第91話 慌てるギルド

【ギルドのおっさん】





 食後のティーブレイクを楽しんでいた私の優雅な時間が、バーンという激しい音で壊されてしまった。


「大変だぁぁぁぁ」


 お昼の休憩くらいは静かに過ごしたかったのに、騒々しく駆け込んできた会員の男に私は思わず忌々しさで眉を顰めていた。


「何事ですかそんなに騒々しく入ってくるとは、また喧嘩でもはじまりましたか」


 ギルドの会員たちは血の気が多い人ばかりで、それはそれは揉め事が多い。もう少し理知的な行動が出来ないものなのか、事あるごとに手が出る始末だ。


 この間も些細な言い合いから街中で剣を抜いて衛兵につかまっていた馬鹿がいた。いい見せしめになると思いきや、会員たちはそれでも懲りずに同じことを繰り返すのだからほんと困ってしまう。


 だからギルドは会員の個人的な揉め事には基本不介入を貫く。いちいち首を突っ込んでいたら私たち職員の胃が穴どころか破れてしまう。


 ただそれがギルドの依頼に関係することであったり、著しい不正行為や秩序に反する行為であった場合は別だ。

 酷い会員だと獲物を奪うためにその人を殺すものまでいるくらいだ。まぁそんな不届きなのは本当に極少数ではあるが、そういった輩にはギルドは非常に厳しい処罰を与えることにしている。


「ち、違うんだよ。ギルド長・・・・ギルド長呼んでくれ!!」


 駆け込んできた会員は確か【最強殲滅団】の一員の弓士だったと思う。確かこの間やっと等級が3に上がったばっかりだったはず。

 それにしてもパーティー名はもう少し違うのはなかったのだろうか。とても真面な感性では付けられない名前だ。しかも十何年以上かかてやっと3等級では最強を名乗るにはどうかと言ってやりたい。


 そんな頭の悪いパーティーに属している彼だが、余程急いできたのか顔中が汗でびっしょりだ。息も絶え絶えで何とか倒れずに立っているって状態。


 で、よりによってギルド長を出せと言っている。


「ギルド長にどんなご用件でしょうか。内容によっては私の方でお伺いしますが」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだって、早く何とかしないと俺たちが、この街が危ねぇ!!」


 バンバンとカウンターを叩き捲し立ててくるが、大抵会員たちは話を大げさにするのできっと大した事の無い内容だろう。


「はいはい、で、ご用件は」


 まぁ適当にあしらっておこう。


「マジでやべぇんだって。魔物が、魔物の群れがこっちに向かってきているんだよ」

「はい?」


 何を言ってるのだこいつはと、私は年甲斐にもなく小首を傾げるのだった。






「戦える会員は全部呼び寄せてください。はぁもう・・・・何で私が・・・・・エルディン殿はまだですか」


 ギルド長が額の汗を拭きながらあれこれと指示を出し、職員たちが方々を走り回っている。


 ギルドの中は大混乱に陥っていた。


「まだみえてません」

「何をぐずぐずしているので・・・・はぁ、分かりました。それでは仕方が無いので、直接衛兵の詰め所に出向いてもらって兵を出すよう話をまとめてもらえますか。エルディン殿には事後承諾を私がとりますから」


 代官のエルディン殿が来ないとはっきりとした指示が出せずにギルド長が珍しくいら立っている。


 当ギルドのギルド長は見た目は私が言うのもなんだけどどこにでもいるようなおじさんでしかない。だけどその指揮能力は職員誰もが納得するほど高い人だ。ただ少し気弱なところがたまに傷ではあるのだが。


「トングさんうちのメンバー皆集まったぜ。何をすればいいんだい」


 続々と集まってきた会員たち。私の役割は彼らの能力に応じた指示を出す事。


 因みにトングとは私の名前だ。


「”大狼の牙”の皆さんは”輝ける女神”と合流して北地区の街の人々の誘導をお願いします。教会と領事館と衛兵訓練所、それとギルドになりますが、領事館と衛兵の訓練所はこれから使用許可をもらいますので、まずは中央広場かこのギルド、または協会に連れて行ってください。そのあとでこちらで振り分けます」

