第60話 神がせびってくる
ジリリリリリリリリ!!
もそもそと布団から手を出し、明け方にあらわれる最大の敵を手探る。
この脳を突き刺すようなけたたましい音撃は、ゴブリンキングの一撃よりも遥かに俺を揺さぶり多大なるダメージを与えてくる。
何度かハズレを引きながらもとうとう見つけた諸悪の根源を少々乱暴に叩くと、やっとのことで沈黙の時が訪れた。
だが敵はその役目を全うし、無慈悲な攻撃は俺に覚醒という名の敗北を与えることに成功した。
「・・・・・・などと言うくだらないことを考えておらんで、さっさと起きた方がいいのじゃ」
「・・・・・・・俺のささやかな妄想を読み取るのはやめてくれ」
恥ずかしいからな!
布団から這い出す俺を呆れた目でみる老婆に俺は恨みがましい目を向ける。
止めた目覚まし時計を見ると7時になったところ。
「
「それはそれ、これはこれ、みたいなもんなんだよ」
異世界の宿屋で確りと寝てからログアウトしたのだが、戻って来たあと風呂に入ってゆっくりとしていたら物凄く眠くなってしまったので直ぐにまた寝た。
人間意外と寝れるもんだ。
「まぁ趣味の世界で何をするかはお主の自由じゃからのぉ」
ずずずとお茶をすする小柄な老婆は、いつの間にか俺の部屋に居付いてしまった自称女神こと神さんである。
俺はベッドから降りて台所へ向かう。
「相も変わらず失礼な奴じゃのう」
あ、また心を読まれてしまった。
冷蔵庫の中に食材残っていたっけかな?
「どんだけ寝ても仕事に行くのかと思うと体が重くなる」
「言っていることが典型的な駄目な大人なのじゃ」
「うるせぇ。世の社会人はみんなそうなんだよ」
呆れたと言わんばかりに首を振る神さん。
うげ、冷蔵庫の中空っぽじゃん。
「なげかわしや、疲れ切った中年サラリーマンのようなセリフじゃのぉ。しかしお主が世の代弁者となるにはちと矮小すぎるのではないかえ?」
「俗物まみれの
「何と言う言い草じゃ! 全く女神を敬う気持ち・・・・・ん? お主どこに行くのじゃ?」
いそいそと着替え出かける準備が出来たところで、神さんが目を細めて怪訝のを口にした。
「どこって、仕事に決まってんじゃん」
何を今さらと言った感で答えると、神さんは悲しそうに眉を下げる。まるで捨てられるしなびた猫のような顔で俺を見る。
「わしの・・・・・・・朝ご飯は?」
「え? 飯食うのかよ?」
今まで食べているとこなんて見てないぞ・・・・・・おやつ以外は。
「俺はコンビニで買って食べるから、神さんも何か買って食べたらいいんじゃね」
そう言ったら神さんが徐に手を差し出してきた。言わんとしていることは何となく分かるが一応訊いてみる。
「その手、何?」
そしたら神さんはにっかと笑ってこう言った。
「お金、無いのじゃ」
分かってはいたけどそのセリフに顔を引きつらせる。なんだこの穀潰しは。しかもその悪びれもない姿勢が無性に腹立つ。
金をせびってくるなんて、こいつ本当に神か?
ん? ちょっと待て。
「金を持って無いって・・・・・今までお菓子とか食ってたのはどうしてたんだよ」
煎餅だの饅頭だの、俺が見る度何か食っていたはずだぞ。それはいったいどうやって手に入れたんだ。
「・・・・・・・神のみぞ知る、じゃ」
ふいっと目をそらしやがったぞ。
「おい、どこの犯罪者の言い訳だ。まぁいい、これで何か買って食べてくれ」
神さん相手にしていると朝から疲れるな、おい。
財布から1000円取り出した瞬間ぱしりと神さんに奪われた。
「1000円だけか、ケチじゃのぉ」
「おい!」
口を尖らせ悪態を吐きながらも確りと千円札を懐にしまう神さん。
くっ、こいつ本当に神なのだろうか?
