第86話 何でだろうか

 マーカーが赤に!?



 マップのマーカーが害意無しの青から敵対者の赤に変わった。それと同時に【気配察知】スキルが警鐘を鳴らした。


 咄嗟にその場から飛び退く。


「ちっ、いい反応だな」


 俺がさっきまでいた場所には鈍く光る剣が・・・・・・細身の男が斬ってきた。


「何のつもりだ?」


 突然友好的と思われた男が襲ってきた。しかも男は悪びれた様子もなく、逆に俺が避けたことを忌々しそうに眼を細めている。


 洒落にならん、今のは確実に殺す気だっただろ。


 躊躇を感じさせない抜身の一撃は確実に俺の頭を狙っていた。


「おっと公女様はこっちだ」

「っ!」


 ステルフィアが男に引かれて男に抱き寄せられる。



 ・・・・・・やっぱりお姫様、か。



 フィアがどういった人物か分かってはいた。何しろ俺のマップは一度その姿を見れば名前が出る仕様だ。だからフィアが名乗ったときに念のためと確認して分かっていた。



 ステルフィア・アーデヒト・ティル・ノーティリカ



 長い名前だがこれがフィアの、いやステルフィアの本名だ。そして最後についているノーティリカ。流石に国の名前が付いていればその人物がどういったものなのかは察しが付く。


 ステルフィアがこの国と戦争していたノーティリカ公国の噂のお姫様だということが。


 それと同時にこの冒険者の集団が何をしに来たのかも察しがついた。



「その子を攫うのか?」

「おいおい、俺を人攫いみたいに言わないでほしいな。言っただろう頼まれた探し物だって。これもお仕事だよれっきとした、な」


 冒険者風の男、そいつが頼まれてと言ってきた。


 ならば簡単な話だ。敵国のお姫様を連れて来いという依頼を受けたということだ。しかも口ぶりからすればギルドを通した正式なもので。


 他の二人の男もマーカーが赤に変わっていたが、そんなもの見るまでもなく相手は剣を抜いている。


 くそ、対人戦は経験が無いぞ、俺。


 どうする、どうしたらいい。


 ギルドに依頼したのは恐らくこの国だ。であれば正当性は向こうにある。ここで反抗すれば俺はギルドに敵対したことになるかもしれない。


 腕を背中に回され関節を決められ身動きの出来ないステルフィアが苦悶に呻く。


 正直余計な厄介ごとは面倒臭いので関わりたくない。しかもこれがギルド依頼の正式なものだとしたら猶の事。成り行きであの子を助けたけどこれ以上何かする義理は俺には無い。


 それにこの国からしたらステルフィアは敵国の重鎮、王家である上に今回の戦争の一番にの理由だ。その存在の面倒臭さで言えば最上位に位置するだろう。戦争という国家間のいざこざに一個人が顔を突っ込むものじゃない。


 だったらあの子をあいつらに渡して・・・・・・。



「離せ、私に汚い手で触るな、王国の犬が!」


 ステルフィアの苛烈な言葉に冒険者の男は明らかな苛立ちを見せる。


「あ? この王都ギルド【赤の猟団】のリーダーである俺に向かって口の悪い公女様だ、なっ」



 バシ!


「・・・・っ」




 逆上した男が裏手でステルフィアの頬を叩く。ステルフィアは地面に倒れると口から赤い筋が流れだす。




 俺にとっては関係の無い成り行きで助け少し話をしただけの子。俺が面倒ごとに巻き込まれてまでどうこうするべき関係性などは微塵も無い。




 ・・・・・・・・なんだけどな。




 瞳孔が大きく開くような感覚。そして深く息を吸い込む。


 感情の濁流がせりあがる。




 あぁなんとも胸糞が悪い!





