第146話 有耶無耶な終結。何だこいつ?
腕を振り落とすとそれに呼応して火の玉が飛んでいく。
最大値迄魔力を込めた【火魔法】により作り出された巨大な火の玉は、放物線を描きながら敵本隊へと向かって飛ぶ。
兵士たちは迫りくる巨大な火の玉に恐怖の表情を浮かべ逃げ惑う。
既にそこに統制などは無い。蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す兵士たち。
指揮官らしき兵隊にゴージャスも引きずられながら後退していく。
着弾。そして轟音。
巨大な火柱が立ち上がり、膨大な熱気を伴った爆炎の壁が軍隊を真二つに分断した。
「熱い、誰か、誰か助けて・・・・」
「おいこっちの奴を運べ。そっちの火を消せ!」
「痛い、痛い」
体に火が燃え移った者。爆風に飛ばされ全身を強く叩きつけられたもの。惨状に恐怖しその場で蹲るもの。
敵兵は阿鼻叫喚に包まれた。
「っ!」
その情景から俺は目を逸らした。
これは俺がしでかした惨状。
俺の業がもたらした結果。
俺がステルフィアを選んだが故の背負うべき罪過。
だというのに直視できなかった。
【手加減】がある、大丈夫だ、死なない、そう無責任な期待を抱きながらも自分の目で確かめるのが怖かった。
卑怯と罵られようと、臆病者を蔑まれようと、平和な日本のサラリーマンが受け入れられる範疇では無い。
だがそうしてでも俺はステルフィアを救いたかった。
ここから何としてもステルフィアを連れ出したかった。
「悪いが行かせてもらう」
炎を挿み鬼の形相で睨みつけているキルラ・バーンに俺はそう告げた。
「詠唱も無く魔方陣構築も一瞬でこれだと? どこまでふざけているのだ、貴様は」
忌々しい、そう言いたげなキルラ・バーンの吐き捨てた言葉。
この魔法で作った炎の壁はキルラ・バーンでも易々と抜けられるものじゃない。温度も高ければその効果範囲も広い。下手に飛び込めば彼女でも唯では済まない。
「貴様、騎士のわりには随分と剣が拙いとおもったら、まさか魔術師だったとはな」
「酷い言われようだな。だが訂正をしておこう。俺は騎士でも魔術師でも無い。唯の冒険者だよ」
「・・・・本当にふざけた奴だ」
だって今ジョブは【冒険者】に戻したからな。
意味がある問答ではない炎を挿んでの言葉のやり取り。それを最後に俺はキルラ・バーンから踵を返した。
「・・・・・・な、なんなのよ・・・・・・・なんなのよ、あんたは!!」
そのタイミングを見計らたかのように飛んできた震える怒声。
俺の近くにいたためこちら側に残った”片翼の獅子”。
地面にへたり込んだクラリアンが怯えた目で俺を見る。
「・・・・・・・・・っ」
呆気にとられるもすぐさま拉げ歪に曲がった盾を俺に向け、焦りの滲ませた表情で睨むドランゴ。
「・・・・・・・」
そしてただ茫然と炎を見ているジョシュアン。
最早誰も俺に向かってくる気配はかった。
隣にいるステルフィアもまた怯えに震えていた。
きっと火を放ったことは悪手だったのかもしれない。
ステルフィアは火を怖がっているように見えた。きっと何らかのトラウマがあるのだろう。
だがここから逃げる為にはどうしても必要な事だった。
もうこれ以上間違いを長引かせないために。
睨んではいるも向かってくる様子の無い”片翼の獅子”と兵士たちを尻目に、俺はステルフィアを抱え上げた。
ステルフィアは何かを言いたそうにしているが苦し気にその口をひき結んで何も言ってはこなかった。
敵本隊は広範囲の炎で身動きが取れなくなっている。負傷したものの救出もしなければならないのだ、動きに相当な制限はかかるだろう。
そうなる様に火を放ったのだから。
だから今のうちにこの場から去る。
こっちに残っている兵士だけであれば問題無くここから抜け出られる。
「ま、待て、ハル。僕と・・・・僕と戦え!」
「ジョシュ、だめ」
「やめろ、ジョシュアン。俺様たちだけじゃ・・・・」
動き出そうとした俺をジョシュアンが引き留めた。だがその言葉とは裏腹にその脚は震えている。折れた腕の骨から出血もしているんだろう。顔色も青白く立っているのもやっとの状態だ。
クラリアンとドランゴがジョシュアンを止める。
