第30話 ティルルさんを追え
異世界に転移して最初に出た森、何だったっけ『ブラブラ』だったか『ビラビラ』とかいう大森林(注:ヴィラヴィブの大森林)と比べると、ここは普通の森だ。
途方も無い巨木が生い茂っている訳でも無く、適度な樹木が適度な高さで立っている。その為星の光が森の中をぼんやりとであるが映し出し、暗さに慣れた目で何とか進めている。
開拓村近辺とあってか適度に人の手も入っているのだろう。それほど足もとも悪くはない。
日中来ていればそれこそハイキングでも楽しめそうな場所だ。だけど今の俺にはそんな余裕など微塵もありはしない。
深緑の息吹を感じるでもなく、草花に癒されるでもなく、ひた道なき道を駆け抜けていく。
ティルルさんを追っているゴブリンどもを滅する為、森の中をひた疾走する・・・・・・・・・・・・のだが、村で戦っている時に感じた調子悪さが続いている。
どういう訳か今日に限って体が思うように動いてくれない。
この調子の悪さは例えるならば昔得意だったスポーツを数年ぶりにやったら思うようにうまく出来ない、そんな感じに近い。踏み出した脚が自分の予想よりも半歩届かない、そんな違和感がずっと付き纏っている。
村でゴブリンと戦っているときからずっとだ。
スピードもパワーも落ちている気がする。何よりナイフの扱いが一番しっくりとこない。昨日までは手に馴染む感覚があったナイフが、今日に限っては初めて握ったような感触にすら思える。
一体俺はどうしてしまったのだろう。
と、悩んでいたら大事な事を思い出した。
俺、今ジョブって【農民】じゃねぇ?
そう言えば昨日ティルルさんの畑仕事手伝ってからジョブチェンジしていなかったかもしれない。
確かステータスは体力と耐久以外は【冒険者】の時の半分程度まで下がっていた筈だ。更にスキルから戦闘系が全部消えていた。
システムメニューからステータスを呼び出す。そしてら案の定ジョブが【農民】のままだった。
道理で。
これだけステータスが突然変わればこの不調も納得がいく。ナイフだって【剣術】のスキルが無くなっているのだから違和感も当然だ。
そうと分かればジョブチェンジ・・・・・と思ったのだが、もうゴブリン達に追いつく。ゴブリン程度であれば今更態々変える必要もないだろう。何しろもうゴブリン共が見えている。
ゴブリンはマップで確認した通りの3体だけだった。その先にティルルさんもいる。
ティルルさんとゴブリンの距離も十分空いている。思った以上にティルルさんの足が速いしどうやら森の不安定な足場にも慣れている様子。見た所服もちゃんと着ているし目につく着崩れも無い。けど・・・・・あれって寝間着かな。ミニのワンピみたいな服で、綺麗な生足が暗い森の中でも白く輝いて見える。
ゴブリンが攫いたくなる気持ちが良く分かる・・・・・・・・・・はっ、駄目だろう分かっちゃ。
兎に角ゴブリンを退治しなくては、でもこの距離であれば少し余裕もあるのは確か。村内での様々な失態もあるので迂闊に近づくのもなんだか怖い。
さて、どうやって倒そうかと走りながら思案していたら、ジョブ【農民】のあることを思い出した。
【農民】のスキルで気になっていたものがあったな。
荒れ地を耕している時はティルルさんの目もあって使うのをやめた、直感的に人に見せていいものだと判断したスキルだ。
【植物操作】
言葉的にどんな効果があるのか大体の予想が出来る。ただそれが果たしてここで役に立つものなのかは不明なのだが、今度は俺の直感がこの場で使うのが良いと訴えかけてきているのだ。
ま、そう思っているだけで俺が単純に試してみたかっただけなのかもしれないが。
なのでスキル【植物操作】を試してみることに。もしこの状況に役に立たないスキルであってもこの距離であればティルルさんの安全だけは確実に守ることが出来る。
何となく頭に浮かぶイメージに沿って手を地面につけスキルを発動。その効果は直ぐに表れ始めた。
周囲の草が不自然にざわつき始める。風もない深い森の中、これはちょっとしたホラーですよ・・・・・・などと自分やっておきながら若干ひきいていたら、突然蔦の植物がぶわーと立ちのびる。
うわぁぁぁぁぁぁぁ、なんじゃこりゃぁぁぁ!!
