第28話 深夜の飴玉
本日2度目の干し草ベッドダイブを決める。
少しだけちくっとするが山盛りに積まれた柔らかい干し草が俺の体をボフンと包み込んでくれた。
昔見たアニメに出てくる某アルプスの女の子が気持ちよさそうにダイブする理由が良く分かる。
そして俺の心は干し草同様に沈み込んでいるのだが、それは軽やかでは無くどんよりと、であった。
重かった。
実に重かった。
クァバルさんと村長婦人の話は、平和な日本人が聞くには堪えがたい重い内容だった。
「・・・・益々疲れたな」
本当は今日ログアウトしようと思っていたのだが・・・・・どうにも次の日仕事をする気力がわかない気がする。
こんな気分でパソコンの画面と睨めっこしたら気が滅入ってしまって余計なミスもしそうだし・・・・・・やっぱり今日もこちらに留まろう。
干し草に顔を埋める。さっき迄話してい事がリフレインされてくる。
「しかし、あの話は・・・・・どうにもフラグっぽいのが沢山散りばめられていたような気がする。あぁもういいや、今日は何も考えたくない。早く寝てしまおう」
そう口にはしたが、これは今日眠れないかもしれない。久々の徹夜コースかもしれないな。
悶々とする頭の中は泥沼の様に色んな思いや考えが淀み混ざって停滞している感じ。
だからきっと寝る事は出来ないだろうなと思ったのだが、今日のハードコースはそんな事お構いなしと直ぐに俺を夢の世界に誘ってくれた。気付いたらうつらうつらとしている。
薄れていく意識、重くふさがろうとする瞼。
心地よい干し草のベッドの感触と温かさが睡魔の猛威を倍増してきている。
『・・・・けて・・・・・・・・め・・・・・・・いや』
何時の間にか寝ていた。
重い瞼をこじ開けるが辺りは未だ真っ暗だ。
「あれ、いつの間にか寝ていたのか俺・・・・・・・まだ夜中だよな。半端な時間に目ぇ覚ましてしまったよ」
それでも頭は意外とすっきりしている。これも職業病なのかもしれない。3時間も寝れば十分なのだよ。
会社の人間は大概俺と同じ奴ばかり、この業界は一部の大手か倒産しそうな暇な会社でない限り満足に休むなんて出来ないからな。短い時間で如何に効率よく休息をとるかが生きていくための必須能力になってしまう。
・・・・・・自分で言ってて悲しいスキルだな。
でもそれにしてもこの時間帯に目が覚めるのは珍しい。
「・・・・・・何だか外が騒がしいような気がする」
こんな暗い中そとからギャーギャーと聞こえてくる。ここは村の一番奥な上に窓が一つも無いから外の様子が分かり難い。
ささっと着替えして出入口へと近づくと、段々と外からの音が大きくなってきた。
『いやぁぁぁぁ、助けて!』
『こっちに来ないでよ。やめてぇ!』
『くそ、このバケモンがぁ』
それは怒号と狂乱、悲鳴と叫び、正に阿鼻叫喚の多くの声が外から聞えてきた。
「・・・・・・んな!?」
何が起きてる。どうなっている。
生きてきた中で聞いた事の無い本気の叫び声が鼓膜を痛いくらい叩いてくる。
扉代わりの布をゆっくりと開けて外の様子をそろりと窺う。
「・・・・・っ!!」
ゴブリンだ。
ゴブリンが村の中で暴れまわっていた。
逃げる老人の後ろから棍棒のようなもので殴る。2体のゴブリンが一人の女性の腕を引っ張り地面を引きずる。まだ年端もいかない少女の上に馬乗りしたゴブリンが、少女の服をはぎ取っている。
地獄絵図が現実のものとなって目の前に広がっていた。
俺は壁の陰に隠れた。
何だこれ、何だこれ。
両手で目を覆う。
何度も戦ってきたゴブリンの筈なのに・・・・・・あれはまるっきり別物の凶悪なモンスターに思えた。
そもそもなんでこんなにゴブリンが村に押し寄せて・・・・・・・・・・くっ、あの時のか!!
そうだ、俺はこの村に来る前にマップで見ていた奴だ。結局ティルルさんにも他の村の人にもその事を伝えられなかった、多分大丈夫だろうと持っていたやつだ。
顔を手で覆った。
俺の、所為だ。
俺が知っていながら注意を促さなかったから。
女性の悲鳴が聞こえてきた。耳を咄嗟に塞いだ手が震えていた。
・・・・・・恐い。
人が襲われている。それも俺の所為で。
俺が無視したから、放置してしまったから。
どうする・・・・・逃げるか?!
・・・・・逃げる?
こんなに良くしてもらった人たちを見捨てて?
あり得ないだろ、俺!!
大きく2回深呼吸をした。
そうだ落ち着け、所詮はゴブリンだ。
布を捲り外を探った。
さっきの馬乗りにされていた少女の服がずたずたにされていた。
あ、あのゴブリン、まさかあの子を苗床にしようってのか!? って、あれは!?