「なぁトングさん、これって報酬出るんだよな」

「えぇそこはギルド長が確りと街と折り合いをつけてくれると思いますよ」

「分かった。まあ俺もこの街の一員だから何とかしたい気持はあるからよ」

「そう言ってもらえると助かります」


 軽く頭を下げ”大狼の牙”を見送った後、同じように次々と他の会員たちに指示を出していく。私以外の受付担当も皆会員への支持出しでと連絡に大慌。


 まさに今ギルドの中は戦場と化している。


 我々がこんなにも慌ただしく動いているのは一人の会員からの報告から始まった。



 『タルバンの街に魔物の大群が押し寄せてくる』


 最初は何を馬鹿なと話半分で聞いていたのだが、内容が内容だったために一応ギルド長に報告したら、念の為職員を確認に行わせた。


 当ギルドの諜報担当職員には特別な許可を得たテイマーがいる。

 テイマーは動物を飼いならし感覚を共有出来るという魔術師に匹敵する貴重な職種。当ギルドのテイマーは鳥を所持しておりこういった調査をしている。


 そして結果は最悪なものだった。


 その数凡そ1200。タルバンの街の北側に位置する丘付近に魔物が群れて集まっていた。


 この報告にギルド長はじめ、職員もその場にいた会員たちも大きく驚きそして愕然としていた。


 こんなことはここ何十年と起きたことが無い。このタルバンの街に至っては一度もモンスターの群れが押し寄せて来た事など無かった。


 昔他国で魔物が大発生し魔境と化した森から溢れ出したことがあったらしいが、そんなのは私の曽祖父くらいの年代の話でもはやおとぎ話に近いものだ。


 それがまさかこの街で起きるなんて。


 報告を聞いた当初は誰しもが信じることが出来なかった。この間のゴブリンキングもそうだが、最近は何かがおかしくなっている気がする。


 風の噂で”魔王”が現れたなどと流れているが、それこそ荒唐無稽のおとぎ話だ。流石に誰も信じてはいないだろう。


 でも何かが起きているのは間違いない。


 魔物たちは今のところ動いてはいないらしい。だが一度動き出すともう止めることは出来なくなってしまう。そうなれば最悪この街を破棄しなければいけないだろう。


 重苦しい空気の中、ギルド長は大量の汗を拭いながら覇気無くこう宣言した。


「はぁ、緊急招集と強制依頼を使います」


 これも当ギルド始まって以来の事だ。



 私はギルドを後にしていく会員たちの背中を見て彼らと又会えることを願った。


「もう、この街は終りかもしれない」


 職員のだれ誰かがそうつぶやいた。


 皆が思っているが誰も口にしなかった言葉。それは他の職員や会員に重くのしかかっていく。


「そうだ・・・・逃げよう」


 そして一度崩れた心は伝染していく。


「そうだよ、こんなことしても無駄だ。だったら俺らだけでも逃げちまえば」


 あぁこれはもうダメかもしれない。そう思った時だった。


 いつもと変わらない口調でギルド長が声を上げた。


「はいはい心を止めてしまったらもう何もできませんよ。それこそ命と時間の無駄遣いになってしまいます」


 不思議とギルド長の声は良く通る。いつもの弱気な声であるのになぜだか力強く響いてくる。


「我々ギルドの信念はなんですか?」


 ギルド長が皆の顔を見渡しながら言葉を紡ぐ。


「人々の役に立つものであれ、ではなかったのですか。ここで逃げてもあの魔物が動き出したらきっとどこかで襲われて終わってしまうでしょう。貴方たちはそんな惨めな選択をするつもりですか? 違うのではないですか? 私はこの街が好きです。特に目立つことも無ければ、特にすぐれたことも無い何の変哲もない街ですけど、私はここの街が、ここに住んでいる皆さんが好きなのです。きっと皆さんもそうではないですか?」


 この時点でもう騒いでいたものは誰もいない。みんながギルド長をじっと見つめる。


「だったら戦いましょう。戦わなければそこで負けは決まってしまいます。ですが・・・戦ってみればその結果は分からないじゃないですか。ここで命を散らせと言っている訳じゃありません。生きる為に戦いましょうと言っているんです。私は信じています。これからもずっとこの街は私の大好きな街のままであり続けると」


 見た目は普通のおじさんなのに今のギルド長は男である私でもグッと来た。でもその後にいつもの「はぁ」と言うため息が無ければもっとよかったのだが。


「そう、だよな」

「あぁ、俺らは魔物を倒すプロなんだ。逃げてちゃ面目がたたねぇよな」


 それまでの重い空気感は一気に吹っ飛んで、皆前を向き始めてくれたみたいだ。


 ほんと無駄に指揮力だけはある人だ。


「何です、何です、どうなっているのかねギルド長!」


 そして丁度その時代官であるエルディン殿がギルドに入ってきた。


 よしこれでやっとまともに動けるようになるだろう。

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