第89話 苛立ち
まさか逃げてきた道を戻るとは思ってもいなかった。
うげ、これって1000を軽く超えてんじゃないのか? どんどんマップが赤で埋まっていくぞ。
「ひ、ぅ」
マップのとんでもない状態に驚嘆しながら森をまた走っている。ステルフィアは選択肢無く俺がブルドーザーかくやの掬い上げで抱きかかえ、またお姫様抱っこ状態で腕の中で身を丸くして大人しくしている。
それにしても木が物凄く邪魔だ。右へ左へと軽快なフットワークで躱すが、その多さになかなか前に進めずストレスが溜まる。それでも全力で走っているのでかなりのスピードは出ているのだが。
前に藪が。
背丈以上の草藪を突っ切りたくないので避けるため跳び上がる。
「・・・・ん、あふぅ」
幹を蹴り木々の間を跳びかって藪を飛び越え丁度いいところで自由落下。
「・・・・んぁ」
衝撃を吸収するように着地、そして間髪入れずにまたダッシュ。
俺は必死に逃げていた。さっきから俺は逃げてばっかりだ。しかも逃げてきた道を逃げ戻るという訳の分からない状態だ。
何から逃げているのか、それは後方から押し寄せてくるモンスターの大群からだ。
その数が半端じゃない。馬鹿じゃねぇのと叫びたい。
マップを見れば後ろがマジ真っ赤だ・・・・いや違った、左右も真っ赤になってた。
何だよおい、こいつら一体どこから湧いて出てくるんだよ。
右側から急接近する気配があった。
オーク、しかも5体!
脚の細い気色の悪いオークが向かってくる。噛みつく気なのかガパリと口を開けているのだが、豚の癖に意外と鋭い牙だ。
「このぉ、ちっ」
接近したオークを蹴ろうとしたのだが思い止まる。
くそ、ステルフィアがいるから迂闊に攻撃が出来ない。
俺の馬鹿みたいに上がった身体能力でモンスターを攻撃したら下手したら反動でステルフィアが負傷してしまうかもしれない。
噛みついてきたオークをジャンプして躱す。だが次のオークがもう間近まで迫ってきている。
どうする。逃げてるだけじゃ埒が明かないぞ。かといって下手な攻撃は出来ない。
システムメニューを見ながら切り抜けられそうな方策を考えていると、一つ良い事を思いついた。
これならいける!
俺はジョブを【冒険者】から【農民】に変更。こういうシチュエーションでショートカットは物凄く役に立つ。
そして即座にスキルを発動させる。
するとオークの足元の草が生き物のように蠢き伸びるとオークの脚へと巻き付いた。幾重にも重なり巻き付く草にオークは身動きを封じられる。
【農民】のスキル【植物操作】。
これは草木などの植物を意のままに操るというとんでもないスキルだ。それを使ってオークを無力化することに成功した。こいつらの下半身は人間と同じだから意外と華奢で簡単に動きを止めることが出来た。
よしいける、とそれを近づいてきたオークにまとめてかけてやった。
脚をからめとられたオークが次々と転倒していく。
「前から・・・・だめぇ」
うまく行ったと思っていたら一難去ってまた一難。あふれ出るモンスターに息つく暇が無い。前を見るとそこには巨大な緑色の超肥満体が壁の様に立ちはだかっていた。
トロール!
優に3メートルはあろう巨体のトロールは、ぶよぶよで気持ち悪い体をしている。これは戦う云々の前にまず触りたく無い。見た目ぬめっていて臭そうだ。
スピードを落とさず地面を思いっきり蹴る。
「んく・・・・あぁっ・・・」
強烈な浮遊感を味わいながら巨躯のトロールの頭の上を飛び越える。
トロールは見た目通りのろまだったので、ぬぼーと頭を上に向けただけでそれ以上の反応はしてこなかったから楽にかわせた。しかも方向転換しようとして木と木の間に挟まる始末。
面倒な事にモンスターは次々とやってくる。
トロールを飛び越え着地したら、今度は角の生えたムキムキの2人組が鎌みたいなものを振りかざして襲ってきた。きっとこいつはオーガだな。なまはげみたいな顔が怖い。夜見たら俺は逃げる自信がある。
オーガはオークよりも素早いみたいで、木の間をすいすいと移動してくる。
2体のオーガが手にした鎌を振り下ろしてきた。俺は半身に身体をひねって2体の攻撃を躱すと同時に間に潜り込む。
「・・・・もう・・・・だめぇ」
「ウガ!」
2体のオーガは直ぐに反応した。強靭な筋肉で無理やりと体を回すと、挟まれた状態の俺へと殴りかかりと蹴りが跳んでくる。
俺はその場で飛び上がりオーガの攻撃を躱すと、ステルフィアに反動が行かないよう注意しながら2体同時に蹴りを叩き込んだ。体の硬い俺の股が裂けるかと思ったが意外と出来るもんだ。
「・・・・あっ・・・・・」
ベキベキと木を折り倒しながら吹っ飛ぶ2体のオーガは遠くの方で光の粒子に変わっていった。
まだまだモンスターが大量に襲ってくる。
「ちょっとこれを相手にするのはきっついな」
あまりにも大量の敵に嫌気がさしてきた。
・・・・・・・・・・・いや、それよりもだ。
ステルフィアからさっきから聞こえてくる艶めかしい声に全く集中出来ねぇ!!
