第25話 おいてけぼり

『結城君聞いてますか? つーまーりー、農業のぉ、すばらし~ところはぁ・・・・・・・・地道などぉりょくぅとぉ、あと・・・・・あれよ、愛情がねぇ~~~、うっ』


 お酒大好き40代某女上司様は飲みに行った3件目あたりで熱心に語っていたのを思い出す。


 自身の身体を使い手間と時間と労力を掛けた分だけ喜びと実りが返ってくる、それが農業の楽しさ(俺的解釈)なのだそうだ。


 俺は目の前に広がる農地を見てふと考える。



 これは何か違うな、と。



 確かに体は動かしてはいたが、俺的にはポチポチ画面を押してたのとほとんど変わらない気がする。気分的には某農業のシミュレーションゲームをやっている気分だ。


「見事にあの荒れた地面が立派な農地として生まれ変わってしまった」


 ただ女上司の管を撒いて説いてきた農業のすばらしさは、最初の方で絶景を見ることでしか味わえなかった。いや、あれも農業とは全く関係ないか。


「しかし、それはともあれ・・・・・・これ、ティルルさんにどうやって伝えよう」


 やってしまってから悩むのも何だが。これって拙いんじゃないだろうか?

 ここを普通に耕していたら数か月じゃ終わらなかっただろ。それをこの短時間で終わらせるのは例え重機を使ったとしても無理だろう。


 ん?でも待てよ、と腕を組んで頭を捻る。


 ティルルさんが俺にここを手伝ってほしいとお願いしたということは、ティルルさんは俺にそれが出来ると思ったからなんじゃないだろうか。


 俺はティルルさんに冒険者だと名乗った。そして思うのだがステータスにMPがあるということは魔法があるということを示しているはずだ。ならばだ、仮にティルルさんが俺が魔法を使えると思って依頼をしてきたのでは。

 

 ・・・・・・あぁ悩んでも仕方が無いか、何れは分かるしバレる事だもんな。言わないのは問題の先延ばしになるだけの事で何のメリットも無い。


 しかしなぁ、これを素直に言うのはトラブルを呼び込みそうだな、と思うわけですよ、俺としては。


 ほら、鍬の一振りで1メートル四方が畑に早変わりっていくら何でも、ねぇ。どう説明すればいいんだか。


 分かっている、分かっているんだ。俺が楽にできると後先を考えずにやってしまったんだと・・・・・えぇそうです、調子に乗りました。途中からは結構楽しんでいたともさ。


 はぁぁ・・・・・ここは何でもないかのようにさらっと報告しておこう。


 そう決しながらもティルルさんの所へ向かう俺の足取りは重かった。


 汗を流し作業をしているティルルさん、いつの間にか上に一枚羽織っていた。


「・・・・・・あ、あの、ティルル、さん」


 絶景ポイントが無くなってしまい更に落胆しつつもティルルさんに声を掛ける。


「わ! ・・・・・・・あ、ハルさんですか。驚かさないでくださいよ」


 ティルルさんは俺に気付いていなかったらしく驚いて鍬を手放してしまった。別に忍び寄ったつもりは無いのだが、申し訳ない。


 それからティルルさんが羽織っていた上着の留め具を首元までしっかりと締める。


 ・・・・・・・・ん、あれ?


「す、すみません。突然後ろから声を掛けてしまって」


 ちょっと嫌な予感に思わず声が上ずってしまった。何と言うか後ろめたい事が更に増えた感じだ。


「いえ大丈夫です。それでどうされました。あ、休憩ですか。それでしたら無理はされないで自由に休んでもらっていいですよ。無理言ってお手伝してもらっているんですから」

「あ、いえ、その・・・・」

「すみません。あんな荒れ地は少し整えるだけでも大変ですよね。分かってはいるんですが、どうしてもあそこは男の人の手でないと出来そうも無くて、ハルさんのご厚意につい甘えてしまいました。ほんと無理しなくて大丈夫ですよ。もともとお願いするのも悪いなぁと思っていましたから」


 目じりを下げて申し訳なさそうに笑いながらティルルさんが休んで休んでと近くの切り株へと俺をいざなっていく。

 されるがままに誘われてしまい切り株に座る俺・・・・・・・勢いよく喋る女性に割り込む術を俺は持っていない。


 しかしながらあの場所が大変な場所であると、ティルルさんも認識していたようだ。


 ・・・・・・・・まぁ当然か、自分で開拓しているんだしな。


 それを推してそこを手伝わせるとは・・・・・女性はやはり強かであると妙に感心してしまった。別にそれが不愉快とかはない。寧ろ頼ってもらえたのではという喜びがある。




 小一時間ほどしてティルルさんが村に戻るというので一緒に帰ることにした。俺はとうとう報告することも出来なかっただけでなく、帰りにティルルさんは俺がやらかした農地を見ていなかったので、結局バレることなくその場を離れてしまった。


