第92話 ジョシュアン、フラグを立てまくるも爆散して回避

【片翼の獅子 ジョシュアン】






「よりによって何であたしたちの街で”大災厄”が起こるのよ。そんなの昔話でしか聞いたことなかったのに・・・・・・・ねぇジョシュ・・・・あたしたちが参加しないといけない理由ってあるの? あたしたちだけで逃げたって誰も分からないわ」


 クラリアンが小声で僕にそう言ってきた。彼女の不安で自信なさげな姿は珍しい。でもそれはクラリアンだけではない。僕だって怖くてしょうがないのだから。


 何度も通った丘へと続く平原は、僕の知っている平原とは別の世界になったのかと思ってしまうほど様変わりしている。


 丘の前には夥しい数の魔物たちが所狭しとうごめいていた。


 そのとんでもない光景に僕たちだけじゃなく兵士たちでさえも息を呑み脚を震わせている。


 基本魔物は人に住んでいる街にはあまり寄ってこない。それは街を覆う”結界”が魔物が本能的に嫌うものを作り出しているからだと訊いている。だから結界のある人里には近寄らず森などの魔物が好む淀みが発生しやすい場所に多くいるのだと。


 だがよく考えれば嫌がるだけで物理的に防いでいるわけじゃない。


 魔物の本質は人を獲物としか見ていない。奴らの領域に近づけば襲ってくる危険な生き物でしかない。


 どうして街の近くは安全何だと勘違いしていたのだろう。


 その勘違いが今こうして現実の恐怖として目の前に広がっている。


「ギルド長も言っていただろ。もう逃げられないって」


 そうだ、あんな数の魔物に襲われたらどこに逃げたって意味はない。逆に散り散りになってしまった戦力では簡単に殺されてしまうだろう。


 だったらまだ数で当たって戦った方が生き残る確率が高い。


「それにギルドと街とで交した約定があるから、ギルド会員の僕たちはそれに従わなくちゃいけない。断ることも出来るけど、断ればその後のギルドランクは1等級に落ちてそれ以降上がらなくなる」

「分かってる、分かってるわ。でも・・・・・・」


 そう言ってクラリアンがギュッと唇を結んで僕の腕にしがみ付いてくる。彼女は昔からくじけそうになるとこうして良くくっついて来たっけ。


「やるかやられるかしかない。高額の報酬もでるんだから文句言ってないで気張れ。クラリアンの魔法が一番頼りなんだからな」


 鼻息あらくそう言ってきたドランゴにクラリアンは鋭い眼光を飛ばす。


 もう少し言い方があると思うんだが、ドランゴも余裕がなくなっているんだろう。その証拠にいつも持っている盾が上下さかさまだ。でも仕方ない、僕もクラリアンに何て言ったらいいか分からないんだ。


「あたしとリアは後方からの支援だからまだいいけど、二人は前線なんでしょ」


 弓の弦の調子を確かめていたミラニラが瞳だけをこっちに向けて心配そうに見る。ミラニラは言葉はあれだけど本当は根が優しい。


 だから僕は・・・・・・。


「無理はしないよ。こんなところで死んでしまったら何のために冒険者になったのか分からないからね」


 少しだけ虚勢を張って強気な言葉を口にする。男の見栄ってところだが、ビビっているよりはよっぽどいい。でもまだ不安なのだろう。腕に抱きついていたクラリアンの力が強くなる。


