第35話 顔面格差社会を実感した
相も変わらずラッシュアワーは凄かった。異世界でゴブリンと戦うより何倍も疲れた。たかだか揺られること2分少々なのにだ。
次の駅、会社の最寄り駅に到着。
乗るのも大変な満員電車だが、それ以上に降りるのがまた大変だ。フレックスタイムのありがたみと言うか、本当にこれに毎日乗る生活じゃなくてよかったと心底思う。
「すみません」と声を掛け乍ら人の海をかき分け電車から降りると、意外な程ここのホームは混雑していない。この駅がある地区にはあまり企業が存在していないので、サラリーマンは極端に少ない。
「あれ、ここも若干ざわついてるな」
乗った駅ほどではないがあからさまではないにしても、ここでも黄色めいた声が聞こえる。
降りたホームの直ぐ側に上りの階段とエスカレーターがあるのだけど、俺は迷わずエスカレーターを選択する。
この辺が普段の運動不足を加速させている原因なのだと分かってはいるが、あの長い階段を目にするとどうしても脚が勝手にこっちへと向かってしまう。
ここの駅は結構昔に立てられたものなので設備も当然古い。エスカレーターの挙動が激しく苦手な人だと乗るのに躊躇う程だ。
流れに沿ってエスカレーターに乗る。俺はそこまで急いでいないので左によって流されるまま登っていく。学生は大半のんびりしているのだがサラリーマンは良くエスカレーターを駆け上っていく。そんなに急ぐのであればもう一本電車を速めればいいのに、と思うのだが実際はそうもいかないんだろうな。
階段を見ると少なくない人数が歩いていた。これも主には学生たちだ。この駅は高校が近くにあるため、利用するほとんどはその学校の生徒たちだ。
そんな学生たちを見ながら「若いな」などと意味の無い勝ち誇りに鼻で笑っていると、大して混雑もしていないのに不自然な程接近して階段を上る二人組に目が留まった。
先に上る女子高生、その後に続く男子高生。それ自体は不思議じゃないのだけど、どうにも違和感と言うか不可解さみたいなものを感じていた。
「あれって・・・・・・」
男子高校生の動きというか行動が若干挙動不審におもえる。肩掛けのバックを敢えて手に持ち、必要以上に低い位置をキープしている・・・・ような。
もしかして・・・・・・盗撮?
頻りにバックの位置を気にして動かす男子高校生。どう見ても普通じゃないと思うんだが、て間違いなさそうだな。
最近良くなった視力がバックの隙間から覗くレンズを捕らえた。我ながらこの位置からそこまで良く見えるもんだと感心する。これもレベルアップの恩恵だろうか?
確信した俺は自ずと体が動いていた。
多分これは先日の開拓村での反動だろう。変態野郎、許すまじ。女の敵は即排除!
以前の俺であればこんな事はしなかっただろう。ホームの騒ぎの時の様に危うい所に近付くべからずの精神だ。
だが今日の俺は変態には厳しいぞ。
世に変態がいるから俺まで変態だと思われるんだ。
後ろから人が昇ってこない事を確認してから、手すりに手を掛けヒョイっと跨ぎ跳ぶ。
エスカレーターと階段では意外と落差があったのはびっくりしたけど、階段と言う不安定な脚であるにも関わらず着地も難なく決めることが出来た。俺って凄いと自画自賛を心の中で送る。
だけど俺の後ろの乗客が物凄い顔で驚いていた。
あ、ごめんなさい。
人の間をする抜けながら階段を駆け上る。しかも3段飛ばしだ。
そしてあっという間に俺は男子高校生の真後ろ迄到達、どうやら男子高校生は俺にまだ気付いていないようだ。
すかさずバックの中を後ろから覗き見た。
うん、やっぱりカメラがチャックの隙間から覗いている。
はい現行犯!
「それは迷惑防止条例に違反するよ」
男子高校生の手を掴んで拘束する。突然手を掴まれた男子高校生は驚き振り向いた。
・・・・・・イケメンだった。
正直驚いた。女性に関して何の不自由も感じないだろうなってくらいのイケメンだ。アイドルでも出来んじゃねって程のイケメンだ。いやマジ気に入らんです。
しかしこういう奴でも盗撮するのかと思うと世の中の摂理の難しさを改めて認識した。
「な、なんだよおっさん!」
イケメンが狼狽え乍ら俺にそう言ってきた。
お、おっさん・・・・・・・。
思わぬイケメンからの精神破壊攻撃にくらりと眩暈が襲ってきた。よろめき危うく階段から踏み外しそうになり咄嗟に何かに捕まり耐え凌ぐ。
馬鹿な、おっさん、俺が・・・・・・・。
俺は今年で29歳だ。まだぎりぎり20代だぞ。しかも会社では俺は若手で通っている。それなのに・・・・・・・おっさんだと。
ショックだ。これは地味にショックだ。
イケメンからのおっさん呼びに茫然自失としていたら、イケメンの声に被害者の女子高生も気付いたようでこちらを振り返った。
・・・・・・・・・・・・・・なっ!
