第33話 開拓村のティルル
【ティルル】
こんにちは、私はティルルです。
色々あって西の国境付近で開拓民として毎日頑張っています。
どうして私が開拓民なんてやっているかと言いますと、私の幼馴染で、今は恋人のドゥーエの両親が開拓村の村長として選ばれたから、将来の村長婦人となるべく、私は着いて行くことを即断したのです。
恋人のドゥーエは背が高くて男らしさを感じさせる端整な顔をしています。自惚れに聞こえるかもしれないけどとてもハンサムです。
だから昔っからモテていたんだけど、彼ってば幼いころから私一筋だったんだって、姉の様に慕っているカジャラさんが教えてくれました。
ちょっとエッチだけど気心も知れたハンサムなドゥーエを私は愛しています。だから迷いなどありませんでした。「ついてきてくれる?」の彼の言葉に、間髪いれずに「はい」と答えました。
開拓村に来て半年ほどは大変だったけど、村の周囲の畑で作物が順調に育ってき始めている事に村の皆も満足していました。実感できる成長ってとても素晴らしいものです。
でも二年近く経ったある日、王都から偉い兵士さんがやってきて、戦争になるからと、体力のある男達は全員徴兵され村から出て行かなければならなくなりました。
ドゥーエもその中の一人に当然入ってしまいました。抵抗したかったけど王族の命令だと言われてしまっては逆らう事なんて出来ません。
その日はとっても悲しくていっぱい泣いてしまいました。
だけどいつまでも泣いてばっかりはいられません。辛いのは私だけじゃないから、村の皆が同じ位辛くて悲しいのですから。
だから私は一人になっても頑張って、畑で立派な作物が実るよう努力しました。
流石に荒れ地を開拓するのは無理ですが、せめて彼が作ったこの畑だけでも守ってみせると誓ったのです。
それから暫くたったある日のことでした。
この村には珍しくよそからの商人さんがやってきたのです。
話を聞くと戦争している相手国の方みたいで、激しくなった戦場の街から逃げてきたのだとか。
村の方針で男性がこの村にやってきたら、出来る限り住んでもらえるよう待遇する、ただし身売りはしてはいけない・・・・・・当然です、私にはドゥーエがいるんですから・・・・・・という方針が有るので、村民総出でおもてなしをしました。
ですが残念な事にこの先のタルバンの街まで行くのだとか・・・・・仕方ないですね、ここは村、しかもまだ開拓途中で商売にはならないでしょうから。
それにおじさん過ぎるので村の女性たちの誰も商人さんには興味を示しませんでしたもんね。
お義母さん・・・・あ、まだ婚約もしてないから、村長婦人って言った方が良いかな。その村長婦人が言うには戦争から男達が帰ってこないかもしれないから、新しい人を見つけないといけないってことだけど、私は絶対彼以外とは嫌なので諦めたりはしないのです。
商人さんが来てから数日してまた新たな男の人がやってきました。
ですが・・・・・・・・・・・その方はとっても不思議な人でした。
旅人のようですが荷物も何も持っていないようです。ならば何か依頼を受けた冒険者さんなのかと思えば、身に付けているのは手甲だけで武器すら持っていません。一体この人はここに来るまでどうしてたんでしょうか不思議でなりません。あ、もしかして近くで盗賊に襲われて追いはぎされてしまったとか? でも怪我らしいものもしていない様子。髪色も珍しい黒色でした。
何だかちょっと危険な匂いがしますが、ここは未来の村長婦人が頑張って男の村民勧誘を行いましょう。
知らない人とお話しするのはそれほど得意ではないのですが、拳をギュッと握って気合いをいれて思い切って話しかけました。
えぇ、それこそ心臓バクバクですよ。
ですが失礼な事にその男の人は話しかけた私の事に気付いてくれませんでした。
声が小さすぎましたかねぇ。それならばともう一度少し声を大きく「あ、あの」。けれどもそれでも気付いてくれませんでした。何かを真剣に考えているみたいでした。
「あの、もしもし」
ですがそのまま放置する訳にもいきません。このまま進めばどの道村に着くのですから、少しでもここで仲良くなっていた方が得策です。
だからもう一回もっと大きな声で問いかけてみました。そしたら「考え中だから少し待って」と言われてしまいました。
分かりました、少し待っています。
それなりに待ちましたが一向に反応が返ってきません。
は! もしかして立ったまま気絶しているのでは!?
