第68話 運が良いのか悪いのか
うぬぬぬ、と何か出てはいけないものでも漏れ出してきそうな唸り声を上げる神さん。腕を組んで盤上を睨むその表情は鬼婆と呼ぶにふさわしい。
頼むから掃除が大変なので漏らさないでくれよ。
「誰が鬼婆じゃ! それに漏らさんわ!!」
あ、聞こえてた?
「ほれそれより神さんの番だぞ。さっさと回してくれ」
全く地獄耳ならぬ地獄心・・・・・・ん、何か違うな。地獄脳? 地獄念? 地獄・・・・地獄・・・・・。
「女神に向かって地獄連想をするのはどうかと思うのじゃ。気が散ってしょうがないのじゃ。変な事を考えるのはほどほどにして欲しいのじゃ」
神さんにジト目でとがめられてしまった。
「えいや!!」
気合の込め神さんがルーレットを回した。
カカカカカとプラスチック製の針が弾かれ小気味いい音を立てるそれを神さんは食い入るように見つめる。
徐々に回転が弱まるルーレット。最後に針に跳ね返り止まった場所は4の位置。
神さんは1人乗りの自動車型駒をつまみ、「いち、にぃ、さん、しぃ」と呟きながらマスを進んでいく。
そして神さんの駒が止まったマス。そこはイベント発生を知らせる不吉な赤いマスだった。そのマスに止まった場合で1枚カードを引かなければならない。
神さんは鬼気迫る真剣な眼差しでカードを吟味する。悩んだ挙句真ん中あたりのカードをそろりと引いた。
『付き合った彼氏が詐欺師だった。騙されたあなたは300万円失う』
床に手をつき四つん這いに崩れ落ちる神さん。
顔面に縦線でも入っていそうな悲壮な表情は、きっとこの疑似人生に絶望したに違いない。
モソモソと起き上がり震えながら手持ちのおもちゃのお金を数える神さんからは哀愁を感じる。するとお金を数えていた神さんの指がピタリと止まった。
「金が・・・・・・・無いのじゃ」
どうやら所持金が底をついてしまったらしい。
俺が借金である約束手形とそれと同等金額を神さんへと渡す。
まるで苦汁をすするかのように神さんがそれを震える手で受け取った。
哀れ。
「ぐぬぬぬぬ・・・・・てい!」
そんな俺の思考に反抗するかのように神さんがお金を盤にたたきつける。
まったくなんて態度の悪い奴だと思いつつルーレットを軽く回す俺。
ギュルーっと勢いよく回ったルーレットは3で止まる。
7人乗った俺の車の駒を3つ進める。
お、俺もイベントマスだな。だがその色は青。
『始めたラーメン屋が雑誌に載り繁盛する。500万円手に入る』
うほ、ラッキー。
「はいはい、500万っと・・・・・あ、1億円たまった。あ~がり~!」
そして俺の疑似人生がゴールを迎えた。
「ぬがぁぁぁあ、つまらないのじゃ!!」
とうとう神さんはストレスの限界を迎えたようで、持っていたおもちゃの金をばら撒き(と言っても借金だが)足をばたつかせる。
その姿はどっから見ても唯の駄々っ子でしかない。
俺と神さんがやっていたのはご存知人〇ゲームだ。それをちょっと独自ルールで1億円たまったら勝ちってルールでやっていた。
初めて見る〇生ゲームに目をランランと輝かせた神さんが「これは何なのじゃ?」「どうやるのじゃ?」「おほぉ、色々と面白そうな事が書いてあるのじゃ」とそれはそれは大層はしゃいでいた・・・・・・最初は。
だがいざルーレットを回して始めてみると、神さんは怒涛の転落人生を送る事となった訳だ。
やれ受験に失敗しただの、就職先が倒産しただの、一度も結婚出来ずで家族の居ないぼっち。次第に目の色を失っていった神さん。結果、何一つ良い事なく終わった神さんの人生。
どうやら神さんは神に見放されたようだ。
「おかしいのじゃ、おかしいのじゃ」
手足をばたつかせ頭を振って喚いている。
「何がおかしいって言うんだよ」
「お主は運が悪いのにどうしていいカードばっかり引くのじゃ!? ずるいのじゃ。変なのじゃ」
これこれ、人を指差し変な事を言うんじゃない。それではまるで俺は不幸が当たり前みたいじゃないか。
八つ当たり全開にとんだ言いがかりをつけてきた神さんに、俺は呆れ顔で見返す。まったく、俺のどこが運が悪いって言うん・・・・・・・・・・・ちょっとまてよ・・・・・・気になったのでステータスオープン。
Lv:14
HP:1650
MP:360
筋力:102
精神力:45
耐久力:71
素早さ:65
賢さ:40
体力:92
運:22
確かに!!
