第67話 どうでもいいのじゃ

 異世界だの働き方改革だの色々あって、最近の生活バランスがめちゃくちゃになってきたので俺的ルールを決めることにした。


 今までは会社があろうがなかろうが関係なしに、家に帰ってきたら異世界行っていたのだが、それだと異世界と現実がごっちゃになってしまって、自分でも何をしていたのかが良く分からなくなってくる。

 なので異世界に行くのは基本週末のみとした。


 やっぱり趣味とは休みに行うものだろうという考えとメリハリのため。


 ただゲーム内でのレベルアップは継続する。平日は向こうに行けない分レベルアップを頑張っている。


 それも週末にしろってか?


 ノン、ノン、これはデバッグ作業を兼た事なので在宅ワークの一環であって趣味じゃない、からOK・・・・てことにしている。


 と、いうのを神さんに力説してみたら「どうでもいいのじゃ」と言われてしまった。




「時田さん、コラボ用のスケジュールと仕様指示書上がりましたので、チェックお願いします」


 出社して早々、俺はディレクターの時田さんに資料を差し出した。


 昨日の夜、洗濯から帰った後にせっせとアパートで仕上げた。深夜日付が変わるまで掛かった。いやぁ頑張った。そして焦った。加藤と飲みに行ってすっかり忘れていた。


 異世界に電気さえ通っていれば向こうでできるのに、と悔やんだのは内緒だ。


「おお、ご苦労さん。どれどれ・・・・・ん、あぁ・・・・・・」


 時田さんは渡した資料に目を通し、そのページを捲る毎にどんどんと難しい顔になり、時折唸り声をあげていた。


 ひとしきり見終えた時田さんが資料から俺へと視線を持ち上げると苦笑いを浮かべる。


「・・・・・・これ、やらせんの? 鬼だね」


 あんたが言うなと言いたい。

 もともと無茶なのは時田さんが一番知っている事だろうに。超過密スケジュールを通り越した殺人スケジュールになるのは、今の会社の方針では当たり前のことだ。


 会社の就業時間が8時間に対してスケジュール上15時間くらいをベースに制作していかないととても期限に間に合わない。最初っから出来ませんと言うスケジュールを作る訳にもいかないので、それを無理矢理ぎゅっと詰め込み8時間勤務でさもできているように見せている。

 つまりだ、これを実行しようとするとどうしても無理があると言う事で、仕上げる為には時間の錬金術が必要になる。


 うん、何のことは無い。会社で終わらなきゃ自宅でやって来いって言っているスケジュールだ。

 時田さんが言うようにこれをやれと言っている指示書は正に鬼だ。


「どうしようも無いでしょ。それをやらないと終らないんですから。それとも分散のために外注に頼んでも構わないですか?」

「いやぁ予算が少なくて・・・・・営業、調子いいこと言っちゃってるからさぁ」

「ならそれくらいはやらないと無理だと思いますよ。マップも新たに起こさないといけないですし、何よりキャラ多過ぎ。声入れ考えればこの辺前倒しで作らないといけないでしょ。一番煽りを食っているのはプログラミングよりもキャラ班だと思いますよ。その仕上がりをそこまでにするって彼方あちらさんが言っているのに、うちが出来ないとはいえませんよ、多分」

「だよなぁ・・・・・皆やってくれると思うか?」

「そもそもの選択肢が無いんですから、やらせるしかないんじゃないですか。皆が動くかどうかは時田さん次第だと思いますけど」

「何でこんな時に9時以降残業禁止にするかねぇ」


 今までであれば泊まり込み作業だったんだろうけどそれが出来なくなってしまったし、在宅ワークは時間関係なしで一定の手当てしかもらえないからなぁ。

 まぁ、今までそんなデスワークを当たり前として仕事していたのも異常ではあるんだろうけど、それに慣れて仕事していた身としてはまどろっこしくもあるわな。


 時田さんが頬杖をついてスケジュール表を忌々しく見つめる。

 そんな顔されても俺が悪いわけじゃないよ。


「結城、昼一緒に行くか?」

「・・・・・・別にいいですけど・・・・・愚痴ですか?」

「そんな顔するなよ。お前ぐらいしか聞かせられる奴いないんだから」


 これは昼時間も気休めなしだな、と肩を落とす。




 会社近くにある蕎麦屋は昼ともなれば列ができるくらいの人気がある。ただそれはとびきり旨いから並んでいる訳では無く、ただ単純にこの近辺で蕎麦屋がここ1軒だけしかないと言う選択肢の無さからだ。

