第85話 フィアという少女
「私は・・・・・・フィ、ア」
少女はゆっくりながらもそう答えてくれた。
俺はその間に入れておいた紅茶を少女に差出す。最初はなかなか受け取ろうとしなかったのだが、俺が一匙スプーンですくって毒見をしたのを見たらようやく受け取ると、熱い紅茶に何度も息を吹きかけてちびちびと飲みはじめる。
暖かなものを口にし少女の口元が僅かに緩む。
・・・・・・フィア、ね。
念のためとマップを確認してみるか・・・・・・・・・・・・・・は!?
俺は驚きにマップを2度見。それから両手でカップを持ち小動物の様に紅茶を飲むフィアと名乗る少女をそっと見る。
た、確かに噂通りだけど・・・・・。
希望通りというかまさかのテンプレだ。妄想はしていたけど想像した以上だろ、これ。
ちょっと頭痛がしてきた。崖崩しの損害賠償とか小さな悩みだったわ。
何これ、どこの漫画の主人公。こんな子助けるってどんな確率だよ。てかその前にこの子の属性盛り過ぎじゃね。まるでテンプレのデパート状態になってんぞ。
パニックに発狂しそうになっていると少女が俺を訝し気に、いや不審者を見る目で見ていた。
お、落ち着け俺。
これはあれだ、偽名を語ったってことはこの子として隠しておきたいってことだろう。
そう俺はマップでこの子の本名を知ってしまった。確認のつもりで見たのだがそれがとんでもなかった。
最初こそまさかと思ったのだが、色々と考えると多分間違っていない、はず。
その事で俺はかなり焦ってしまったが、もろもろの状況を考えれば少女の本当の名前を俺が知っていることはこの子には知らせない方が何となくよさそうだ。
「あ、あぁえっと・・・・俺はハル。夜にも言ったけど冒険者を、やっている」
取り合えず少女が名乗ったので俺も名乗り返したのはいいが、やべぇかなりテンパってしまった。ほら目を顰めているし、駄目だぞ可愛い子がそんな顔しちゃ、まぁそれでもすんげぇ美人だけど。
速攻で怪しまれてしまった。
ここは兎に角話題を振って意識を反らさなければ。見た目小学生か中学生くらいの女の子だからな、怯えさせないよう出来るだけ優しく話しかけよう。
「えっと、フィアちゃんは一人でここにきたのかな?」
「・・・・・・そのように呼称は承服しかねます」
「っ!」
怒られた。
馴れ馴れしすぎた?
「あ、えっと、ごめん・・・・じゃ、じゃあどう呼んだらいいかな?」
女の子の扱いの難しさにどうしたらいいのか分からず、仕方が無いので情けないが素直に少女に尋ねる。
すると少女からしばし沈黙したのちに「そのままフィアで構いません」と言われた。
結局名前呼び。俺はいったい何を間違っていたのだろうか。
「えっと、それじゃあ・・・・フィア、は誰かと一緒じゃないのかな?」
名前を呼び捨てにするのは照れるが相手は子供、そこを気にしすぎていても仕方が無い。俺は言われた通り名を口にして質問を投げかけた。
マップで見ると少し距離はあるがタルバンの街側に何人かの反応はある。それがフィアの関係者かどうかは判断が難しいところだ。ただその人たちは動き方が何かを探してはいるっぽいので、もしかしたらこの子を探している可能性は高い。
だったらそこまで連れて行けばいいか、と一瞬思ったが、よく考えるとその事はおかしいような気がした。
そもそもこの子が1人でいる状況がおかしい。しかもこの国でだ。
状況的には色々と考えられる。それこそ融和の為というのだってある。でもそれであればなおの事一人であることが変だ。
そうでなければ、攫われた?
