第145話 最初からの間違い

「っ、ぐぁぁぁぁぁぁ」


 ゴキリと鈍い音、直後耳を塞ぎたくなるような絶叫が上がった。


 折ったのはジョシュアンの右腕。それはステルフィアに剣を向けていた腕。

 それを折るのに俺は一切の躊躇もなかった。自分がこれほど冷淡に相手を傷つけたというのに、今は嫌悪も罪悪感すらも全く感じていない。そして不思議なほど冷静だった。


 ジョシュアンはきっと俺がだろう。そうで無ければここまで無防備に利き腕を折らせるはずも無い。


 腕が折れた激痛にジョシュアンはステルフィアを掴んでいた手を反射的に離した。

 意識の無いステルフィアが糸の切れた人形のように崩れ落ちそうになったところを、俺はそっと抱きとめ支えた。


 幸い怪我は無い・・・・・・・と、ほっとするのと同時くらいに【気配察知】から警鐘を鳴る。

 俺は考えるよりも先にステルフィアを抱えその場を飛び退いた。


 次の瞬間、俺が元居た場所を何かが通り過ぎ、その先の地面が爆音とともに弾けた。


「あんた、どういうつもりよ!!」


 金切声を上げるクラリアンが右手は俺に向けて突き出されていた。

 どうやらクラリアンが俺に魔法を放ったようだ。


「どりゃあ!」


 更に追撃がくる。

 飛び退いた先に猛然と突進してきたのは拉げた盾。

 ステルフィアを抱えたまま反撃するわけにもいかず、その場を更に飛び退いて盾を躱す。


「まったく先走りやがって!」


 そう怒りの声を上げたのは“片翼の獅子”の盾役であるドランゴ。だが怒りを感じる声とは裏腹にその体は確りとジョシュアンを守ろうと、俺とジョシュアンの間にどっしりと構えている。


「・・・・クラリ、アン・・・・・ドランゴ・・・・・・くっ、ハル!」


 骨折に脂汗を流し苦痛に顔を歪めるジョシュアン。だが戦意は一切衰えた様子が無い。助けに来た二人をちらりと見ただけで、直ぐに落とした剣を左手で拾い憎悪の目を俺に向ける。


「僕と・・・・・正面から戦え、ハル」

「ジョシュ?!」

「落ち着けジョシュアン。こいつ一筋縄でいく相手じゃないぞ。あの時から異常だとは思っていたがさっきの動き全く見えていなかった。こんな奴は俺様含めて全員でかかっていかなければどうにもならないぞ。それにお前その腕・・・・」