更なる波状攻撃に俺は思わず言葉を失ってしまった。
おっさん呼びに心が揺さぶられていたとはいえ、不本意ながらその振り返った女子高生にドクンと心臓が高まるのが分かった。
驚くほど可愛い子だった。
ふわりとした色素の薄い髪を広げて振り返った少女は日本人とは思えない程大きな瞳で俺とイケメンを同時にとらえる。
その瞳にまるで吸い込まれそうになってしまう。
図らずもイケメン君が盗撮したくなる気持ちが分かってしまった。
「あ、あの・・・・・」
怪訝そうに語り掛けてきた美少女女子高生。
若さなのか艶やかな薄めの唇は、少ない言葉を発するにもふるると弾んでいた。
すげぇな。俺はロリ好きではないがついつい見惚れそうになる。
「何を、しているんですか?」
だが、次の瞬間。続けて発せられた少女の言葉にハッと我に返る。
そうだった、今盗撮犯を捕まえて・・・・・。
すると近くにいた普通の女子高生が不快そうな目を向け「そのカバンって、もしかして・・・・」と指をさしてきた。
その指が指し示す方向、そこには俺がいる。
異変に気が付いたのか周囲の多くの学生やサラリーマンが集まってくる。気が付けが俺と少女とイケメンを囲むように輪が作られていた。
別に騒いだわけでもない。盗撮犯を掴めるのだって周囲に気を使って目立たないようにしている。唯一目立つとしたらエスカレーターから飛び降りた事だが、それもここからは大分下の方でやったこと、なのにどうしてこうも人が集まっているんだ。
「何々、何かあったのぉ・・・・・あ!」
「え、マジ、あいつあの人に何かしたの?」
「盗撮だって、さいってぇ」
そして集まる非難の声。だがそれが向けられているも、俺だった。
え、何で?
何故だか集まってきた人々は皆俺をまるで犯罪者の様に見てくる。
これってもしかして、そう思った瞬間、イケメン君がとんでもない事を言い出した。
「こいつあなたの事盗撮していた」
その言葉に驚いた。
いきなり何言いだすんだこいつ。盗撮していたのはお前だろうに。
周囲がざわついた。殺気立つ様な気配があたりを飲み込んでいく。
「ち、違う、俺は」
「そのバックで彼女のことを隠し撮りしていた」
否定しようとしたところでイケメンが更に攻勢を仕掛けてくる。「バックで盗撮」それはお前のバックだろうが、馬鹿かこいつは、そう思った時俺の手に先程から重みを感じていた事に気が付く。見ればイケメン君が持っていたバックを何故だか俺が持っていた。
えぇぇぇぇぇぇ、なんでぇぇぇぇ。
何でイケメンのバックを俺が持っている。まさかの展開に頭が混乱・・・・・・・・・・あ、さっきの立ち眩みの時思わず掴んだのはこれか。嘘だろ、てかてめぇ平然と俺に罪をなすりつけやがったな。
「違う、これは俺のじゃない!」
まさかの冤罪に慌て否定をした。
「これはそいつのだ」
そして本来の持ち主であるイケメンにバックを突き付けたのだが、イケメンがそれを受け取らずににやりと笑う。
「ふざけんなよおっさん。見苦しいぞ。人に罪を擦り付けるなんて。それにいくら持てないからって盗撮は良くないぞ」
いけしゃあしゃあとイケメンが言い放つ。
マジかこいつ! とんでもなく太々しいやろうじゃないか。てかこんなバックなんて調べた直ぐに持ち主が誰かなんてわかる事だぞ。そもそもこれはスポーツバックだろうが。俺みたいなサラリーマンが・・・・・・いや、俺は私服だからそんなに違和感無いかも。
あれ、ちょっとマジかも何て考えていたら周りがざわつきがより一層強くなっていく。
「何言ってんの、彼みたいな人が盗撮なんてするはずないじゃん」
「顔に僻んで八つ当たりなんて見苦しい」
「どう見ても盗撮するのはおっさんだろうに」
な、何てことだ。
周囲の人たちはもう俺が犯人であると疑っていない。しかもその理由が彼奴がイケメンで俺がフツメン(俺評価)であるからだという。
な、何と言う理不尽。何と言う不条理。
まさかの窮地に愕然とする。そんな時、取り囲んでいた野次馬の女子高生から「変態」とつぶやかれたのが聞こえた。
・・・・・これでは開拓村と一緒じゃないか。
嘘でしょ・・・・・こっちでも。
周りから聞こえてくる誹謗中傷の声。イケメン君は勝ち誇った顔で俺を見ている。一部始終を見ていた人もいるだろうに、誰も何も言わない。
これってあれか、こいつがイケメンで俺がそうでないから、こんな事をするのはこいつしかいないって思われているのか。
ふざけんなよ!!
