第29話 村内のゴブリン退治

最低さいってぇ! ホント最低さいってぇ!」


 胸を手で隠しながら涙目で訴えてくるカジャラさんは女の子全開で可愛いらしいのだが、そんなカジャラさんに俺はゴブリンよりも嫌われたかもしれない。

 カジャラさんを助けたのは俺なのにと涙が出てきそうだ。


 ワザとじゃないと弁明したいのだけど・・・・・今はそんな悠長なことを言っていられる場合じゃ無いんだよな。


 これは不可抗力であり俺に非がと理解してもらうにはそれなりの時間を要する。なにしろ俺はそう言うのが得意じゃない。

 2体のゴブリンを倒したが、村の中にはまだゴブリンがいる。速く倒さなければ被害者が増えていちゃうよ。


 くっ、どうしよう。


 美人なカジャラさんにこれ以上嫌われたくない・・・・・・嫌われたくないのだが。


 俺に取れる選択肢など・・・・・・もう一つしかない。


 断腸の思いだが俺にこれ以上の答えを出すことは出来ない。



 この場は逃げよう。



 分かっている。男として最低であることは。だがどの道短時間でカジャラさんを納得させるのは無理だ。下手に足掻いたり言い訳すればきっと更に怒らせこじれていくだけだ。


 くそぉぉぉぉ。



「・・・・・そう言えばあんた、最初に会った時も胸をジロジロと、って、おい、どこ行くんだ! 待て変態野郎ぉ!!」


 怒り心頭のカジャラさんをおいて俺は一目散に駆け出した。背後から罵声が浴びせられている。泣くな俺。


 この恨み晴らさずにおくべきか。どこだぁゴブリンども!!


 悲しみのパラメーターを怒りに変え、憎きゴブリンどもをマップで探す。


 1,2・・・・・・6、おのれこんなにも出てきやがって。


 成人男性がいないこの村に戦えるものは少ないだろう。ポックリンさんが門番紛いな事をしていたがあの御年だ、まともに戦えるとは思えない。ゴブリンは俺の良く知る物語の通り人間の女の人を襲っていた。そうなるとこの村には天敵みたいなもんだ。


 だから俺が倒さなければならない。これはゴブリンを知っていて放置した俺の罪だから。そしてゴブリンを殲滅する。カジャラさんに一層嫌われ変態とまで言われた仕返ししてやる。



「見つけたぞこの野郎!」



 マップのマーカーを頼りに村内を駆ける。徘徊していたゴブリン一体を発見した瞬間更に加速。ゴブリンへと突進しすれ違い様に首を切りつける。少し甘めであったが急所を捕らえてはいたのでゴブリンは光の粒子となって消えた。


 更に近くに反応があったので向かうと二体のゴブリンが家の扉を壊そうと体当たりをしていた。


「うおぉりゃあぁぁぁ」


 最近筋肉が付き始めた上腕二頭筋に力を込めて、渾身のラリアットを二体のゴブリンにまとめて喰らわせた。

 ゴキリと嫌な音を立てて二体とも地面を勢いよく転がり光となって消えた。


 これで半分だ。


「きゃぁぁぁぁぁ」


 息つく暇も無く飛び込んできた女性の悲鳴に反射的に脚が地面を蹴っていた。


「・・・・と、とと」


 足がもつれ転びそうになるのを何とか堪える。やはり思っているよりも体の動きが悪い。気持ばかりが前に出てそれに体が追い付いてこない。


 焦っているからか? いや、今はそれを気にするよりも救出が先だ。


 悲鳴は正面の建物の裏手から聞こえてきていた。壁に立てかけてあった丸太を踏み台にして種に駆け上るとそのまま反対側へ。

 すると眼下にゴブリンに追いかけられている若い女の人の姿が見えた。


「間に合え」


 ゴブリンに脚を引き摺られ必死に逃げようと地面に爪を立てている女性。躊躇せず屋根からゴブリン目掛けて飛びおりる。


「ンギッ」


 上空からゴブリンの脳天にナイフを突き刺した。奇妙な声を上げゴブリンの頭が肩に食い込み勢いそのままに地面に叩き潰し・・・・・・たのは良いのだが、不調な身体は勢いを押さえきれず前へとつんのめってしまった。そこには倒された女性が。「危ない」とぶつかる前に寸で腕を突き出し何とかぶつからずに済んだ。


「・・・・・あへ?」


 目の前には桃源郷があった。


 その眼前に広がるに思わず変な声が漏れ出していた。


 白い布で覆われたぷりっとした大きな桃が惜しげも無く目に飛び込んでくる。


 あれれ、ゴブリンと戦っていたのに何でこんな素敵なものが。


 思わず凝視。だがこれが如何なる状況であるのかを思い出すと徐々に俺の顔面から血がうせてく。

 もしやと思い顔を上げればこちらを恐怖で歪んだ表情の女性と目が合った。


 何て見事なアクシデントだろうか。

 女性のスカートがゴブリンに引きずられてずり上げってしまい下着とお尻が丸出し状態。その上にあれが倒れ込んでお尻と顔がこんにちは、だ。


 こんな状況であっても其れを凝視してしまうのは悲しき男の性だ。


 あぁ拙った。今日はなんて厄日なんだろうか。この状況を女性は正確に理解してくれるだろうか?