苦々しく唇をかみながらももう時間が無いので渋々と玄関を出た。
あぁくそ、神さんとの馬鹿話の所為で訊こうと思っていたこと訊くの忘れてたぞ。
「結城、新しいマップとか追加が入ったからプランニングとスケジュール立ててくんない」
そう言ってきたのは4年先輩の時田さんだった。
時田さんは今回のゲーム制作でのディレクターを担当している。
ディレクターはゲームを制作する上での陣頭指揮をとる重要な立場で、すべての作業とスタッフを管理指示する、非常にハードで責任重大な役割だ。
ただ、ディレクターにはそれを以てしても余りある報酬がある。報酬と言っても金ではない。
では何かと言えば、ディレクターは作るゲームを自分の色に染めることが出来るということだ。
謂わばそれは作り上げたものは自分の作品と評することが出来るという事。
だから俺たちクリエーターはディレクターになることに憧れる。自分のゲームを作りたいからだ。
俺だってそうだ。
「もう新マップの実装ですか? さすがに早すぎると思うんですが」
今回ウチの会社で開発したMMORPGはつい先日正式サービスを開始したばかりだ。
当然リリースした限りは十分な量のマップとクエストを実装しており、その膨大な量は重度のネットゲーム住人でも半年はかかる代物だろう。
それなのに早くも新しいマップを準備しろと言うのは、今後の運営スケジュール的にも予算的にもあまり現実的じゃないような気がするのだが。
時田さんの意向が読めずに戸惑っていると、時田さんは後頭部を掻きながら申し訳なさそうに口を開く。
「あ~、クライアントがな・・・・他社商品とのコラボがしたいんだとさ。それを営業がよいしょしやがってな」
「あぁ」
諦めに似た相槌を返す。
「クライアントの意向じゃどうにもできませんね。何時までですか? あと設定資料ありますか?」
卓上カレンダーを手に取りぺらりとめくる。
うわ、来月半ばまでやることいっぱいだな。
自分で書き込んだはずの予定に胃がきりりと疼くぞ。
「来月の・・・・」
「無理ですよ」
言わせてはいけない。その先の言葉を言わせたら俺は死ぬ。
「来月の」
「無理ですって」
「半ば、20日までに仕上げてくれ。あ、仕上げるって実装だから」
「ああああぁぁ」
俺のブロックを強行突破足てくる時田さん。とうとう無慈悲なお告げが俺に下されてしまった。
「見てください。この予定で出来るわけないじゃないですか」
だが負けてはいけないと、最後の抵抗に卓上カレンダーを時田さん突きつけた。
鬼だ、悪魔だ、これで何が変わるとは思ってもいないが言わずにはいられない。
だが俺の抵抗など時田さんには何の障害でもなかったことをこの直後に思い知った。
時田さんが懐から手帳を取り出し、それを俺にドドーンと開いて見せる。
な、なんて恐ろしい手帳。
時田さんの手帳の来月の部分が真っ黒に染められている。
ま、まるで余白が無いだと、馬鹿な!!
俺は本日敗北を喫した。
「すみませんでした。頑張ります」
「うん、分かってくれてうれしいよ」
にっこりと笑う時田さん、なんてすがすがしくも黒い笑顔だ。
「じゃぁ、はいこれ」
そして気楽に分厚い紙の束を俺に手わしてくる。
うげ、ボリュームデカすぎないかこれ。
事細かに書かれた追加マップとクエストの設定資料は数十枚にわたっている。
「そのキャラが入った武器がクエスト報酬なんだと、ちょっと悪趣味だよな」
1枚1枚流し見していてとあるページで時田さんが指をさした。
そこには武器のデザイン画が入っていたのだが・・・・これは、確かにどうかと言うデザインをしている。こんな斬新な武器は初めてだ。
今回コラボするのはどうやら新しく始まるアニメらしく、おそらくそのアニメのキャラクターなのだろう。
「これは真面目に考えたんですかね?」
「そう、らしいよ。堤氏、がね」
「・・・・・・あぁ、堤さんですか・・・・・・・・あの人だったら、やりかねませんね」
またあいつか、堤。
俺は堤氏の提案してきた武器デザイン画に、彼の恐ろしさを再認識した。
それは所謂短銃という部類にはいるものなのだが、ピンク色のかわいい熊のぬいぐるみが銃の形に姿勢をとっていた。それだけであればコミカルな武器としていいのかもしれないが、どうやら口が銃口となるらしく、可愛らしい見た目とは裏腹に射出されるイメージイラストはなかなかホラー的エグイものがあった。
まぁどうせゲームの画面で見たらそこまでは分からないからいいのだけど、このイメージイラストには並々ならぬこだわりを感じさせる。
さすが堤氏、彼のこだわるポイントは高度過ぎて理解に苦しむ。
「まさか、このイラストのようなエフェクトをやれって言うんでは」
「あはははは、流石結城、堤氏担当だけはある。あぁ言ってきたよ。だけどそれをやってたら納期が間に合わないからね。突っぱねておいた」
「担当じゃないですから。でもよかったですよ。こんなエフェクトを付けるとしたら戦闘システム自体いじらないといけなくなってしまいますからね」
「だよな」とクスクス時田さんが笑う。
「あ、それとお昼にミーティングするって室長から、結城の班の皆に言っといてくれるか。13時から第5会議室だから」
「第5会議室、ですか。うちの班だけですか? 今回の追加の件ですかね」
「いんや違うんじゃないかな。どうも部署単位に話ているけど、全社員に同じ内容で通達が出てるらしいからな。この間の朝礼といい、お偉いさんからの話でもあんじゃないか」
手帳をひらひら振り歩き去る時田さん。
なんのミーティングだろうか?
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