第82話 損害賠償?

「うぐ、ご、だぁ、ぶ・・・・・・」


 ガサ。 バキ。 ドゴ。


 体中が枝で打ちつけられ跳ね飛ばされ前後不覚で成す術も無く弄ばれる。


 ボゴン!!


「ぐほっ」


 そして地面に全身を強打。そのあまりの衝撃に一瞬意識が飛びそうになる。



 俺は崖から落ちた。勢いを殺しきれずにものの見事な無様さで落っこちてしまった。


 押しつぶされた肺が苦しい。


 一体何メートル落ちた? あぁ全身が痛い・・・・・・・・けど、どうやら体は動くようだ。


 崖から落ちたが無事だったようだ。ただこれを無事と呼ぶのかは分からんが。


「いててててて」


 背中と腰がものすごく痛いが、どうやらこれでも致命傷とはなりえなかったらしくHPはさほど減っていない。


 落ちてきた上を見上げればかなりの高さだ。よくこれで生きていたものだと我ながら化け物染みた身体能力に呆れる。いくら木の枝で落下速度が落ちたとしても完全に人間やめていいレベルだ。


「ガ・・・・ガゥ」


 自分の頑丈さに感心というか呆れというかしていると、どうやら一緒に紐無しバンジーをした奴も生きていたみたいだ。


 痛む体で起き上がる。


 こいつも大概にタフだな。


 ハンターウルフが頭を振ってよたつきながらも立ち上がった。


「お前がもうちょっと踏ん張ってくれたら、こんなことにならなかったのにな」


 完全な八つ当たりだがそうでもしないとやり切れない。颯爽と現れてお姫様を助ける、そんなシチュエーションを夢見ていたのに、これでは唯の間抜けでな自殺願望者だ。




 消えていくハンターウルフの光を追うように上を見上げた。


 改めてよく生きていたといいたい高さの崖だ。おおよそ14,5メートルくらいはありそうだ。垂直に近いくらいに切立った岩肌はとても道具なしの素人が登れるものじゃない。そもそも俺はボルダリングなどしたこともない。


「2体いたよな」


 発見したときにハンターウルフを2体確認している。1体は俺が道連れにしたがもう1体はそのまま残っていたはずだ。急いでマップで調べる。


 よかった、女性は無事なようだ。何故だかもう1体のハンターウルフは動いてないらしい。もしかしたらさっきので警戒してるのかもしれない。

 この間に女性が死んでいたら夢見の悪いとこだった。ただどちらにしても危険が去った訳じゃないので早く助けに行かないといけない・・・・・・・・・・のだが。


「くそ、どうやってあそこに戻ればいいんだよ、これ」


 見た感じ近くに登れそうな場所は無い。


「石では狙えないしな・・・・・・」


 得意の投石も相手が見えないんじゃどうしようもない。


「何か手はないのか?」


 アイテムボックスを調べる。ゲーム内で入手したアイテム類も確認してみるが、この状況で使えそうなものは見当たらない。


 こんなことをしている間にも女性に危機が迫っているというのに、気ばかりが焦るが解決策が見つからな・・・・・・・・・・・いや、ある。


 試していないのがまだあるじゃないか。


 俺はジョブを【魔術師】に変えた。


 遠距離攻撃なら魔法だ、そんな単純な考えだが今日散々打ちまくった【鋼水の礫】ではどうにもならないことは分かっていた。だが俺にはさっき覚えたばかりの魔法がある。


「これ、名前的に良さげじゃないか」


 魔法名は【刺突の流閃】。


 【水魔法】LV2で覚えた魔法だ。


 名前に刺突がはいっているってことは貫通技みたいなものじゃないのか。


 俺はさっそくショートカットに登録し試しに【魔力調整】で使用MP量を減らしてから近くの木に打ち込んでみる。

 どんな効果か分からないものを行き成り人の近くに放つことは出来ない。


 アイコンを選択、一瞬で魔法陣が広がる。だが【鋼水の礫】とは違って魔法陣が外側に一回り大きなものがもう一個展開された。そこから渦潮の様に回転した先端のとがった水の槍が現れる。


 そして放たれる水の槍。それはまるで高速で放たれるドリルの様だった。


「・・・・・うっ」


 その効果はある意味俺の予想通りであり、予想以上なものだった。


 水槍はそれなりの太さの木の幹を抵抗を感じさせることなく貫通してしまった。


 だがただの貫通ではない。


 幹の穴の周囲がズタズタに引き裂かれてしまっている。威力を抑えてこれか。これを人に放ったらと思うとぞっとした。当たった瞬間体が弾けて肉片を飛び散るさまを想像してしまった。


「・・・・凶悪すぎんだろ」


 意外な水槍の極悪仕様に引きつりつつも手ごたえは感じていた。これだったら使用MP量を最大にすればいけるかもしれない。

 だが相手は岩だ。それも固そうな岩盤だ。確かに木は粉砕したがたかだか水にそこまでの威力が出せるのだろうか。


 しかしそんな迷いは直ぐに消え去った。


 モンスターの咆哮が聞こえてきたからだ。


 迷っている場合か!