どこからか逃げてきて・・・・・こっちの可能性の方が高いか。
フィアは俺の問いかけに俯いて沈黙した。何かを耐えているのか唇をキュッと噛みしめている。今にも泣き出してしまいそうなほど肩を震わせている。
・・・・あぁ、最初の質問はどうやら間違ったみたいだ。
何があってここに一人でいるのかは分からないが、それがこの子に取ってとても悲しい事なのは分かる。
そもそも俺はこの子に関する情報がティンガル村での噂話だけしかない。ただそれだけでもこの子が置かれている状況が良くな事だけは理解できる。
あてにならない俺の予知能力に眉根を寄せて悩んだ感を出す。
「1つ・・・・教えてください」
閉ざしていた少女の唇が開く。未だ緊張の色の濃い声音が紡いだのは答えでは無く質問だった。
俺はフィアからの質問内容に先回りするように予測する。
恐らくフィアから来るのは俺の目的か素性に関するものだろう。なぜならフィアが俺に対して一番気にしているのがその事の筈だからだ。多分俺がこの国の兵士或いは何かしら国と関係ある存在ではないかと危惧している筈。
今度こそ間違えない為に俺はその答えの最適解を考える。
がしかし、それは徒労として終わることとなる。そしてフィアからもたらされた実際の質問内容に、小さな悩みだと放り捨てたものを盛大に拾いなおし慌てふためくこととなる。
まるで蝋人形の様な白く滑らかな指が俺を指示した。いや、これは俺の後ろを指しているようだ。フィアの瞳がこっちを向いているが焦点は俺に合っていない。
「あれは・・・・貴方が?」
フィアのその言葉に俺は何のことかわからず、ただ指し示す方、後ろを振り返った。
・・・・・・・・・・げ!
フィアの指す先にあるもの・・・・・・・・それは寸断されて通れなくなった道。
いや正確には寸断させた大きな崩落跡。言うまでもない、俺がやってしまったあの崖崩れの場所だ。
少女の美貌が真直ぐ俺に向いている。緑色の深く澄んだ瞳が俺を映しこみ離さない。その魔性の輝きは目を合わせてしまったが最後引き込まれ抜け出せなくさせる魅力がある。
そんなに真直ぐ見られたら嘘は吐けないな。
そもそもバレることはもう諦めている。ここに来た時点でバレない訳がないからな、ただそれが俺がやったとフィアが思うかどうかの問題だったのだが、恐らく彼女の様子から俺がやったとのだと確信しているのだろう。
だったらごまかしても仕方が無い。そうする事に何のメリットも無い。
「・・・・・そうだね」
素直に認めた。
はい、損害賠償決定。
あ、いや待て。【農民】のスキルでだったら直せるんじゃ・・・・・・・・は無理か。多少は直るだろうけどこの崩れるどころか完全に吹き飛んでしまった大地まで直せるかは微妙だ。
まさか異世界に来て早々犯罪者になってしまうとは。俺は意気消沈に肩を落とした。
くぅうう。
落ち込んでいるとどこからか可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。
ん? モンスターか?
辺りを見渡してみるが何も見当たらない。いるのは俯く銀髪の少女だけ。岩だらけの道には他に何もない。
くきゅぐぅぅぅ。
おかしいなと小首を傾げると先ほどよりも大きな鳴き声が。
もしやと思ってフィアを見ると、物凄い勢いで自分のお腹を両手で覆った。
あ、これは、もしかして・・・・・・。
小刻みに振るえる小柄な体。フィアの白い頬が真っ赤に染まっている。
可愛い鳴き声の正体見付けたり。
「・・・・・・お腹、すいた?」
「・・・・っ!」
可愛らしい鳴き声の主はフィアの腹の虫だったようだ。
そう言えばこの子、昨日から何も食べていないんだった。いやもしかするともっと前からかもしれない。
縮こまっている少女に思わずクスリと笑ってしまった。
俺の笑い声が聞こえてしまったのか、深緑の美しき瞳にキッと睨まれてしまった。でも俺はフィアが始めて見せた年相応の反応に微笑ましさに頬が更に緩んだ。
アイテムボックスを開いた。
アイテムボックスの中には非常食がそれなりに入っている。アパートでも使えるようになったので其れこそコンビニ弁当だったり菓子パンであったりお菓子や飲み物と、異世界に来る前に向こうで買い揃えた物ばっかりだ。
でもさすがにこれを大っぴらに出すのは拙いよな。
キャンプ道具やテントなどを出しておいて今更感はあるが、流石に包装の袋は拙いだろう。不思議なキャラクターが書いてあるビニールなどこの世界では絶対にあり得なさそうだ。
