第32話 悲しき逃走
「え? 酷い目って私が、ですか?」
「・・・・村の女性たちに捕まったらハルさんは・・・・・・」
え、何言ってんのこの人って感じでクァバルさんを見たのだが、あまりの真剣な面持ちにこちらを本心で心配しているんだなと直ぐに分かった。しかも最後の方でこれ以上は口に出来ないみたいな感じで言い淀まれては流石の俺も「あれもしかして俺危険?」て思えてきた。
しかもクァバルさんは超必死で馬を走らせている。
待て待ておかしいぞ。だって俺はゴブリンから村を救ったんだよ。なんでその俺が酷い目にあわされんの? あぁきっとニュアンス違いで聞き取ってしまったのかな? そうだよね「村の女性に捕まったらハルさんは皆に言い寄られてもみくちゃになってしまいますよ」て言いたかったんだよね?
「いったい何が・・・・・・もう村は安全になったはずなんですが」
「村はハルさんのおかげでそうなったのですが、そ、その、村人たちはそう思っていなくて」
今一要領がつかめない。結局ゴブリンがまだいるかもしれないと思っているからだってことなのか? でもそれだったら俺が酷い目にあう訳でも無いと思うんだが。逆にそれならば俺が残って助けてあげた方が良いだろうし。
「クァバルさんゴブリンだったらもう」
「えぇ、分かっています。ハルさんが全てやっつけてくれたのは。すみません、私隠れてみていましたから」
そう罰悪そうに語るクァバルさん。
「それだったら何故・・・・」
「くっ、追ってきました!」
振り返ると後ろからさっきの女性たちが確かに追ってきている。
やっぱり俺にお礼が言いたいんじゃないのか? あんなにの必死な顔で・・・・・・ちょっと、ちょっとばかし怖い顔で追っかけてくるなんて。
でもどうしてだろう、鎌とか振り上げているのは?
商品が多数詰まれ成人男性二名(内一名小太り)が乗っている馬車は走り出しは重く鈍い。走ってくる女性たちの方が速く徐々に追いついてきている。皆長いスカートなのにすごいな。
迫りくる女性たちに・・・・・・何故だろうか、物凄く身の危険を感じるのは。
得も言えぬ危機感、これは何度か感じた事のある感覚だ。何だ? 何の時に感じて・・・・・・・・・・・・・あ、そうだ。これは【気配察知】でモンスターが近づいてきた時の感覚と一緒じゃないか。
その事に思い至った時、とんでもない異変に気が付いた。
馬鹿な、マップのマーカーが赤く染まっているぞ!?
ど、どういう事だ。これは俺に敵意がある時に表示されるもののはずだぞ。。それが後ろから迫ってきている女性たち皆そうなっているって、どういう事? あ、その中にはパンツのお姉さんと、あれは村長婦人か!?
「待てこの変態野郎!! どさくさに紛れて襲おうとするなんて男のクズだ」
パンツのお姉さんが叫んでいた。
・・・・・・え?
「逃げる子供に石を投げて喜ぶなんて、あんた跳んだ人で無しだよ! 今度はあたしがあんたに石をぶつけてやる。逃げんじゃないよぉぉぉぉ!!」
村長婦人が石を何個も投げてきた。
・・・・・・な、何で?
意味が分からない。どういうことだこれは。
俺って村をゴブリンから守った英雄の筈なんだけど。
自体が理解できずに狼狽えていると、ようやっと出てきた朝日に何かがキラキラと輝いていた。それは綺麗な放物線を描きながら結構なスピードでこちらへと近づいてくる。
キャッチしようとした時、急激な悪寒が!
俺はとっさにそれを避けたる。すると御者台にゴスンとそれが刺さる。
「おうわぁ!」
鎌だった。
鎌が回転して飛んできた。
投げたのは・・・・・パンツのお姉さんだ。
素晴らしいコントロールは元々俺がいた場所にクリーンヒットだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、クァバルさん急いで!」
「分かってます」
馬鹿な、何で俺が命狙われてんの。逃げないとマジで殺される。
しかし何故だ。パンチのお姉さんは・・・・・・・・あぁ覚えがあるなぁ。あれは不幸な事故だったのだが、証拠が光となってきえていっちゃったからなぁ。
でも村長夫人の子供に石って、あれはちゃんとゴブリンに当てて子供には一切気概は行っていない筈なんだけど。
「何で?」
疑問が自然と口から漏れ出す。
その疑問にクァバルさんが答えてくれた。
「あの女性が言っていたのですが、ゴブリンに襲われたと思ったらハルさんに襲われていたと・・・・・・きっとゴブリンを使って混乱している隙に悪さをしようと企んでいたんじゃないかと」
は? 何それ?
