第10話 買い物と嘘

 うちの会社は一応完全週休二日制をうたっている。会社規定にもそう書いてあるし、求人内容にも記載してあった。


 だが実状は全く違う。


 月間休二日制、俺の今までの経験から言わせてもらえばそんな感じだ。

 これは当然労働基準監督署に訴えればすぐさま労基の職員が調査に入るのは間違いない。だが人間悲しい事に金に目が眩むというか、金で妄信するというか、とにかく給料がうちの会社は良いものだから、誰もその事を労基に訴える事をしなかった。労基に訴え出て会社が傾いては損だと思う部分と、下手に訴え出て会社に目を付けられては困るからだ。俺もそうなのだからその事で人をどうこう言う気は無い。

 それに何だかんだ言いながらも人間の体は意外と頑丈であり、環境が厳しければ厳しいなりに体も精神も慣れてきてしまうものだ。

 何にせよ、勤勉なる日本人たる我々サラリーマンは会社の社畜として程よく育成されている事には変わりは無い。


 結局何が言いたのかといえば、うちの会社は休みが少ないということだ。


 今日は、その少ない休みの1日である。


 開発中のMMOの目途がったった為に、会社が全休となる珍事が起きた。


 ただ、なったのは良いのだが、滅多にない休みの使い道など決まって寝る事ぐらいしかない。しかし、それは今までは、という落ちが付く。


 今の俺は趣味がある。


 そう異世界冒険だ。


 神さんが俺に異世界転移を与えてくれてから4日がたった。

 苦労したMMOのリリース日ももう間もなくだし、連日異世界でストレス解消ができる。ここ最近の俺としてはこの4日間は充実していた。


 仕事の方はリリース前となって大きな変更や手直しはしていないので意外と余裕が出てきている。堤氏の新提案も加藤達が上手くやってくれるだろう。加藤には申し訳ないが若いので是非頑張ってもらいたい。今度加藤になんか奢ってやろう。


 因みに異世界では今だに森からは出られていない。一体どんだけデカいんだろうか、あの森は。

 

 そう言えば、異世界に行くようになってからこっちでも俺の体力や筋力が増したような気がする。

 その事で神さんに訊ねようと思っていたのだが、朝起きたらいなくなっていた。天界に帰ったのか、天に召されていったのかは分からないが、どっかに行ったようだ。

 俺の体はの事はまた後日だ。


 で、今日は休みで俺は何をしているかというと、街で買い物をしている。


 何を買うかというと、異世界に持って行く調味料各種や必要な道具類だ。


「先ずは砂糖と塩は確実だよな。あとは胡椒だろ、ああ、これも欲しいか」


 スーパーの調味料などが置いてある棚から、手にした籠に次々と必要そうなものを入れていく。基本向こうではアイテムボックスが有るのでどんだけ持って行っても邪魔になる事が無い。


「こっちでも使えたら便利なんだけどな、アイテムボックス」


 と、つい心の声が漏れる。買い物をしていたおばちゃんがチラリと俺を見て直ぐに目を晒されてしまった。独り言は気を付けよう。


 固形スープの素や各種だしなど、それこそ手当たり次第に籠へ入れていく。大量の調味料などで籠がいっぱいになっていたので、レジのおばちゃんにはきっと飲食店をやっているか料理好きな男と思われたことだろう。


 結果的に調味料だけで1万を超えていた。


 さて買ったものが袋だと破けそうだったので、店舗に置いてある持ち帰り用の空箱に詰めて一旦帰宅した。

 結構な重量の筈なのだが全く気にならなかった。


 ふむ、これはやはり向こうのレベルに連動してこっちでもステータスが上がっている?


 それからまた家を出て、次に訪れたのはホームセンターだ。


 ここにはバーベキューセットやテントに寝袋を購入しに来た。


 今の処は恐いので向こうで野宿するつもりは無いけど、一応準備だけはしておきたかった。森を出てモンスターがいない平原なんかが有れば、そこで野宿してみるつもりだ。何しろ向こうに行っている間はこっちの時間が止まっているのだから、寝る為に態々帰ってきていてはもったいない。何日も向こうで過ごせるのなら冒険の幅ももっと広がる事だろう。


「さて、こんなものか」


 ある程度必要と思しき道具をカートに乗せた、清算に向かおうとカートを押し始めると、後ろから男の声で呼び止められた。


「結城? 結城じゃないか?」


 苗字を呼ばれ誰だろうと振り返ると、そこには小さな男の子を連れた長身の男性が薄っすらと笑みを浮かべて立っていた。


 何か見た事がある気がするのだが思い出せない?


 声を掛けられた明らかな知り合いを思い出せないというのは何だかばつが悪い。俺は必死に考える。

 と、それが顔に出てしまっていた見たいで「あぁ分からない?相変わらずだな」と男は爽やかな笑みを苦笑いに変える。


「高橋圭吾だよ。高校で一緒だったろ」


 そう言うと高橋圭吾と名のった男は隣の小さな男の子の頭を優しくなでる。


 高橋圭吾? 高橋・・・・高橋・・・・・


「ああ! 高橋圭吾か」


 思い出した。そうだ高校で2年間同じクラスだった。


「だからそう言ってんじゃん。人の事を覚えないの変わってないんだな」

「ああ、悪いな。未だに苦手なんだよ。で、その男の子ってまさか・・・・」

「俺の子だよ。もう3歳になるんだぜ。今年から幼稚園にも通い始めてな、今日は幼稚園で必要なものを買いに来たんだよ。いやぁ、思っていたよりも行事が結構あるみたいでさ。俺も結構忙しいんだけど、でもやっぱり初めての子どもの行事って全部みたいじゃん。会社に無理言って休んだりもしてるんだけど、見た瞬間休んでよかったって実感する訳よ」


 高橋が頼んでもいないのに自分の子供情報を、支離滅裂な説明で捲し立ててくる。俺は引きつつもその怒涛の言葉攻めを無心で聞き流していく。さっさと立ち去りたいが嬉しそうに語る元同級生を振りきれるほど強い心を持ち合わせてはいない。


「で、お前の方はどうなのよ。それキャンプ道具だろ? 友達とか、あ、もしかして家族と行くのか?」


 無遠慮な質問が飛んできた。


「・・・・友達と、かな?」


 つい嘘をはいてしまった。


「・・・・・・そうか、うん、そうだな」


 だが俺の嘘は直ぐにばれてしまったようで、とてもばつの悪そうな表情で同意する高橋に、俺は恥ずかしさと後悔に思わず視線を逸らしてしまった。


「お待たせ、圭吾君」


 そんな微妙な空気感が漂っていた店内の一角に一人の女性が近づいてきた。女性は俺の脇を通り過ぎ高橋の下へと駆け寄っていき、隣の男の子が現れた女性の抱きついて行った。


「ママ」


 嬉しそうな声を出した男の子を優しい微笑みで見つめる女性。

 見た目は少しおっとりとした可愛らしい女性は、おそらく・・・・・・というか間違いなく。


「おう、俺の嫁さんだ」


 俺が聞く前に察したのか勝ち誇った顔で高橋圭吾がそう告げてきた。


 さり気無く女性の肩を抱き寄せるあたりが厭味ったらしい。


 なんだ自慢か、俺は勝ち組だと目の前の一人寂しくキャンプをしそうな男にそう言いたいのか。


 それで満足したの高橋は「急いでるからまたな」と、王者の勝鬨を上げて去って行った。俺はその姿を見送ることも振り返る事もせず、ぼそりと呟いた。


「・・・・・・泣いたりなんかしない」

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