第53話 新人討伐研修8
【ミラニラ】
「もう、鬱陶しいのよ」
弓士にとってこれほど厄介な場所ったらないわね。ままならなさに悪態の一つでも出るのは当然てものよ。
細かな枝葉が肌を引っ掻き自慢の白肌に赤い一閃を作り出す。邪魔な密集した木々の間を駆けながら、僅かな隙間から短弓の張った弦を弾き矢を飛ばす。
煌めく銀の一閃の美しい軌道。その狙い通りの一矢に自身の努力が報われているんだと頬が緩み口角が持ち上がったのが分かった。
「ギギャギャ!」
ドランゴの背後から迫っていたホブゴブリンを射抜く。
「助かったぞ、ミラニラ」
「当然でしょ」
こちらを振り向く事なく感謝を口にするドランゴ。それが誰の所業なのか見ずともわかっている、それだけ私たちは一緒に戦ってきている。
痛みで怯んだホブゴブリンをドランゴの剣が脇腹をえぐり削ぎ、大盾を振り回し殴り倒したのを確認し、私は弓士の役割を果たすべく次のターゲットを探す。
この森でホブゴブリンが現れるのは珍しい、と言うより私たちが冒険者になってからは初めての事。ホブゴブリンはゴブリンとはくらべものにならないくらい力と速さが増すから、新人の冒険者には荷が重い存在。
でも数が少なかったのは助かったわ。これで10体以上の群れで来られたら私たちだってただじゃすまなかった。これくらいであれば新人たちを守りながらでもなんとかなるわ。
ジョシュアンは2体のホブゴブリンを相手取り、巧みな剣劇で流れを自ら作り出していた。
押して、引いて、躱して、回して、そして斬る。
まるで力みのない演武のような剣捌きは魔物を相手にしながらも優雅に踊っているかのよう。
いつ見ても綺麗ね。ここが魔物との戦闘で無かったならば、足を止めてずっと眺めていたくなる。
だが今はその時ではない。
ジョシュアンは大丈夫そうね。ならば私は新人たちの援護に回りましょうか。
今回の新人研修に参加したのは2パーティーとはぐれが1人。
1つは如何にもな前衛パーティーの男5人組で、全員が大剣持ちというバランスもへったくれも無い連中。正直見ているだけで暑苦しい奴ら。
時折クラリアンを物欲しそうに見ているのが腹が立つわ。その目線が明らかに胸にいっているんだから度し難い。しかもそれはクラリアンだけじゃなくてカツリィって子にも行っているのに私には目もくれないってどういう事よ。
「女は胸だけじゃないの、よ!」
フヒュッ。
風を割く音は瞬く間に遠ざかり、5対1の混戦に一時の冷や水を浴びせる。
棍棒を振り回し暴れまわるホブゴブリンは、5人がかりの新人たちを翻弄していた。明らかな格上に浮足立ってまともに剣を振るえてい新人たち。
私の放った矢がそんな密集状態の中で正確にホブゴブリンの背中に突き刺さる。それだけでは致命傷になりえないが十分な隙をつくり動きを鈍らせる事は出来る。その隙を逃さずに前衛が相手を仕留める、それが戦いのセオリーよ。
・・・・・・・・なんだけど。
「ちょっと、あんたたちボケっとしてないで仕留めなさい!!」
ホブゴブリンの背中に突然突き立った矢に新人も一緒になって驚いてるってどういうことよ。全く持って戦いになれてないじゃない。
私の喝でやっと動き出したのはいいけど、とんだドタバタ劇を繰り広げている。さっき見たジョシュアンの演武とは大違いだわ。
鈍くなったホブゴブリンを力押しの袋叩きでねじ伏せる新人たち。連携も何もない我武者羅に振り下ろされる剣にホブゴブリンが力尽きるのも時間の問題。
こいつらは大丈夫ね。問題なのはもう一組とはぐれの方、だけど
弓士の目はいい。それは遠距離の獲物を狙うための必須条件ともいえるわ。当然私も目はよく、多少暗がりであっても標的を見つけ捉えることが出来る。
いた、あそこ。
新たな矢を短弓に添えて、次なる標的へと狙いを定める。
こっちもやっぱり体格の大きいホブゴブリンに怯えていた。
話にならないわね。
私は呆れに内心嘆息する。
年端もいかない少年と少女。村を出てきて自由な冒険者になろうとやってきたらしい、甘い考えの愚かな子供。
あの子たちは向いていない。ギルドで会ったときに私が彼らに抱いた感想はそれだったわ。
夢見がちで覚悟も無い彼らが冒険者となっても大成することはない。むしろ無茶をして無駄に命を散らすだけだわ。
ホブゴブリンがカツリィに襲い掛かろうとしている。あいつらは本能のままに女性を襲う下種。繁殖のため種族問わずに女性と言うだけでのしかかってくる。
少しあの子たちに現実を知ってもらおうと思っていたけど、さすがに女性の尊厳を傷つけることを見逃すわけにはいかない。
弦を引く指に力を籠める。キリキリと音を上げしなる弓。ブレをなくすために息を止めて鏃を獲物に合わせる。
「あ、馬鹿!」
今、矢を放とうとしたその時、一人で参加していた男が割って入ってきた。放つ寸前だった矢を咄嗟に弓をそらして軌道を変え上空へと飛ばした。
何考えてんのよ!
「邪魔だから、どけ」そう叫ぼうと思った瞬間、ホブゴブリンとあの男が轟音とともに土埃にまかれる。
「え!?」
それはまるで地面が爆発したかの様だった。
何が起こったのかわからず呆ける私。気づけばホブゴブリンは地面に転がって苦しんでいた。男は口の中に土でも入ったのかペッペッと吐き出している。よく見れば男の地面が不自然にえぐれてしまっていた。
魔法・・・・・一瞬そう思いかけたが、男が魔方陣を描いた様子はない。
ならば純粋に地面を踏み砕いたのか?
そんな馬鹿なと否定しつつも私は男をしばし観察した。この男が非常識でどこかおかしいことはゴブリンとの闘いを見ていて知っている。
男に鼓舞された少年たちは先ほどとは段違いに動きが良くなっていた。まだまだなのは当然だけど、それでもホブゴブリンとまともに渡り合えている。
だけど決定的なところでミスをした。
最後の止めも刺さずに気を抜いてしまった。
案の定ホブゴブリンからの反撃を食らってしまい少年二人が転がされる。残されたカツリィも急展開になすすべもなさそうだ。
だけど私はその様子を何もせずに見ていた。
なぜならばあの男が動いていたから。何となくだけどあの男がいる限り大丈夫な気がするわ。
そしてそれは呆れるほどに実証された。
そう・・・・・・ホブゴブリンも空を飛ぶのね。
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