これ本当に子供の声かってくらい色っぽいんだけど。いや分かっている、決してステルフィアがいやらしく思って出した声では無いってことは。でも、でもさ、胸元でそんな声を出されたらいくら少女と言えど、こうなんだろう・・・・むらって来るよね。
下を見ると目を潤ませたステルフィアが俺を見上げている。
ワザとか!!
そう叫びたくなるのをぐっと呑み込む。
な、何にせよこのままでは拙いということに変わりはない。俺の体力が無くなるのが先か精神が崩落するのが先か、どちらもそろそろ限界が近い。
「・・・・上・・・・上に・・・・乗って」
そんな色んなところがギリギリの俺に追い打ちとばかりに、またもワザとらしく紛らわしい声を出すステルフィア。
だが今回のはどうも一味違ったようで、ステルフィアは上を指差していた。
俺は見上げて納得した。
なるほど、ナイスアイデア。
どうやらステルフィアは木に登って上に逃げろと言いたいらしい。確かにモンスターは全て地面を走るタイプばかりで上には何も居ない。
すぐさま木の上へと飛び上がる。俺の跳躍力であればそのくらいは楽にできる。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる度にステルフィアは小さな悲鳴を上げ俺の胸にしがみつく。これは役得だなと思うも残念なことにボリュームが足りないのでそこまで楽しめなかった。
そんな邪な考えを抱きながらあっという間に木の天辺に到着。
「上は風が強いな・・・・・うぅ寒」
流石にこれだけ高い木だと吹き付けてくる風が強く肌寒い。
下の様子を窺ってみると、根元の所でモンスターの何体かが登ろうとしていたが、どうやらうまく登れない様子。これだったらここまで来ることはまず無理だろうと一安心。
そう思って油断した瞬間さっき躱した超肥満体トロールがやって来て木に体当たりをしてきた。
ドゴーンと激しい衝突音が響き大きく木が揺れる。
「きゃああぁぁ!」
絶叫系苦手女子であるステルフィアが悲鳴を上げて俺の胸元にぎゅっと強く抱き着いてくる。俺は俺で落ちないようバランスを取るのに必死だ。
何度も木にぶちかましを仕掛けてくる。その度に木は揺れるが幸いなことに折れることはなさそうだ。
しばらく木にしがみつき我慢をしていたらトロールは諦めて離れていった。
森の中は物凄い数のモンスターで埋め尽くされていく。あちらこちらから土煙が上がっているのが上からだと良く分かる。広範囲でモンスターたちが暴れているのだろう。マップを見ても周囲は完全に真っ赤だ。これはしばらくここで時間をつぶしてモンスターの群れが通り過ぎていくのを待つしかないだろう。
しかしこれは一体何なのだ?
いきなりこの量のモンスターが襲ってくるなんて死にゲーもいいとこだぞ。
神さんの世界、超怖ぇわ!
