第34話 うちのテレビは高機能?

 アパートを出て徒歩数分で最寄り駅に着く。


 最寄りの駅から会社まで一駅であるので、余り帰らない風呂も無いアパートだけど、この便利さが在るため高い家賃を払いつつも引っ越さずにずっと住んでいる。

 正直ヘトヘト&寝不足状態で家に帰るのは、この位の距離じゃないと持たない。

 現に家族持ちの連中なんかは、広くて住み易い場所を選んだものだから、会社からは遠く、その結果家に帰らず会社に寝泊まりするか、近くのカプセルやネカフェで生活している奴もいる。よく離婚しないものだ・・・・・・逆に帰らないのが良いのだろうか?


 この路線は時間帯によるが、朝と夕方夜にかけては常に混雑状態になる。近くに学校が多くあるため学生が多く、俺の年代には少々居辛い環境と化す。しかも密着で電車に乗らないといけないので、下手に体勢を間違えたりすると即座に社会から追い出される羽目に会う。だから正直この時間帯の電車には乗りたくない。


 うちの会社は基本フレックスなので、幸いにしてラッシュ時間の電車に乗る事はあまりないのだが、今日はそういう訳にはいかなかった。


 制作にあたっているMMOのリリース日がいよいよ明日に迫まり、今日は珍しく全体朝礼をすると通達があった。昨日会社が全休になったのもあり、その為に珍しく朝の通勤をしなければいけないのだ。


「久々のラッシュ・・・・・・心折れそうだわ」


 ホームの人だかりを見ただけで、気分は最悪だ。


 今の俺のステータスだったら歩いて会社まで行ってもへでもないのだが。


「・・・・つい習慣で駅に来てしまったな」


 どうしようか迷ったのだが、ここまで来たのだから電車に乗って行こう。


 ホームの階段を下りていると、ホームの一部が何だか騒がしい。まぁ普段から人でごった返して静かではないのだが、今日のはちょっと違う。喧騒と言うより歓声ってかんじだろうか。黄色い声が「きゃーきゃー」と聞こえてくる。


 声の感じはトラブルでは無さそうだ。


「芸能人でもいるのかも」


 そう思ったけど、俺の行動に変更はない。例え芸能人がいたとしても敢えて見たいとは思わないし、何よりトラブルのもとになりそうな場所に態々首を突っ込むほどアクティブな性格もしていない。

 まぁ芸能人がいたとしても、多分それが誰なのか俺は分からないだろうし・・・・。


 これも職業病と言ったらいいのか、テレビを見る時間が無かったので、最近の芸能人は全く分からない。


 後輩君の加藤だったら分かるんだろうな、あいつアイドル好きだって言ってたし。


 因みにうちのテレビだが、新たな機能が加わっていた。


 先日、異世界の入口と化した液晶テレビだが、最近では神さんがよく見ているのを目にする。神さんって何を見ているんだろうか? それが気になって訊いてみた。


 俺が向こうに行っている間はこっちの時間が止まっているらしいが、それはあくまでも俺の主観からした時間であるようで、神さんにはなんら影響はないらしい、て言うより神に時間の概念が無いって言っていた。間ぁその辺は良く分からんが、神さんはその間も普通に生活しているのは確かだ。だけどテレビは当然その動いていない訳で・・・・じゃぁ何なのと、ちょっとした疑問が生まれたんだが。


 これが意外ものだった。


 それは昨日、開拓村を出て直ぐぐらいにログアウトした時の事だ。





「・・・・・・・・ただいま・・・・・・・」


 異世界から戻ってきた俺は意気消沈していた。


 色々とあった今回の異世界冒険。そこで起こったヒロイン攻略ルート。俺はその選択を完全に間違ってしまった。


 何を間違ったかって・・・・・。


 ヒロインだよ。


 ヒロインの選択を間違ったんだよ。


 まさかカジャラさんが頬にキスをしてくれるなんて・・・・・。


 今更後悔しても、もうあの村には戻れないだろうな。滅茶苦茶酷い変態男扱いされていたし、ゴブリンが何故だか俺の手下扱いにまでなっていたし。


 いくらカジャラさんが分かっているとはいえ、あの村人全員の考えが変わるとは思えない・・・・・・いや俺を庇ったりはしないだろうな。最後の最後にパンツでやらかしちゃったし・・・・・。


「はぁぁぁぁぁぁ」

「なんじゃ、随分と辛気臭・・・・・・・ぷっ」


 返ってきて早々深い溜息を吐く俺に、神さんが何か言おうとしてたけど・・・・・・え? 笑ってない?


 後ろを向き肩を振るわせる神さん。


 何だ? チャックでも開いてんのか、と見てみたが格好は普通・・・・でもないか、向こうの服のままだった。でも、笑われるほどではないと思うんだが。


 俺が不審な目で神さんを見ていたら、落ち着いたのかこっちを向いた。


 何だかやけに真顔だ。こう、何て言うか、無理やり真面目な顔しているって感じだろうか。


「何だよ」

「・・・・別に何でもないのじゃ。ちょっと思い出しただけなのじゃ」

「怪しい、な」

「男が一々細かい事を気にするもんじゃないのじゃ。そんなんだから女にモテ・・・・・ぶ、ぶっぷぷぷぷ」

「う、うわ、きったね。唾とばすなよ」


 そしてまたも噴き出す神さん。


 まったく何なんだよ・・・・・・・・・・・・・って、まさか!