 女性の口がヒクヒクと動いている。この後どうなるかなど想像に容易い。


 ・・・・・・・・はは、そうだよね。


 カジャラさんの二の舞決定だ。俺に一切悪気も下心も無いのにどうしてこうなるんだ。


 俺はそうと立ち上が自然と両手を上げてそろりそろりと後ずさる。


「す、すんませんでしたぁぁぁぁ!」


 がばっと頭を下げて一目散にダッシュ。その場から逃げ出した。


 あ、危なかった。危うくカジャラさんに引き続き災難に見舞われるところだった。眼福なれど不幸な出来事がこうも続くとは、何だか人を助ければ助けるほど俺の立場が悪くなっているような気がするぞ。これじゃあラッキースケベと思わせた唯の不幸じゃないか。


 クソが、こんな迷惑なゴブリンなど即滅だ。

 

 無性に腹が立ってきた中、子供たちを追いかけるゴブリンを発見。両手を上げて下腹部を肥大化させて女の子を追いかける様は正に変態。それは即座に通報レベル。


 森のゴブリンはもう少し真面だったような気がするんだが、こいつら女性がいると性格変わるんだろうか。いや、真面なゴブリンという表現はおかしいか。


 直ぐに飛び出しぶっ殺そうとしたのだが・・・・待てよと立ち止まる。

 ここでさっきみたいに誤解が起きると物凄く社会的に拙い事になってしまう。これ以上ゴブリン尾所為で余計な被害を被るのはごめんだ。なので、倒し方を変えることにする。


 正面からぶつかるのではなく離れた位置から攻撃をしよう。そうすれば万が一何かが起こっても俺が近くにいないのでセーフだろう。


 少し離れた場所で止まるとお手頃サイズの石を一つ拾い上げ、それを大きく振りかぶって思いっきりゴブリン目掛けて投げた。


 ゴヒュっと凄まじい音を上げて飛んでいった石は子供たちを追っていたゴブリンに見事命中。腹を貫通していき穴が開けゴブリンは敢え無く粒子になった。


「良し、ストライク!」


 日ごろストレス発散にストラックアウトをやっている俺の腕前はなかなかのもの。見事なコントロールに思わずガッツポーズをとって喜びに声を上げる。


 と、喜ぶのはまだ早い。ゴブリンはもう一体残っていたんだ。


 マップを確認。すると最後のゴブリンは門の近くにいるみたいだが、そこでは赤と青のマーカーが激しくぶつかり合っている。


 これって、誰かが戦っているのか?


 これは急いで向かわなければ。


 門へと近づくと硬質な物同士がぶつかり合う渇いた音が響いてきた。ゴブリンが振り下ろす刃物をその相手が長尺の武器で払いいなしていた。


 あれは・・・・・


「ポックリンさん!」


 走りながらゴブリンと戦っている人物へ大声で呼びかけた。


 ゴブリンと相対して槍を振り回す老人はポックリンさんだった。


 「・・・・ハルさんか!」


 ポックリンさんが声に気付きこちらを見た。


 しまった、迂闊に声を掛けてしまったためにポックリンさんがこちらに気を取られた。


 その矢先だ。意識を逸らしたポックリンさんにゴブリンがここぞとばかりに迫っていく。その手にはところどころ刃が欠けさび付いた鎌。それを振り上げポックリンさんに襲い掛かる。


 やられる・・・・・・そう思ったがそれは直ぐに間違いであると思いしらされる。


 迫りくるゴブリンの鎌をポックリンさんの槍が絡めとり弾き、流れる槍の動きはそれで止まらず石突でゴブリンの脚を薙ぎ払う。バランスを崩してゴブリンが倒れるとくるりと槍を回したポックリンさんは両手で槍を垂直に突き立てた。悲鳴のような叫びを上げたゴブリンは地面に縫い付けられもがき苦しんでいたが次第に大人しくなって動かなくなった。


 す、すごい。


 力強さは感じないが流れるようなやりさばきは熟練の技を感じる。槍も唯の杖代わりじゃなかったんだな。


 を見ながら思わぬ手練れのポックリンさんに感嘆してまった。


 でもこれで村に入り込んだすべてのゴブリンが倒されたことになる。村にもそれほど大きな被害もなさそうだったから良かった。


 俺が安堵の息をこぼすと、ゴブリンを倒したばかりのポックリンさんがまだ上がった息をそのままに俺へと駆け寄ってきた。


「ハルさん、あんた冒険者だといったな!」


 ガシリと両肩を掴まれそれは険しい表情のポックリンさんがそう問いかけてきた。思わぬ迫力に気圧されてしまった俺は無言でコクコクと頭を振る。


「ハルさん・・・・・ゴブリンが・・・・・」


 ゴブリンが村に入った、そう言いたいのだろうと思った俺は、もう全部倒したから大丈夫だとポックリンさんを安心させようと口を開きかけたところで、ポックリンさんが続けた言葉の衝撃に身を固めてしまった。




「ゴブリンがティルルちゃんを攫っていってしまった!!」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、何て言った?