弁当ぐらいなら誤魔化せそうな気もするが、丁度良いのがあったのでそれを出すことにした。
タルバンの街で買った黒パンと肉の串焼きだ。街を出る前に屋台で試しに買っておいたやつだ。本当はお昼に食べようと思っていたのだが、魔法の試し打ちですっかり忘れていた。
でもこれだけだと味気ないというか食べにくそうだ。
男であれば気にしなかったところだけど、この子はまだ幼いうえに少女だ。そんな子に肉と固そうなパンだけってのはきついだろう。それにこの黒パンはふつうは水に浸して食べなると店の人が言っていた。
だったらもう一品、黒パンに合うものを探す。
お、これはちょうどいいのがある。それを取り出してフィアからは見えない位置でカップに入れお湯を注ぐと、直ぐにふやけたそれはおいしそうな匂いを立てはじめた。
固形の即席スープ。一人暮で忙しかった俺のマストアイテムの一つだ。
テーブルをフィアの前に移動してそれらを少女の前に並べる。スープから湯気が立ち上るいい香りにフィアの細い喉がごくりと鳴った。
「これでよければ食べてくれ」
はいどうぞ、と俺が掌を差し出すとフィアは深緑の瞳を丸くさせ何度か食べ物と俺と視線を行き来させた。でもやはり紅茶同様に中々手を出さない。
それならばと、ちょうど俺も腹が減っていたのと安心させる為に自分用に同じものを出す。スープに黒パンをしばらく浸して俺は口へと放り込んだ。
ふやけさせた黒パンはそれでも結構な噛み応えがあった。
そのまま食べていたらきっと顎か歯を痛めていたんじゃ無いだろうか。味は多分良くない、というか小麦の匂いだけがやたらと口に広がってくるが味が殆どない。これスープが無かったら絶対食べれなかった。
俺が食べているのを見てフィアは迷っていたのだが限界だったのだろう。恐る恐るではあるがカップにそっと口元に持っていった。
「・・・・ぁっ」
最初の一口目でスープの熱さに驚いてはいたが、その後は無言で食べ始めていた。そうとうお腹がすいていたのだろう、与えた食事はあっという間になくなってしまった。
食べ終わると幸せそうにほっと息をつく。幾分か表情も和らいでいる。
フィアと目が合った。
するとフィアはおもむろに立ち上がる。
「ありがとうございました」
するりと流れる銀糸の髪。これ以上ないくらい洗練された佇まいでフィアが深く深く頭を下げる。
その庶民とはかけ離れた美しい所作に、俺は見惚れ呆然としてしまった。
「・・・・・これまでの無礼をお許しください」
「え? あ、あぁ・・・・・・気にしなくて、いいよ」
本物は違うな・・・・・などと感心しつつ、少女に対して見惚れてしまった恥ずかしさに手をひらひらと素っ気なさを装う。
ゆっくりと顔を上げるフィア。その表情からさっきまでの少女らしさは無くなっていた。逆に今までの様に、いやそれ以上に思いつめたような張り詰めた表情をしていた。
しばしの沈黙。
「私・・・・・」
フィアが血色が良くなった桜色の唇を開きかけたところで、俺は立ち上がり道の先へと視線を飛ばす。
急に立ち上がった俺に驚くフィア。俺はフィアを一瞥し申し訳なさを感じるも思考は直ぐに別なものへと写っていく。
これは近付いてるな。
マップに浮かぶ複数の青いマーカー。それが俺たちのいる方へとどんどん近付いていた。
少し前に確認した時も気付いてはいたが、やはり何かを探している様子のマーカーたち。
数は随分と多い。ざっと10人はいる。それが複数のグループに分かれて動いている。当初は逸れたフィアを探しているのかと思っていたのだが、今までのフィアの様子を見るに恐らく違うだろう。だがマーカーの動き方からするとある程度組織だって動いているのは分かる。
これは正体が分からないだけに少し警戒した方が良いかもしれない。見つかると面倒だからな、テントとかはしまった方がいいか。
フィアが不思議そうにこちらを見ている。
少し迷ったが俺はそのままテントなどを次々とアイテムボックスにしまっていく。
フィアの前で迂闊すぎる行動かもしれないが、多人数に見つかるよりはこの子に見られた方がまだいいだろう。
この子は誰にも言わなさそうな気がするし。
「な、まさか・・・・・・空間魔法」
大きなテントが忽然と消えた事に驚いたフィアが勢いよく立ち上がり椅子を倒す。どうやら魔法収納的なものがあるのかフィアが息を呑み其れらしいのを口にした。
