第31話 村に戻ると

 「心霊現象を信じるか」そう訊かれたら俺は間違いなく「信じない」と答える。これでもIT業界で生きている身。基本否現実的な事は全否定だ。


 ただし今までは、とつくのだが。


 俺は今まさに非現実的世界にいる。しかもその状況を作り出したのが神だというのだからもう何が本当で何が現実で何が正しいのか分からない。


 信じる信じないとかの話じゃない。ここにあるのだから仕方が無いのだ。


 だから心霊現象を「信じるか」と今問われたら、「あるかもしれないな」と答えるだろう。


 異世界や神に存在に比べたら幽霊なんてその辺りにいくらでも転がっていそうだからな。



 ただそうおもってしまうとだ。



 心霊現象というものが・・・・・・存外恐ろしかったりもする。




「ひぃぃぃ!」


 バサバサという羽音に思わず悲鳴が漏れ出す。おそらくだが鳥が飛んでいっただけなのだろうが、この場所が場所なだけに不気味に思ってしまう。


「静かで暗い森って不気味だわぁ」


 あのどでかい巨木が立ち並んでいた大森林でもよる行動していたが、あの時は異世界に来たばっかりで浮かれていたし心霊現象どうとかなんて考えもしていなかったからな。本当の意味で化け物が出てきていたのに怖いなどと思いもしなかった。


 それに意外と普通の森の方が怖い。


 あの大森林はある意味ファンタジー感が万歳だった。だけどここは日本とそれほど変わりが無い見た感じただの森。それがより一層俺に妙な現実感を与えてくる。


 ゴブリンを追っている時は必死だったから気にもならなかったんだが・・・・・・・。


 それにここは異世界でモンスターが普通にいる世界なんだから、アンデッドやゴーストだってきっと存在するだろう。


 そもそも俺がこんなに心霊現象を意識するようになったのは来た道を戻っている途中で見たとある出来事が関係している。


 森の中を戻ってくる途中で異臭が立ち込めたものだから、気になって向かってみたのが良くなかったよ。


 こっちで俺が倒してもそれがから全く意識してなかったが、そうだよな、あれが普通なんだよな。


 死んだら普通、が残るよな。


 俺が見たもの、それは木の枝につらされた動物の死骸だった。 

 引き裂かれて内臓が飛び出しているわ、腐乱して肉がぶにゅぶにゅになっているわでとてもまともに見れたものじゃ無い。所々が齧られたように無くなっているのは、きっとゴブリンか何かに食べられた後なんだろうな。


 しかも質の悪い事にその見た目が一瞬人間ぽく見えたもんだから、流石の俺も「キャー」って叫び声をあげてしまった。


 田舎の山道を車で走っていると動物の轢かれた死骸を目にすることはあるが、あれは全く別ものに思えたよ。比べ物にならない程グロテスクで見た瞬間口の中が酸味で満たされたほどだ。


 今まで俺が倒したものって光の粒子に変わって行くし、はぎとりしなくても肉とかアイテムに入ってしまうもんだから死体は出てこないもんだと思っていたのだが。


 今更ながら思いだしてみるとポックリンさんが倒したゴブリンや戻ってきた男たちが倒したゴブリンって消えてなかったな。


 くそ、嫌な物ばかり目にする日だ。



「・・・・・・ふっ、ふふ、ふふふふふふふあはははははは」



 そして高笑い。


 もう自分でも何なのか良く分からない。


 あぁ・・・・きっと俺の心が疲弊しているのだろう。


 楽しい異世界生活を夢見ていたんだけどな・・・・・・神さんから【出会いの輪廻】などという加護を貰っていたから余計に期待してしまっていたのかもしれないな。


「・・・・・・はぁぁぁぁ・・・・うわぁ!」


 畜生、虫まで俺を脅かしやがる。


 ・・・・・・お化け、出てくるかな・・・・・・。







 もう直ぐ夜が明けそうだ。


 うっすらと空が紫がかってきている。


 何とか森を抜けて村まで戻ってこれた。結局お化けは出てこなかった。いやマジ怖かった。


 そもそも何で俺がこんな思いまでして森の中を戻ってきたのか、それは単純だ。ただティルルさん達に会いたくなかったからだ。


 それはともあれ、村に辿り着いた俺が目にしたのは未だに混乱が収まっていない村人たちの様子だった。そこかしこで人が走っている。

 マップを確認してみてもゴブリンは近くには見当たらないので、もう村に当面の危険はないのだが、その事を知らない村民達は警戒だったり後始末だったりでてんやわんやな様子。