余りの超常現象に声にならない悲鳴が。
地を這いゴブリンに向かって伸びていく蔦。そのスピードは速く動きはまるで妙に細長い蛇の様なミミズの様な。
こ、これは予想以上にキモイ。況してやこの暗い森の中で出くわしたらそれこそ卒倒してしまうだろう。
あぁティルルさんに見えるところで使わなくてよかった。
気持ち悪い蔦はあっという間にゴブリンに追いつくと体に巻きついた。蔦に絡まれたゴブリンは抵抗するも蔦の強度が強く逃れることが出来ずにあっさりと三体とも捕まえることが出来た。
脚も手もグルグル巻きにしてそれを背面で合わせる。ゴブリンの身体がエビぞりになって身動きを完全に封じる。予想以上に有能で見た目はあれとして使い勝手のよさそうなスキルである。
が、しかし・・・・・・その動きは俺の思考を読み取ってのものなのか、これはいただけないぞ。
何でこんな縛られ方なのだろうか?
俺はつるし上げられたゴブリンを前に首を傾げる。
所謂【逆海老】という縛り方。大学時代に友人に借りてみたSMビデオの中に出てきたもので確かそんな名前の縛り方だったはず。
え? なんでそんな事を覚えているかって?
そりゃあ貴方、非常に印象深かったからでございますよ。これは健全な男子であれば皆そうなる筈。うん、きっと皆なる。
しかしこれはあれだろうか、縛るイコールSMみたいな感じが俺の深層意識の中にあるのだろうか?
もしそうなのであればこれは是正処置をとらないと、このスキルますます人前で使えなくなってしまうぞ。
日本に戻ったらサバイバルのホームページでも見て違う縛り方を覚えようと硬く決意したところでふと思った。
昨日の農作業時に使っていたとしたらどうなっていたのだろうかと。もしかしてティルルさんこのゴブリンの様にこの縛られ方で・・・・・・・・・・・・ゴクリ。
「うわあぁぁぁぁぁ、て、何馬鹿なこと考えてんだ俺は。くっさっさと終わらせよう」
ピンクのふしだらな妄想を掻き消して捕らえたゴブリンへと向き直る。
どうやらこの【植物操作】ではゴブリンを殺すほどの攻撃は出来ないらしい。多少苦しんではいるがそれ以上締め上げるのは無理そうだ。レベルが上がればそれも可能になるんだろうか? 例えば地面から急激にタケノコが成長して串刺しとか食虫植物が生まれるとか・・・・・・・あぁ何かどれもこれも気持ち悪いな。
ご丁寧に蔦が猿轡いなってゴブリンの口を塞いでくれている。そうでなかったら今頃ゴブリンが騒いでティルルさんに気付かれていたかもしれない。
捕らえた内の1体をナイフで一閃した。流石に動かない的と化していたためか【剣術】のスキルが無くともゴブリンをあっさりと一撃で葬る事が出来た。
光となって消えていくゴブリン。
するとゴブリンが消えた後から何かがフワリと地面に落ちた。
「ん?」
ドロップアイテム?と思ったのだが、俺の場合勝手にアイテムボックスに入ってくる。現に今もゴブリンの核を入手したとメッセージが流れている。
これは初めての現象だ。
はて、何だろうか?と落ちた物を拾い上げると、どうやらそれは手触りからして布のようだった。
びろんと広げてみたが意外と小さい。恐らく形は三角形をしていて意外と伸縮性がある。しっとりとする手触りは心地よく、ほんのり温かくちょっとだけ甘い匂いがする。僅かにだが部分的に湿っているみたいだが。
・・・・・・・不思議だ。これを手にしていると何故だか異様に高揚感が沸き起こってくるぞ。まるで触れてはいけない秘宝に触れているような。
これはいったい何であろうかと布を星あかりにかざしてみる。
僅かなあかりに照らし出されたそれは白く輝いていた。暗い中で強烈な存在感を放つそれを観察していると、次第にそれを持っていた手が震えだした。
「・・・・・・こ、これは!」
まさかと思いながらもそれは見覚えのあるシルエット。現物を手にするのは初めてだが・・・・・・これはあれではない?