悲惨な場景を思い浮かべてしまい戦慄していたら、その少女を襲っているゴブリンに一人が立ち向かっていくのが見えた。暗くてはっきりとはしないが、あのイケメンぶりはきっとカジャラさんで間違いない。
カジャラさんは少女に馬乗りになっていたゴブリンに体当たりをした。
華奢な体でそんな事をするものだから、いくら小柄なゴブリンであってもカジャラさんもただでは済んでいない。
狙い通りに少女からゴブリンは引きはがせているが、カジャラさんも反動で地面に転がってしまった。その間に助けられた少女は逃げていく。
カジャラさんは直ぐに立ち上がると未だに転がっているゴブリンに向かって、手にしていたナイフで追撃を加えようとする。だが、惜しくも胸を目掛けて振り下ろしたナイフはゴブリンの腕に阻まれてしまった。
おそらく骨だろうと思うが、ナイフは腕に深く刺さる事無く表面で弾かれる。
目の前のゴブリンに必死なカジャラさんは、後ろから迫ってきていたゴブリンに気付いていない。
忍び寄ったゴブリンに背後から羽交い絞めにされて呆気なく捕まった。
そして攻撃されたゴブリンが怒りから牙を剥き出しでカジャラさんに手を伸ばす。
ゴブリンはカジャラさんの上着を無残にもはぎ取る。
「いやぁぁぁぁあぁぁあ」
初めてあげるカジャラさんの女性らしい声に、俺はいつの間にかその場を飛び出していた。
もうさっきまでの恐怖は何処にも無かった。
ゴブリンがカジャラさんに迫る。後ろのゴブリンは楽し気な声を上げて背を揺らす。奇妙な小躍りをしていたゴブリンの腹に蹴りを喰らわせた。
俺の瞬発力はレベルアップと共に爆発的に上がっている。瞬発力だけじゃなく筋力も体力も上がっている。その域はオリンピック選手など子供のように思えるほどだ。
その常人を超えた力を持つ俺の蹴りを喰らえばゴブリンなどひとたまりもない、筈なんだが。
ゴブリンはくの字に体を曲げたった数メートル先に転がった。
・・・・・あれ?
ちょっと攻撃に違和感が、そう持った瞬間俺は驚きに声を上げた。
「・・・・・・え?」
ゴブリンが苦し気だが起き上がってきたのだ。
まだ生きているのか。嘘だろ。
驚きつつもすぐさまゴブリンへと追撃。頭部へと蹴りを入れようやく光となって消えていった。
レベルが上がってからはゴブリンなど軽い攻撃で屠れていた筈なのに・・・・・・・・そう言えば蹴りもどこか不格好でうまく当たっていなかった気もする。
もしかしてこのゴブリンは森に中より強いのだろうか?
いや考えるのは後だ、それよりも今は行動しろ。
まだカジャラさんを襲っているゴブリンが居る。カジャラさんの最後に一体。
カジャラさんからゴブリンを強引に引き剥がし空中にぶん投げ、アイテムボックスからナイフを取り出しそれを投げた。ナイフは少し狙いが狂い急所から外れてゴブリンの腹に突き刺さる。地面に落ちたゴブリンにすかさず駆け寄るとナイフを腹から引き抜いて胸に一閃。だがそれも刃が上手く通らずそのまま殴る様に振りぬいて押しつぶした。ゴブリンは光の粒子となって消えた。
ナイフは蹴り以上に違和感を強く感じた。どうにもしっくりこない。
それが何であるのか分からなかったが、取り敢えずこの場の脅威は全て排除できた。
ふぅっと一息吐き出しカジャラさんへと視線を移した。
「怪我は無かったですかカジャラ、さ・・・・・・・・ん!」
俺は危機を救った男ですよと言わんばかりの誇らしげな決め顔で、カジャラさんを起き上がらせるための手を差し出したのだが・・・・・・・・・途中でそのあまりの衝撃にピキリと体を固まらせ、目がある一点に集中していった。
カジャラさんの胸には小さな可愛らしい二つのピンクの飴玉が。
こ、ここここここれは・・・・・・・おっぱ・・・・。
服の上からは全く存在を感じられなかったその存在が、今はダイレクトその存在感を主張していた。見てみれば僅かばかりに膨れ、小ぶりでありながらも柔らかさを確り感じさせる。
確かに彼女は女性であった。
その露わになった突起物が俺の脳髄にその事を強烈に印象付けていった。
カジャラさんの上半身が裸になっていた。
あれだ、丸出だ。
胸は大きい方が好みだと思っていたのだが・・・・・・これはこれで、物凄くエロスを感じる。
「う、うわ、え? あれ?」
壊れたレコードのような声で慌てふためくカジャラさん。この人意外と可愛らしいのかもしれない。
「あ、えっと大丈夫ですか」
視線を逸らして怪我が無いか声を掛けた・・・・・・あとにまたちらりと見てしまう、俺。
「あ、ありがとう、ございます・・・・・って、お前、昨日の不審者か!」
どうやらやっと俺の事に気が付いたらしいカジャラさんからしおらしさが消え去ってしまった。非情に残念だ。
しかし何で俺はこの人にこんなにも嫌われているんだろうか。
イケメンからだったら何とも思わないが、カジャラさんは女性だ。地味にへこむぞ。
「ふ、不審者・・・・・」
がっくりと項垂れる、が確かに今の俺は不審者かもしれない。
だって視線が自然と・・・・・・・・・・。
「あのゴブリン、何で・・・・・何でお前が、っていったいどこみてやが・・・・ん・・・・だ」
少々困惑気味なカジャラさんが捲し立てる。その際に俺の視線に気になったのか俺の視線を辿る様に目線を下げていった。それは自分の胸のところでピタリと止まる。
やばい、と脳内警報が鳴り響く。
カジャラさんがカタカタと震えだしたかと思うと、キッと俺を涙交じりの目で睨みつけた。
これは俺の所為じゃないのに・・・・・・・心の中でボヤいた。
そして覚悟をする。
バッチーン!!
その攻撃はここ最近で味わったどのモンスターよりも俺のHPを奪っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。