 実際蕎麦は製麺所から仕入れているらしく、麺つゆだって特にこだわりを感じない。こう言っては何だが駅の立ち食い蕎麦と大差がない程度の味だとおもう。


 10分くらい待たされてから店に入り注文をする。俺は基本蕎麦は冷たいのしか食べないので、ざるの野菜天付きを注文。時田さんは掛け蕎麦の鶏天乗せを頼んだ。どちらもランチ限定でお値段なんと800円。これは安い。混んでいるのはこの安さもあるのだろう。


 この蕎麦屋とにかく注文してから出てくるまでが早い。きっと昼時は蕎麦を常に茹でているんじゃないかと思う。だから並んでいても結構早く中に入れる。回転率が良いからこうしてランチも安く出来るんだろうな。


 そんなどうでもいい事を考えている間に注文した蕎麦が来た。実に二分くらいしかたっていない脅威のスピードだ。

 「いただきます」と蕎麦を二口ほど啜ったあたりで時田さんが愚痴り始めた。

 こっちも脅威のスピードだ!


「働き方改革って結局俺らにメリットってあんのか?」


 チラチラと他所の席に伺いながらここ最近で一番問題になっていることを口にした時田さん。周りを気にしているのは上司や経営陣がいないかの確認だろう。


「時代の流れなんじゃないですか? ちょっとしたことで直ぐにバッシングを受ける世の中ですからね。お金払ってるからいいでしょってのはもう通じないんでしょうね。俺としてはそれでよかったんですけど」

「大半そうじゃないか、ウチの社員って」


 結局のところ「金がいいから」その一言ですべて片を付けていたことが出来なくなってしまった。一応在宅ワークをさせるにあたり、手当としていくらかはもらえるのだが、今までもらっていた金額からするとかなり少ない。人員補充するまでの一時しのぎでしかない手当だけに、会社も大盤振る舞いはしたくないのだろう。


 それから時田さんは営業への不満や開発スタッフから文句が来ないかという不安を蕎麦啜りながら延々と愚痴り、それをひたすら聞かされる俺は食べている蕎麦の味など全く記憶に残らなかった。


 社会人の何が一番つらいかと言えば、こういった人間関係やらしがらみやらといった部分が大きいかもしれない。


 あぁ、無駄に疲れた。




 ただ疲れるだけだった昼食を終え会社に戻ると俺のデスクの前に加藤がいた。


「先輩、ディレクターと飯行ってたんすか」

「・・・・そうだよ」

「お疲れっす」


 ねぎらいの言葉を、ニヤニヤと絶対労っていないだろう顔で言う。

 時田さんの愚痴りは有名だから昼一緒に出てった俺がどんな目にあったのか分かっているんだろう。


「んで、なんか用か?」


 その顔にイラっとはきたが、精神的に疲れていた俺は起こる気にもなれず、気の抜けた声で加藤がこっちに来た理由を問いた。


「堤さんの無茶ぶり案件、出来たのでテスト取りたいんですがいいっすか?」


 堤さんの案件? 何だっけ?


 ・・・・・あ、あれか!


「もう出来たのか? 随分と早いな」


 思い出した。俺がやりたくなかったから加藤に振ったやつだ。


「”りるりる”のイベント近いっすからね。頑張って仕上げたんすよ」


 そう言えばそんなこと言ってたな。


 でも加藤ごめんよ。

 これを仕上げても次の過密スケジュールが待っているのよ・・・・・そう心で加藤に憐みの言葉をかけるが今はまだ黙っておく。自ら火中の栗を拾いたくはない。時田さんが後で言うだろう。

 でもこれは決して愚痴った時田さんへの仕返しでも、俺が苦労しているのをにや付き楽しんでいた加藤への嫌がらせでも無い。無いったら無い。


「テストサーバーに上げておいて、後でチェックしておくから」

「お願いしまっす」


 そう言って加藤は立ち去って行った。

 やり切ったとばかりに腕を上げて背を伸ばす後輩加藤。その背中に向かい俺は黙とうをささげたのだった。





「・・・・・・て、事が会社であったんだよ」


 夜アパートに帰って今日あったことを神さんに振り返り聞かせた。最近ではこうして神さんに話を聞いてもらうのが日課になっている。

 俺も時田さんのこととやかく言えないな、何てことを考えながら満足げに語ったのだけど、神さんの反応はとてもそっけなく。


「・・・・どうでもいいのじゃ」


 と返されて終わってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る