第69話 ゲームバランスって大事だよ
異世界冒険での読み書きができないお馬鹿さん問題が解決した。これで向こうでの憂いが無くなったのはいいが、今度はこっちで問題を抱える事となった。
「しばらくは寝不足になるな」
新しいシナリオ追加によるデスマーチが始まる。
「その前に加藤の追加確認作業だな」
だから俺は神さんと遊んでいる余裕は無い。
「何じゃ、今度は違う遊戯で遊ぶのかえ?」
だというのに神さんときたら人生〇―ムが終わった途端テレビをつけ、人の気も知らずにそんなことを言いやがる。
いや絶対俺の思考読んで遊びじゃ無いって知ってるだろ!
俺が無視していたら「つまらん」とテレビを見始める。
やっぱり仕事は会社でやる方が落ち着くなぁ。
乗り切らない気持ちをおしてPCを立ち上げテストサーバーに接続する。ログイン画面が表示され俺用のIDとパスワードを入力。モードをデバッグでは無くプレイ用にして動かした。
今回追加した内容は所謂初心者救済クエストというやつだ。
シナリオ序盤で低レベルから参加できる難易度で、比較的簡単にクリアが出来るようにしてある。それでいて貰えるアイテムは破格なもの。
詳細に関しては加藤に丸投げしたので実は殆ど知らない。
「おいおい、こんな初っ端から誤字があるって、加藤大丈夫かよ。早く終わらせることばっかり考えてチェック甘すぎになってんじゃないのか」
いざ始めてみたらイベント冒頭のNPCのセリフに間違いがあるのを発見。アイドルの為に急いでいたらしいが、いくら何でも気が緩み過ぎてんじゃないのか。
今回は手直し前の問題の洗い出しなので、場所だけチェックしてそのまま進めていく。
その後もちょいちょいと不具合が見つかったが、幸いにも致命的なバグは俺が動かした範囲では見つかっていない。この調子であれば明日バイトのデバッカーに総当たりさせてもよさそうだ。
しかし改めて低レベル帯にやってくると思うのだが、レベル差による圧倒感は爽快だ。敵を気にせずにサクサクと倒せてしまう。これはPRGにおける一番重要な要素ともいえる。
「そしてこれは俺も一緒か」
俺は異世界で自分だけがレベルアップしていく。
当初手こずったゴブリンやスライムは今ではワンパンで終わりだ。ボスクラスと思っていたゴブリンキングでさえ児戯でしかなくなってしまっている。
最初のステータスはオール10、それが今や・・・・・・うん、成長度合が半端じゃないな。
・・・・・・あれ、ちょっと待てよ。
画面を操作しキャラのステータスを表示する。
ゲームで使用しているアカウントのステータスは俺の異世界でのステータスと一緒だ。言わば俺自身の強さがそのまま表示されているのと同じである。
職業だけは何故だか【システムエンジニア】固定でしか使えないのだが、これは恐らく地球用の職業とステータスなのではないだろうかと思っている。
因みに本来のデバッグ用キャラクターは職業フリーで、直接サーバーデータをいじってステータスなども変えられるようになっているんだが、神さんに恩恵をもらっていこう俺のデータだけは弄れなくなっている。
それと俺自身の【システムエンジニア】でのスキル構成だが、これは恐らく地球上で使えなさそうなものは入らないのだと思う。それで現実との違和感が無いようにしているんだろうけど、ナイフが体に刺さらないとか基本的な部分が人外になっているのでそれ自体に意味が在るのか不明。
そしてその人外となった基本的部分であるステータスに、俺は少々ヤバいものを感じ始めている。
職業:システムエンジニア
Lv:14
HP:1650
MP:360
筋力:102
精神:45
耐久:71
素早さ:65
賢さ:40
体力:92
運:22
スキル