「村長婦人が言っていました。ハルさんが混乱して逃げている子供たちに対して楽しそうに石を投げつけていたって。まるで的当てを楽しむ悪魔のような所業だったと」
い、いや、石はゴブリンにあてたから・・・・確かにストラックアウト思い出して的当て感覚だったけど。
しかし、何でだ、何で俺はそんな極悪非道な人間だと思われてしまっているんだ。ちゃんとゴブリン倒しているのに。
「俺は、ゴブリンを・・・・」
「分かっています。私は見てましたから」
違うと声を荒げた俺にクァバルさんは前を向いたまま頷き肯定した。
「ただ・・・・・・・村民たちは見ていないんですよ。ハルさんがゴブリンを倒したところを、それと倒されたゴブリンを」
「・・・・・・・・」
なるほど、合点がいった。何たる因果か。
まさか、ゴブリンが光となって消えてなくなる所為で全部俺の悪行に見えてしまったという事か・・・・・でも、ちゃんとゴブリン倒しているのに・・・・・・。
あ、カジャラさんは見ていた筈・・・・・・カジャラさんなら、ていねぇ! おかしい、さっき迄あそこの集団に居たはずなのに。
でも待て、俺カジャラさん怒らせたままじゃないか。
だとしたら庇ってもらうのは無理などころか、既に変態呼ばわりされている。
駄目だ、つんだわ、俺。
「・・・・・俺って、嫌われ者」
英雄になれる筈だったのに・・・・・・。
まさか逆に命を狙われるようになるなど思ってもいなかった。
おい、神さん、この世界俺にハード過ぎないか。
思わず天を仰いでしまった。多分そこには神さんはいないだろうな、俺のアパートで食っちゃ寝生活をしているだろうからな。
追われるも徐々にスピードを上げる馬車には流石に追いつけず、どんどん女性たちは離れていった。
助かったと思ってホッと息をついた俺とクァバルさんだったが、異世界ハードモードは未だ終わっていなかったらしく、前方から会いたくなかった集団と出くわしてしまった。
ティルルさんを連れた男衆だ。
「あれ!? ハルさん? そ、そんなに急いで馬車でどちらに」
事情を知らないティルルさんが可愛らしく首を傾げて聞いていた。物凄く胸を抉られた気分だ。
逆に男衆は慌てる様子の俺たちに不審の目を向けている。中には武器を取り出しているものもいる。尻揉み男も剣を引き抜いている。
「そいつは私らを襲った変質者だよ。誰か捕まえて!」
そこに飛んでくる女性の声。どんどん俺の悪役ぶりが誇張されてきているじゃないか。誰だと思って振り返るとそれは村長夫人。いくら何でも俺はお前を襲ったりしねぇ、と内心理不尽な状況に怒りに燃え上がるも、それどころではない。
ぬぉぉ、畜生。
「え!?」
驚きに見開いたティルルさんの視線が突き刺ささる。
ち、違うんです。俺は無実なんです。
戦争に行っていたためか意外と男性陣の対応が早かった。全員が武器を手にしてこっちへと向かってくる。前から振白から迫ってくる村民たち。もう既にマップは真っ赤っかだ。
「ティルルちゃん生きとるじゃないか、この嘘つきめ!!」
いつの間にか追っかけてくる女性たちにポックリンさんも混ざっていた。誰もティルルさんが死んだなんて言ってないのに、どうしてそんな誤解が生まれる。
何でだ。何でこうなった!