そんなフィアを置き去りに俺は次々としまっていく。全てのものを収納するのにそれほど時間がかかる訳でもなく直ぐに終わった。
だが時間としてはギリギリだったみたいだ。まるでタイミングを見計らったように崩れていない方の道の奥からそいつらは現れた。
あの格好は冒険者か。
現れたのは3人の男だった。
簡素な革の鎧を身に着け腰には剣を携え如何にもな出で立ちの男たち。クラリアンさんのような魔法使いは見た目だけだといなさそうだ。
俺の視線に気が付いたフィアが男たちに気が付くと慌ててフードを被った。それから男たちから隠れるように俺の背後へと回っていく。
俺は盾か遮蔽物かよ・・・・・突っ込みながらも綺麗な少女に頼られるのは気持ちが良い。
そんな可愛らしい男心にほっこりしていると、どうやら男たちもこちらに気付いた様子。こちらに真直ぐ向かってくる男たちに何となく嫌な気配を感じなる。
マーカーは青だから敵対してこないだろうけど。
「よぉ、こんな朝早くからお仕事かい? その様子だと野宿明けか?」
そのままやりすごしたかったのだが冒険者の男たちの内の1人が俺に話しかけてきた。にや付いた顔があまり良い印象を与えない。男たちの視線は背後にいるフィアに集まっている。
「えぇちょっと失敗して夜遅くなったものですから。そちらも朝早いですね。いいお仕事でも入ったのですか」
フィアを男たち隠すように体をずらし、必殺の日本人愛想笑いで男に答える。
「あぁちょっと探し物を頼まれてね。もしかして君も同類か?」
俺と喋っているのは細身で高身長な男だ。恐らく彼がリーダーなのだろうが、いかにも神経質そうな顔をしている。物言いもどこか偉そうで何か含みを感じさせる。
肌がピリつく。
「俺は薬草の採取の依頼だけどもう終わったから帰るところだ」
俺は袋から薬草を取り出し男に見せた。男は「ああそう」と気のない返事をするのだが・・・・・・・・どうにもその顔が気に入らない。とても不愉快な笑みを浮かべ残りの2人に視線を送っている。
「あんたは探し物は見つかりそうかい? こんな街から離れたところまで来るなんて大変だな、俺は帰るから頑張ってくれよ」
嫌な感じがするのでここは早々に退散するのが吉か。
長居は無用と手をひらひらさせて俺は歩き出し、「ほら行くぞ」とフィアに声を掛ける。フィアは頷いて後を追うように歩き出した。
これでフィアが着いてこなかったら俺は涙目になっていたかもしれない。この怪しそうな男たちと俺とを天秤にかけて俺を選んでくれたことにホッ息をついた。
男達の脇を通り過ぎようとしたとき細身の男がニヤケ面で口を開いた。
「すごいなあそこ。昨日の爆音と煙、きっとあそこで何かあったんだろうなぁ」
俺はドキッとした。ときめきではなく動揺だ。
こいつらはもしかしてこれの原因を探しに来たのかよ。やべぇ!
「あぁ、す、すごいな。土砂崩れでもあったんだろうな。俺も見てびっくりしたよ。もしかして探しもってこれだったのか」
こいつら憲兵か何かか?
俺の心臓はバクバクだ。これはちと予想外の展開だぞ。
誤魔化せ、しらを切れ、がんばれ俺。
「いや、違うさ。これは探し物をしている時に偶々みたから来てみただけだな。何かあるかもしれないと思ってね」
「あ、あぁそうか」
だが男らの目的は違っていたようだった。
マジ助かった。異世界で冒険をする前に犯罪で捕まりたくはなかったからな。でも油断禁物、さっさと退散だ。
さらばだと踏み出そうとしたら男が「あ、でもな」と話を続る。俺はこれ以上ここに居たくなかったので脚を止めずに進んだ。
フィアが立ち止まっていたことにも気付かずに。
「探し物は見つかったかもな」
それはどういう意味だ?
俺が振り返るのとそれは同時だった。
「きゃぁ」と言う悲鳴を上げたフィアのフードが捲れ上がる。外套の中に納めていた銀髪がファサっと宙に広がる。男の手がフィアのフードを掴んでいた。
輝く銀糸が流れ揺れる。フィアの神秘的な美貌が男たちの前にさらされた。
男のにやけた口元が更に鋭く弧を描く。
「なぁ公女様よ!」
男が叫んだ。フィアを見て「公女様」と。
そしてそれはフィアが・・・・・・・・ノーティリカ公国のお姫様であるステルフィアが彼らの目的だったと明らかになった瞬間だった。
マップ上の男のマーカーが赤へと変わった。
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