「ま、マジか・・・・・」
これはきっとゴブリンが奪ったものなのだろう。だからゴブリンを倒しても消えずに残っていた。布の伸ばし方を少し変えてみる。それは筒状にされど出口には穴が二つに分かれている。
「・・・・・・もしかして・・・・・」
真っ白に輝く三角の布、それは男の俺が入手するのは困難なとびっきりのレアアイテム。
あぁ間違いない。これはあれだ。
「・・・・・女の人の・・・・・おパンツ!?」
そう、これは純白のパンツだった。しかも女性物。
造形的にはパンティーではなくパンツと表現したいのだが女性用の下着であることは大きさや形状から間違いない。
そうだ、これは間違いなく女性のパンツだ。
何故こんなものが・・・・・いや、そうだ、こいつらは女性の害悪だった。それならばこいつらが女性用のパンツを持っていたとしても不思議じゃない。
だとしたらこれは誰も物なのか? それはこの状況下持ち主と思わしき人は一人しかいない。
「ティ、ティルルさんの、ものか!?」
だとしたら僅かに残るほんのりとした温もり、これってもしかしてティルルさんの・・・・・・・・・・いや待て冷静に考えろ。これはゴブリンがさっきまで握りしめていたんだぞ。だったらゴブリンって可能性のほうが高いんじゃないか。しかも若干ウエッティーな感触、これはゴブリンの手汗なのか。
何という事か。これほどまで崇高な一品がゴブリンに汚されていたとは。何という悲しい現実。
はっ! ちょっと待て。ここパンツがあるってことは、今ティルルさんはノーパン。しかもこいつらがティルルさんからパンツを脱がした。
おのれゴブリン、何たる狼藉か。こいつらはもう生きる資格なんてない。今後見かけたら問答無用で舜滅せねばなるまい。
先ずはこいつらを血祭りにあげてやる!
覚悟しろ、貴様らは文字通りチリも残らず光となって消してやる。
・・・・・・その前にパンツを綺麗にたたんでからポケットにしまっておかねば。
違うぞ、これは決して俺の物にしようと思っている訳じゃない。状況を見てこっそりとではあるがちゃんとティルルさんに返そうと思っている。本当だぞ。
殺意を押さえきれず目をぎらつかせ憎き女性の敵を睨みつける。
俺に気圧されゴブリン一体がガタガタと震えていた。
ふはははは、後悔するがいい。貴様がやったことの重大さをその身に刻ん、で・・・・・・・・・ん?
あれ? 気のせいだろうか。確かつかめたゴブリンって三体だったと思うんだが。
さっき殺したパンツ持ってたやつとここに縛られた一体。
「ぬあああああああああああ! 一体たりねぇ!!」
何ていう事だ。捕まえた筈のゴブリンが一体いなくなっている。巻き付いていたはずの蔦がちぎられているじゃねぇか。
馬鹿、俺の馬鹿。おパンツに夢中になっている間に逃げられるなんて。
「くそ、どこ行った・・・・・・あ、いた」
焦り周りを見渡すと小さな影が森の奥へと去っていくのが見えた。
「よりによって・・・・」
その逃げた方向はティルルさんが走って行った方。自分の犯したミスに自分を殴りたくなる。過信し過ぎだ。どれだけマージンがあったとしても人の命や尊厳がかかっていたんだ。一瞬でも気を抜いていい筈が無い。
直ぐに追わねば。
残っていた一体をきっちり仕留めティルルさんとゴブリンが消えていった方角へと駆け出した。
マップを見るとティルルさんはもう街道に出るくらいだ。ゴブリンは・・・・・くっ、間に合いそうにない。ティルルさんとさっき見つけた集団と鉢合わせになりそうだ。
失態を起こしてしまった事に焦燥感が吹き荒れる。
何やってんだ、俺。
自分の馬鹿さ加減に腹が立ってくる。
伸びた枝が顔を容赦なく打ち付けてくる。痛くは無いが鬱陶しさに苛立ちを覚える。木々が邪魔をして思うようにスピードが出せない。
くそ、くそ、くそ。
心の中で悪態を吐き捨てる。
もうじきティルルさんが街道に抜け出す。その後直ぐにゴブリンも追いついてしまうことだろう。
そして・・・・・・見えた。
ゴブリンが丁度森から抜け出したところ。その少し先にはティルルさん。
間に合えぇぇぇぇぇ。
最後に木にぶつかってもいい覚悟でもう一段階スピードを上げた。
ゴブリンのティルルさんに飛びつこうとしているところが目に映る。
・・・・・・駄目だ、間に合わない。
そう絶望に染まった俺の視界には、何かに弾かれたゴブリンが転がるさまが飛び込んできた。
すると矢継ぎ早に次々と人がゴブリンを囲んでいき、手にした剣で滅多打ちにしていく。ボコボコにされたゴブリンはあっという間に事切れて地面に倒れた。
「え?」
俺は突然の出来事への驚きと困惑でいつしか走っていた足は立ち止まっていた。
・・・・・あれはマップで見えた集団。
俺は思わず木の後ろに隠れティルルさんを助けゴブリンをやっつけた集団を見た。
全部で二十人ほどいる集団。暗くてはっきりとはしないがそれは質素で不揃いな物だが防具を身につけた男たちのようだった。
兵士? いや冒険者ってやつか?
