第27話 村の違和感の理由

「あぁ・・・・・そうか」


 俺はふと、気になっていたことが何なのか思いつき、独り言のようにそう呟いていた。


 隣で食事をしていたクァバルさんが、どうしたといった顔でこちらを見た。


「あ、すいません。ちょっと気になっていたことが何なのか分かったものですから」

「いえいえ、お気になさらず。して、その気になっていた事とはお聞きしても?」

「それは問題無いですよ。逆に私がそのことをクァバルさんに訊こうと思ってましたから」


 この開拓村に来てからずっと気になっていた、というか感じていた違和感。それがカジャルさんと会った事で強まっていた。

 違和感としては捉えていたけどそれが何か分からなかったが、今になってようやっと分かった。


 それはここに、


「どうして男性がいないのか、ですね」

「・・・・・・・・」


 これが違和感の原因だ。


「あ、男性って言ったら誤解を生んでしまいますね。私が言いたいのは成人男性がってことです。子供や年配の方はいるようですが、それ以外の、大人の男の人って私とクァバルさんしか見てないんですよね」


 そもそもカジャラさんはあれだけ華奢な体をしているのに一人で狩りに出ている。普通そういった仕事は男がするもんじゃないだろうか。

 農作業だってそうだ。何処の畑も男性がいない。女性が鍬を持ち、耕していた。ここの食堂にしたって一人も成人男性がいないのは明かに不自然でしかない。


「ほら、こおって開拓村じゃないですか。それなのに女性ばっかりっておかしいなって思っていたんですよ」


 そこまで話したところでもしかしてと考えが浮かぶ。


「あ、でも離れた開拓地に泊りがけってのもあるのか?」


 うん、それはあるかもしれないな、そう思っていたら次の言葉で大きく否定された。


「違うさ。皆連れていかれたのさ」



 ・・・・・・・・え?



 背後からの声に振り返ると、そこには村長婦人が神妙な面持ちでいた。


「・・・・・・連れていかれた? 男性が?」


 聞き間違ったのかなと思い聞き返すと「ああ、そうだよ」と村長婦人は言った。


 俺の疑問の声に答える村長婦人は複雑そうな顔でクァバルさんを見る。クァバルさんは目を細めて口の前に組んだ手を持ってきてジッと何も無い空間を見つめている。


 ・・・・・・・・


 ちょっと空気が、重い。


 俺は余計な事を訊いてしまったのかもしれない。


 そう言えば昨日、何だかクァバルさんと村長婦人たちがお互い謝っていた事を思い出した。


 もしかしてこれは地雷だったのだろうか?


「ハルさんは別な国の方でしたね。それでしたら知らなくても当然ですか」


 クァバルさんが重い口を開いた。


 俺は後悔した。


 聞きたくない。ふっておいてなんだけど出来れば聞きたくない。


 そんな顔されて語られる事って大抵碌なものでは無い。


 その顔は緊急ミーティングで突如決まった無理な仕様変更をどうにもならない納期で仕上げてくださいと言ってくる某女性上司の表情と良く似ている。


「何だか複雑そうなので私はこれ・・・・・」

「実はこの国と隣の国は戦争をしているんです」


 聞いてしまう前にこの場から退散しようと、椅子から半分腰を上げた所でクァバルさんが意を決したように語りだした。


 予想以上に大きな話に「おうふ」と謎の声がもれだす。


 せ、戦争って、あの戦争ですかね?


「事の発端は3か月程前の事だよ」


 追随して村長婦人も語りだす。俺が立ち去ろうとしたことは完全に無視された形だ。退路を断たれてしまった。状況に流されやすい俺は中途半端に浮かせたお尻を静かに下ろす事しかできなかった。


「この国の第2王子が公国の【雪煌せっこうの白姫】を娶りたいと言った事が原因さ」

「雪煌の白姫?」


 何、その厨二病的な二つ名。ちょっとかっこいいんだけど。


「ノーティリカ公国が誇る至極の宝玉と称される公女様です。その二つ名は公女様の輝くばかりの銀の御髪と雪の様に白い肌を称えて呼ばれるようになったそうなのですが、そのあまりの美貌は神すらも欲しがると、【神の花嫁】と呼ばれる事もあります。私自信間近でお目にかかったことは無いのですが、その名は世界のあらゆる国でも有名であると聞いています」

「・・・・・・はぁ、それはまた」


 俺の逃げ出したい気持ちとは裏腹に、クァバルさんと村長夫人は交互に語る。


「去年らしいんだけどね、王城で行われた式典に招待されたノーティリカ大公と一緒にその公女が訪れたらしいんだけどね、どうやらその時第2王子が一目ぼれしてしまったらしくて婚姻をノーティリカ公国に申し込んだらしいんだよ」


 王子様やら公女様やらが出てくるとと改めて異世界であるなと聞きながら感心してしまった。


「それってめでたい事なんじゃ」


 普通に考えて王族同士の婚姻っていい事だと思うのだけど、よく聞く王族や貴族の女子は政略結婚が当たり前っていうし、確かこの国って大国だよね。それであればその国の第2とは言え王子とだったら万々歳なんでは。


「いえ、それは公国としては認める訳にはいかなかったのです」


 クァバルさんが首を横に振る。


「なぜならば、その婚姻は精霊様が認めなかったからです」


 何、その設定。ちょっと興味惹かれる。詳しく説明ヨロ。


「斯くして戦争は始まりました」


 あ、あれ? 大事な所の説明がまだですよ。その精霊なんちゃらとか、その辺りって結構重要なのではありませんかね。


「第2王子が力ずくで公女を手に入れようとしたのさ。本当に愚かな戦争だよ」

「いけませんよ奥方。いつどこでだれが聞いているかもしれないのです。不用意に国への、王族への批判は不敬罪として扱われてしまいます」

「はん、こんなど田舎の辺境地に誰が来るって言うんだい。国境間近であっても兵士すら寄り付かないよ」


 どうやら戦争を吹っかけられた公国出身のクァバルさんだけでは無く、仕掛けた方の国の人間も怒っているようだ。


 しかし戦争が起きて男達が連れていかれたってことは・・・・・・


「村の人は徴兵されたってことですか」

「ああ、その通りだね。くだらない戦争の為に男衆は無駄に命を掛けさせられているって訳だよ。これに腹を立てないでなんてするんだい」


 成程、だから男がいないのか。


 ・・・・・・・・ぁあ、やっぱり聞くんじゃなかった。


「第2王子も35歳だっていうじゃないか。その歳で一目ぼれだとか、フラれた腹いせに国を攻めるとかもう少し思慮深いことは出来ないもんかね」


 王子というから10代くらいの若者を想像していたけど意外とおっさんらしい。


「嘆かわしい限りだよ」


 そう言って深い溜息を吐く村長婦人。周りの人たちも聞き耳を立てていたのかいつの間にか静まり返っていた。


「私は公女様が無事でいてくれることを心から願っています」

「そうだね、まだ13歳の公女には何も無いといいねぇ」

「・・・・・・・・・・・・」


 どうやらこの国の王子はロリコンらしい。

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