第61話 働き方が変わるらしい
今日の仕事は終わりと机の上を片付けていると、ポップな鼻歌を奏でながら加藤が寄ってきた。
「
指で輪を作り口元でクイっとあおる。その仕草は某国民的魚介系一家の雷親爺と婿様の飲みに誘うあれ。
どうやら加藤は珍しく飲みに行きたいらしい。
「すんませーん。ビール2つお願いしまっす」
冷たい塩気の効いた枝豆を鞘から口内に押し出し、咀嚼しつつ流し込むようにビールに舌鼓をうつ。
んぐ、んぐ、ぷは!
久しぶりの生ビールに喉が歓喜の音を上げる。
あぁうめぇ。
「今日の話っすけど、先輩どうっすか?」
空になったジョッキを寂しそうにカタカタ揺らし、加藤が今日の事を振り返って話しを切り出した。
だが加藤、その聞き方はあまりにもいい加減すぎやしないか。
「働き方改革、だっけか? 結局は休みを多くとれってことなんだろ。今まで碌に日曜も休んで無いのに、いきなり有給の話されてもどうしたらいいもんだかさっぱりだな」
「焼き鳥お持ちいたしました。こちらにおいてよろしいですか」
頼んでいた焼き鳥を店員さんが運んできてくれた。鶏皮の香ばしい匂いがたまらない。
「はい、いっすよそこで、あ、ビールお願いっす・・・・でも室長の話では今後完全週休二日になるって話じゃないっすか」
追加のビールを頼んだ加藤がさっそく運ばれてきた焼き鳥を一本口にする。へにゃりと眉が垂れ下がったのはうまさの表れだろう。
「ウチの会社、もともと完全週休二日制なんだがな。それを今更宣言ってどうなのとも思うんだが、出来んのかね」
「やらないと社労士がうるさいからっていってたっすね」
俺も一本串をつまむ。
「誰が、田所室長?」
「違うっす。総務課の女の子っす」
「え? 何、お前総務課に知り合いなんているの?」
しかも女の子って・・・・・加藤の癖に。
「いるっすよ。同じアイドル好き仲間なんすよ。まぁそれはいいんすけど、なんでもウチの会社、働かせ過ぎでこのままだと労基に踏み込まれちゃうんだとかって話で、流石にやばいと思った経営陣が、これを機に社内での就労を見直すんだと言ってたらしんす。だから今日だって残業無しの終わったらすぐ帰れ、だったじゃないっすか」
食べ終わった串をタクトのように振りながら、加藤が聞いてきた話を説明する。軽く流されてしまったが労基よりも総務課の女の子の方が俺は気になっている。
「何れは踏み込まれるだろうとは思っていたけど、ただ社内残業するなってだけで社外でするのはオッケーっていいのか?」
丁度俺が話終わったところでお替りのビールが運ばれてきた。残っていたビールを一気に飲み干しジョッキを交換する。
「あぁそういった専門的なことは分かんないっすけど、感覚的にアウトっすよ、アウト。でも、それやんないとどうにもなんないのは事実っすけど」
「そうだな。俺も今日時田さんから言われた追加を納期に間に合わせるとなると、あぁ悪いな、加藤も在宅ワーク相当頑張んないと無理だわ」
「マジっすか!」
そう言いながらも全く驚いた感は無いのだから、加藤もそうなることは分かっていたんだろう。
「俺としてはそれ以上に給料の方が深刻だよ」
「残業の口止め料、いっぱい貰ってたっすもんね。それが今後減るとなると・・・・・マジピンチっす」
そう、そこが一番の問題だ。
ウチの会社は過酷な労働環境に置かれながらも給料が良かったから文句なかったのだが、どうやら今後はそうはいかないらしく。休みが増え残業が減ることによって、社員を増やさないといけないらしく、その分既存の社員に払っていた手当を一部減らすって、今日のミーティングで言われてしまったのだ。
そうなると俺も色々と考えないといけない。
「加藤、お前の家って家賃いくら?」
「俺、実家っすよ。ただっす、ただ。あぁ、先輩のアパート無駄に高いとこでしたっすね」
「無駄って言うな」
一番金がかかわるのが家賃だ。
「・・・・・・引っ越し、考えよっかな」