 ティルルさんが・・・・・・・ゴブリンに・・・・・・。




 攫われた?




 ぞわりと血が疼くような感覚に全身が粟立つ。


 ポックリンさんの言葉をかみ砕く様に動きを止めてしまった頭を無理やりと回す。


「頼むハルさん。ティルルちゃんを救ってくれ!」


 俺の肩を揺らし必死に懇願するポックリンさん。その肩を掴む力の強さが俺の呆けていた意識を呼び起こす。


 ・・・・・・・・・ふざけんなよ!


 ティルルさんは俺がこの世界で初めて会った人だ。そして優しく何も知らない俺に接してくれた恩人だ。


 ゴブリンがティルルさんを攫った? ゴブリンは間違いなく女性の敵だ。あいつらは嬉々として女性を襲う。


 うおぉぉ、させんぞ、ゴブリン!!


 ティルルさんの貞操は俺が守る!


「分かりました。後を追います!」

「すまない。頼む。奴らはあっちの方へとティルルちゃんをつれていってしもうた」


 森の方を指差す。こん畜生め絶対逃がさん。


 森に逃げたとなると本来なら非常に厄介だ。普通の人間で痕跡を辿っての追跡しなければならない。そうなれば相当時間がかかってしまいティルルさんがどうなるのかは一目瞭然だ。


 だが俺であれば違う。


 俺には必殺のマップ機能がある。


 マップの縮尺を広範囲に広げる。村近辺の情報が一気に映し出される。意外と敵である赤いマーカーが多い。これはモンスターだけでなく肉食の野営動物などもはいってくるからだ。ゴブリンだけを探すんだったら結構手間だったろうが、今見つけないといけないのはそっちでは無くティルルさんの方だ。


「あった! 青マーカー」


 すかさず俺はマーカーを選択。



 『ティルル』



 良し、ちゃんと名前が出てきた。


 見ればティルルさんは一人で森の中を進んでいる。その後ろを3つの赤いマーカーが追いかける様についてきている。


「どうやら取り合えず逃げる事が出来たみたいだ。まだそれほど遠くにいっていない、直ぐに追いつけそうだ。これなら間に合う」


 ティルルさんはどうやら森の中から街道の方へと逃げているみたいだ。


 走りながらもマップで更に情報を集めておく。他にゴブリンか別なモンスターが出てきても厄介だ。するとこの状況と関係があるのかどうか、マップ上に気になる物が映っていた。


 それは街道をこの村に向かって進んでくる集団。ただマーカーの色は青。それであればいきなり襲ってくるような敵ではない事になる。


「もしかして盗賊・・・・・・・いや、それだったら赤マーカーじゃないのか? だったら外に出かけていた村人か帰ってきたとか、いやこんな夜中にそれはも変か。なら旅の商人とかかもしれない。分からないが何にせよいきなり襲ってくるような連中ではないだろう。このまま進めば間違いないのはティルルさんがこのまま進めばこの集団と出くわすことになるな」


 ティルルさんの進行方向と集団の進みが丁度ぶつかりそうだ。

 俺は最初にティルルさんを助けて安全な場所に連れて行ってからゴブリンを倒しに行こうと考えていたのだが。危険が無いのであればその集団にティルルさんを保護してもらった方が良いかもしれない。この調子であればゴブリンがティルルさんに追いつく前に集団と合流する方が早そうだ。

 

 でも何もしない訳にはいかない。


「それだとこの集団とのゴブリンと衝突は避けられないか、なら俺はゴブリンの殲滅に全力を向けた方が良いだろう」


 颯爽と現れてピンチのティルルさんを救うなんてシチュエーションもおいしいのだが、他の人を犠牲にしてまで押し通す事ではない。そもそもこんな事態を招いたのは俺の責任でもあるのだから。


 この青マーカーが兵士や冒険者といった戦える人達ならいいのだけど、そうじゃ無い場合無駄な被害が出てしまう。


「何事も安全が一番」


 堅実的な日本人はここに落ち着く訳だ。


 ただどちらにしても悠長にしてはいたられない。


 そう考えながら俺は森の中へと飛び込んでいった。

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