外傷は見受けられませんが盗賊に襲われたかもしれないのです。もしかしたら目に見えない傷がいっぱいあるのかもしれません。
そ、それは大変です。もう一度声を掛けて・・・・・・そう思った時、男の人と目が合い暫しの間。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
男の人は初めて私の存在に気づいてくれたようです。
ただその後が大変でした。
男の人は叫び声をあげて飛び上がったのです。えぇ間違いなく飛んでいました。
人間あそこ迄飛べるんだなと感心するくらい飛んでました。
で、私も驚いて思わず悲鳴を上げちゃいました。
その後挨拶をし少し話をするととても礼儀正しくいい人そうでした。もう、私の苦労を返して欲しいです。
でもちょっと気を付けないといけない事があります。
チラチラと私の胸を見てくるのです。これは注意しておかないといけませんね。忠告もした方が良いでしょうか? この村では体を売る事はしませんよ、て。う~ん、でも無理矢理どうこうしそうな人ではないですから、自然と誰かと結ばれるのは良い事ですし、これは私の文字通り胸にしまっておきましょう。
男の人は”ハルさん”と言うそうです。顔はタイプではありませんが奇抜な格好とは裏腹に話口調は丁寧で穏やか。言葉だけを聞いていればどこかのお貴族様なのかと思えます。荷物を持つのも手伝っていただいたので悪い人では無いとは思います。ただちょっとエッチな気がします。
ハルさんは泊まる場所を捜していましたので村長婦人に相談してみました。そうしましたら倉庫として使っている元寄宿舎を使っても構わないとの事でそちらを案内。汚い場所ですが他に泊まるところも無いので致し方ありません。村で唯一の来客用の小屋は今は商人さんが使ってますし。
次の日畑仕事をしているとハルさんがやってきて「手伝う」と言ってくれました。最初は遠慮したのですが、それでもというのでお願いすることに。もしかしたらこうやって畑仕事をやっていればこの村を気に入ってくれるのかもって打算もあります。野菜が育つのってホント楽しいし嬉しいですもんね。
流石は男の人、お願いした分をもう終わらせてしまったみたいです。結構重労働だと思うんですがハルさんは息すら切らせていませんでした。ずっと農業している私より慣れているなんて、何だか少し嫉妬してしまいます。
むむ、ハルさんの視線に何だか身の危険を感じます。暑いですが上着を着ておきましょう。
さて、そんなエッチなハルさんには向かい側の荒れ地を手伝ってもらうことにしました。別に嫉妬して嫌がらせをした訳ではありませんよ、ホントです。
ドゥーエがいる時に大まかに木を切り倒して開いた場所。私の力ではどうしてもできなかった場所です。
ドゥーエが帰ってくるまでに少しでも進めておきたかったんです。
ハルさんは快く引き受けてくれました。
私の胸を見ていた分、大いに頑張っていただきたいです。
そろそろ戻ろうかなと思っていた時にハルさんが戻ってきました。突然後ろから声かけられてそれはもうびっくりしました。
足音も聞えないし気配も感じないって、もしかしてそろりそろりと背後から迫ってきたのでしょうか?
やっぱり上着を着ておいて正解ですね。
ハルさんの表情はどこか浮かない感じでした。
それはそうでしょうね、あの土地を耕す事があんまりできなかったのでしょうから、少し落ち込んでいるのかもしれません。
気にしなくていいんですよハルさん。農業舐めるなってことです、はい。
村に戻るとポックリンのお爺さんと私が姉の様に慕っているカジャラさんがお話をしている様子。楽しそうなので私も混ざってしまいましょう。
失敗してしまいました。
お話に夢中になってハルさんの事を忘れていました。ごめんなさい。
カジャラさんてばハルさんに冷たくあたっています。でも気持ちは分かりますし、ありがとうございますと言いたいです。
カジャラさんはきっと私の事を心配しての事だと思うので。
きっとハルさんの私への視線が気になったのでしょう。
カジャラさんはいっつもそうなんです。私が傷つかないように守ってくれるのです。もうホント大好きです。
それなのにハルさんは失礼にもカジャラさんの事を男の人だと思っていたって言うんです。こんなに綺麗な人なのに。
でもカジャラさん、その言葉遣いと男っぽい仕草はやめた方が良いですよ。それと女性らしい服装で、出来ればお化粧もした方が・・・・・・。
夜中激しい物音で目が覚めました。
何かあったのだろうかと慌てて着の身着のままに外に出たら、建物を壊す小柄な姿が見えました。
子供かなと思ったのですが、暗さに目が慣れてくるとそれが何なのか分かりました。
ゴブリンです。
ゴブリンが村の中に入ってきたのです。
前にも一度こんな事がありました。ですがあの時は男の人たちがまだいたので大きな被害は出ませんでした。
その後柵も作りましたし、入口には門番も立てて注意していたのですが、それではゴブリンを防ぐことが出来なかったみたいです。
私は恐怖で体がすくんでしまいました。
ゴブリンの目が私に向きました。
生温かなものが股と内ももを伝っていきました。
私はお漏らしをしてしまいました。余りの恐怖に盛大にお漏らしをしてしまいました。女の尊厳が崩れてしまいそうです。
いえ、今はそんな事を言っている場合ではありません。早く逃げないと。
家の中に逃げ込もうと思ったのですが、思うように足が動かずその場で倒れてしまいました。
その時何かが私の脚を掴みました。
恐る恐る振り返るとゴブリンが私の脚を掴んでいました。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ」
私は叫びました。
助けて、助けてドゥーエ!