 僕たちの前には街の兵士たちが並んでいる。

 今回は街とギルドで共同討伐を行うことになった。その数凡そ500人はいるんじゃないだろうか。これだけ集まっているんだ。きっと大丈夫。


 僕は丘の前で不気味に立ち止まっている魔物たちを見る。こんな多くの魔物を一度に見たのは生まれて初めてだ。できればもう見たくない光景だな。


 そしてその中で一際目立つ魔物がいる。


 大型の魔物、トロール。


 その恐ろしさは噂でしか聞いたことが無かったがすさまじいものだ。

 トロールを見かけたら武器を捨ててでも逃げろってアカデミーの講師たちが言っていたほど、普通の冒険者がどうこう出来る相手ではないらしい。


 それがあの中に何体もいる。


 おそらく危険さで言ったらゴブリンキング以上かもしれない。それだけでも絶望的だ。


 そのトロールを相手するのがクラリアン達魔術師の面々。トロールは分厚い肉に覆われていて剣がほとんど通じないから魔法で叩く作戦らしい。

 それでトロールを倒せなかったら僕たちは全滅もあるかもしれない。だからクラリアンは人一倍不安になっているんだ。


 僕たち討伐隊と魔物たちは距離を置いてにらみ合いを続ける中、心の整理を付けていく。


「ねぇジョシュ」


 緊張を解そうと瞼を閉じて浅く呼吸を整えているとミラニラが話しかけてきた。


「彼を・・・・・・・ハルを見ていない?」


 ミラニラの口からでた言葉に集中が途切れて眉がピクリと動く。


「・・・・見ていないよ」


 そして短くそう答える。


 ハルさんとは昨日の朝ギルドで分かれてから今日まで見かけていない。


「そう・・・・・ハルはきっと丘に行ったのよね」


 眼を細め丘を見つめるミラニラの声音からは不安さを感じる。僕の奥歯がギリッと軋みをあげる。


「彼が受けたのは確かトッポリ草の採取だったね。それだったら多分・・・・・・」


 あぁこの言い方は卑怯だな。そう思い僕はそれ以上口を閉じた。


 トッポリ草は山影などの日に当たらない場所に生息する薬草だ。この辺だとあの丘近辺くらいでしか採取できないことは僕も知っている。


 だから恐らくハルさんは一人あの丘で薬草を探していたはずで、そのハルさんがこの場にいないということはそういう事なんだと思っている。


 あの魔物の大群に殺されたんだろう。


 あの魔物たちは丘の先の森から現れたとギルドで説明された。それであったらハルさんはきっとあの魔物たちと遭遇しているはずだ。いくらゴブリンキングをものともしないハルさんであっても、あの数の暴力にはどうしようもない。


 ミラニラもそれを分かっているのだろう。その表情はとても重苦しい。


 どういう訳かミラニラはあのハルさんに興味を示している。


 いや違うか。


 ミラニラはアカデミーにいる時から強い相手が好きだった。僕たちが入る前は強かった先輩とよく一緒に居たらしい。ミラニラがこうして僕たちと一緒にいるのだってアカデミーで一番実力があったからに他ならない。


 それでいけばハルさんの実力は良く分からないが、僕よりも強い事だけは確かだ。あのゴブリンキングとの戦いだって正直ハルさんがいなかったら僕たちはもっと苦戦していて、下手したらけが誰かが犠牲となっていたかもしれない。


 だからミラニラが彼に、ハルさんに興味を示すのは極自然な事だ。


 ・・・・・・・・それだけに複雑だ。


 僕は多分、ここにハルさんがいない事を少しだけ喜んでいる。これ以上ミラニラがハルさんに近づくことが無い事にほっとしている。


 僕がそんな歪んだ自分に嫌悪を抱いていると、とうとう恐れていた事が耳に入ってきた。


『魔物が動き出したぞぉ』


 駄目だ、今は集中しろ。まずは生き残らなければ・・・・・・生き残って街にもどったら・・・・そしたら。


 僕は自分の両頬をパンと手で叩く。突然の行動にクラリアンが驚いた様子だったが今は構っている場合じゃない。


「これより掃討作戦を実施する。後方部隊に敵が行ったら終わりと思え。前衛は死ぬ気で奴らを食い止めろ」


 兵士の隊長格の人が声を張り上げる。この怒声が飛び交う中で彼の声は良く通っていた。


「よし!! 僕らも行こう」

「おう!」


 僕の言葉にドランゴが答える。


「ジョシュ・・・・・きっと無事で戻ってね」


 不安そうにクラリアンが抱えていた僕の腕から手をそっと放した。


「死んでも生きなさい」


 そしてミラニラの厳しくも優し言葉が僕を勇気づけてくれた。


「あぁ、生きて帰ってくるさ。そしたらみんなで楽しく祝勝会を開こう」


 僕は愛刀を抜き天に掲げる。



 やってやる。僕この戦いに勝って・・・・・ミラニラに思いを伝えるんだ!!



 と、その時。





ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・・・・・・・




 轟音と地響きが突如僕たちを襲った。


 それと同時に魔物たちの群れが次々と爆ぜていく。魔物たちがいたところ一帯が凄まじい土煙に飲み込まれていく。


 何時までも続く爆発。煙の中では大地も魔物もはじけ飛んでいる。時折宙を舞った魔物の破片がこっちにまで飛んできた。断末魔の魔物の咆哮と激しい爆発音に僕たち冒険者や兵士たちが何人も耳をふさいでいる。


「何だ!! 何が起こってるんだ!!」


 誰かが叫んだ。


 僕たちを混乱が襲う。



 ・・・・・・これはいったい何が起こっている!?



 爆発はしばらく続いた。理解できない恐ろしい光景に多くの人がその場にへたり込んでいる。


 だが爆発は不思議とこっちには一切来なかった。執拗なまでに魔物たちの群れをこれでもかと爆散させていく。そして夥しい光の欠片がその地獄の中で不釣り合いに美しく輝いていた。


「女神様」


 そこいら中から漏れ出した祈りの言葉。


 普段教会に行かない僕でもそう祈りたくなる位常軌を逸脱した光景。


 一体全体これは何なのだ?


 もしかしたらこの世の終わりが近いのかもしれない。

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