それよりもここ、揺れるわ寒いわで環境が良くないな。どうせ登ってこれないならもう少し下でもいいだろう。
状況も分かったので安全が確保できる高さの太い枝へと降りる。丁度枝どうしが重なって座って休めるくらいの広さがある。
ステルフィアをそこで下ろしてあげたら、またしても腰砕けにへなへなと座り込んでしまった。
「ここなら安全そうだ。居なくなるまでここで休もう」
俺の提案に返事をする元気もないのか頭だけコクンと頷きを返した。
小一時間ほど過ぎたあたりでモンスターの数も大分まばらになってきた。どうやら群れはほとんど通り過ぎていったみたいだ。
「そろそろ大丈夫かな?」
マップを見てもこの近くには然程多くは見受けられない。この程度であれば遭遇せずにやり過ごすことが出来る。
それにしてもと、さっきまでのモンスターの大行進を思い出し呆れた疑問を口にした。
「こんなことってよくあるのか?」
もしそうなら異世界とんでもない場所だわ。普通の冒険者が、それこそ”片翼の獅子”のメンバーたちがこれに出くわしたとしたら、何もできずにモンスターの群れに飲み込まれて一巻の終わりだと思う。
この数の暴力は個人レベルでどうこう出来る範囲を超えている。それこそ防ごうと思ったら軍隊が必要なクラスだ。
「・・・・こんなことは無い。あってはいけない異常です」
俺の独り言の様な疑問にステルフィアが答えてくれた。
「私も経験したことなどありません。それこそ過去の伝承に残る【大災厄】、それくらいでしか聞いたことすらありません。もしこれが人里の近くで起きていたらと思うと、どれだけの被害が出たのか想像を絶するものがあります」
体育座りに組んだ腕に顔をうずめたステルフィアが過去にあったらしい事を教えてくれた。
なるほど、これは異常事態ということか。そりゃそうだ、こんな数のモンスターがちょいちょい現れるようだったらタルバンの街にだって城壁くらい立てるわな・・・・・・・て、タルバン?
あれ、もしかしてとマップの縮尺を慌てて広げる。
モンスターたちが向かったの方角を更に進むめていくと・・・・・・・・最悪だ!
「くそっ! あいつら進んでいる先ってタルバンの街があるじゃないか」
当たってほしくなかった最悪な状況に、俺は思わず声を荒げていた。
モンスターの群れは狙ってなのか偶々なのかタルバンの街と進行方向が重なっている。全てのモンスターが同じ方向に進んでいるから間違いない。
これは流石にヤバいだろ!!
「・・・・・・街が、あるのですか?」
俺の声に反応したステルフィアが顔を上げた。
「あぁ、魔物が進んだ方角に大きな街があるんだよ」
「・・・・・・街、でも王国の・・・・・」
「何とかしないと・・・・先回りして街に警告をすれば、いや流石に今から追いかけていても間に合うかどうか分かんないし、それに仮に間に合ったとしてもあの群れを突っ切らないといけない」
どうにか街の被害を回避できないだろうかと考えるが、うまい方法が見つからない。
タルバンの街にはクァバルさんやジョシュアンさん達、それにトバル少年もいる。見捨てるには知り合いが多すぎる。何もしないのは流石に俺の許容が許さない。
どうする、どうしたらいい。
ぐるぐると思考を巡らせるが全くいい案が思いつかない。
「取り敢えず追っかけるか、追いついたら考えよう。悪いが君をもう一度抱えていくよ」
考えても仕方ないと先を急ごうと立ち上がり、ステルフィア抱きかかえようとしたが、ステルフィアはその場から動こうとしなかった。それどころか抵抗するように木の幹にしがみ付いてしまった。
「・・・・いや、よ。私はこれをどうにかする気は、ありません」
ステルフィアの言葉に俺は手を止めた。
「それはどういう」
「これは報い。だから、私は・・・・・止めない」
予想だにしていなかったステルフィアの物言いに一瞬で頭が熱くなり、止めた手がステルフィアの肩を掴んでいた。
「おい、報いってなんだよ! このまま魔物が進んでいったら街が巻き込まれるんだぞ! 放っておくのは・・・・」
感情に怒鳴りつけ、それでも木にしがみついたままのステルフィアを見てハッとする。
