第26話 クァバルさんからのお願い
「あの・・・・・・俺、もう行ってもいいですかね?」
開拓村の門は狭い。
門と言っても丸太を立て、木で組まれた門扉がついているだけのシンプルな物だ。
因みに村全体は先を尖らせた木を柱に板を括りつけた柵が取り囲んでいる。正直役に立つのか不明な柵。
野生動物くらいなら何とかなるだろうが、俺をガブついたハンターウルフなら体当たり一つで崩れてしまいそうだし、正直ゴブリンでも壊すのは無理でも乗り越えることは出来そうだ。
そんな華奢な柵が張り巡らされた村の唯一の出入口がこの門なのだけど、人二人がやっと位の幅しかない。
なので、その前で三人も固まって話をされていては通るスペースが全く無くなってしまう。
ティルルさんとポックリンさん、それと猟師のカジャラが先程から笑いながらずっと話をしていた。当然のことながらその輪の中に俺は入っていない。昨夜に引き続き放置されている。
随分と盛り上がっている三人の間を抜けて去る神経の図太さも無く、仕方が無いので空を流れる雲の形を観察したり、手をグーパーして白くなった掌に赤みがさすのを何度も繰り返してにやけていたのだが流石に飽きた。
畑の開拓とティルルさんの新事実で精神的に疲れた事もあり、早く干し草のベッドにごろりとしたかった俺は、もう限界だと声を掛けた。
「ん? おやハルさんまだいたのか?」
・・・・・・・・。
ポックリンさんの辛辣な一言に更なる打撃を精神に受けつつも、ストレスフルな社会で生きる俺は笑顔でそれを乗り切る・・・・・・・・・・嘘です、多少顔が引き攣りました。
昨日に引き続き、この爺さんわざとだろうか? ポックリ逝ってしまえ。
「すすすす、すみません。ハルさんの事完全に忘れてました」
・・・・・・・・。
危なかった、ティルルさんの言葉に少し涙が出そうになったが、ギリギリ耐える事に成功。アラサーの精神力の勝利だ。
「あれ、こいつ誰だっけ?」
・・・・・・・・っ!
アラサーの精神力は脆かった。
声が漏れてしまった。
「ハルさんですよ。さっき紹介したでしょ?」
・・・・・・危なかった。バットが残っていたら俺はイケメンに対して傷害事件を起こしていたかもしれん。ゴブリン達で成仏してくれたことに感謝。
「おぉ、そうだった、そうだった。んでお前、悪さしたら許さないからな」
「しませんよ!」
何だろう、このカジャラって人もの凄く疲れる。初対面にこうも失礼な態度をとるとは性格歪んでいるんじゃないだろうか。
それでもティルルさんはそんなカジャラを笑ってみている。
チッ、だからイケメンは嫌いだ。
だがポックリンさんは違ったようだ。眉を寄せて咎める様に口を開いた。
「カジャラよ、もう少しおしとやかな喋りはできんのか」
やっぱりいい人だったポックリンさん。ごめん、さっきポックリ逝ってしまえなんて思って。でも、怒るポイントがちょっとずれていますよ。
「別にいいだろ」
「私も、直した方がいいと思いますよ」
「・・・・・・ティルまで・・・・」
うっと顔を歪めるカジャラ。ティルルさんには弱いのかもしれない。イケメンざまあと又もや内心ごちておく。
「だってカジャラさんは女なんですから」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
ぷはっ、苦しい、息止まっていた。
どうした? 何故俺は息が止まるほど固まってしまった?
何か思考を停止させるような事を聞いたような気がするのだが。
「わぁってんよそんな事、でも今更そんなまね・・・・・・恥ずかしくて出来ないんだよ」
何やらカジャラがクネクネと身を揺らしている。
男の癖に、とも思ったのだが・・・・・・何故だろう。何だか違和感が無いように思える。イケメンだからだろうか・・・・いや、いくらイケメンでもこれは普通気持ち悪くなるもんだぞ?
・・・・・・・ま、まさか俺、目覚めたんじゃ!?
