第111話 逃げるのも必要さ
「・・・・・昨日は・・・・ごめんなさい」
そう言ってステルフィアはもそもそと布団から這い出す姿はなんとも可愛らしかった。まるで小動物が巣穴から出てきたみたいだ。
だけど目は彼方此方にはわせるがこっちを見ようとしない。
それはそれで助かってはいるのだが・・・・・・俺も正直面と向ってはまだつらい。
今ステルフィアと真面に話せるだけ心に余裕が持てていないのに、正面からステルフィアの顔を見てしまっては・・・・・・俺としては昨日のことはぶり返したくない。出来れば記憶を保ぞ・・・・・んん、封印してしまいたい。
「あ、あの・・・・私・・・・」
ステルフィアもそんな感じなんじゃないだろうか。何をしゃべろうかと言い淀んでいる。
・・・・・・よし、決めた。
ここを乗り切るためにはこれしかない!
パン!パン!
大きな音を立て手を叩く。
目線を合わせなかったステルフィアが、綺麗な深緑の瞳を見開いて俺を見た。
そこですかさず言い放つ。
「よし、飯にしよう!」
はっはっはっは。
どうだ、逃げた、逃げてやったぞ!
もうこの状況を打破するのを諦めた。
ステルフィアをどう説得するかとか、どう宥めたらいいだろうかとか、その辺諸々吹っ飛ばしてやったわ。
でも仕方が無い。俺にそんなことを望んではいけない。
出来ないものは出来ない。そう認めることも大事なのだ。
ステルフィアは唖然としていた。俺が何を言っているのか分からないって顔している。それでも綺麗なのだから美人ってほんと恐ろしいわ。
「いやぁ俺もう腹ペコペコでさ、フィアだってお腹すいてるたろ。きっともう昼近いぞこれ。こんな時間まで寝ていたのは久しぶりだわ。流石に徹夜が効いていたのかもしれないないな。前は二徹三徹当たり前だったけど、これ俺ももう年なのかな、はっはっは」
人間後ろめたさがあると口が流暢になるってほんとなんだな。余計なことまで口走っていた。
だが流れはこれで良い。話の主導権さえつかんでしまえばこっちのものだ。そう主導権さえつかんでしまえば・・・・・有耶無耶に出来る!
この状況がきつい。気まずいのもきつい。でも何ともできない。だから有耶無耶に終われせて逃げたい。
何位せよ、ステルフィアに言いたいことは「昨日の事は忘れて気にするな」だ。
何しろあれは一種の事故だ。俺にとってもステルフィアにとっても、昨日あった出来事の異常性に引っ張られておこった気の迷いの事故なんだ。
だからこれは何も無かったとしてしまうのが双方にとって一番いい・・・・はず。
だから俺は逃げる。有耶無耶にする。そしてこれは無かったことにする。そうしないと俺が色々と困る。
そんな俺の逃げの一手に、長い睫毛の瞳を瞬き未だ戸惑っているステルフィア。
内心「のれ、のれ」とまくしておく。
ステルフィアは暫しの沈黙した後。
「・・・・はい、お腹すきました」
と、か細い声でそう返事した。
安堵にほっと息をつき内心でガッツポーズ。俺の人間性を試すイベントがこれにて終了を迎えた。
気を良くした俺は「飯もらってくる」と告げて扉へ。丁度ドアノブに手を駆け扉を開こうとしたところで、ステルフィアが「あの」と呼び止めてきた。
あぁはいはいと俺が何気なしに振り向く。
すると俯いていたステルフィアが顔を上げ、着ている服をちょこんと摘まみ上げた。
「・・・・服、ありがとうございます」
その瞬間、ドゴーンと雷が落ちたように俺はしびれた。
ただ服を貰ったお礼を言ってきただけ。
だが俺は惚け完全い見惚れてしまっていた。
窓際に立つステルフィアに陽の光が後光の様に煌めいている。シルエットとして浮かぶその姿は隔絶した神々しさすら感じる。
正に、いと尊き。
はっと我に返った俺は「・・・・おう」と動揺しまくりの返事をして扉をゆっくりと閉めた。
「・・・・なるほど」
一人になった俺は納得しそして確信した。
「真の女神はやはりここにいたんだ」と。
「我が家にいるのは偽の女神なんだ」と。
俺はスキップして食事を取りに向かった。
昼食ともとれる朝食を部屋で二人で微妙な緊張のもと食べた後、俺はまた一人でギルドへと向かっていた。因みに食事中は幸か不幸か無言だったが昨日よりは緊張感は減少していた。
「今日こそは初依頼の完了報告をせねば」
軽い足取りで通りを歩く。
今日俺がギルドへ行く最大の目的は記念すべき初依頼完了報告。当然情報収集も兼ねてはいるけど、ステルフィアに申し訳ないがメインはこっち。その為にこの街に戻ってきたようなものだしな。
当のステルフィアは宿屋で今日もお留守番だ。
実は昨日しようと思っていたのだが、流石に昨日のあの状況で出来きるほど俺の神経図太くない。職員から冒険者から皆モンスターの大氾濫に大慌てな時に、薬草採取の依頼完了報告などいくら俺でも場の空気は読める。
しかしやはり記念すべき初依頼だったので早めに完了報告はしておきたかった。
という訳で今日報告しに行く。
「人、多いな」
宿の窓から見るよりもこうして道を歩いていると、その人の出の多さをより実感できる。
食事をとりに行ったときにゲルヒさんに聞いたのだが、やはりモンスターの大群が滅んだことが大々的に宣言されたらしい。俺が寝ている時に。
避難したり家に閉じこもっていた人たちが歓喜に朝から騒いでいるのだとか。当然お店も通常営業、いやバーゲンセール状態だ。露店の数もいつもの以上の多さだ。
昨日のゴーストタウンを見た後だとギャップが激しい。
「ほんとお祭りみたいだ」
通りに並ぶ商品を眺めながら歩いているとクァバルさんの姿を発見。どうやら繁盛しているみたいで凄く忙しそうだ。
クァバルさんからステルフィアの服を貰わないといけないが、これは帰りに寄った方がいいかも。なのでクァバルさんの所をそのままスルーした。
ギルドの前まで来た。またえらい騒がしい。
昨日と同じく外まで声が漏れ出している。ただ昨日と違って楽しそうな声ではあるのだが。
「何じゃ、こりゃ?」
扉を開けての俺の第一声がこれ。
ギルドの中が予想外な状態になっていたので、驚きのあまり某有名殉職シーンを口にしていた。
ギルド内のあちこち湧きおこる「かんぱーい」の掛け声。冒険者たちが木のグラスを高く持ち上げぶつけ合う。
ギルド内は宴会場とかしていた。
皆木製コップ片手に歌い騒ぎ肩を組んで笑いあう。よく見ればギルドの制服を着た職員さんたちがケータリングをしているじゃないか。
あれれ、ここ酒場併設じゃなかったはずなんだけど。
役所みたいだったギルドの変わりように俺は入り口で茫然としていた。
すると厳つい冒険者が俺にぶつかりそうになった。
「おう兄ちゃん邪魔だ」
その人は昨日もここで怒られた怖い顔の冒険者だった。
「・・・・ん? 何だまたあんたか。あんたも慰労会に来たのか。だったらほら中はいんな」
だがその冒険者は俺の顔を見ると直ぐに子供がひきつけを起こしそうな凶悪な笑顔を作り、手でバンバン背中を叩き中へと誘ってくれた。
「え、あ、いや」
何が何だか良く分からないまま、俺はそのまま押し切られて中へと入っていった。
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