ステルフィアは震えていた。掴み掛かってしまった彼女の細く華奢な肩が大きく震えていた。怯え、恐怖、それが度の感情なのか分からないが、聞こえてくる彼女の嗚咽から俺は大きな罪悪感に襲われた。そして半分も生きていないだろう少女に不相応で乱暴な態度をとってしまった自分に嫌悪が募る。
「・・・・・それで、いいのよ」
ぽつりとステルフィアが声を漏らす。
「いいのよ・・・・・これでいい、そうよ、これは報いなのよ、いい・・・・ここは王国の街、だから関係無い」
「・・・・・お、おい・・・・」
泣いているのか笑っているのか、震わせた嘲る言葉に狂気を乗せる。どこか気狂いの様なステルフィアの許せる範囲を超えた言葉にまたしても憤りを感じるも、それは直ぐに呑み込んだ。
ステルフィアの爪が幹に食い込んでいる。その力の強さに自らの指先から血が滴っていた。
「魔物に襲われてしまえばいいのよ・・・・・・・・ええそうよ、こんな国、魔物に襲われて滅んでしまえばいいんだわ。何もかも壊されて、殺されて、つぶれてしまえばいいのよ。私の国をそうしたように、この国など無惨にくたばればいいんだわ。そうすれば皆が喜んでくれる。そうなれば皆が報われてくれる。そうなってくれれば私は・・・・・」
それはまるで呪詛の様な叫び。誰を呪うでもない自分に向けるような戒めの呪縛。
丸めた背中は今まで以上に小さな子供の様に見える。
ステルフィアの言葉が酷く胸を抉る。
ステルフィアは言った。こんな国は滅んでしまえと。
彼女がここに来た理由はそこにあるのかもしれない。その言葉は強い恨みと憎しみがこもっている。改めて思えばこの地はステルフィアにとっては忌むべき王国の地。その場所で起きる禍など、この子にとっては言わば天恵なのかもしれない。
殺されろと死ねと、怨念のように綴る言葉を口にするステルフィア。
とてもこの年齢の少女が口にするような言葉じゃない。
ステルフィアの国は戦争で滅ぼされた。滅ぼしたのはまぎれもないこの国だ。だからこそ魔物が街を襲いそれでこの国の者が犠牲になるのならそれは報いなのだと彼女は言った。
きっとそれもステルフィアの抱いている想いなんだと思う。
だけど、
だけどだ、ステルフィア。
「それはお前の本心じゃないだろ!!」
だってそうだ、そんな言葉が想いが本心であるならば、お前がそんなになる訳がない。ぽたりぽたりと落ちていく水滴がそんなに綺麗な訳が無い。
木にしがみ付くステルフィア。それはまるで自分を見失わないよう必死に押さえこんでいるように見える。見捨てろ滅べと声を荒げる自分を放り捨て去ってしまわないよう必死に捕まえている様に見える。
これは俺の勝手な見解だ。俺の薄っぺらな人生からは想像も出来ない経験と想いがあるのだろう。だけど目の前の少女が心から望んでいる事が別にある事だけは分かる。
だってお前。
「そんな辛そうな顔で・・・・泣いてまで自分を偽んじゃねぇよ!!」
涙を流し、唇を噛み、力を入れ過ぎて爪をボロボロにして、今にも崩れて消えてしまいそうな顔して、吐いた言葉に一番苦しんでんのは自分じゃねぇか。
「この国に恨みがあるのは・・・・多分そうなんだろうよ。滅んで欲しいと思ってるのもきっと本心だろうさ。分かるなんて言ってはいけないんだろうが、俺だってお前の境遇はある程度理解している」
誰もが見惚れるその美貌をぐちゃぐちゃにして。少女は苦しみに泣いている。
「勝手な事を言わないで!! これが私たちの望んでいる事、私たちが求めている事。両親も国民もザバエだって・・・・・・私はこの国の滅びを望んでいます。私はこの国の死を望んでいます。それが、それだけが私が今生きている理由なのだから」
俺の不躾な言葉にステルフィアが行き場のない怒りの矛先を向ける。俺の手を払いのけて、その濡れた瞳で俺を睨む。
「その為なら私は非道であろうと手を尽くします。例え悪と呼ばれようと厭いません」
震える唇で自分は悪だと虚勢をはる。
違う。
この子の性根はきっと違う。
少しだけしか一緒に居なかったがそれでも感じるものは確かにある。皆の為だと一人で敵国までやってくるような子だ。それがどうして悪といえよう。
復讐や破滅を望んでいるだと?
この子に?
誰が? 皆が? 両親が?
ふざけんなよ!!
