第62話 女神像は偶像だろ?

「じゃぁさ、向こうの世界であったミラニラって子とかってどうなんだ?」


 神さんにケモ耳もエルフもいないと言われたが、納得いかないと食い下がる。


「ん、ああ、お主と一緒におった娘っ子かえ? あれはただの発育不良の合法ロリってだけなのじゃ」


 やっぱり俺の新人討伐研修を覗き見していたな、神さん。それに合法ロリって・・・・・・。


「じゃあドランゴさんとかは」


 ドランゴさんは小柄なのに筋肉粒々、あれはただの人間じゃあるまい。


「そんなもの筋トレ好きのチビってだけじゃろうが」


 そんなものって・・・・・神さんひでぇ。


「じゃぁ、二人ともただの人間ってこと」

「そうじゃ。わしの世界には人族しかおらんよ」


 まじかぁ。


 あれ、でも待てよ。顎に手を当て考える。


 ケモ耳とかをけったいな生物って言うわりには・・・・・。


「あのモンスターどもは何なんだ?」


 正直、ゴブリンだったりでっかい蟻の化け物だったりの方がけったいな生き物だと思うんだが。

 俺の言葉に神さんにしては珍しく不機嫌な顔をした。普段から言い合いはしているが、そんな明らかな不機嫌さを表に出してきたことは一度もないというのに。


「あれは・・・・あれらは、わしの意図するものではない・・・・・」


 どうしたのだろうか? はっきりしない神さんらしくない言動だ。


 そう言って神さんは徐に立ち上がり、台所と玄関が一緒になっている方へと歩き出す。


 何か悪いことを訊いてしまったのだろうか。


 だが俺の不安をよそに神さんは直ぐに戻ってきた・・・・・・買ってきたスイーツのカップケーキを手にするとバリっと蓋を開けてスプーンですくうとカプリとかぶりつく。


「うぅ~ん、うまいのじゃ」


 ・・・・・・今の動きは何なんだよ。


「そんなに食べて太ってもしらねぇぞ」

「大丈夫なのじゃ。女神は太らないのじゃ」


 あぁくそ、心配した俺が馬鹿だった。

 女神は太らないってどんな理屈だよ・・・・・・て、女神。


 そのことで思い出した。


 教会で見た女神像の事を。


「なぁ神さん。向こうの教会で創世の女神ってのが祀られていたんだけどさ、それって」

「うむ、わしの事じゃな。わしがあの世界を作ったのは間違いのない事実なのじゃ」


 自信満々に胸をそらす神さん。だが残念今度は生クリームで口元が真っ白だ。威厳もくそもあったもんじゃない。


 すると俺の思考を読んだのか、いそいそとティッシュで口を拭きだす。意外と恥ずかしかったのか顔が赤い。


 だがそれにしても。


「うっそだぁ!」


 俺のその一言に神さんの口を拭いていた手がピタッととまった。


「ぬぬ、嘘など言うておらんのじゃ。あの世界の女神はわしなのじゃ。何をもってして嘘などというのじゃ」


 私心外です、みたいな顔でこっちを見るが、どう考えてもあれは神さんじゃないだろ。


「いやあの世界の神様だってことは半分くらい信じなくもないけど、教会にあったの神像は別物だろ」


 そう別に世界の神を否定している訳じゃ無い。俺が嘘だと言ったのは祀られていた神像のことだ。美しい女性を象った神像は今もはっきりと脳裏に焼き付いている。それくらい圧倒的な美があそこにはあった。それこそ女神と言うのにふさわしいし、なにより若い!!


「お、お主・・・・」


 神さんがヨヨヨと崩れる。


「な、何てことを思うておるのじゃ」

「いやだって事実じゃん。あの神像は全く別の神様じゃないか」


 どう間違ったってこの妖怪老婆を見てああはならないだろ。


「それともあれか、あの神像は女の神っていう抽象が独り歩きして・・・・・あぁこっちの方があり得るのか。そうだよなご神体とかなんて大概そんな偶像だよな。そもそも神様を見て神像を作ったとかの方があり得ないもんな・・・・」


 そりゃそうだ。地球上の神々だって国によって違うくらいだ。


「あの像は偽りなきわしの姿じゃよ」

「いやはや、あんな女神様がいたら会ってみた・・・・・・・は? 見栄はっちゃダメだろ。嘘がバレバレだぞ。はい懺悔、懺悔」

「うぬぬぬ、お主には一度天罰を与えんといかんかのぉ。嘘じゃないわい。あれはわしを忠実に象った神像じゃ」


 何言ってんのこの妖怪。女神と自分が一緒などと神をも恐れぬ愚か者だな。


「誰が愚か者じゃ。それにわしが女神じゃ」

「おいおい、神さんいくら何でも大言壮語もいいところだろうが」

「あれがわしの本来の姿なのじゃ」

「本来・・・・・本来ねぇ」


 ふふっと鼻で笑ってやる。ムキーと地団太を踏んで抗議する神さんはまるで子供だな。

 それにしてもあの女神を自分だと言い張ってるけど、どう見ても、どう考えても、遺伝子的にもありえねぇ。


「まぁよい。何れお主にもわかる時がくるのじゃ」

「おぉそうしてくれ。神さんが本当にあの女神だったら土下座でも何でもしてやるよ」

「・・・・・ほほぉ、ゆうたな」


 そう言ってにやりと笑う神さんに、背筋にぞくりと冷たいものが走る。


 ・・・・あれ、なんだろうかこの感じ。


 俺の中で危険信号が点滅しだす。


「まぁえぇ、これの白黒はいずれはっきりしてくることなのじゃ。それまで楽しみにまっておるのじゃ」

「・・・・・お、おう」


 神さんの自信たっぷりな様子に思わず気圧される。これは些か分の悪い、居心地が良くないぞ。もしかして、拙ったか?


 そんな気まずさを誤魔化すように、何かないかと探す。


「あ、あぁ、洗濯しないといけないんだったぁ」


 洗濯物が詰まったバックを手に立ち上がる。


「ほぉ、こんな時間にかえ?」


 そして全てを見通していると言わんばかりの目で俺を見る神さん。まぁ実際全て見通されているんだが。


 時間は既に夜の10時半を超えたところ。確かに無理があったかもしれないが、洗濯しないといけないのは本当の事。


 俺は神さんから逃げるようにアパートを出ていった。

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