「仕方の無い奴だのぉ。カジャラは昔から女性らしい仕草が苦手だったからの、女としての自覚がたらんのだよ」
「勿体ないですよ。カジャラさんは綺麗なんですから。もっと女らしくしないと」
ああ、なるほど、女だから違和感ないのか。良かったよ目覚めじゃなくて・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
「何ぃ!! 女なのか!!」
思わず叫んでしまった。
3人は俺の声に驚いたのかビクリと跳ねた。
すみません、余りにも予想外だったもので・・・・・あぁ、ポックリンさん目が白目向いてる。戻ってきて。
「・・・・・・え?」
暫しの間を開けてティルルさんが間の抜けた声を出した。それを切っ掛けにカジャラの眉がにゅっと吊り上がる。
「ちょっと、それ、どういう意味だ?」
怒りの表れか少し声が低い。でも良く聞けばそれでも男よりは全然高い。俺は何でこの人を男と思ったんだろうか?
やぼったい口調だけど、声質は女。顔は中性的で、女だと分かった今だと綺麗な人に思える。
体は・・・・・・・・・・そこか!
気付いた、気付いてしまった。
何故俺がカジャラを男と思ってしまったのか。
無いからだ。
女性としてあるべき特長が。
「あ、お前何処見てんだよ!」
そう言ってカジャラは体の前で腕を交差させて俺の視線から逃れる様に体をそらし、その身体的特徴を庇った。
そう、カジャラには胸が無かった。
全くもって・・・・・・板だろ、あれ。
カジャラの体を見る俺の眼の動きも上から下までストンと落ちる。抵抗をまるで感じない。
その時ゾクリと背筋に詰めたいものが走る。
「女性に対してそれはどうかと思いますよ、ハルさん」
カジャラなど比較にならない程、底冷えする声を出したのは・・・・・ティルルさんだった。
目と口が笑っているのに、笑っていない。氷のような冷たさをその表情から感じる。見ればポックリンさんが完全に白目を向いてしまっていた。あれはヤバい、逝ってしまったかもしれない。
何故かカジャラまでもが直立不動で硬直している。
俺のハザード警報が鳴り響く。本能が逆らってはいけないと訴えかけてくる。
「す、すみませんでした」
体を直角にまげて即座に謝った。ここまで綺麗な謝罪は生まれて初めてしたかもしれない。上司にだってここまでの謝罪はしたことが無い。
ティルルさんが滅茶苦茶怖かった。あんなに震えあがったゴブリンキングが可愛らしく思えた。
干し草ベッドにダイブして顔を埋める。
「疲れた・・・・物凄く疲れた」
あの後、何度か謝罪の言葉を口にすることで何とか許しを得ることが出来た。女性に対して確かに失礼であったなと反省。
しかしながらカジャラ・・・・さんが女であったとは、見た目は悪くは無い、寧ろ良い方ともいえる。ボリュームはあれだけどスレンダーなモデル体型と考えればそれも悪くは無いだろう。
あれで狩りするっていうのだから驚きだ。
その先入観もあって男と思ってしまったのかもしれない。悪い事をしてしまった。しかもティルルさんに睨まれてしまった。
ぐぅぅぅ、とお腹が鳴り響く。
「そう言えば昼も食べてないんだった。はぁ、お腹すいたし飯でも食べに行くかな」
傾き始めた太陽が俺の長い影を作りだしなで肩がやけに強調される。
村長宅の食堂に入ると既に人でいっぱいだった。
昨日とメンバーは違っているけど今日も女子会が開かれているようだ。奥の方では老人会もあるな。
どこか空いてる席はと探していると俺に向かって手を振る人の姿が。
「ハルさんこちら、ご一緒しませんか」
「あ、こんにちはクァバルさん」
旅の商人クァバルさんがこっちこっちと手招きをしてくる。
断る理由も無いので隣の席に座り、定食を村長婦人に注文。「エールは」と訊かれたが昨日美味しくなかったので要らないと断った。
何だか気になったので店内を見渡す。
・・・・・・特に変わりない。女性と子供、老人たちが食事をしているだけ。だけどやっぱりしっくりこないんだが何でだろうか?