「ハ、ハルさん!」


 門の前まで来たところでポックリンさんが血相を変えて走って来た。


 おいおいその歳で無理をしちゃいかんよ。ほら今にも死にそうなくらい荒く詰まらせてるじゃないですか。はいはい落ち着いて深呼吸して。


「ティ、ティルルちゃんは・・・・・・あの子はどうなったのだ。あんた一人しか姿が見えんのじゃが」


 ポックリンさんから告げられた名前にあのお尻を触られる光景を思い出しうっと固まってしまった。特に何処がとは言わない。


 ティルルさんはあの尻揉み野郎と一緒だ、ここにはいない。今頃いちゃいちゃと・・・・・・くっ。


「ハルさん・・・・あんたそんな蒼褪めた顔して・・・・・やっぱりティルルちゃんは」


 異世界に来て初めて会った女の人で優しく接してくれたティルルさん、実際そうではないのだが突然かっさらわれた気分だ。その折り合いを付けきれない感情に眉を顰め閉口してしまった俺を、ポックリンさんがそっと俺の肩に手を乗せ悲壮で皺くちゃの顔を歪めていた。


 あぁ、どうやらポックリンさんは俺の気持を悟っているようだ流石は人生の大先輩。俺がティルルさんに抱いていた淡い期待がもろくも崩れてしまった事を一緒に悲しんでくれているようだ。


「えぇ・・・・・・


 これは俺の嫉妬心からくる唯の嫌味だ。元から俺が付け入る隙など無く、彼女からしたらただ困ってそうな人を助けただけの事。そこには特別な感情など存在しない。


 ふふふふ、自分で言っていて虚しくなってきたぜ。


 するとポックリンさんは糸の切れたマリオネットの様にその場にへたり込んでしまった。もしかして怪我でもしたのかと焦ったがどうやらそうではないらしい。

 ポックリンさんは呆然自失といった感じに項垂れ「・・・・・なんて、なんてこった。あんないい子が・・・・」と悔し気に地面を叩く。


 一瞬「ん?」と違和感を感じたが、多分ポックリンさはティルルさんとあの尻揉み男のことを認めていないのだろう。だからティルルさんがあの男にくっつくことが気に入らなくて悔しいのだろう。ここで最初に見たときまるで自分の娘みたいに接してたからな。そりゃあ悔しいよな。尻揉んでたしな。


 そんなポックリンさんを見ていてふと思う。


 あれ、どうしてポックリンさんはティルルさんが尻揉み男と一緒にいるって分かったのだろうか?

 俺、ポックリンさんに言ったっけか、と。


 まぁここでずっと暮していたんだからそのくらいは分かるのだろう。

 ポックリンさんがそのまま動かなくなってしまったのでそっとしておくことにした。こういうデリケートな問題に他人が気軽に口を挟むのは良くない。そう、俺はあくまでも部外者でしかないのだから。


 立ち去ろうとしたら足もとゴブリンの死体に思わずびっくりしてしまった。あぁそうだここでポックリンさんが倒したんだった。


 やっぱり俺以外が倒すとモンスターであっても消えずに残るんだな。そう思いながら死んでいるゴブリンの気持悪さにちょっと距離を開けて避けて村へと入っていった。


 何にせよ、ティルルさんは別として俺はこの村をゴブリンから守ることは出来た。その事は誇っても良いだろう。

 ここはほとんど女性しかいない村だ。カジャラさん・・・・・・・・は駄目だろうが、もしかしたら俺の勇士を見ていた女の人がいて俺に惚れてしまっているかもしれない。そう、俺はそれぐらい活躍をしている。


 入った瞬間黄色い歓声聞こえてきたらどうやって答えたらいいだろうか、などと、これから起こるかもしれないイベントを思い浮かべながらニマニマとした顔で門をくぐった。

 気分的には英雄様のお帰りだ~、である。


 ゴブリンに荒らされたものを片付けたり、怪我人の手当てを施したりと、村人たちが忙しなく働いていた。ポックリンさん以外の男の老人達がたいまつを片手に村の周辺を警戒してる。