【システムメニュー】【剣術Lv2】【格闘術Lv2】【気配察知Lv1】【棍術Lv1】【植物知識Lv1】【交渉Lv1】【社交Lv1】
加護
【女神の加護】【出会いの輪廻】【異界の転移】
俺はこれをゲームとして受け止めてきたのだが、現実でナイフが刺さらないなどの異常な強化されている身体能力は異世界ではもっと凄い。
そもそも、そもそもだ。俺の当初のステータスはオール10。神さんが面倒臭かったのかあるいはなにか基準があったのか分かりやすい数字だった。ただ問題は全部が同じだった所でなく数字が10だったという部分だ。
それがレベルが上がって今や攻撃力は10倍、HPに至っては165倍になってしまっている。
HPとは何ぞやというのもあるのだが、これを単純に生命力と考えれば俺はどこぞのゴキブリよりも遥かにしぶとい生物になっているだろう。
そこでふとこの間違和感を覚えていたものの正体が分かった。
ボードゲームで神さんと遊んだ時、神さんは俺の運を悪いと言った。だが実際俺は言われる程運が悪くないどころか良いのではとすら思えた。
なるほど、俺が感じた違和感はこれか。
確かに俺の運は他の数値に比べれば低い、低いのだが・・・・・良く考えれば増えているじゃないか。
元が10に対して今は22。単純に考えて前の2.2倍運が良くなっていることになる。
例えばこれが他のステータスとの相対比での効果と言われたら確かに悪くなっているのだろうが、おそらくそれは違う。
むぅ、俺だけで考えても無駄か。
「なぁ神さん。質問があんだけどいい?」
「ん? 何じゃ、今いいとこなんじゃがのぉ」
テレビドラマに夢中になっている神さんが面倒くさそうに答えた。
神さんはこのドラマに出ている若手俳優にご執心で、最近では出るもの全て録画している。
「どうせ録画しているんだからちょっとくらい見逃してもいいだろ。それより最初の俺のステータスってどうやって決めたんだ? ほら全部が10って数字だったろ」
「う~ん、リアルタイムで見るのがいいんじゃが」と言いながらもこっちを向いてくれる神さん。
悪いね。解らないことがあったら訊けばいいが俺のモットーなもんで。
「お主の能力値か・・・・確かわしの世界に暮らす一般男性の平均を10にしたような気がするのぉ。あの時のお主が一般的かと言われればそれよりも、だ・い・ぶ・劣っていたのじゃが、そこはわしのサービスなのじゃよ」
どうだったかと記憶を手繰り寄せるように見上げ考え込む神さん。出てきた返答は意外にも統計からの数字というものだった。その際サラッと俺へのディスリを入れてくるあたりは憎たらしいが、きっと男優鑑賞の邪魔をされた意趣返しだろう。てか男優鑑賞って嫌な響きだな。
「じゃあさ、俺のレベルが上がった際の数値の上がり具合って何をもとに決めたんだ?」
もういいだろとテレビに向き直る神さんに更に質問をぶつける。
「ち」
おい、舌打ちをするな。
「それはお主の作ったゲームを基にしたに決まっておろうが。異世界をゲームのようにしたいと
然も面倒臭いとばかりに吐き捨ててそう言った後「まぁその所為で
「分かったのならこれ以上邪魔・・・」
「確かあの時、いきなり強くするようなことは出来ない、とか言っていたよな」
「お、お主。あくまでも邪魔をするのかえ?」
なんて奴だと目を丸め眉を顰める神さんに、早く答えろと顎をしゃくる。
神さんは俺が引かないと知ってか、諦めたように身体をこちらに向ける。
「はぁ、そうじゃ。あまりに改編するボリュームが大きかったからのぉ。ゲームのように成長するというのはそれこそ神の権能しか成せない技じゃ。なのでそれだけで手いっぱいになってしもうたのでお主を最初から強化する事は出来んかったのじゃ」