この開拓村に来てからずっと何かが喉の奥に引っ掛かっている気がするのだが・・・・・・・・ん~分からん。
やってきた食事に考えるのを放棄した。
「ハルさん、実は昨日お話ししようと思っていたことがありまして」
今日の定食は焼いたお肉とパンと野菜スープの三品、先ずはお肉からと思ってかぶりついたところで、クァバルさんがテーブルの上で手を組み話を切り出した。
そう言えば昨日話をしたいって言ってたっけ・・・・・・放置されたけど。
「ングング・・・・何でしょうか?」
お、この肉美味しい。昨日の兎と一緒かな。熊とは段違いだ。味付けは単純に塩のみだと思うのだが、滲み出る肉汁が何とも濃厚な旨味を出してくる。
「ハルさん冒険者だって言ったましたでしょう。今って何かの依頼を受けていたりするんでしょうか?」
「いえ、何も。それに冒険者って言っても、まだ冒険者志望ってだけで」
「・・・・え? ではギルドに登録はされていないんですか?」
「ギルド? あぁ、はいはいギルドですね。まだ、ですね」
「そう、なのですか?」
「ギルドにも登録しようとは思っているんですが、何分田舎者でして住んでいた場所にギルドは無かったんですよ。やっと旅に出る事が出来る様になったのでどこかの街で登録しようとは思っています」
えぇ、大都市東京って言う田舎者です。適当に怪しまれない程度に誤魔化しておく。
「すみません。昨日自己紹介で冒険者っていったから誤解されたんですよね」
しかしギルドか、早く行ってみたいな。きっとお決まりで綺麗なお姉さんが受付をしているんだろうな。
「いえいえ、こちらこそ勝手な思い込みで申し訳ありませんでした。まぁしかし冒険者として登録してあるかどうかは手続きの違いだけで大した問題では無いのですよ。私として信用できるかどうかの問題ですから」
「・・・・? 何の話ですか」
「実は折り入ってハルさんにお願いがありまして、ギルドに登録された冒険者の方であれば依頼を後から出さなければと思っていたのですが、そうでなければ直接お願いをしたいのです」
「・・・・はぁ」
今一呑み込めない話の内容に気の無い返事を返す事しかできなかった。
「私、ここから先にあるタルバンの街へ向かうお話をしたと思うのですが、もしよろしければ護衛として一緒に行ってはいただけないかと思いまして」
「・・・・俺が、ですか?」
「はい、ハルさんがです」
笑みを浮かべたクァバルさんがエールをクイっと呷る。後ろでは女子会の面々が大きな笑い声をあげていた。
取り合えず一口スープをすする。ほんのりとした野菜の甘みに癒される。
「何で私なんです?」
俺の対外用の一人称は「私」だ。サラリーマンは何事にも謙虚が一番。
「失礼ながらも率直な判断材料として他に出来る人がいない、というのがあるのですが・・・・」
確かにここは開拓村で村人以外は俺とクァバルさんしか見ていないな。それに人口70人程度しかいないのに開拓民を手放す訳も無いか。
「それに・・・・ハルさんはお強そうですから」
「・・・・・・何でそう思うんですか?」
「商人の感、ですかね」
笑みを崩さずそう口にしたクァバルさん。
ちょっと俺としては微妙な感じだ。
自信満々に言い放ったクァバルさんの言葉は正直嬉しいのだが、さて実際俺が強いのかと聞かれるとそれは違うだろうと思う訳だ。
何しろ俺のレベルは未だ一桁だし。武器はナイフ一本で防具は籠手しかなく、魔法は未だに一つも使えない。森でゴブリンを何匹も倒してはきたが所詮はゴブリン、最弱のモンスター部類だ。
俺は悩む。
悩んで悩んで肉を一口。おいしい。
「・・・・分かりました、宜しくお願いします。ただ私も街に行く予定だったのと、正式に冒険者ではないという部分を考えて報酬はいりません」
報酬に関しては断る事にした。何だかだましている様で申し訳ないし、それにお金は意外と持っているので困っていないからな。
「しかし、それでは・・・・」
それにクァバルさんが難色を示した。無償で取引をするのは商人としての矜持に反するのかもしれない。なので俺は交換条件を提示しておく。これは俺にとって最大のメリットでもある。
「ただし一つこちらからお願いがあります。私も馬車に乗せてもらえないですか?」
クァバルさんは馬車を持っている。昨日の店舗は馬車の荷台だったのだからそこは確実だろう。そうなると俺がこの村に来た最大の目的である足の確保が出来るのだ。
「・・・・・・分かりました。それでお願いいたします」
暫し考えてからクァバルさんは右手を出してきたので、俺はその手を握り「よろしくお願いします」と笑顔で答えた。
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