 そんな村の中央付近では大きな焚火が赤々と燃えている。その前で数人の女性陣が輪を作って集まって何やら話をしている様子。その中には見知った人の顔があった。村長婦人とカジャラさんが女性の輪の中にいた。


 一様にその表情は厳しい。特に腕を組んでしきりに何かをしゃべっている村長夫人は焚火の揺らぎもあってっちゃっとビビってしまいそうな形相だ。カジャラさんが何か言いたそうにしているのだが、どうやら彼女も村長夫人の気迫に押されているのか言い出せずにいる様子。


 何の話だろうか? ただその様子からあまりいい話ではない事は分かる。


 どうやら話が終わったようだ。女性達は置いていた荷物を拾い上げ・・・・・・荷物? あれは農機具か? 鍬や鎌を手にした女性体が大きな掛け声を上げてそれを勢いよく掲げ上げた。


 その女性たちの中で一人だけ違う反応の人がいる。カジャラさんだ。


 カジャラさんは歓声を上げる女性たちを見ながら慌てふためいているみたいだった。一体何を話していたんだろうか。もしかしてゴブリンの討伐にでも出向くつもりなんだろうか?


 ・・・・・・でもどうしてだろうか。あの女性たちを見ていて微妙に寒気がしてくるのは。


 ま、まぁいいか、ああして女性たちが集まっているのであれば俺としても好都合だ。どれ英雄様のご帰還といきますか。


 と威勢よく一歩踏み出そうとしたところで誰かが俺の腕を引っ張った。


 折角の見せ場に誰だよ、と思ったらM字禿げた頭がそこに。


 あぁクァバルさんか・・・・・・・・でもどうしてそんな腰を屈めてまるで隠れているみたいにしているんです? ゴブリンから隠れているんですか。大丈夫もう全部倒しましたよ、俺が。


 「ちょっとこっちに」と門の影の方へとクァバルさんに引っ張られていく。


「ちょ、俺、村に・・・・・」


 これからハーレムイベントが待っているんだ。童顔のおっさんと何で好き好んで人目の無い所に行かないといけないんだよ。


 意外と力強いクァバルさんに本気ではないにしても抜け出せずに引き込まれてしまった。よく見ればあの露店にしていた馬車が馬を2頭繋がれた状態で待機している。どう見ても今から旅立ちますって状態に思えるのだが・・・・・・。


「は、ハルさん、旅立つのは明日って言っていましたが、今日、今から行きましょう」


 声を殺したクァバルが村内の女性たちを気にしながらそう提案をしてくる。


 昨日食事の時に護衛として一緒に街へと行こうという話になっていたのだが、それは出発が明日だったはず。何で急に、しかも俺がこれからハーレムイベントに突入しようとしている所で言ってくるのだろうか。タイミング悪すぎですよ。


 おいしいイベントを逃したくはないだろうよと断ろうと口を開いた瞬間、待てよと俺は思案する。


 クァバルさんとの同行を逃してしまったら次いつ馬車がやってくるか分からないじゃないか。そうなるとまた何日も延々と歩き続ける羽目になる。


 そ、それは嫌だな。


 だったら勿体無いが・・・・・非常に勿体無いが、ここはクァバルさんと一緒に大きな街へと行った方がいいのでは。


 だがしかし何でまた急に・・・・・て、あぁなるほど。


「・・・・・・ゴブリンが村に入ったから危険で、てことですか!?」


 急に予定を早めた理由、それはこの状況を鑑みれば納得がいく。確かにモンスターに簡単に攻め入られては安全出来ないよな。この村に長く居ても商人としてのメリットが無いとなればリスクを負ってまで残る必要はないだろうし、あれば致し方が無いかもしれない。