ふむふむ、なるほど。確かにとんでもないよな、人がレベルアップして強くなるとか、スキルを覚えたらそれだけで技が使えるなんて。
でも神さん、確かにいきなり強くは無かったけど、いきなり強くはなったぞ。
「あのさ、神さん」
「ん?」
「例えば・・・・例えばなんだけど、あの世界の一般男性の平均が10なんだろ? そこに含まれているのかどうか分からないけど、戦闘訓練をした兵士ってどれくらいの強さになるんだ」
結局のところこうして質問しているのは、俺のステータスが異世界でどの程度なのかと言う事。
神さんが「俺の作ったゲームが基だ」みたいに言ったけど・・・・・それってとぉっても拙い気がするのは俺だけだろうか。
だってジョシュアンさん達を見ていて思うんだよ。
あれ、俺の強さ異常じゃねって。
だって彼らエリートのはずなんだよ。それなのにちょっと力の差があり過ぎると思うんだよね。
そんな俺の不安は見事なほど的中していたと、神さんの次の言葉で思い知る。
「一般的な兵士かえ? そうだのう。それくらいであれば筋力20って所じゃな」
「・・・・・・・・おうふ」
あっけらかんとした表情で答える神さんだがその衝撃は半端じゃない。思わず普段出ないような声を出してしまった。
筋力20って・・・・・マジかぁ。
「そ、そんなもん?」
恐る恐る訊き返してみる。
「人間普通に鍛えてあがる量などたかがしれとるわい。構造自体が変わるのであればいざ知らず、骨格も筋組織もそのままで常識の範囲を超えるのは無理なのじゃ。それはこっちの世界も向こうの世界も何もかわらん。それでも向こうは魔力が扱えるが故にそれが補助してこちらよりは格段に強くなるものはおるが、それをできるのは極一部なのじゃ。ただの兵士程度であればそんなもんなのじゃ」
やべぇぜ、思っていたよりも度が過ぎてた。
異世界の成人男性の平均の筋力が10というのを、例えば握力としてみて40kgくらいだとすると・・・・・・一般兵士が倍の80kg・・・・・・・確かに、現実的で妥当かもしれない。剣と魔法のファンタジー世界でなければ納得のいく数値だ。
ジョシュアンさんやドランゴさん、それにミラニラさんとクラリアンさんなどといったアカデミー出のエリート達はきっと神さんの言う魔力の扱いに長けた極一部に入るんだろう。ホブゴブリンとかと戦っていた彼ら、特にドランゴさんは明らかに普通よりは筋力がある。けど、俺はそんな彼らであっても弱いと思ってしまっている。
確かに巧みな連携であったり戦闘技術でゴブリンを圧倒していたのだが、俺から言わせると戦っている時点で弱いだ。
だって俺なら石ころ一つぶつけて即死だからな。
まて、そうなると俺の筋力って一般兵士の凡そ5倍でジョブを【冒険者】にするとさらに1.2倍の6倍となるわけだろ。
兵士が握力80kgであるならば、俺が・・・・480kg。
ゴリラかチンパンジーかよ!!
あ、あかん。人じゃないこれ。行き過ぎ数値にドン引きだ。
「ち、因みにだが異世界の人類最強ってどのくらいだ?」
でももしかしたらこれが異世界の魔力あり基準なのかもしれないと、恐る恐る神さんに質問する。
「ふふん」と意味ありげに鼻を鳴らす神さん。誇らしげに垂れ下がった胸を張る。
「確か剣聖ってものがおったのぉ」
如何にもな二つ名が出てきた。これは相当なチートキャラに違いないと期待が膨らむ。
「そやつで筋力80ってところかのぉ」
「・・・・・・・・・・」
がっでーむ!
き、筋力がたったの80だと!? 握力換算で320kg・・・・・・いや確かに人類の枠組みを超えているけど、微妙! 超微妙だよ!! 俺のステータスより低いし、桁が一つ足りないし。
なるほど、これが異世界チート!!