 気付けば俺は地を蹴り男に向かって跳躍していた。



「うごほぉ!」


 左足が細身の男の腹にめり込む。男の身体がくの字に折れ曲がる。

 何が起きたのか理解できないのか男は目を見開いき、口から胃液を吐き出してその場にうずくまった。




 ティロリン♪


 スキル【手加減】を覚えました




 

 俺はステルフィアの腰に手を回してそっと抱き起す。


「・・・・どうして」


 ステルフィアが頬を押さえ俺を見上げる。俺はそれに答えるではなく男たちへと目を向ける。


「て、てめぇ何しやがる」


 冒険者の2人が怒りに喚く。


 何しやがる、か・・・・・確かに俺は何をしているんだろうな。


 この子は俺には関係ないとそう思ったばっかりなんだけどな。


 モンスターであれば話は簡単でよかった。倒してしまえばいいだけだ。それに対して憂いも躊躇する理由も無い。


 だけど人間は違う。


 人に危害を加えるにはそれ相応の理由がいる。もし正当な理由も無しに一方的に暴力を振るえばそれが自身に罪となって降りかかってくる。場合によっては報復だって受けるだろう。その所為で襲われたり追われたりするのはまっぴら御免被りたい。


 分かっている。そんなことは最初から分かっている。



 でも何でだろうか。



 この子を見ているとこんなにも胸がもやもやするのは。




 見た目が綺麗だから?



 確かに綺麗ではあるがそこに特別な感情は存在しない。しいていうなれば綺麗な芸能人を見ている気分に近い。



 なのにこの子が苦しんでいるのを見るとこんなにも心臓が締め付けられるのはなんでだ?



 俺が日本人だから?


 暴力になれていないから?



 この子に危害を加えた野郎にこんなにも腹が立っているのは・・・・・・・・俺が日本人だから?


 他の子がそうされても同じ気持になるのか?



 いや違う。


 確かに子供が理不尽に暴力を振るわれたら起こりはするだろう。助けたくはなるだろう。それは間違いないと思う。

 だが、今ここにある感情は其れとは異なる。似ていいるが異なるものだ。


 あぁそうだ、俺はこの子を助けたいと思っている。


 そこにどんな理由があろうと誰が的だろうと、俺がこの子を助けたいんだ。



 俺の中で何かがそう叫んでいる。



 ・・・・・・・・ほんと何でだろうなぁ。





「お前らこそ何してやがる」


 これが俺の偽善心なのかあるいは別な何かなのか、それは今は分からないけど、だけど・・・・・


「簡単に暴力を振るう奴らに、その子を渡すことは出来ないな」


 それだけは許せないのは確かな事で。



 そう理由なんて簡単だ。




 

 腹が立つんだよ、馬鹿野郎!!





「ぬかせ同類が、お前もこいつを狙ってきてるんだろうが」


 男の一人が激高し剣で斬り掛かってきた。



 が、遅ぇよ!



 斬りかかる男の懐に潜り込むと剣を持つ手を掌底で弾く。

 ゴキリと嫌な音が男の手から上がり剣が弾け飛ぶ。そして流れのままに肩で男の鳩尾をかち上げる。


 男の体が宙を舞い岩壁に激突。そのまま意識を失いズルズルと崩れ落ちた。


 死んではいない様子だ。さっき覚えた【手加減】スキルが効いている。


 ならば手加減はするが遠慮はいらない。


「この野郎」


 もう一人の男が横薙ぎに刃を払うのを身を屈め避け、疎かになっている脚を払う。俺の強烈な足払いは完全に男の体を地面から浮かせぐるりと宙を回る。そこを容赦なく踵で叩き落とす。

