩した僕は、そのまま柔らかなベッドへと倒れこんでしまった。


「も、申し訳ありません。驚かすつもりは無かったのですが」


 申し訳なさそうな声を出す女の人。


 え、だ、誰?


 そこにいたのは所謂メイドの恰好をした見覚えのない可愛い女の人だった。


 僕は思わず赤面してしまった。


 その人が可愛かったのもあるが、こんな人に一人でガッツポーズをとっている所を見られてしまった事の方が問題だ。恥ずかしくてこのままベッドの中に潜り込みたい。


「き、きき君は?」

「はいタクロー様。わたくしはリッテと申します。本日よりタクロー様付けの女中となりました。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」


 リッテと名乗ったメイドさんは深々とお辞儀をした。


「あ、はい、よろしくお願いします。僕は達郎、三嶋達郎です」


 そして僕もお辞儀を返す。


「はいタクロー様、よろしくお願いいたします」

「い、いや、タクローじゃなくてタツ」

「タクロー様、お食事の準備が出来ております。皆様食堂にてお待ちです」

「・・・・あ、はい」


 どうやら僕はこの世界でもタクローと呼ばれるらしい。


 発音、しにくいんだろうか。


 若干落ち込むけど、そうだよ、異世界に来た嬉しさに比べればこんな些細な事は気にしてもしょうがないよな。


 僕は気を取り直し食事に行く準備をする。


「えーと服は」

「はい、こちらに」


 まずは着替えようと思ったらリッテさんが服を手渡してくれた。


 それは僕の着ていた服では無くて別なもの、どうやらこちら側の服のようだ。


 手にした服を一旦広げてみる。素材は分からないけどシンプルな白いシャツとズボンは日本で普通に売られているもの程精巧ではないがそれほど違和感が無く着れそうなものだった。


 如何にも、みたいな服が出てこなかったのに嬉しいようながっかりした様な気分にるが、これはこれでありがたいかもしれない。


 どれ着替えようか・・・・・って。


 早速着替えようかと思ったのだが、リッテさんが僕のそばにいたまま出ていこうとしない。


「あの、リッテさん」

「お着替え、お手伝いさせていただきます」


 そう言ってリッテさんは何のためらいも無くしゃがんで僕の履いていた寝間着のズボンに手を掛けてきた。

 僕は慌ててズボンを掴む。


「わ、わわわ、いいです、大丈夫。一人で着替えますから」

「し、しかし」

「大丈夫です。お願いだから外に出ていてもらえますか」


 何それ、着替えの手伝いなんてどこの王族・・・・・って、ここ皇帝の王宮だった。いやいや、それでもちょっと可愛い女の人に着替えを手伝ってもらうなんて僕には無理だから。


 それにリッテさんて外人だから年齢分かりにくいけど、僕とそう変わんないような気がする。


 同年代の女の子にそれは無理だよ。


「で、ですが」

「はいはい、大丈夫だから、ね」


 僕はリッテさんの背中を押して部屋の外へと追い出し扉を閉めた。


「ふぅ、朝から疲れたよ・・・・・でも」


 僕は両の掌を見る。


 背中を押したときのリッテさんの感触がリアルに残っている。


「・・・・すごい、柔らかいんだな女の人って」


 つい顔がにやけてしまった。




 着替えを済ませ部屋を出ると、扉の前にリッテさんが待っていてくれた。


 僕はリッテさんの顔を見た途端、さっきの感触を思い出しちょっと恥ずかしさに視線を逸らしてしまう。


「ではまいりましょう。ご案内いたします」


 そんな挙動不審な僕をリッテさんは気付くことなく案内を始めてくれたので、僕は密かにほっと胸を撫でおろした。


 何分歩くんだよってくらい廊下を歩いていると大きな扉の前でリッテさんは立ち止まった。


 扉の前には左右に二人の兵士が立っており、僕が前に来ると兵士がその扉を開いてくれた。


 そして開け放たれた扉の奥の光景に息を呑んだ。


 そこには丸まる物語の世界が広がっていた。


 天井から流れ落ちるような大きなシャンデリアはキラキラと輝いている。真っ白なクロスが掛けられた何十人と座れそうな大きなテーブルに、何十脚と並べられた背もたれが豪華で高い椅子。僕はそのすべてに圧倒させられていた。


 これが王族のダイニングか。


 良く分からない感動が湧き上がってくる。


「どうぞ中へ」


 リッテさんの声に僕は肩を跳ねさせハッと我に返り、慌ててリッテさんの後についていく。


「おっせーんだよ」

「デカイ口空けてぼうっとしてるなんてマジキモイんだけど」

「おはようございます、三嶋君」


 そして一気に現実感へと引き戻された。


 クソ谷垣は不機嫌そうにテーブルに肘をついてその上に顎を乗せていた。その姿は全く持ってここの雰囲気にそぐわない。

 ビッチ前田は威嚇する猫みたいに眉間に皺を寄せて悪態を吐いてくる。相も変わらずボキャブラリに乏しいやつだ。あと眉毛はやっぱり無い。


 折角の楽しい気分が一気に台無しになったよ。


 そう思い落胆したのだが次に目に入った御堂林さんの姿に、僕の脳は衝撃をうけることとなった。


 御堂林さんは淡い色合いの長い髪の毛を無造作に一つにまとめていて、いつもと違う雰囲気に少しだけ色っぽさがある。

 だがそれよりも御堂林さんが来ている服がすごい。


 ドレス姿!!


 そこまで派手ではないシンプルなデザインのものだけど、大きく肩口まで開いたドレスは御堂林さんの美しさをより一層際立たせている。


 これが見れただけでも異世界最高だよ。


 流石


 そう思い幸せに浸っているとまたしても不快な声が耳を汚す。


「キッモ、オタクが盛りついてんじゃねぇっての」


 それは嫌悪するような前田の声だった。


 前田もドレスを着ているのだが、こいつ品性が無いから全然似合っていない。


 だけど前田の言葉で僕が御堂林さんをガン見してしまったのはバレバレだ。僕は気まずくなり顔を伏せてリッテさんが引いてくれた椅子へとスゴスゴと腰を下ろした。それが谷垣の直ぐとなりと言うのも胸糞悪い。


 それから朝食が運びこまれ、それに舌鼓をうつ。


 味付けはどちらかというとシンプルだったがそれなりにおいしかった。多分香辛料とか例に漏れずあまり使ってないんだろうなと一人分析しながら食べた。


 会話らしい会話はなかった。そもそもここにいる面子は全員仲が良いとは言えない関係性だから仕方が無い。どちらかと言えば仲が最悪な組み合わせだろう。


 それと谷垣と前田は未だどこかビクビクとしていたのも静かな原因だった。異世界に来たことを未だ飲み込めていないんだろう。いい加減理解して欲しい。


 僕の異世界2日目はこうして始まった。

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