何だ、だんだん腹が立ってきたぞ。
「お前に非道や悪行など無理だ!」
「・・・・なっ!」
「お前の心は優しすぎる」
そうだよ、この子の芯はとても優しく真直ぐなんだ。だからここまで自分を追い込もうとしてる。
「違う・・・・私は・・・・」
「いいや、お前は優しい。苦しいんだろ、悲しいんだろ、人が死ぬのが怖いんだろ」
「黙れ・・・・黙れ・・・・黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ・・・・黙れ!!」
聞きたくないと耳をふさぎ首を振るステルフィアはまるで駄々をこねる子供のよう。だが俺はやめない。こんな曲がった優しさなど俺がぶっ飛ばしてやる。
「お前には出来ない。人を、他人を犠牲にすることなんてできやしない」
「私にはどうしてやらなければいけない事があるの。だから私は・・・・それを望んではいけないのよ。それを望んでは私は皆を裏切ったことになる」
「それが本当に望まれたことなのか。本当にお前にそれを願ったのか!? 誰がそう言った。両親か」
「違う!! お母様は・・・・・・お父様は」
俺の声を遮ったステルフィアの否定の叫びは今までで一番大きなものだった。それは明確な否定であり、だからこそ俺は一つ確信めいたものがあった。
この子に誰も復讐など望んでいない。そんな酷い人間は彼女の近くにはいなかったと。
「だったらお前の家臣がそうしてくれと言ったのか!?」
「違う、ザバエは私を・・・・」
こんな子に誰がそのような酷な事を頼むものか。きっとこの子は誰よりも愛されていたに違いない。だからこそそのありどころを失った悲しみを、憎しみに変えようとしている。
深い優しさ故に許せないんだろう。
そうだ、だから俺は思ったのかもしれない。
あの時、この子が襲われたあの時。
「言ってみろよ。本当のお前はどうしたいんだ。そうすれば・・・・」
心の奥底から沸き上がった想い。
もうごちゃごちゃ考えすぎるのはやめよう。
俺はこの優しくも気高いお姫様を放ってはおけない。
だから宣言する。
「俺がお前を助けてやる!!」
俺は手を伸ばす。崩れてしまいそうおなお姫様を引き上げるために。
「・・・・っ!」
ステルフィアは顔を手で覆った。漏れ出す嗚咽は音にならずにただただ身体だけが震えている。
「・・・・・生まれ育った王都が燃えるのを、見ました」
しゃくり上げながらステルフィアが語りだす。俺は手を差し伸べたまま黙って聞く。
「赤く、何よりも赤く全てがのまれていく。遠くから聞こえてくる悲鳴・・・・・・地獄と言うのがあるのならば、きっとあそこは地獄だったと思います」
10代前半の少女は過酷な思いを必死に紡ぐ。それは日本人の俺には到底想像もつかないもの。
「・・・・・・もう・・・・・もう見たく、ない。聞きたくない」
ノーティリカ公国のお姫様は声を張り上げる。
「私は王国が憎い。私の国を地獄に変えた王国の王子が憎い・・・・・・その為だったら何でもしてやる、そう思っていました・・・・・・・・・・其れなのに、私は弱いから、精霊も見放すほど私は弱いから・・・・・・・私は・・・・私は人々が苦しむ姿は、もう見たく無い。人々が苦しむ声は聴きたくない。両親の、臣下の命で生かされた私は憎むことでしかもう前に進めないと言うのに」
痛々しくも切ない心の叫びは俺の心臓を鷲掴みに締め付ける。
「助ける? 貴方はそう言いますが・・・・貴方は出来るのですか、こんな私を助けることが・・・・貴方は出来るのですか、魔物たちに襲われ地獄となる街を救うことが」
お前に何が出来るんだと責め立てるような目が向けられる。きっと俺の無責任な発言に腹を立てたのかもしれない。
だけど俺には出来る。
神さんがくれた能力が、きっとお前を助ける力となる。
「もう一度言う・・・・・・言ってみろ。お前は何をしたい」
ステルフィアの顔がグニャリと歪む。それは泣きながらも負けん気を持った子供の表情。
「両親は望みました・・・・私に幸せになれと。私を救った英雄が言いました、生きてくれと。それはどうすればいいのかなんてわかりません。どう生きていけばいいか分かりません。王国に対する恨みと怒りは決して消えることはありません。王国へ報いを受けさせる事を諦めはしません。そうしなければきっと私は自分で自分が許せない。でも・・・・それでも・・・・私は・・・・私は民を救いたい・・・・それが例え敵国の民であっても。無下に散らしていい命なんてないのだから。私は魔物の脅威から・・・・街を救いたい。貴方にそれが出来るのならば・・・・」
「・・・・・・助けて」
ステルフィアは救いを求めて手を伸ばす。冷え切った冷たい彼女の指が俺の手に触れる。
俺はステルフィアの手を握りそっと引き起こす。
「任せろ、俺が街もお前も救ってやる」
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