第11話 アイテムボックス
リア充野郎が去ったあと、金属バットを追加でカートに入れた。だがそれだけでは不審がられそうな気がしたので、グローブとボールも一緒に買った。
結構な高額になってしまい支払いをカードですませ、流石に持ちきれないのでタクシーでアパートに帰った。
玄関前にタクシーから降ろした買ったものを並べ終え、ドアを開けると「お帰り」と声を掛ける存在が部屋の中にいた。どこかに行っていた神さんが帰ってきていたみたいだ。
神さんの声を聞いた瞬間、俺は得も言えぬ温かいものが胸の中に広がったような気がした。
「なんじゃいそれは? 随分と大荷物なのじゃ」
神さんは俺が次々家の中に入れていく大量の荷物に目を丸くしている。
ちゃぶ台の上にいつもの如く木製の器。今日のお茶請けは饅頭らしく、小さな蒸し饅頭が大量に乗せてある。甘いものがそれほど得意でない俺は見ているだけで胸焼けしそうだ。
「向こうで使おうと思ってな、これが有ると何かと便利だろ」
「もう少し自然と戯れる様な楽しみ方をしてほしかったのじゃがな」
そう言いながらも俺が買ってきたものを興味津々で眺める神さん。アウトドアに興味があるのだろうか。
「この歳からのビギナーにはそれは辛い。使えるというのなら便利グッズは使わせてもらうさ」
「確かに良いとは言ったが、何だかのう。腑に落ちんものが有るのじゃ」
神さんが渋い表情で饅頭を咥えるを尻目に俺はこれを異世界にどうやって運び込むんだらいいかを考えだす。
何しろ結構な段数の階段を下りて行かないといけないし、テレビの画面以上の大きさは持って行くことすらできないのだから、これは相当な手間がかかる。
俺はテレビと積み上げた箱を睨めこする。
すると溜息を吐いた神さんが口を開いた。
「仕方が無いのう。この部屋に限りシステムメニューを使えるようにしてやるのじゃ」
「え、マジで、いいの?」
システムメニューが使えるという事はアイテムボックスが使えるという事になる。それならここにある荷物など一瞬で肩がついてしまうではないか。
「そうじゃの、それを使えるようにしてやるのじゃ。その代わりと言っては何じゃが、向こうで美味しそうなものが有ったら持って帰ってきて欲しいのじゃ」
「神さんが直接行った方が良いんじゃないのか?」
「わしはこれでもあの世界の女神なのじゃ。わしが向こうに降り立ってしまったら世界のバランスがあっと言う間に崩れてしまうのじゃよ。
「ふうん、神さん達も色々と自由じゃないんだな」
「分かってくれるかえ? そうなのじゃよ。じゃから娯楽を求めてこのような回りくどい方法をとるしかないのじゃ」
成程ね。自分がいけないから誰かに行かせて持ってこさせるって訳か・・・・・・って、俺が異世界に行けるようにした理由てそれなのか?
「向こうの美味しいものが食べたいから俺を異世界に行かせるってのが目的かよ」
呆れ半分な声でそう言うと、神さんはあからさまに視線をそらしていた。
「そ、そんな事は、無いと、思うのじゃ?」
自分でやっておいて思うって何だと呆れたが、別に俺自身に不利益があった訳じゃないし、どちらかと言えば良いことづくめなのだから、この辺の追及はやめておこう。
「あ、そう言えば神さんに訊きたい事があったんだった」
「なんじゃ? わしに彼氏ならおらんぞよ」
「俺の体なんだけどさ、こっちの世界でも強くなっている気がするんだが」
「完全無視は流石に傷つくのじゃ。お主の体か? それはそうじゃろう。向こうで強くなってこっちで弱くなるってのもおかしな話なのじゃ。じゃが向こうとこちらでの違いもあるのじゃ」
神さんはちゃぶ台の上で指を回し拗ねながら説明してくれた。
「・・・・違い。魔法の事か?」
「そうなのじゃ。正確にはこちらには魔力、魔素が無いのじゃ。肉体を強くするために多くの魔素を取り込み使っておるのじゃ。お主の場合はわしの加護でその能力は更に高くなっているのじゃ。その為向こうでは驚異的な能力を発揮することが出来るのじゃが、こっちの世界には魔力も魔素も無いから、単純な肉体の強化分だけしか能力は向上出来ないのじゃ。それでも普通の人間は遥かに凌駕してしまうがのう」
え、何それ。人間を凌駕するってヤバくないっすか?
とんでもない話に俺は持っていた段ボールを足の上に落としてしまった。地味に角があたって痛かった。
「うっかり者よのう。さて、システムメニューを使えるようにしてやるのじゃ」
神さんは今語ったことがどうでもいいかのようにあっさりと話を終わらせてしまった。
人間やめるなんて聞いていない。そう詰め寄ろうとしたらまた何時かの淡い光が部屋を満たしていく。
「これでいいのじゃ」
得意げに垂れ胸を反らしす神さんがニンマリと笑って、顎で確かめてみろと促してくる。後で問いただしてやると思いながらもシステムメニューが使える様になっているのか知りたかった俺は、異世界と同じようにシステムメニューを呼び出してみた。
すると向こうと同じように空中に最近見慣れてきたアイコンたちが浮かび上がってきた。
思わず「おぉ」と感嘆の声を漏らした。
どうやら向こうと違って使えるのはアイテム欄のみらしく、他はブラックアウトの状態になっている。
「・・・・・・・おぉ、いけた。これは便利だ、ありがとう神さん」
物は試しと足に落とした荷物に手をあてアイテムボックスに収納してみると、シュンと箱が一瞬で消えてなくなり、アイテム欄に追加されたのが確認できた。
俺は手間が省けたので素直にお礼を口にすると、神さんはニマニマとにやける。
「お主からお礼を言われたのは初めてなのじゃ」
失礼な。俺はちゃんと俺の言える人間だ。
荷物を次々と収納していく。アイテムボックスはやはり便利だ。あれだけあった荷物が綺麗になくなった。
「ようし! 今日こそこの森を突破してやるぞ。うははは待ってろよモンスターども、この鬱憤を思いっきり晴らしてくれる」
嬉しさに思わず腕を掲げ、意気揚々とテレビの中に飛び込んだ。
そのとき俺は神さんを問い詰めようと思っていた事を忘れていただけでなく、システムメニューなどとこの世の人が持ちえぬ能力をこの世界で使うことで、更に人間をやめてしまっていることになっているなどどつゆとも感じてはいなかった。そしてどんどんとどつぼにはまっていくのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。