「ゴブリン倒しただけなのに・・・・・・」
俺のつぶやきのなんと悲しいことか。
「ハルさん、そもそもがそこなんですが、ハルさんが倒したゴブリンって何故だか全部消えて無くなってしまったではないですか。その所為でハルさんがゴブリンを倒した痕跡が何にも残ていないんですよ。だからゴブリンがしでかしたことが近くにハルさんが居た為にハルさんの所為になってしまたんだと思います」
クァバルさんが自分の推論を述べる。この人は俺がゴブリンを倒している所を隠れてい観ていたらしい。だから俺が倒したゴブリンが光になって消えていく様も確りと見ていたようだ。でも助けた住民たちは違う。カジャラさんは見ていただろうが、パンツの人も子供の達の事もだれも俺がゴブリンを倒したところは見てはいないみたいだ。それでゴブリンの死体も何も残っていなければ疑いが生まれても仕方が無い事だという。
なんて報われない。
畜生、こんど神さんに文句言ってやる・・・・・・・あ、いや、これはこれで便利機能だから無くなると困るな。神さんに八つ当たりするのは辞めておこう。
それにしてもクァバルさんはどこに隠れてみていたのだろう。マップでは確認はしていなかったけど【気配察知】で全く気が付かなかった。敵じゃないから反応しなかったのか?
「しかし、あれは何なのですか? ゴブリンが光って消えるなんて見た事も聞いた事も無いんですが。もしかして魔法、の一種ですか?」
「・・・・・・あぁ、うん、そんな感じ」
ショックだった俺はクァバルさんの質問に適当な相槌を返す。
まさかの便利仕様がここに来ての足枷になるとは思ってもみなかった。
運が悪かったと言うにはあまりにも悲しい。
そんな話をしながらもクァバルさんお馬車操作は実に巧みだった。馬車は正面からくる上手く躱して村から遠ざかっていく。
すれ違う時のティルルさんのもの悲し気な顔にズキリと胸を痛めながらも、俺はここで止まる訳にはいかないので一気にふりきった。
「わ!」
もうそろそろ大丈夫かな、そう思った時、突如馬車は急ブレーキをかけて止まる。危うくヘッドダイビングしかけた。シートベルト、大事だな。
「ど、どうしましたクァバルさん」
「すみません。あれ・・・・・・」
そう言ってクァバルさんの視線で指し示す方を見ると。
「・・・・っ、カジャラ、さん」
腕を組んで仁王立ちするカジャラさんの姿があった。
さっきまでは村に居たはずなのに・・・・・・森、か?
ここって俺が抜けてきた森の道が通じている場所。村からだと街道が曲がっている分こっちの方が直線で近い。でもそれにしても森の中をこんな速さでって、カジャラさんは狩人だったな。
つかつかとゆっくりとカジャラさんが近づいてくる。道を塞ぐよう真ん中を通られては馬車を動かしようがない。
俺は観念し御者台から降りる。
カジャラさんには2,3発殴られても仕方がない。
「村から、で、出ていくのか?」
カジャラさんが先に口を開いた。俯いていて表情を伺うことは出来ないが、あの状況だったのだから怒っているに違いない。
「え、えぇ、はい・・・・・・色々とご迷惑をおかけしました」
ぺこりと頭を下げる。
こういう時はいくら言い訳をしても逆効果になるんで素直に謝っておくほうが得策だ。
「・・・・ゴブリン・・・・」
「い、いなくなって良かったですね。村の人たちへの被害も少なかったようですし、ハハ」
「・・・・・」
気まずさから乾いた笑いが漏れ出した。カジャラさんからの反応は無い。その沈黙が余計にプレッシャーを感じさせる。殴られる覚悟くらいはあったけど・・・・・・さ、刺されたりしないよね?
パンツお姉さんが致死性の鎌投擲をしてきたことを考えれば、可能性あるんじゃないか?