「俺じゃな・・・・・」
「駅員さんこっちです」
怒りが破裂しそうになるのを必死に抑え再度俺が否定しようとした時、乗客の一人が駅員を連れてきた。
俺はその状況に絶望に近い感覚に襲われた。
駅員は被害女性を見て驚いた後、俺を凄い形相で睨んでは有無を言わさず持っていたバックを取り上げ中を確認しだす。
案の定、ビデオカメラが中から出てきた。中にはそれ以外にタオルとかも入っているみたいだが決定的な物は無かった。それでも良く調べれば持ち主が分かると思うのだが、駅員は禄すっぽ確認すらしなかった。
「いい年して女子高生の盗撮なんて最低な行為だよ、君」
そして完全な決めつけである。俺が犯人であることに疑いすら持っていない。何だこれは、俺は呪いでも掛かっているんじゃないのか?
駅員の手が俺に向けて伸びてくる。
俺ってこんな冤罪で人生駄目にしちゃうのか。
最悪の状況に打ちひしがれ、誰も助けてくれない事に絶望いていると、凛とした声が待ったをかけた。
「そのバック、その人のじゃないと思いますよ」
それは被害者の美少女女子高生だった。
彼女は少し申し訳なさそうな顔をこちらに一瞬だけ向け、直ぐに凛々しくも冷たさを感じる表情でイケメンへと向き直った。
「これって、うちの学校のサッカー部で使っているタオルじゃないですか?」
そしてバックの中、恐らくカメラの下に敷いていたと思われるくしゃくしゃに丸められたタオルを一枚引き抜くと、それを男子生徒の前で広げて見せる。
あぁこんな時に不謹慎ではあるがティルルさんのパンツの事を思い出してしまった。
「なっ、し、知らない」
イケメン君が明らかな狼狽えを表せる。
「あ、ほんとだ。あれサッカー部で使っているの見た。それにその人サッカー部の3年生じゃ」
同じ学校の男子生徒がどうやらタオルに見覚えがあるらしく声を上げた。しかもどうやらこの盗撮イケメンは美少女が指摘したようにサッカー部の人間らしい。
イケメンは顔を蒼褪めさせて首を横に振りながら後ずさる。
「ち、違う。僕は知らない。僕のじゃない」
するとそれに触発されたのか別な人も証言を始める。
「私も見てました。それはその男の子のバックです」
見てたんなら言えよ、とちょっと言いたくなったのだが、俺の無実を暮れているので我慢。
とうとう誤魔化しきれないと思ったのかイケメンが踵を返して逃げ出そうとする。それを先程まで俺を誹謗中傷していた乗客たちが取り囲み、あえなくイケメン君は駅員に捕まることとなった。
駅員はばつの悪そうな顔で俺に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、お客様」
「あ、いえ、分かってくれたのならいいですよ」
そう言いながらもこいつの決めつけの態度には結構頭に来ている。
「あの、申し訳ないのですが、事情を伺いたいので一緒に来ていただけないでしょうか」
だからという訳じゃないが、駅員からのその要望に俺は即座に答えた。「すみません。会社に遅れてしまうので私はこれで失礼します」と。
別に意趣返しをしたかったわけじゃない。本当に珍しく開催される朝礼に事情聴取などに付き合っていたら遅れてしまうのもまた事実なのだ。滅多に無いだけに、こういうのに遅れると色々と目を付けられるし五月蠅く面倒なのだよ。
それにだ何故だかここの空気感が非常に悪い。ある種被害者ともいえる俺なのだが、周囲からの目がとても冷ややかだ。
最初俺の冤罪を後押しした野次馬女子高生がひそひそと「痴漢しそうな顔してるのが悪い」とか言っている。イケメンが犯人でフツメンがヒーローなのがどうにも気に入らないらしい。
注目されるのが苦痛だ。周囲からの心内言葉にいたたまれなくなる。だから早々にここを立ち去りたい。だから駅員の申し出を断わり、俺は人ごみをかき分けるようにして階段ダッシュで駆けあがっていった。
途中、あの美少女女子高生が「待ってください。お礼が」て言っていたようだが、構う気はない。もう不要なトラブルはもうこりごりだ。
朝から色々とあったが会社には無事に到着した。
席について一息ついてさっきの美少女女子高生を思い出していた。
そんじょそこらではまずお目に掛かる事の出来ないレベルの可愛さだった。今にして思えばあの子をモデリングしてキャラを作って出してみたかった。きっと人気のキャラに仕上がったことだろう。そう考えると接点を持てたかもしれないのに無下にしてしまったのはちょっと勿体無かったかも知れないな。
そう言えば駅が騒がしかったのは案外あの子の所為だったのかもしれない。モデルとかやっていても不思議じゃないレベルだからな。
あぁ名前くらいは効いておいても・・・・・・・・・いやいや無いな。あの子はトラブルフラグを立てまくりそうだからな、俺みたいなのが関わったら絶対駄目なタイプだわ。
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