 なるほど、と俺は手を打ち鳴らしてそう伝えると、何故か焦った顔でクァバルさんは口の前に指を一本立てる。


「しぃ!しぃ!・・・・それもありますけど、どちらかというと村が危険というよりは村人が危険で・・・・・・主にあなたが」


 静かにしろとジェスチャーするクァバルさん。最後の方はもにょもにょと何を言っていたかそこだけは良く聞き取れなかったがどうやらやっぱり村が危険だからのようだ。


 今から村を出る、か・・・・・・。


 村の英雄としてたたえられてみたくもあったけど・・・・・・・・ティルルさんの事もある。ちょっと顔を合わせたくない、というかあの二人でいる姿をこれ以上見たくない。ならばここでクァバルさんの誘いを断って、馬車での移動を手放すよりは一緒に村を出た方が良いかもしれない。あぁでもなぁ、ティルルさんが駄目でも他が・・・・・・・。


 う~ん、と頭を捻る。


 俺が考えている間、クァバルさんは頻りに周りをキョロキョロと落ち着かない様子。ゴブリンが気になっているのか早くここを出たくて焦っているみたいだ。


「分かりました、行きましょう」


 そんなに急いでいるのに俺の我儘は流石に言えないなと了承を伝えると、クァバルさんが胸を撫でろして安堵した。


 「じゃぁ行きましょうか」とそそくさと御者席に乗り込んだクァバルがその隣に載る様に指をさす。初めて乗る馬車にちょっとだけわくわくし、意外と高い御者席に座ると、何故かクァバルさんが俺の背中をポンポンと優しくたたいてきた。そして「きっとお良い事ありますよ」とどこか悲し気な顔。何だか慰められている気持になる。


 俺のハーレムイベントが駄目になったことを気にしているのだろうかと思いつつ、若干解せない感じに自然と俺の首が傾いた。


「そう言えばハルさん荷物は?」


 いざ出発というタイミングで急がせたクァバルさんが「あ」って顔で問いかけてくる。


「え、全部もって・・・・・・!!」


 全部アイテムボックスに入っているから大丈夫です、そう答えそうになって傍と気が付く。アイテムボックスって言ってもいいものなのか、と。

 俺は今バック一つ持っていない。旅をする人間としては滅茶苦茶変だ。しかも一昨日クァバルさんから服を二着買っているのに、それすらも持っていないって・・・・・・やべ。


 どうする、アイテムボックスの事って言っても大丈夫なのか? どうにもテンプレ的にトラブルのもとにしか思えないんだが、やっぱり隠し通すべきか?


「・・・・っ、ゴ、ゴブリンに全部と、盗られまして・・・・・」

「武器も、ですか?」

「ナ、ナイフだけは懐にしまってあります」

「・・・・・・・・」


 結果誤魔化した。く、苦しいだろうか? いや、でもこれ以上の言い訳は思いつかない。


 クァバルさんが胡散臭そうに俺を見る。いたたまれない。思わず顔を逸らしてしまった。


「見て、あれ。あいつよ!」


 気まずさが漂っていた最中に、女性の大きな声が聞こえた。


 何ごとかと振り返ると、焚火の前にいた女性たちの一人がこちらを指さしている。


 ・・・・あれは、パンツのお姉さんじゃないか。


 その日とは俺がゴブリンから救ってあげた一人で、不幸にも下着を丸出しになってしまった女の人。


 その人がこちらを指で指さしている。で、指の跡を追っていくと・・・・・・・・俺か!?


 これはもしかして俺にお礼を言いたくてさがしていたとか・・・・・・て、ことはカジャラさんと同じスケベハプニングになってしまったが、これはおいしいイベント展開へと発展するのかもしれない。


「っ! はいやぁ!」


 やったぜ俺、と緩んでしまった口元が弧を描き「ちょっと待って」とクァバルさんに告げようとした瞬間、気合の入ったクァバルさんの追えと馬の嘶きが聞こえ、馬車がガララと重い音を立ててt動き始めてしまった。


 え、ちょ、ちょっと。


「ク、クァバルさん、待って、止まってください!」


 俺のイベントが。


 慌ててクァバルさんを止めようとした。


「駄目です。今止まってしまっては追いつかれてしまいます。もし捕まったらハルさんが酷い目にあわされてしまいますよ」


 だがクァバルさんは止めるどころか更に手綱を勢いよく振って馬に勢いを付けようとする。



 ・・・・・・て言うか、今何て言った?



 俺が・・・・・酷い目?



 何それ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る