 二人の仲間からの忠告も耳に届かないとばかりに、ジョシュアンは前へと踏み出す。


「邪魔するな! どけ!!」


 クラリアンが後ろからしがみつき止めようとするが、ジョシュアンはそれを振り払った。

 叩きつけられるように倒れ込んだクラリアンをまるで気にせず、ジョシュアンは剣を構えて俺へと駆け出した。


「その獲物は私のだ!」


 そして同時に飛び込んでくるもう一つの影。

 凶悪な武器を振り上げる金色の鬼。


「このキルラ・バーンが貴様を討つ」

「っ!」


 上段から振り落とされたキルラ・バーンの剣をバックステップで躱す。勢いよく叩きつけられたキルラ・バーンの剣により地面が爆ぜた。

 弾丸の如く石つぶてが飛んでくる。俺はステルフィアを抱え込むようにして庇う。


「僕はもう負けられないんだぁぁぁぁ」


 気迫の籠った雄叫びに踏み込んだジョシュアンが片手で剣を薙ぐ。そのスピードはさっき迄とは比べ物にならない位に早かった。

 堪らず俺はロングソードで受け止めたのだが、体重と遠心力が乗ったジョシュアンの剣は重く後方へとステルフィアともども吹き飛ばされた。


 背中にあたる熱気。


 俺は燃えるスラムの手前まで押し戻されてしまった。


 そして目の前にはキルラ・バーンと“片翼の獅子”の面々、そしてその奥には未だ多く残っている兵たちが立ち塞がる。


「・・・うっ」


 そんな戦場に似つかわしくないハイトーンボイスの呻き声。


「わたし、は・・・・・」

「気が付いたか、フィア」


 ずっと気絶していたステルフィアが眼を覚ました。


「ここ、は・・・・・っ!?」


 状況を確認するようにあたりを見渡し、背後の燃えるスラムを見て顔を蒼褪めさせ、眼前に塞がり立つ兵士たちに声を詰まらせた。

 ずっと地面に寝かせていた小さな体はとても冷たく、そしてとても震えている。

 最悪な状況化に目を覚ましてしまった。

 彼女が目を覚ます前にはここを抜け出したかったのだが、俺の見通しの甘さが結果的にステルフィアを危険にさらしている。


 舐めているつもりは無かった。

 それが最善だと思っていた。


 相手を怯ませ二度とステルフィアに手を出させない。俺の力ならそれが出来ると思っていた。

 驕ったつもりもなかった。出来ると思って戦っていた。

 だが結局のところ俺は何処まで行っても甘い。それは俺個人の性格と言うよりも平和な日本人だからと言う所が強いと思う。


 人を殺すのは絶対に出来そうにない。したくもない。

 一度知り合った人と争うのなんて嫌だ。


 そんな甘い考えがこの状況を作っている。


 本当に腹が立つ。


「すまない。俺がちゃんと・・・・」

「ごめ・・・い・・・・ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめんなざい!」


 ステルフィアがボロボロと泣きながら謝ってきた。

 俺が不利な状況になたことを謝ろうとしたのに、ステルフィアは俺に対して涙を流して謝罪する。


「私の所為・・・・私が居るから・・・・私が悪いの、私が・・・・私が・・・・」




 あぁ、苦しい。


 何だよこれ!




 結局俺はステルフィアを救うどころかより悲しませているだけじゃないか。


 あぁ、失態だ。全てが間違っていた。


 戦わずして避ける方法もあった。でもこれが最善だと何も知りもしない平和ぼけしたお調子者がその選択を最初から排除してしまった。


 俺は結局ステルフィアの事を考えていなかった。


 燃えるスラム街に怯え震えたステルフィア。亡霊がついたなどと少しでも考えた俺は本当の意味で切羽詰まってもいなければ危機感も覚えていなかったのだ。



「おや、公女様もお目覚めですかな。えぇえぇそうですよ。来れは貴方が招いた惨劇なのです。貴方がこうしてのうのうと居る限り多くの被害が生まれるのです。本当に民衆を思うのでしたら投降する事をおすすめしますよ、はい」


 キルラ・バーンが復活したことで威勢を取り戻したゴージャスが、鼻息荒くステルフィアが居るから被害が増えるのだと捲し立ててくる。

 その小汚い罵りはステルフィアの小さな体を更に震わせ表情を歪ませる。


 ここに居る誰もがステルフィアに向かって蔑んだ目を向けてくる。



 あぁ本当に俺の失態だ。



 こんなところにステルフィアを居させるなんて。


 直ぐにでも逃げるべきだった。


 俺はシステムメニューを起動させた。


 その中から【魔術師】のジョブを選ぶ。


「頼むから死んでくれるなよ」


 手を掲げスキルを使用。



【火魔法】


【魔力調整】


【多重起動】



 残りのMPの半分以上を使い巨大な火の玉を5つ頭上に並べる。


「な・・・・・なによ、それ・・・・・・・・・ふ、ふざけんじゃ無いわよ。魔術師でも無いあんたがどうして・・・・しかも詠唱も魔方陣も刻まずにそんな大魔法使えるのよ!!」


 クラリアンが俺の作った火の玉に打ち震えながら叫ぶ。

 これはさっき覚えたLV1の火魔法だ。しかしその大きさは全く違う。

 【魔力調整】で最大限迄魔力を込めた火の玉は、一つの大きさが人一人くらいなっている。それが五つだ、クラリアンが大魔法だと勘違いするのも仕方が無い。


「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な。なんなのですあれは。奴は騎士では無かったのですか」


 ゴージャスは慄きに尻餅をついた。周りの兵士は愕然としてだれも助けようとはしていない。


「・・・・・引け、全軍引け!」


 一人冷静さを残していた金色が全軍に下がるよう指示を出す。だがその顔には明らかな驚きが見て取れた。


「なんで・・・・・どうして」


 ジョシュアンは理解できないと首を振る。


 本当の意味で俺の理不尽さが解るのはきっと魔法なのでは無いだろうか。

 この世界の理から完全にかけ離れた魔法の行使は、相手からすれば驚愕でしかないだろう。


 最初からこうしていればよかったのだ。それをあれだこれだとくだらない事を考えてしまったばかりに俺はステルフィアをまた泣かせてしまった。


【手加減】はする、だがそれは死なないだけの話で大きな被害が出る事になるだろう。


 それでも俺はステルフィアを逃がすためにこれを使う。


 手を前に振った。


「貴様、おのれぇぇ!」


 膨大な熱をおびた五つの太陽が兵たちへと放たれた。

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