ですが無情にもやってきたのは2体の別のゴブリン。
3体のゴブリンが私の体を持ち上げて走り出しました。
その瞬間私は悟って全身から鳥肌が立ちました。
以前聞いた話では、ゴブリンは気に入った人間の女性を巣に連れて帰り、何度も何度も子供を産ませると。
想像しただけで地獄を味わいました。ましてやそれがこれから現実になろうとしているなんて。
ゴブリン達は村を出てそのまま私を森へと連れ去ろうとしました。
私も抵抗してみたのですが、小柄な体の割に力がすごく強くて正直逃げれそうにありません。
ですが女神様は私をお見捨てにはなりませんでした。
先頭を進んでいたゴブリンが木の根に躓いて転んだのです。
その拍子に他のゴブリンもバランスを崩して大転倒。私は地面に放り投げられてしまいました。
ものすごく痛かったのですが、そんな事に構っている暇はありません。この隙に逃げなくては。
私は直ぐに立ち上がって走り出そうとしました。しかしそこをゴブリンに掴まれて止められてしまいました。
あ、何て所を掴むんですか!
ゴブリンは私のおしっこで濡れたパンツを掴んで離しません。もうほとんどお尻が出てしまっています。
でも今更パンツ如きで怯んではいられません。私は神業の如く素早くパンツを脱ぎ捨てて一目散に森の中を走りました。
それは過去のどんな時よりも必死で走りました。裸足で森の中を走っているので凄く足の裏が痛いです。でもゴブリンに捕まってゴブリンの慰みものになるくらいならこれくらいへでもありません。
どれだけ走ったか分かりません。ただここは前にカジャラさんと来たことがある場所なので、何処を通れば街道に出るか分かります。
森の中を彷徨っていては絶対に助かりません。誰かいる事を願って街道へと出るのが私が助かる確率を上げる唯一の手なのです。
途中後ろから奇妙な音が聞こえましたが振り返ってりはしません。少しでも早く遠くへ逃げなくては。
あ、森の終わりが見えました。私は少し安堵しました。
ですが、その安堵は直ぐに消えて無くなってしまいます。今にも手が届きそうな位置にゴブリンが迫っている事を背中越し感じたからです。
私は最後の力を振り絞って走りました。
でもそれと一緒に、街道に出ても誰もいなかったらどうしようかという不安が頭を過ります。
お願いします女神様、どうか、どうか。
私は祈りました。普段お祈りしない私ですがもう女神様にすがる事しか出来ません。
森を抜けました。
そして私は女神様に心からの感謝を捧げました。
何ていう事でしょう。
森を抜けた街道には戦争に行っていた男達、そしてドゥーエがいたのです。
ドゥーエは直ぐに私と分かったみたいです。それと同時にゴブリンに追われているという事も。
ドゥーエは私をギュッと抱き止めて庇う様に包み込んでくれました。やっぱりドゥーエは私の英雄様なのです。
周りの男の村人たちがゴブリンを滅多打ちに、流石に目を逸らしてしまいます。
・・・・・あふっ。
ドゥーエが自然な流れで私のお尻を撫でて・・・・あっ。
もう、ドゥーエったらエッチなんだから。
あ、でも私の服、おしっこで濡れていないでしょうか? それに・・・・臭いが・・・・。これは内緒にしておきましょう。
皆と村に一緒に戻りました。
久しぶりのドゥーエは手を繋いではいるけど無言でした。久しぶりだから緊張しているのかな? でもそれは私も一緒だよ。
村に近付くと何だか騒がしい・・・・・・・あ!忘れてました。村にゴブリンが襲ってきていたことを。
何て事でしょうか、私としたことが、自分が助かった事とドゥーエに逢えたことで安心しきっていました。
ん?