それほど屈強って見た目ではないがそこそこ引き締まった肉体を持った二十代から四十代くらいの男たち。
ゴブリンが動かなくなったのを確認するとそれぞれが手にしていた武器をしまっていく。
ティルルさんはどうやら男たちが守られるように囲み中心で男たちを見て唖然としている。
そのティルルさんを見て俺は安堵に肩の力が一気に抜けていくのが分かった。自分の手でティルルさんを助けられなかった事への多少の残念感はあったが、それ以上にティルルさんが無事であったことの嬉しさの方が大きい。
さて、どうしようかと少し悩んだが、入れは隠れていた木から身を出して集団がいる街道へと出ていくことにした。
何はともあれティルルさんを助けてもらったお礼をしなくてはならない。それに男の集団に・・・・・・・ノ、ノーパンのティルルさんを放置するのは甚だ心配だ。
まだ暗い森を歩く。男たちの様子が徐々にはっきりとしてくる。どうやら彼らにティルルさんへの害意はなさそうだ。その事はマップで確認して分かっている事だが、こうして彼らの嬉しそうでほっとした様な顔を見れば一目瞭然だ。
街道まであと数メートルと言ったところで、ティルルさんの驚きの声が耳に入ってきた。
「・・・・なん、で?」
それは恐怖している訳でもない、強張っている訳でもない、純粋な驚きの声。そして少しだけ震えた声。それが男たち・・・・いや目の前の一人の男へと向けられたもの。
次の瞬間、ティルルさんは男と抱きしめ合っていた。
は?
な、何だこの超展開は!
おそらくティルルさんと同い年くらいの男の胸にティルルさんが顔を埋め、男がいとおしそうにティルルさんの必死で逃げてぼさついた髪を撫でる。
し、しかも、あろうことか抱きしめる男の手は腰では無くティルルさんのお尻。布が一枚無くなりダイレクトに近い手触りになっているあのお尻へと添えられている。しかもそれをティルルさんは嫌がっていないとはどういうことか。
突然始まったラブロマンスにめまいがしてきた。
何でこうなっている。どうしてティルルさんが男と抱き合っている。
もしかしてあれか、助けられたことで一目ぼれしたってやつか。だったらもしかして俺がティルルさんを助けていればあのお尻は俺のものだったというのか!?
だがそれはどうやら違ったようだった。
「ティルル、会いたかったよ」
不埒な痴漢男がティルルさんの耳元で語り掛け、愛しむ眼差しでティルルさんを見下ろしている。それを真正面から受け止めるティルルさんは瞳を潤ませる。
「私もよドゥーエ。寂しかったわ」
それに甘い声で答えるティルルさん。
そのやり取りで察しはついた。あぁそうか二人は知り合い同士、いや恋人同士なのだと。そしてこの男たちの集団は徴兵されていた村の男たちなのだろう。
何てタイミングだ。
ティルルさんと男は両手を絡ませたまま体をゆっくり離し、それから徐々にお互いの顔を近づける。
日本よりも格段に明るい星あかりの下、二人の唇が重なり合った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・帰ろう」
ぼそりと呟き。あの雰囲気の中に出ていくのは虚しいし意味がない。もうこの場所にが居る理由は無くなった。
踵を返す。
・・・・・・・あぁ、物凄く疲れた。
「ドゥーエ。貴方はいつでも私を救ってくれるのね。やっぱり貴方は私だけの英雄よ」
ティルルさんの感極まった声は無情にも森の中まで良く聞こえてきた。
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