第118話 手がかりを求めて
「くそっ! ここから女の子一人を見つけるなんて無理もいいとこだろ」
屋根の上を走りながら眼下の人混みへと目を凝らす。暗くなってきた空と余りの人の多さに眉間に大きく皺が寄る。
フィアを探し始めてもう二時間くらいは経っているが一向に見つけられる気配がない。
一度街の外まで出てみてからマップを探ったが、フィアらしき人物はいなかった。格好から直ぐに見付けられると思っていたが甘かった。
「街にいるのは間違いないんだ」
フィアはこの国では謂わばお尋ね者だ。命を奪われることはなさそうだが、あの見た目故に禄でもない事になるのは目に見えている。この世界の倫理観は地球程良くはない。
この街は普段はそれほど賑やかでもない。どちらかと言えば宿場町に近い役割なのだろう。普段は人であふれると表現するような状態にはならない。少なくとも昨日までは。
だが今日に限っては最悪だ。
陽が落ちて暗くなったこの時間帯であっても未だに多くの人たちが外で騒いでいる。縁日にでも来ている気分になりそうなほど露店が立ち並び、それこそ道の真ん中で酒を掲げて盛り上がっている。
その人の多さに俺は早々に下から探すのを諦め建物に登って上からフィアを探していた。
「ふぅ、はぁ・・・・・もう完全に陽が落ちちまった」
流石に酒を飲んだ後の走りづめはきつい。俺の体力にも限界はある。
「大分街の端まで来たが、あとどうすれば・・・・・・・・・てか、あいつ自発的に出ていったんだから、このまま・・・・・・」
屋根の上で膝をついて少し体を休める。肩で息をし呼吸を整える。焦りと疲労からくだらない事を考えてしまう。
「このまま好きにさせた方がいいのでは」など、と。
だがその考えに直ぐに否定した。それだけは駄目だ。その可能性はあっても、それを本人から直接訊くまえに俺が見捨てるようなことはしちゃいけない。
それに昨日の件もある。あの子自身冷静だったとは考えにくい。
何より俺はあの子を助けると決めただろうが!
「上からで埒が明かないならもう一度下から探す」
態々自分を鼓舞するように声に出し屋根から飛び降りる。
ただちょっと俺も焦って自分を見失っていたせいか、周りを警戒するのを忘れていた。
「おわぁぁ、何だべぇ!」
驚きの声に「しまった」と振り返る。
そこには鎧を着た男が尻餅をついていた。
「あ、あんり、おめぇどごがら現れたんだべ!?」
眼を丸くしたその男は辛うじて聞き取れくらいのきつい方言を口にした。
「驚かせて悪かったな。ちょっと人探しをしてたもんだから、やってきたのはあっちだ」
そう言って上を指差す。男は指につられて上を向く。それからもう一度俺を見たときには半眼になっていた。物凄く不審がられてしまった。
それもそうだろう。ここから屋根まで5m近くはある。そんなところから人が降って来るとは思うまい。
「おんめぇ揶揄うもんじゃねぇべ。あんげなどごろがら落ぢでぎだんなら死んじまうべな」
独特な訛りで信じられないと訝しむ男。でもどちらかと言えば怪しむより心配してるようだ。なかなかのお人好っぽい。
それは非常に好感が持てた。平時だったらこのまま喋ってみようと思うとこだが、今はそんな暇などない。駄目元でもフィアについて知っていないか訊いてみてあとはすぐに離れよう。
「俺は大丈夫だ。それよりもこれくらいの子供を探してるんだが、一人でいるのを見なかったか? 多分頭から外套を被っていると思うんだが」
「あぶねぇ事すんのは・・・・・ん、子供を探しでんだが? いんや見でねぇだが・・・・・・・・あ、でも外套を被ったのが走っでぐのはみだだな。んだどもあれは子供ではねぇだぞ?」
「見たのか!! そいつどんな外套だった? 身長は? どっちに向かってたんだ? 一人か?」
「まんでまんでまで、そんないっべんに訊がれでも答えらんねぇべ」
俺に肩を揺らされ頭をがくがくとさせた訛った鎧男に軽く突き放され俺はハッと我に返る。
「すんげぇ力だべ」
「わ、悪い」
「いんやいいべ、それだげ一生懸命だっで事だべ。その子の事が心配なんだべ」
男は俺を咎めることもなく逆に心境を察してくれた。俺は申し訳なくなりながら素直に「ああ」と答えた。
「うぅん、まだくらくらすんべ・・・・・えっとだな、まず着ていた外套だが、それは分がんね。暗がったがら色は黒っぽいどしが言えねだ。身長も大きぐはねがったと思う」
鎧男が自分の見たという外套の人物を教えてくれたが、その内容に俺は少し落胆していた。
もとから特定は難しいが余りに曖昧過ぎる情報にフィアかどうかの判断は不可能だからだ。この街に外套を被っているやつは相当数いる。せめて色だけでもはっきりすればよかったのだが、夕暮れ時が仇をなした。
「んだが、あれは子供じゃねぐ、婆さんだど思うだよ。何せ走っでるどき少し見えだ長い髪は白髪にみえだでな」
「・・・・っ!!」
だが次の鎧男の言葉に俺は眼を剝いた。
白い、髪。
フィアだ。
男はお婆さんみたいだと言ったが、走っていたのであればそれは多分違う。そして見たのは白髪じゃなく銀髪。暗くなっていたから分からなかったんじゃないだろうか。
こんなところで外套被って走る少女なんてきっとフィアしかいない。
「ど、どこだ。そいつが居た場所はどこだった!?」
俺は男に詰め寄る。
男はビクリとしていたが直ぐに答えてくれた。
「こごより北に二つ先の路地裏で見だべ。一刻ぐらい前だがらもうそごにはいねど思うが」
「北か。分かったありがとう」
男が指差した方へと俺はすぐさま向かおうと立ち上がると、男が慌てた様子で俺の服を掴んだ。
「ちょっど待でおめぇ。そっぢ方面に何があるが知ってんだが? あの路地の先にはスラムが広がってんべ。下手に余所者が近づいだら何されんが分がんねべ!」
「・・・・な!」
男の忠告に俺は言葉を詰まらせた。
よりによって・・・・スラム、だと。
ここに初めて来たフィアの事だ、知っていて近づいたってことは絶対にありえない。きっと分からずに迷い込んでいる・・・・・くそ、最悪だ。
俺のイメージでもスラムは犯罪の温床みたいな場所。そんなとこに女の子一人入っていったらどんなことになるか・・・・・・。
それを考えた瞬間俺の頭から熱が引いていく。
「っ!」
「おめぇ・・・・大丈夫、だべが?!」
男が不安気な声をあげ俺の顔を覗く。どうやら俺は相当酷い顔をしていたみたいだ。
「わ、悪い、大丈夫だ。助かった、今度会えたら礼をする」
随分と弱い声だったと思う。
それだけ伝えると、俺は屋根の上へと跳び上がった。
もう一刻の猶予もない・・・・・それどころか下手したら既に・・・・・・・・。
その考えを首を振って追い出す。
大丈夫、まだ間に合う。
自分にそう言い聞かせて脚を必死に前へ蹴りだす。
屋根から屋根へと跳び移り男が指さしたスラムを目指して闇夜を疾走する。
頼む・・・・・間に合ってくれ!!
そう切に願って。
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