思いっきり決心が揺らいだ。
すぐさま御者台に退避。
「あ・・・・おい、ちょ!」
それに気づいたカジャラさんが慌てて呼び止めるが、俺は死にたくないので本日何度目かの逃げるを選択。
情け無いとか、誠意が無いとかもう関係ない。
俺は痛いのも死ぬのも嫌だ。
「クァバルさんGO!」
「え、良いんですか?」
「大丈夫、走り出せばきっと避けます」
流石に命がけで馬車に立ち向かってはこないだろう。カジャラさんの森を抜けてきた身体能力を考えれば、避けるの何て容易い事、多分。
「分かりました。すみません、危ないので避けてください」
クァバルさんが馬車を走らせた。
ここで俺の考えの甘さが露呈。
馬車の走り出し、超遅い。
そうだよね、スタートダッシュなんて荷物積んだ馬車には無理だよね。
当然の如くカジャラさんは馬車の進路から避けてくれたが、ヒョイっと軽く御者台に飛び乗られてしまった。
あ、やばい、と思ったけど咄嗟に動けずじまい。
カジャラさんが鋭い目でこっちを睨んだ。
刺されるか叩かれる、そう思って俺は目を瞑ってしまった。流石に女性に手を上げる訳にもいかない。危機的状況に慣れていない俺は、体を竦ませる。
チュ。
だが伝わってきたのは痛みでも衝撃でも無かった。
とても柔らかく温かい、そして吸い付くような感触が頬に伝わってくる。
目を開ければそこにはカジャラさんの顔のアップ。相当急いで走ってきたのだろう。髪の毛には木の葉っぱが付いている。それと汗の匂い・・・・・でもとても甘くていい匂い。
そこにあるのは瞼を閉じ俺の頬に口づけをするカジャラさん。
何が起こったか分からなかった。そして暫し其の柔らかな感触に心奪われ動くことが出来なかった。
ゆっくりと唇を離していくカジャラさん。朝日の逆光が彼女を眩しく輝かせる。
薄っすらと頬を染め、穏やかだが少し恥ずかし気な表情はどこから見ても美しい女性のもの。
「・・・・・・・あ」
そしてカジャラさんはふわりと御者台から飛び降りた。
俺は声も出せずただ視線だけがカジャラさんを追った。
カジャラさんは手を振る。とてもきれいな笑顔で。
「ありがとう、助けてくれて。あんた、とってもかっこよかったよ!」
両手を口にあて、精一杯の大声で叫ぶカジャラさんの声はとても清々しかった。
「あの子は見ていましたからね、ハルさんがゴブリンを倒すところを、・・・・村人の中では唯一ハルさんが命の恩人だと分かっている人だと思います」
哀愁漂よわせクァバルさんがそう言った。
そ、そうか、分かってくれる人が一人でもいてくれてよかった。
不甲斐なくも俺は感動してしまった。弱り切った心になんてものをぶち込んでくれるんだカジャラさん、男だと思ってごめんなさい。
俺は何年振りかの涙を流した。涙を流したことなど遠い記憶過ぎて思い出せない。多分小学生の頃だったような気がする・・・・・・・そう考えると俺の思いでの大半って小学生で止まっているような気がしてきた。
ポケットからハンカチを取り出し涙を拭う。赤くなると恥ずかしいので目元をチョンチョンと押して拭うのがいいと前に雑誌で読んだ。
しかし、てことはだ。カジャラさんは俺がゴブリンを倒して助けた事を知っているという事は、カジャラさんにとって俺は命の恩人で英雄ということになるな。
しかも頬にキスまでされて、あのセリフとあの笑顔。
絶対俺に惚れてんじゃね?
いやまいったなどうしようなどと悶えながら、濡れたハンカチをたたむのに一旦広げる。
あれ、そう言えば俺ハンカチをポケットにいれていたっけ?
記憶にない。会社に行くときはポケットにいつも入れているからその感覚で取り出したけど、今着ているこの服ってここで買ったやつなんだが・・・・・・ハンカチを入れ替えた覚えが無いな。
広げたハンカチを両手で持ち上げる。
真っ白なそれは不思議な形をしている。
言うなれば・・・・・・・・パンツ、だな・・・・・・。
まだ近くにいたカジャラさんが頬を引き攣らせ口をワナワナと震わせている。
俺は天を見上げた。とてもきれいな紫から水色へのグラデーションが作られている。
・・・・・・・・俺はどこで間違ったんだろう。
「・・・・へ、変態」
空の色が目に染みる。
痛かった。
その一言はとても痛かった。
するとそこに現れる最悪な集団。
「待てこの変態野郎!!」
「とっ捕まえてぶちのめせ~!」
「村の女たちに悪さしやがって!」
曲がり角から現れた鬼の形相の男衆に俺は現実へと引き戻された。
ちょっと待て、あいつらまだ諦めてないのかよ!
殺す気満々の男達の気勢は強く、さすがの俺も震えあがった。
「ハ、ハルさん急ぎますよ」
「はい、お願いします」
俺の異世界での最初の人里は、悲しい勘違いと残酷な結末で幕を閉じる事となってしまった。
その後ティルルさんのパンツは丁寧にたたんでからアイテムボックスに入れておいたとだけ言っておこう。
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