「うまく行ってくれよ」


 ままよ、と【魔力調整】で【刺突の流閃】の使用MP量を最大に。マップ情報を頼りに照準を合わせ魔法を発射する。


「いっけえぇぇぇぇぇ!」


 バチバチと唸りを上げる2重の魔方陣から放出された水の槍は途轍もなく大きい。乗用車くらいはありそうな巨大水槍が猛スピードで崖へと突き進む。


 水の槍が岩壁に衝突、瞬間岩がはじけ飛ぶ。


「のあぁぁぁぁぁ」


 超高回転の巨大な渦が破壊した岩を四方に弾き散らす。轟音を響かせながら意とも容易く岩壁を削り物凄いスピードで水槍が駆け上っていく。

 何発か放てば届くだろう、そんな俺の考えをあざ笑うように目の前の崖が半円形に抉れていく。

 そしてそれは一瞬のうちに目的であるモンスターがいる山道へとたどり着くと、ため込んでいた削れた岩と土を爆発でも下のかのように放出した。


 だが水槍はそこで止まらない。


 中腹の道を突き抜けた水槍は今度は反対側の岩肌へと突き進む。そしてとうとう反対側の壁も下同様えぐり取ってしまうと、水槍はそのまま空へと飛んでいき遥か上空で霧散して消え去った。


 俺のところから丘の上まで見事な道が出来上がってしまっていた。


 直径5mくらいの半円形の溝が地上から丘のてっぺんまで続いている。中腹の道が途中から寸断されてしまったかたちだ。


「・・・・・・は!! 女性は無事か?」


 やりすぎてしまった惨状にしばし茫然としていたが、予想以上の被害に女性は無事なのかと急ぎマップで確認する。


 マップに青いマーカーが1つだけ残っていた。


「・・・・・はぁぁぁぁぁ」


 俺は安どの息を思いっきり吐いた。よかったぁ。女性は無事だった。どうやらハンターウルフは消し飛んだらしい。


 何とか女性は助け出すことに成功したようだ。







 俺はここで更なる問題に直面していた。



 崩れてしまった(俺が崩した)丘を見あげる。


「・・・・・これって損害賠償とか言われるんだろうか?」


 道が無くなったしまった。バレたら拙いことになるのは間違いない。いくら人命救助のためと言えどやり過ぎてしまった。


「突然発生した土砂崩れってことにならないだろうか」


 幸か不幸か助けた女性には俺のことは見られていない、はず。何せ表れてすぐに崖から落っこちてしまったからな。マジ筈いわ。


 折角の救出イベントだったが今後のリスクを考えると、このままそっと逃げて自然災害で偶然助かったと女性に思わせた方が良いのではないだろうか。

 そうすればここは俺が壊したという証拠は無いのでお咎めは来ない、はず。


 それに・・・・・。


「ちょ、ちょっと間抜けすぎて女性と顔を合わせずらいしな」


 助けようと意気揚々と降りてきてそのまま滑って崖から落ちました・・・・・・おいおい、どんなお間抜けさんだよって話だ。


 取り合えず女性の窮地は救えたんだ。それだけで良しとしようじゃないか。貴重な出会いイベントだが・・・・・致し方ない。


 俺は涙を呑んでその場を立ち去ることを決め踵を返す。


 あぁ勿体ない、そう落胆にうつむいていた俺だが、ふと足元にあるものを見つけた。

 

「ん? こ、これは・・・・・・」


 それは足元一面を覆う草であったが、その形は思いっきり覚えがあるものだった。


 まさかと思いながらジョブを【農民】にチェンジする。そしてスキル【植物知識】を使用した。



 【トッポリ草】:魔法薬の原料で、日光に弱く日の当たらない場所に群生する。



 うおぉぉぉぉ、マジか・・・・・これ、探していた薬草じゃないか。



 日の当たらない場所、なるほど、確かにここは崖に阻まれて日が当たらない・・・・・・今はすっかり風通しも良くなって日が昇ったら当たりそうにはなっているけど。

 しかも一面をトッポリ草でおおわれているじゃないか。


 なるほど、群生する、ね。


 これはラッキーだ。あれほど探して見つからなかったトッポリ草がこんなにいっぱい。これでギルドの依頼を完遂できる。


 早速とばかりに片っ端から毟りとる。

 使うのは上の葉っぱの部分だけらしいからな、気を遣わずに毟れる。だがここは今後貴重な採取場になるかもしれないので、全部を取らずに必要量の3倍ほど取ってやめておいた。でもそれだけでも持ってきた背嚢一杯になっている。


 ちょっとだ。


 思いがけない幸運と興奮にどうやら俺は随分と夢中になっていたらしい。それが終わった頃にはもう日が落ちて暗くなっていた。人間単純作業程無心になれるというがそれは本当のようだ。

 それと同時にある大事な事も忘れていた。


 ここは俺が崩してしまった崖の直ぐ傍。そう、俺はこっそりと逃げようと思っていたことを完全に失念していた。


 気付いけば崖の上からこちらをのぞき込む人影が。暗がりだがまだうっすらと浮かぶその人影は明らかに俺を見ている。



 どうやらこっそりと逃げることはもうできないみたいだ。

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