「せめて風呂付にしてくださいっすよ、今度は」
「俺は銭湯が好きだったからいいんだよ。でもまぁ、これから休みが増えて毎日家に帰るとなるとさすがに不便だよな。今までは会社に泊まるのが多かったから苦にはならなかったけど」
今度の日曜は不動産屋に行ってみようかな。
若干千鳥足でアパートに帰る。むむむ、ちょっと飲みすぎたかもしれない。
手土産にコンビニのスイーツセレクトを買ってくる俺、すごく優しい。
「たっだいまぁ」
靴を脱いで・・・・あれ上手く脱げないぞぉ。
「神さんただいまぁ」
「何じゃお主、酒臭いのぉ」
ちょっと、鼻抓むのはしつれいじゃなぁい。
神さんは「よっこらせ」と立ち上がると、冷蔵庫から何かを取り出した。
「ほれ、これでも飲んでおけ」
そう言って渡してきたのはミネラルウォーターだった。
「まったく困った奴じゃのぉ」とか言いながら神さんは座ってテレビを見だす。
「あ、ありがとう・・・・・」
なぜだかちょっと気恥ずかしく思えた。神さんが「ケケ」と笑った。
「なぁ神さん」
水を一気に飲み干し、回っていた酔いも少し冷めてきたところで、俺はあることを思い出して神さんに話しかけた。神さんは俺が買ってきたスイーツを一心不乱に食べているところだ。
「んぐ、んぐ・・・・これはうまいのぉ・・・・・ん、なんじゃ?」
口の周りがクリームだらけって、どんな食い方だよ。
「俺の行っている異世界にさ、ケモ耳娘とかエルフ娘とかっているのか?」
視線だけこちらに向けるが食べることを辞めない神さんに、仕方なしと食べ終わるのを待つ。それ位の優しさは俺にもある。
「パク・・んぐん・・・・・娘限定で聞いてくるところが些か気になるところじゃが、そんなけったいな生き物はおらんよ」
返ってきた答えに俺は驚愕した。
「え、いないの! だって異世界だよ」
「お主、異世界と言うものを都合いい世界みたいに考えておらんか? どこの世界に耳と尻尾だけ動物などと言う、生物の進化を愚弄したような生き物がいると思うておる。エルフ? お主の世界観でいうところの美男美女しか生まれない貧乳のスレンダーで、若い姿のまま何百年も生きるという、一部のマニアご用達のような男の欲望で生まれる生物かえ。バカも休みやすみおいい。そんな神を冒涜するような生き物を、なぜわしが作らんといかんのじゃ」
心底呆れたって感じで言い放つ神さんは、そこまで一気に捲し立てると、食べたお菓子の容器をゴミ箱に投げ捨てた。婆さんの癖にナイスコントロールでスポンと入っていった。
「はぁ、何故お主はそんな泣きそうな顔をしとるのじゃ」
神さんにため息つかれた。
だが俺としては夢と希望を正論で奪われてしまった事が悲しい。
「だってよ、それだと俺の嫁にケモ耳っ子もエルフ美人もこないってことだろ。異世界の魅力がそれだけで半減した気分だよ」
異世界と言えばの大定義と男のロマンを奪われてしまったのだ。そりゃ俺だって悲しくもなるさ。
「彼女も作った事のない奴がいきなり嫁ときたかえ。それに異世界の魅力の半分がそれとは、あの世界を作ったわしが可哀そうなのじゃ。謝るのじゃ!」
手をぶんぶん振る神さん。おいおい、口の周り位拭いてから暴れてくれよ。ほらクリームが飛び散ったじゃねぇか。
「まぁいいのじゃ。お主がどうしようもない性癖を持っているのは知っていたのじゃ。ベッドの下の本とかを見れば一目瞭然なのじゃ」
「おい!! やめろ!! 人のプライバシーを何だと思ってんだ」
ちょっと待てぇ。ベッドの下のって・・・・・く、なんて奴だ。
「心を見通すわしに今更なのじゃ」
「それとこれとは全然違う。見て見ぬふりと言う言葉の意味をよぉぉく考えろ!!」
俺の抗議も何のそのと茶をすする神さん。
くそ、隠し場所を変えねばならんか・・・・て、この思考も読まれてんのか、クソ!!
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