彼らには明らかな焦りの色が見えていた。それだけ俺が放った【火魔法】が彼らにとって大きな脅威として見えたのだろう。
この世界の魔法は詠唱と魔方陣の構築が必須だ。だが俺が使ったのはそれがいらない。しかもその威力は普通の魔法とは桁が違う。
ジョシュアンの呼びかけを無視して歩き出す。もう彼らにも構う気は無い。
ドランゴとクラリアンの間を通るが二人とも動こうとはしなかった。またジョシュアンが追ってくる気配も無い。ただ背後から剣を落ちる音がしていた。
こちらに残った兵士たちもまた同様だ。俺を前にして微動だにしない。
その目には明確な怯えが浮かんでいる。まるで化物でも見るような目だ。
そして俺を避ける様に兵団が割けた。目の前に真直ぐな道が出来上がる。
どうやらこちら側にギルドがらみの冒険者たちがいたようだ。彼らも兵士たち同様に固唾を飲んで俺が通り過ぎるのも見ている。
そんな中、一人だけが道の真ん中に立っている者がいた。
周りの冒険者と比べると非常に小柄な子供と間違うようなその人は、真直ぐ俺を見ている。
「邪魔をするなら叩き潰すぞ」
俺は彼女に容赦のない言葉を叩きつける。
正直俺にも余裕は無い。さっきの魔法でMPの大半も使い切ってしまっている。この状態でキルラ・バーンに戻ってこられると厄介どころの話しじゃない。
だからたとえそれが“片翼の獅子“最後の一人で俺に良くしてくれたミラニラさんであっても邪魔をするなら押し通させてもらう。
ミラニラさんは俺の威圧に何とも言えない硬い表情を浮かべた。ただ不思議と俺に対する敵対心や怯えと言ったものはそこから感じない。
これだけの事を、仲間であるジョシュアンを叩き伏せたにも関わらずだ。
そう言えばミラニラさんだけはあの時向かってこなかったな。
「私は・・・・・」
何かを言い掛けるが直ぐに俯いて唇を引き結ぶ。
そのミラニラさんの様子に引っ掛かる部分はあったが今はそんなことはどうでもいい。
それ以上語らないミラニラさんの脇を通り過ぎた。
「行こう、フィア。この国から出よう」
剣呑な雰囲気を押し込め優しく語り掛け、ステルフィアがコクリと頷いたのを確認すると、俺は全力で走りだした。
軍隊の囲みを抜け出して数分。タルバンの街が小さくなりだした頃、流石に夜中からあれだけの事があった俺は体力不足で既にばて始めていた。
「もう出てきやがった・・・・て、騎馬!? 未だいたのかよ!」
振り返ると炎の囲みを回り込む様にして騎馬隊がこちらに向かってくるのが見えた。戦いの最中三頭は行動不能にしたがあれで全部では無かったみたいだ。
「しつこい!」
このままただ逃げていては追いつかれそうだ。
「森の中に逃げ込めれば・・・・・」
ここを真直ぐ進めば来たときに通った森へと出るはず。そこまで行ければ馬では入ってこれない・・・・が、遠い。
駄目だ、森に行く前に追いつかれる。
「くそ、あの金色もいやがる。馬にも乗れるなんてすげぇなこの野郎。あぁ馬だけでも燃やして潰しとくべきだったか・・・・・いやそれも可哀想だな」
騎馬隊の先頭で駆けてくるのは見たくもない眩しい金髪。あれと戦うのだけはもうこりごりだ。
胸にしがみつくステルフィア。俺が短絡的に考えたが為にいらない心の傷を抉ってしまった。
出来ればこのまま戦わず逃げたい・・・・・・・が、もうそこまで迫って来ている。
やっぱりもう一度迎え撃つしかないか。
HPもMPも体力も心もとないんだが・・・・・・・。
あ、もしかして一度ログアウトすれば回復するのかも、とふと思いついたが、それはそれでステルフィアを残して逃げるみたいで気が引ける。
それに本当に回復するのか分からないのでそれは最後の手段だ。
そんな事を考えている内にもどんどんと騎馬が迫ってくる。森はまだ遠い。
「あぁもう、ならもう一発魔法をお見舞いしてやる」
なけなしのMPだが特大じゃ無ければあと一,二発くらいなら撃てるだろう。倒せなくても馬さえ怯ませればいい。
【魔術師】にジョブを変え手を前に出す。
目標は騎馬隊の少し手前。
「これでも喰らえ!」
そして【火魔法】を、
「え?」
使おう・・・・・と思ったら着弾予定の地面が突然盛り上がった。
俺は未だ何もしていない。
地面がボコボコと膨れ上がっていき、そこから火山でも噴火したみたいに爆炎が上がる。
え、何?