 こうなるともう言い辛い。


 日はまだ落ちていなかったので帰る道すがら未だ仕事に精を出す女性たちが多く居た。荒れ地の事は忘れようと、そんな景色を眺めながら村の入口まで戻ってくると何やら楽しそうに笑い合う声が聞こえてきた。一人は聞き覚えがある門番役の老人ポックリンさんのようだ。


 ポックリンさんはどうやら誰かとおしゃべり中らしい。近くには荷車が止まっていて、その上には兎っぽいのや鳥が数羽積まれていた。


「今日も大量じゃのぉ」

「でしょぉ! ポックリ爺。西側にいったら偶々巣穴見つけちゃってさぁ。おかげで今日は森を駆けずらなくてすんじゃったよ」


 話をしているのは若い人のようだけどやたらと元気で威勢がよさそうな声だ。荷車の上に乗っている兎をバンバン叩き誇らしげに胸を反らして笑い声をあげている。どうやら狩りをしてきた帰りらしい。ただポックリ爺という縁起でもない呼び方はどうかと思う。


「あっ、カジャラさんお帰り!」


 ティルルさんも二人に気付き大きく手を振って駆け寄って行った。


 カジャラ・・・・カジャラ? 何か聞いたような気がする名前だ・・・・・・あ、昨日の村長婦人が言っていた名前だ。確かスープに入っていた兎を狩ってきたって言っていたっけ。


 そうか、この人がカジャラさんか・・・・・・・・だな。


 年齢はティルルさんと同じくらいだろうか。狩人のわりには手足が細く胸板も厚くない。すらりとしていてあまり筋肉はついていなそうだ。背中に弓をしょっているから獲物はそれで狩っているのだろう。


「おうティル。畑はもういいのか?」

「はい、今日は手伝っていただいたので早く終わりました」


 カジャラとか言うの爽やかスマイルが迎えると、ティルルさんも嬉しそうに顔をほころばせた。

 無性に負けたような気分になる。


「一番遠い畑なのに、お前も頑張っているねぇ・・・・・・・・んで、そこの男は誰なんだい?」


 些かふくれっ面になっている俺をイケメンが切れ長の目を細め、ティルルさんと語らう時の和やかさから一転し剣呑の気配を醸し出す。しかもそっとティルルさんの肩を掴むと俺から庇うように後ろに下げ間に立った。


 なんてさり気無いボディータッチとモテ行動か・・・・・・・・これだからイケメンと言う人種は。


「・・・・どうも、冒険者をしているハルです。昨日この村に来て宿をお借りしています」


 嫉妬心から少々ぶっきら棒に答える。我ながら狭量なことだと思うが、こればっかりは仕方が無い。


「ほう、冒険者・・・・ねぇ。私はカジャラ。この村で猟師をしている・・・・・・・・何をしにこの開拓村に来たのかは知らないが、この村で悪さしたら・・・・遠慮なく弓を引かせてもらうよ」


 そう言うとカジャラさん・・・・・・カジャラがティルルさんの肩を軽く抱き寄せた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・。


 そう・・・・ですか。


 そういう関係ですか。


 目の前で繰り広げられた嫌味な行動に俺は理解した。


 ティルルさんはカジャラの女なのだと。


 いや、期待していたわけではない・・・・・・期待していた訳では無いのだけど、地味にショックを受ける。


「ちょっとカジャラさん、ハルさんに対して失礼ですよ」


 意気消沈している俺を庇う様にティルルさんがカジャラに文句を言っているが、抱き寄せられた肩を振りほどく気はさらさら無さそうだ。


「ハルさんは畑仕事も手伝ってくれるですよ」


 何でだろう、女性から言われる良い人って誉め言葉に聞こえないのは。


「そうじゃぞカジャラ。昨日はハルさんと一緒に酒を酌み交わしたがなかなか冒険者にしては礼儀正しい真面目な男じゃったぞ」


 俺の援護にポックリンさんが混ざる。はい、ありがとうございます。


「まぁお前がティルルちゃんを心配して言っているのは分かるけどの。昔っから妹の様に可愛がっていたからの」


 あぁ幼馴染ってやつですね。ベタな感じがようござんすね。


「なんだよポックリ爺まで」


 二人から責められて頬を膨らませるカジャラ。内心イケメンざまあとごちる。


「そうだよカジャラさんは色々心配しすぎなんだよ。この間だって一緒に水浴びした時に私の脚に痣が有るってやたらと心配してたし」


 水浴び・・・・・・一緒に・・・・・・想像してみる・・・・・・おう、なんてこったい。


「そりゃ、ティルの肌に痣が残ったら大変だと思って」

「ほっほっほ、仲良き事じゃの」


 完全に孫を可愛がる好々爺のポックリンさんをはじめ、次第に昔話に花を咲かせ始めてしまった。良く分からんが三人で盛り上がっている。いつの間にか俺の話はどっかに行ったみたいだ。


 ・・・・・・・・俺、もうどっか行っていいかな。

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