第115話 いなくなる
「あの、ジョシュアンさん・・・・」
模擬戦が終わり、片膝をついて項垂れるジョシュアンさんに何を声かければいいのか迷っていると、ジョシュアンさんが木剣を拾い静かに立ち上る。
「・・・・ありがとう、ございました」
礼を述べるジョシュアンさだが誰が見ても分かるくらいに物凄く落ち込んでしまっている。
「あの、何でいきなり模擬戦なんて・・・・」
俺は何とも言えない気まずさについつい口を滑らせていた。
深く息を吐くジョシュアンさんを見て「これは訊いてはいけない類のものだったか」と後悔するがすでに遅し。ジョシュアンさんが重い口を開く。
「確かめたかった、ですかね」
「・・・・何を?」
もうこうなれば行きつくとこまで突き進むべし。もういいやとずけずけと尋ねる。
「色んな事をです。そうしないと前に進めない気がしたので、ハルさんには僕の勝手な理由に付き合わせる形になって申し訳なかったのですが、それでも一度ハルさんとは剣を交えたかったんです」
その後小さく「あれを見たから」と言った。
そしてジョシュアンは訓練場を出ていってしまった。
結果的に理由が一切分からなかった。どうやら彼なりの深い理由がありそうだが、俺には
「あれを見たから」どうもその言葉が気にかかるが。俺の中で「あれ」に該当しそうなのはやっぱりステルフィぐらいしかない。
去り行くジョシュアンの後ろ姿を見ながら腕を組み首をかしげる。
「私も行くわ。悪かったわね、身内が迷惑を掛けてしまって」
「まぁ理由はどうあれ、受けたのは俺だから気にしないで」
「・・・・・・ねぇ」
「何?」
「あんたの本気、何れは見てみたいわね」
悪戯っぽく笑うミラニラに「そんな大したものは無いよ」と苦笑いを返した。
ロビーに戻ると未だ宴会真っ最中だったが、もう飲む気にもならなかったのでギルドを出た。今日も依頼完了の報告をする雰囲気じゃないので諦めた。
帰り際にクァバルさんの所に寄って残りの服を受け取り宿屋へと帰る。
ゲルヒさんの宿も食堂はお客さんでいっぱいになっていた。今日はどこもかしこもきっとこんな感じなんだろう。
騒がしい食堂を通り抜け部屋へと向かう。
自分の部屋だが女性の同居人がいるので扉をノック。
コンコンコン。
俺とステルフィアで決めた三回ノックの合図だ。
・・・・・・・・・・・・。
返事が無い。
再度ノックしたがやっぱり同じだ。
「・・・・・俺、だけど」
何て声を掛けようかと迷ったのだが、結局オレオレ詐欺になってしまった。「ハルだけど」って言うのはちょっと気恥ずかしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
でもやっぱり返事が無い。
「寝てんのか?」
取っ手を回すと鍵が開いていた。
扉を開けて中に入る。
「入るよ。ごめん遅くなった・・・・・・・・・フィア?」
静まり帰った部屋には、食堂からのざわめきだけが響いていた。今朝まで凄く狭く感じていた部屋が少しだけ広く思える。
窓から差し込む日の光は傾いて部屋全体を赤く染めていた。
食事をするために移動した机は元の定位置に戻され、ステルフィアが寝ていたベッドは綺麗にメイキングされている。
そこに誰かがいたとは思えないくらい綺麗に。
・・・・・部屋から人の気配が無くなっていた。
ステルフィアの姿が部屋の中から消えていた。
「・・・・・・っ!!」
呆けていた俺だったが事態をやっと飲み込む。そして沸き起こる焦燥感。
「フィア!!」
名を呼ぶが返事が無い。それもそのはずだ、この部屋に隠れるところなんてそもそもないのだから。
「食堂か・・・・トイレか?!」
もしトイレだったら気まずいとも思いながらマップを見てみた。だがトイレには誰かいる様子はない。食堂も確認してみたがステルフィアの名前は出てこなかった。宿屋の中全部確認してみるがにステルフィアのマーカーは無かった。
「居ない、一体どこへ!?」
俺と居るのが嫌になって出ていったか・・・・・・・・それならそれで別に構わない。強制する気は無いのだから。ただあの子の素性や置かれている状態から察すればその後何が起こるか分からない。
でももっと深刻なのは。
「攫われた・・・・・てことは無いのか」
誰かに既にバレていてステルフィアを攫って行った。
そうだ、ステルフィアを知っているやつは確かにいるんだ。その可能性は大いにある。
「あの時の冒険者か? くそ、名前を確認しておくんだった・・・・・・・いや”片翼の獅子”の面子ってのもあるのか」
一度会えば知っている知らないに関係なくマップ上に名前がでる。だが俺はあの時奴らの名前を確認することを怠った。咄嗟に起こった戦闘でそんな気も回らなかった。
俺に敵意を持っていなければマーカーも青のままだ。仮にステルフィアを捕まえて、既に満足していれば俺に敵意を向ける必要もなくなっているかもしれない。
それとジョシュアンさんとの事が引っ掛かっている。ジョシュアンさんは「あれを見た」と言っていた。それが本当にステルフィアのことだったとしたら。「確かめたかった」て何をだ。もしかしたらジョシュアンさんが模擬戦を挑んできたのは俺を引き付けるため?
「よく考えれば何時も一緒のクラリアンさんが居なかった・・・・・・・・くそ、兎に角探すのが先だ」
自分の意志にしろそうでないにしろ、ステルフィアを見つけてから考えればいい。身柄を確保しておかないとあの子が危険なのは変わりない。
急いで食堂へと戻る。
「ゲルヒさん!!」
忙しそうに給仕をしていたゲルヒさんの腕をつかむ。
「うわ、何だいお客さん危ないよ」
驚き、少し怒った声を上げるゲルヒさんだったが俺はそれを構っている余裕など無かった。
「あの、俺のつれ。一緒に止まっていた子を知りませんか!?」
不機嫌そうに俺を見たゲルヒさんだったが、あまりに俺が焦っているものだから、そのただならない様子に目を細めて答えてくれた。
「・・・・いや、見てないよ」
「・・・くっ」
ゲルヒさんが見ていないのでは自分で出ていったわけじゃないのか?
・・・・・いや、そうと考えるのは早計か。今日はやけに食堂が込んでいる。この状態じゃゲルヒさんが全てを把握していたとは限らない。そもそも部屋がきれい過ぎる。襲われたのだったらもっと痕跡があってもいいだろう。
「すみません。ありがとうございます」
ゲルヒさんに謝罪とお礼を述べて外へと飛び出した。
どうやって探す? どうやって見つけたらいい?
マップで一つ一つマーカーを確認するか?
流石にこれだけの規模の街だ。人の数は半端じゃない。マーカーで探すのであればまだ目視の方が見つけ易いかもしれない。
「検索機能は付けて欲しかった」
通りに出ている人の数に俺は途方に暮れた。
よりによってこんな人があふれている時に。
俺は夕暮れに染まった街並みをステルフィアを探して駆け出した。
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