「グルオォッォォォォ!!」
すると巨大な何かが地面から雄叫びを上げ現れた。
おい・・・・おいおいおいおい、何だ。何が起こった!?
ズシンと地鳴りに近い轟音を上げそいつは地上に降り立つ。
煙と土埃が晴れていくと、現れたのは見た目が禍々しい巨大な化物の姿。
「なんだこいつ!?」
「なんだこいつは!?」
図らずも俺と金色の驚きの声が重なった。
一見するとオーガみたいな形をしているのだが、まず体のデカさが違う。しかも体中にうねうねと炎の様な痣が蠢いていてとても気持ち悪い。
どう見ても強そうなモンスターはボスキャラとしか思えない。
どうやら俺はフィールドボスに出くわしてしまったようだ。
俺よりも向こうさんの方が驚愕具合、というか混乱が激しい。
突然地面からニョッキリと出てきたデカいボスキャラに馬が恐慌状態となり暴れ、乗っていた兵士たちを振り落としていた。
キルラ・バーンも馬を抑えきれずに飛び降りた。
「くそ、これも貴様の差し金か!」
いや、違うけど!
あらぬ疑いをかけられた。
いやタイミング的にそう見えるけど俺も驚いてるよ!
「これでもくらえ」と腕を振ったところにこいつが出てきたからな。端から見たらまるで俺が召喚したみたいだけど、テイマーになるのはスライムの時点で失敗してるよ!
「グルオォォォ!!!」
再び雄叫びを上げデカオーガが地面を蹴る。
まるで弾丸の様に駆けだすデカオーガ。
は、速い。
巨体であるデカオーガは驚くスピードでキルラ・バーンたちの方へと襲い掛かっていった。
「っ!」
そのあまりの突進スピードにキルラ・バーンも躱せず拷問器具剣で防ぐことしか出来ない。
「ぬぅ」
巨体から繰り出した重い一撃は、見た目通りの重さ敷か無い女性の体など小石と同じとばかりに、キルラ・バーンの体を水平に吹っ飛ばした。
デカオーガはそれだけで止まらない。
キルラ・バーンを叩き飛ばすと周りの兵士へと襲い掛かる。殴り、叩き、振り回し、その暴れぶりはまるで台風だ。
「・・・・・っ」
突然襲撃してきたボスキャラに俺は戦慄し身動きが取れなかった。
「くそ、ただでさえピンチだというのに、ステルフィアを抱えたままじゃ、俺でもあれとキルラ・バーンたちを同時に相手にするのは」
終わらない危機に焦燥の汗が額を流れる。
どうする? どうすれば・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
ちょっと待てよ。
もしかして、これチャンスじゃね?
よくよく考えてみると、あのデカオーガは敵側にしか襲い掛かっていない。こっちの事に気付いてないのか或いは別な理由か、俺の方に襲い掛かってくる気配がない。
ならばこれ、逃げるチャンスなのでは。
さすがの俺でも敵側を助けようと思う程奇特な出来た人間じゃない。それに優先順位はもう間違う気は無いからな。
それでも目の前で誰かが殺されるというのは流石にあれだが、見えていないところでどうこうなるのは言葉悪いが知ったこっちゃない。
それに向こうにはあの凶悪な金色がいる。
だってほら、何か笑いながらデカオーガに向かっていったよ、あいつ。
これ、大丈夫なパターンだ。
なので俺はここでおさらばだ。
「あ、待て、貴様、てこの、うははは、こんだこいつは、強いな!」
キルラ・バーンも俺より目の前のデカオーガに夢中になっている隙に脱出だ。
あぁ、きつい。
早く休みたい。
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