「おい、神さん。もしかして俺が異世界で何があったのか知ってるのか!?」


 まさかとは思うが神さんに訊いてみたら、


「げけけけけけけけけぇぇぇ」


 腹を抱、足をバタつかせた神さんが、奇妙な声で爆笑しだした。


 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、マジか!


「どうやって知ったんだよ!」

「けけけけぇぇ、な、何をじゃ? 変態行為をか・・・・・ぷぷぷけけけけ」


 絶対知っているじゃねぇか、こいつ・・・・・てか、笑い方が怖えよ。


 何だ、何でだ。神だからか、神の力で知ったってことか。


 羞恥で悶絶しながら俺は神さんに恨まし気な視線を向ける・・・・・と、その視線の先に気になる存在。


「・・・・・・・・テレビ」


 競馬の実況が流れているテレビ。


 神さんが競馬中継・・・・・・・・いや、おかしい。


「もしかして・・・・・・テレビに・・・・・・」


 まさかとは思うが、どうにもそんな気がする。


 そう考えていたら神さんが呼吸を落ち着かせて、然もありなんと答えた。


「うむ、テレビでお主の事を見とったのじゃ」

「・・・・うそ、だろ。もしかしてずっとか?」

「うむ、ずっと見ていても良かったのじゃが、流石にそれは暇じゃろう。偶にじゃよ、偶に。さっきは偶々暇で見とったら、何やら騒動に巻き込まれて、あれよあれよという間に、お主最低な男にされとったのぉ。ここ最近では一番に笑わせてもらったのじゃ。あぁ、あの時は笑い過ぎて女神なのに死ぬかと思ったのじゃ」


 ・・・・・・マジでか。


 あれを全部見られていたのか、ぐおぉぉぉぉ、畜生。


「それはプライベート侵害だ」


 堂々と覗き見を暴露した神さんに抗議の声を上げた。


 すると神さんに何を言っているんだとばかりの顔をされた。


「何を言うておるのじゃ。この趣味を与える時にわしは伝えたじゃろうが」

「・・・・・・・え? 何を?」

「これはわしの娯楽で、お主が旅するのを見て楽しむとな」


 当時にの事を思い出す・・・・・・・・・・・今一覚えていない。


「そうだっけ? あ~、言われたような、無いような」

「まったく適当な男よのう。まぁ、何にせよ、それがお主を異世界に行かせた理由なのじゃ。だから見ていても文句を言われる覚えはないのじゃ」


 ふんすと鼻を鳴らす神さん。


 ちょっと釈然としないが、何となくそんな話だったような気もするし、異世界冒険は楽しませてもらっているので文句も言い難い。


 あれ、でも待てよ。


「それって、俺が向こうにいる間ずっと見れるのか?」

「見れるのじゃ。何処にいても、何をしていても」


 ・・・・・・・それって拙くないか。


「あの、もしかしてトイレとかも・・・・」

「うむ、見ようと思えば見れるが、わしにそんな汚いものをみる趣味は無いのじゃ」


 神さんがうげっとする。

 あぁそうだね、ごめん。


「例えばなんだけど、もし、もしだぞ、俺に彼女が向こうで出来たとしてだ」


 早くそんな日が来て欲しいと切に願うよ。今回のカジャラさんは失敗してしまったけど・・・・


「夢を見るのは自由じゃ」

「・・・・夢って言うな。いやそうじゃない、そんな事を言いたいんじゃない」


 全く神さんは失礼な事を言う。そもそも俺に彼女が出来る様に加護を与えたのはあんただろうに、それで彼女出来なかったら一生呪ってやるからな。


「神を呪うのはやめてほしいのじゃ」

「くっ、心を読むのは反則だ。いや、だからそうじゃなくて、俺に彼女が出来たらだ。その、なんだ、当然あれするわけじゃん?」


 ちょっと年甲斐にも無く恥ずかしくて言い淀んでしまった。


 すると察しなくていいところを察した神さんがニヨニヨと笑っている。


 ・・・・・くそっ!


「それを見られたら恥ずかしい、と」

「・・・・っ、そうだよ。当たり前だろうが」


 誰が好き好んで行為に及んでいるところを人に見せたいと思うかよ。


「うむ、まぁそうじゃのう。確かにそこはわしでも気が引けるのじゃ。じゃからそうなりそうな雰囲気になったら見ないようにしてやるのじゃ」

「・・・・よろしくお願いします」

「・・・・多分」

「おい!」






 てな事が昨日あった。


 つまりだ。うちのテレビに俺の異世界覗き見機能が追加されていたという事だ。


 まさか自分の部屋にあるテレビで俺自身が盗撮されようとは思いもしなかった。

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