俺、運が圧倒的に低いじゃないか。
1レベルアップに対して1も上がっていないぞ、これ。
マジかぁ・・・・・・今まで賢さの低さばっかり気にしてこっちは完全ノーマークだったわ。
そう言われてみれば、何となく最近の俺ってついて無い出来事が多かったかもしれない。
痴漢と間違われたり・・・・・でも、美少女と知り合いにはなれたな。
暴漢と勘違いされたり・・・・・・も、カジャラさんにほっぺちゅうされたか。
あと、パンツ拾った・・・・・は良い事か。
深夜のコインランドリで不審者に、はラッキーイベントだった。
なるほど、俺・・・・運、悪くないんじゃね?
でも神さんが俺は運が悪いって言うんだから悪いのか?
確かにほかに比べて運の数値が低いけど・・・・・・何か引っかかるが、まぁいいか。今のところ問題無いし。
「じゃが負けてしもうたのは事実じゃからのぉ。口惜しいがそこは認めねばいかんな」
神さんが落胆で肩を落とし、やれやれと首を振る。
口惜しいとかいうなし!
「そうだ、俺の勝ちだ。だから約束、果たしてもらうぞ」
「致し方ないのぉ」
兎にも角にもこの勝負は俺の勝ちだ。勝ったのだから報酬を確り貰うぞ。約束だからな!
俺と神さんはこの人生〇ームをするにあたって一つの賭け事をしている。神様が賭け事をしていいのかよ、とも思ったが、俗世に塗れた神さんは特に気にしない様子だった。
神さんが「よっこらしょ」と立ち上がり俺の頭にポンと手をのせる。
言っておくが別にヨシヨシがご褒美では決して無いからな。こんな婆にされても罰ゲームになりはしても褒美にはならない。
因みに神さんは某有名フルーツショップのシャインマスカットタルトを所望してきた。これが8分の1カットで1500円と超高い。どこでそんなものを知ったのかと思ったら、朝の情報番組で紹介されていたのを見たのだとか。
して、俺が希望したのは・・・・・・・異世界での文字の読み書きだ。
流石に読めない書けないでは不便過ぎる。
それを言ったら「それ位自分で学べ」などと言われたが、駅前留学ならぬ異世界留学をするにはちと年齢的にきついしあまりに面倒だったので、ここは神パワーで何とかしてほしいとお願いした。
んでもって、その勝負に俺が勝ったわけで。
神さんの手が光る。
久ぶりに見たな。顔が下から照らされて相変わらず不気味で怖い。
「・・・・・ほんに失礼なやつよのぉ」
半ば呆れ顔でそんなことを神さんが口にしたころには、もう手の光は無くなっていた。
何だか最近神さんと心で会話をするのに慣れてきた感があるな。
一仕事終えたとばかりに肩をキコキと鳴らし元いた場所に腰を下ろす神さん。
「これでオッケー?」
「うむ、それで文字の読み書きは出来るようになっておる」
「おぉやったぜ!」
これで問題なく依頼書が読めるぜ。
冒険者になったのは良いが依頼書を読めないんじゃどうしようもないからな。後は問題なのは。
「異世界って言語は統一なのか?」
「国によっては違うのぉ。大陸を、海を渡れば言葉も文化も別物よ。それはこちらとて同じ事であろう」
人生〇ームを片付けつつ質問をする。頬杖をついて茶をすする神さんが「当然じゃろ」と返してきた。こいつ片付ける気皆無だ。
「じゃが安心せい。お主に与えた【女神の加護】の言語理解は、それらをすべて網羅してくれるでのぉ」
「おぉ、それは凄く助かるわ!」
どうやら心配はいらないらしい。これで言葉の壁の心配はなくなった。心置きなく冒険者として異世界を旅できるってもんだ。
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