でも何だか様子が変ですね。
そう思っていたら一台の馬車が勢いよく村から飛び出してきました。
私は驚きながら馬車を見ていたら乗っていたのは商人さんとハルさんのようです。
「あれ!? ハルさん? そ、そんなに急いで馬車でどちらに」
あれ、もう旅立つんですか? あ、でも男の人達が帰ってきたので、もう無理に引き留める必要は無いですね。
しかしハルさんの表情は何とも表現しがたい、くにゅっとした感じになっています。あれはどういった意味合いの顔なのか。
私がハルさんに声を掛けたらドゥーエが強く手をギュッとしてきました。
もしかして嫉妬しました・・・・・大丈夫ですよ。私が好きなのは私の英雄様ですから。
そんなお惚気に浸っていたら村からとんでもない叫び声が聞こえてきました。
「そいつは私らを襲った変質者だよ。誰か捕まえて!」
・・・・・・え? どういうことですか?
もしかしてハルさんが?
状況が呑み込めない私はオロオロとしてしまいました。
男の人たちも何のことか分からず同じような状況だったのですが、次第に判断できたのか何人かがハルさん達を追いかけ始めました。
その後ハルさん達に逃げられてしまったらしく、鼻息の荒い皆が村に帰ってきました。
村に入ったゴブリンは全部いなくなったとの事で一安心。後から村長婦人に聞いたのですが、あのゴブリンはハルさんが操っていたんだとか。
う~ん、どうにも信じられません。
ハルさんはそんな事をする人には見えなかったのですが。
それとカジャラさんが村に戻って来たとき何時もと様子が違っていました。「何かあったのですか」と訊いたら「何でもない」と言われました。でもちょっと頬を赤くして普段より可愛らしく見えるのは気のせい?
それと衝撃的な事を告げられました。
その内容は、どうもハルさんが私のパンツを持っていたというものです。カジャラさんがあのパンツは私のだと断言していました。
でもカジャラさん、どうして私のパンツを知っているんですか? 私そっちも気になります。
それにしても、私のパンツ、ですか・・・・・・。
も、もしかしてゴブリンに奪われたパンツでしょうか。
そ、それは大変です。
だって、あれはお漏らしをしてしまった私のおしっこが大量に染みついたものだからです。
うぅ、手に入れた経緯は分かりませんが、ハルさんはやっぱり変態さんだったのかもしれません。
今日は大変な事がいっぱいありました。悲しい事も嬉しい事も。でも感傷に浸っている余裕は開拓村にはありません。
先ずは村内の片付けをして、ゴブリンがまた来ない様に柵をもっと頑丈にしないといけません。今日は長い一日になりそうです。
次の日。
今日は朝からドゥーエと一緒に畑にやってきました。
昨日お世話できなかったので今日はとびっきり頑張っちゃいますよ。
ドゥーエには早速荒れ地を頑張って耕してもらいましょう。
そういえばハルさんはどこまで進んだのかな・・・・・・・・・・・て、何ですかこれは!
どうにもならないような荒れ地だった場所が、立派な畑へと変わっているではないですか。
ま、まさかこれを一日でハルさんが・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・うっ。
私はとってももったいない事をしてしまったのかもしれません。
もしかしてハルさんって物凄く役に立つ人だったのかも。
私は隣で暢気に「立派な畑になったね」と言っているドゥーエを見ました。
顔は好みではありませんでしたが、ハルさんと結婚したらもしかしてかなり楽な生活が送れたのかもしれないな、と若干後悔が過ります。
もし、あの時ゴブリンから助けてくれたのがドゥーエじゃなくてハルさんだったら、そんな未来があったのかもしれません。
しかし、ハルさんっていったい何者だったのでしょう。
私は来たときからいなくなるまで不思議がいっぱいなハルさんに思いを馳せるのでした。
それとパンツ、一体どうなってしまったのかとても気になります。
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