 男の身体が地面でバウンド、白目をむいて血を吐き出しそのまま地面に倒れた。


 【格闘術】のスキルが体をどう動かしたらいいか教えてくれる。


 殺しはしない。それは俺の中での絶対の箍でもある。


 幾ら異世界であってもそこの箍は外してはいけない。それをしてしまったら俺は俺として日本で生きていけなくなってしまいそうで怖い。


 だからこのタイミングで【手加減】スキルが発動してくれたのはありがたい。



 ボシュっという音が聞こえた。


 赤い火の玉が空へと登って行くのが見えた。


 振り向くと最初に倒したはずの細身の男が筒状のものを天に翳していた。

 どうやらあれは発煙筒みたいなものみたいだ。


「調子に・・・・のってんじゃねぇぞ。俺たちにはまだ仲間が大勢いるんだからな」


 勝ち誇る細身の男。その口の周りを嘔吐物で汚したまま小物臭いセリフを吐き捨てる。


 みすみす仲間を呼ばせてしまったことに歯噛みする。頭にき過ぎてその辺をすっかり抜け落ちていた。


 マップ上に確か10人位いたはず。それがここに集まってくるらしい。


 倒すのはそう手間はかからない。だが多くの人に目撃されるのは出来れば避けたい。


 ステルフィアの事然り、俺の事然り、人目を避けるのが今後の為には良い。殺すことが出来ない俺は目撃者を増やすのは致命的になりかねない。


 確かこいつは王都ギルドって言っていたか。


「ふはははは、愚かな奴だな。俺たちに逆らったのが運の尽きなんだよ」


 仲間が来ることで優位性を感じた細身の男が勝ちほこり高笑いで悦に浸る。面長の顔が大口を開ける姿はまるでウリのようだ。


「さっきまでなら甚振るくらいで見逃したやったが、もう駄目だ。お前にはここ死んでもうぞ。その女と関わった自分を呪うんだな」


 唾をまき散らし半狂乱に喚く男にステルフィアが悲痛に顔を歪ませる。握った拳が小刻みに震えさせる姿は痛々しいにもほどがある。


 まったく大の大人が少女をいじめるんじゃねぇ!


「後悔してももう遅いぞ。この女は俺がもらっていく。お前はあの世でせいぜ」「お前もう黙れ!」「ぐうぉえぇ」


 こいつの喚きは聞くに堪えない。


 腹にもう一発拳を叩き込み強制的に黙らせた。


 細身の男は自分が吐き出した嘔吐物に顔を沈めてそのまま意識を失った。


 3人を倒した俺は地べたに座り込んでいたお姫様の元へ。


「おい、立てるか?」

「・・・・・私は・・・・」


 愁いた瞳が俺を捉える。


 ステルフィアにそっと手を差し出すと、ぴくりと僅かに反応を示すが俺の手を掴もうとはしない。


 未だ俺を警戒しているのだろうか。


 それもそうだ。この子はお姫様であり、今は敗戦国の重要人物として追われる身となってしまっている。

 そんな少女が敵国の領地内で見知らぬ男に気を許すわけがない。ましてや今冒険者に襲われたばかりだ。信じろという方がどうかしている。


 だけど。


 ええい面倒臭い!


「あいつらの仲間が来るようだからここから逃げるぞ。ちょっとごめん、少し我慢してくれ」


 俺は断わりを入れてから彼女の膝と背中に腕を回して抱き上げる。


「ちょ、きゃ」


 所謂お姫様抱っこだ。それを本当のお姫様にしている。


 柔らかい感触が手に・・・・・・・これ、すげぇ恥ずかしい。


 ステルフィアは驚きの声は上げ身体を硬直させる。激しくは抵抗してこないのは幸いだ。



 俺はもう決めた。



「色々言いたいことはあるだろうけど今は簡便な。急いでこっから離れないといけないからこのままいくよ」

「え、ちょ、待って・・・・・・ひっ」


 そしてそのままに崩れた崖をぴょんぴょんと降りる。俺の身体能力であれば小柄な少女一人抱いたところで何の苦も無く降りていける。

 岩から岩へと飛び降り、崖下まで一気に跳び下りていく。


 ステルフィアが美人も台無しな引きつった顔をしているが、そんなの気にしない。


 崖を降りるとそこは森になっている。取り敢えずは森の中にまぎれるのが良いだろう。


 それにしても・・・・・・・望んだテンプレではあったけどこれは喜べない。お姫様を助けたはいいけども、非常に面倒なことになってきている。しかもそれが大人の女性ではなく少女だなんて、俺はやっぱりついていないのだろうか。


 でもそれはもういい。


 俺は決めた。


 この子は助ける。


 やっちまった所もあるが、それを置いてもどうしてか分からないが俺はこの少女を見捨てることは出来ない気がする。


 そうだ、これは俺に起こった強制参加型のイベントクエストだと思えばいい。


 あぁそう思ったらやる気も出てきた。


 そう自分に言い訳をしながら俺はステルフィアを抱え森をひた疾走する。

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