異世界転移ものにはつきもののあれだ。神さんが最初っから強く出来ないなんて言うから俺の恩恵はそれほどでも無いのかなどと思っていたが、やべぇ、とんでもなくやべぇ奴だった。
異世界人にレベルアップという概念は無い。それこそ地球と同じく地道に鍛錬を積んで少しずつ成長していく。俺みたいにレベルが上がったからいきなりパワーアップすることも、新たに覚えたスキルで突然技術を身に着けることもない。
日々の努力と経験の結晶でゆっくりと成長していく。
その結晶と呼ぶべき人類最強が今の俺より弱いだと。まだたったのレベル14だぞ、俺。ハッキリ言って低レベルの範囲だぞ。それで人類最強を超えているってやりすぎにもほどがあるんじゃないのか神さん。
俺のゲームを基にした何て言うからもしやと思ったけど、成長速度もゲームと一緒にしたら強さのインフレ激おこですよ。
あれ、そう言えば俺のレベルって最高100で止まるのか?
これもし止まらないでどんどん上がるとしたら・・・・・・・・・某髪逆立ち戦闘星人みたいにワンパンで星砕けんじゃね?
何だよそのバランスブレイカー・・・・・マジドン引きすぎるわ!
「お主はわしの加護を受けておるのじゃ。その辺の有象無象と一緒な訳がなかろう。何せわしは女神なのじゃからな。けっけっけ」
俺のドン引きとは反対にどうだ見たかとばかりにどこぞの黄門様ばりの笑い声をあげる神さん。
「ゲ、ゲームバランスって大事だよ?」
想像以上の壊れっぷりに何故だか発言が疑問形になる。
そんな俺の力ない忠告に神さんは何言ってんだと首を傾げる。
「力を与えるのにバランスなど気にしてどうするのじゃ? そもそもお主はあそこで普通の生活がしたい訳ではなかろう。冒険を楽しみたいんじゃなかったのかえ? それであれば弱くて苦労するよりは強くて楽した方が何倍も楽しめるというものじゃろうが」
困惑し己のチートさに若干の恐怖すら感じている俺に、「ただ楽しめばいい」と神さんが言う。
神さんの言っていること・・・・・・・・・・・・なるほど、一理あるな。
妙に納得がいく神さんの言葉にうんうんと頷く。
なるほど、確かのそうだ。言われてみればこれはクリア後ボーナス特典付き2周目みたいなもんじゃないだろうか。スタート直後から最強装備だとか、経験値2倍特典とか、クリアしたユーザーに優越感に浸らせて楽しませる趣向と似ている。
「チート人間、夢と希望を詰め込んだ異世界冒険の定番だよな。本当に死ぬわけだしそれなら強いことに越したことはないよな。分かった、神さんの言う通りそれはそれで楽しむようにするよ」
「うむ、それでいいのじゃ」
神さんは慈愛に満ちた優しい笑みをこぼす。
どうやら俺は難しく考えすぎていたようだ。
俺は別にあそこに定住するわけでも、ずっと一つの街にいないといけない訳でもないんだから、多少チートであっても気にする必要はなかった。
趣味は趣味らしく楽しくか・・・・・・まったく神さんの癖に良い事を言う。
「・・・・癖には余計なのじゃ」
異世界での俺はチートな存在であるらしい。それに関しては思うところはあれどラッキーだと考えよう。
が、しかし、それでは済まされないことがあるではないか。
「このチート能力、地球ではまずいんじゃね」
部分的であれ、俺のステータスはこの地球でも反映されてしまっている。最近ではどんだけ走っても息切れしないし、ナイフが刺さらないほど体が頑丈だ。
「ケケケ、既に地球でも人類最強なのじゃ!」
「・・・・・冗談のような言葉が冗談じゃないって忌々しき問題だな」
「なってしまったものはどうしようもないのじゃ。些細な事を気にばっかりしていると禿げるのじゃよ」
「おい、嫌なことを言うんじゃない。ま、確かにそうだな。なってしまったのはしょうがないわな。これとはうまく付き合っていくしかないか」
どうにもならないことを考えていても仕方がないと再度肩を竦め途中だったクエストの続きを進め始めた。
最後のボスをレベル差によりボコボコにのしたときはつい鼻で笑ってしまったのは内緒だ。
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