第90話 クソったれ

【赤の猟団 グットマン】






「まだ絶対森の中にいるはずだ、探せ」


 あのふざけた男とお姫様を捕まえるため団員全員が森で探索している。


 ウパは斥候役として優秀だからな、折れた枝とか僅かな痕跡だけで奴らが逃げた方向を直ぐに見つけてくれた。この分だったら捕まえられるのも時間の問題だろう。簡単な仕事に思わず笑いが出ちまうぜ。


「街へのう回路だけは押さえとけ、あいつらは単純な逃げ道しか通ってねぇ筈だ」

「ちっ、まただ」


 ウパが舌打ちをした。


 どうやらまた痕跡が途切れたらしい。


「逃げ方は素人丸出しの癖に何故かたまに痕跡が突然きえるってどういうことだ?」


 ウパが言うには逃げた野郎はもどれもこれも隠そうともしていないらしく、野郎は単純に走って逃げているだけらしい。だがそれがところどころ急に何も見つからなくなり少し先にまた突然と現れるらしく、ウパはこの不思議な状況にさっきから地面を蹴飛ばしてあたりちらしている。


「こんなの突然空中に飛んだとかじゃないとあり得ないだろ」


 どうやらその苛立ちは阿呆な事を言ってしまうほど溜まっているみたいだ。


「そんなバカな話無いだろうが」


 ウパの発言をポートフが小馬鹿にし笑った。ウパは不機嫌に舌打ちを返す。


 まぁそうだな、人が飛ぶことは無いねぇ。それにしても野郎はどんな逃げ方してんだか跡が無くなっているのは事実なようだ。

 だがそれでいて真直ぐしか進んでいないのだから意味がわからねぇ。こっちを撒くとか逃げ道を隠ぺいする気は更々感じられねぇ。


「どうでもいいんじゃね。見つけ易いのは変わらないし、捕まえられれば関係ないだろ」


 そう言ってウォーガンがにやりと笑う。


 その通りだ。奴がどう逃げたかなんてどうでもいい。大事なのは街に行く前に奴を仕留めてあの女を手に入れることだ。


 あぁ畜生、後の事考えていたらまた興奮してきちまったじゃねぇか。歩き辛ぇ。


「ちょっと止まれ」


 暴れそうな下半身を沈めていたらウパが手を上げ進むのを止めた。


「なんだウパ。また消えたのか? そんなの真直ぐ行けばまた出てくんだから気にせず進め」


 早くしねぇと俺が大変なことになっちまう。


「いや違う・・・・・何だこの揺れは」


 そう言って辺りを慎重にみているウパ。


 揺れてる? ・・・・・・・・・確かに振動が伝わってきているような気はするが、ビビるほどじゃない。


「・・・・確かに、揺れてるな。北方の火山はともかくこの辺で地揺れが起きるのは珍しいんじゃねぇか?」


 ウォーガンも揺れは感じているが然程気にした様子はない。

 地面が揺れようがそれでどうこうなる訳じゃないんだ。ここで遊んでいたらあいつらに逃げられてしまう。


「たかだか地揺れで何をビビってやがる。そんな事よりもあいつらを早く追え」


 だから進めと言ったのだが、ウパはまだ気になるらしく地面にしゃがみ込んで地面に耳をあてる。全くなんだってんだウパの野郎は。


 もういい加減にしろと詰め寄ろうと思った瞬間ウパの切羽詰まった声でこう言ってきた。


「・・・・・・グットマン、これはやべぇかもしんねぇ」


 地面に耳を当てていたウパが珍しく狼狽える。こいつの斥候としての優秀さは皆知っているのでウパの様子に全員へと動揺が走る。


「ここは引き返そう」

「おいおい、馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ。ここで引き返したらあいつら見失っちまうじゃねぇか。お姫様が手に入らなくなるだけじゃなくて俺たちの立場も危なくなっちまうんだぞ」

「・・・・・そんな悠長な事を言っている場合じゃなくなったんだよ」


 俺が渋っていると蒼い顔をしたウパが怒鳴り声を上げた。


 そんな不穏な空気感に仲間の一人が落ち着けと手を振りながら近寄ってくる。


「二人とも熱くなるなって、ここで駄目なら街の前で、くひゅ」


 そして言葉途中で変な声を上げ動きを止めた。


「お前何・・・・!!」

「うわあぁぁあぁぁ」


 突然そいつが口から大量の血を吐き出す。


 よく見ればそいつの腹から真っ赤に染まった金属が飛び出している。


 誰かの悲鳴が上がった。


 どさりと崩れ落ちる仲間の姿。そして次の瞬間、俺は戦慄に慄いていた。


 そいつが立っていた場所にとんでもないものがいやがった。


「・・・・馬鹿な、オーガ」


 そのつぶやきは誰のだったのか、いやもしかしたら俺が行ったのかもしれない。それだけ驚き正常に頭が回らなかった。


 オーガだと、あり得ねぇ。そんな物騒な魔物がなんでこんなとこに居やがるんだよ。


「マジ、かよ」


 更に後ろから現れたものに俺たちは絶望に体を震わせた。


 巨大な肉の暴君。そいつと戦っちゃいけない、見かけたら全力で逃げろとどんな冒険者でも言う存在。


「嘘だろ・・・・トロールなんて・・・・・」


 ウパが言っていた地響きの正体はこいつだったのか・・・・・・・くそ、俺はなんてついてねぇ。こいつにはどうあがいても俺達じゃ叶わない。いやオーガだけだって半分は生き残れないかもしれない。


 なのに・・・・・・なのによぉ。


「なんだぁこの魔物の数はぁぁぁぁ!!」


 ふざけんじゃねぇ。


 トロールの後からも続々と魔物が現れやがった。


「くそぉぉ、遅かった。逃げろ、全員逃げろぉ。魔物の大群がおそってきたぁ」


 ウパが叫ぶ。その叫びが号砲となり”赤の猟団”は狂乱に逃げ出していた。





「ぎゃああああぁああぁぁぁぁ」

「畜生、こっちくんなぁ」

「いでぇいでぇよぉ」


 そこいら中から仲間たちの悲鳴と怒号が飛び交っている。


 俺たちは狩る側の人間だ。魔物を狩り・・・・人を狩ってきた。


 なのに・・・・・・・・何だこれは、俺たちが狩られているじゃねぇか。


 ポートフが剣を振っている。我武者羅に滅茶苦茶に、大剣を片手で無理矢理に振り回す。

 あいつももう駄目かもしれない。喰われちまったもう片方の手から血が出過ぎている。彼奴の恐怖に怯える顔なんて初めてだ。


 ウパは・・・・・・あぁあそこか。


 上半身だけが木の上にぶら下がっていた・・・・・・残り半分・・・・・・腹ん中か。


 あそこで泣いているのはウォーガンか?


 あの野郎脚を食われて色々漏らしてんな。体でけぇ癖に泣き虫な野郎だ。


 他の奴らもほとんど死んじまったかぁ。


 何だこの数の魔物はよぉ。こんなのに襲われちまったら誰も生き残れねぇじゃねぇか。


 あぁクソ、トロールの野郎。俺の大事な所をうまそうに食ってんじゃねぇぞ。あの姫様を楽しめなくなったじゃねぇか。


 トロールの手が俺の頭を掴んだ。


 何だ今度は俺の残りを全部食うつもりか?


 はは、ほんと、


 クソったれだぜ。

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