第22話 輪の中心にはやはり何も無いらしい

「先ほどはありがとうございました」


 殊の外おいしい料理に夢中になって食事をしていると不意に背後から男から声を掛けられた。

 聞き覚えのある声に振り返ってみると、そこには先程服を売ってもらった行商人の男がにこやかな笑顔でジョッキ片手に立っていた。


「隣、良いですか?」


 完全にオフモードに入っていた俺は、突然の声掛けに体を強張らせ、ろくな返事も出来ず黙って2,3度首を縦に振る。


 行商人の男は軽く会釈するとスッと椅子を引いて隣に座った。


 何をしに来たのだろうか?気を使いながら食事するのって好きじゃないんだけど・・・・。


 「晴斗って嫌だなって思うと眉元上がって眉間に皺が寄るから分かり易いよな」と以前あまり親しくも無いクラスメイトに言われたことがある。仲良くなくても見破られる俺のポーカーフェエイスは当然のことながら誰から見てもあからさまで、例えそれが今日初めて会った人間であっても、


「少しお話をしたかっただけなので、そう警戒されなくても大丈夫ですよ」


 などと、有り有とばれてしまうのだ。


「す、すみません」

「いえいえ突然話しかけられたら誰だってそうなりますよ」


 気にする様子も無く平然と語りかけてくる行商人の男。客商売をしている人の社交性の高さに素直に感心してしまった。


 席に座った行商人の男は、あいさつ代わりとグラスを持ち上げる。その行動に俺の体は自然と反応して自分のグラスを軽くタッチさせる。


 チンと互いのグラスが鳴る。


 あるんだ・・・・・乾杯。


 思わずポックリンさんを見てしまった。


 俺の視線に気づいたポックリンさんは「何かな」とばかりに小首を傾げていた。お爺さんにそんな仕草をされても嬉しくない。


「ハルさん、でしたね。私はご存知の通り商人をしていますクァバルと言います」


 クァバルさん、へー・・・・発音しにくいね。


「ご丁寧にありがとうございます。私は冒険者でハルです。早速売っていただいた服を着させてもらっています。なかなかいいもので満足しています」


 社交辞令能力を全開にしてクァバルさんに対応。あぁ疲れる。


 俺も一端の社会人だからこの程度の会話なら特に問題は無いのだよ。

 だけど場を和ませたり盛り上がる話とかは無理。実際さっき迄ポックリンさんと殆ど会話らしい会話をしていない。料理に夢中になっていたのもあるけど、意識的にそうして会話することを避けていた部分もある。喋っている途中で話題が途切れて沈黙するのも気まずいし、何より喋る内容が思いつかない。


 それにしてもこのスープは美味しい。独特の香辛料を使っているんだろうか?


「美味しいですよね。ここの料理は」


 そんな事を思ってスープに目を向けいるとクァバルさん俺の考えに同意するようなことを言ってきた。

 自然な流れでこちらの考えを汲み取り意識を向けさせる、商人とはまっこと恐ろしき人間だ。その人心掌握スキルを是非とも譲ってもらいたい。


「そうですね。シンプルなのにとても美味しいですね」

「ハルさんはこちらは初めてですか?」

「ええ、今日来たばかりですので初めてですね。開拓村と訊いたので食事にありつけるか心配だったのですが、こんな場所が用意されているとは驚きました。言葉は失礼ですが最悪クァバルさんの所に戻ってリンゴを売ってもらおうかとも考えていましたから」

「それはそれは私にとっては損をしてしまいましたか。いえ違いますね。こうして美味しい食事をいただけるのですから、これはお互いにとって得だったのでしょう」


 クァバルさんは丸っこい童顔をほころばせてグラスを軽く持ち上げる。


 何とも人懐っこい人だ。


 店?の中は意外とにぎやかで入り口付近に座っている女性たちから楽し気な笑い声が聞こえてきた。女子会だろうか?俺の両サイドはじいさんと年齢不詳のおっさんなんですけど、そっち混ざってもいいですか?すみません、無理です。俺にあそこに入る勇気と気概はありません。


「ハルさんは旅の途中ですか?どちらから来られたんですか?」


 おっと、女性陣に気を取られていたら危険な質問が飛んできたぞ。


 異世界人、聞かれて困る、出身地。


 あ、なんか俳句みたいに纏まった。


 いけない、どうしようか考えすぎて違う方向に思考が飛んでしまった。どうしようか、何て答えるのがベストなのだろうか。


「すみません。冒険者の方に余計な詮索はしてはいけないんでしたね」


 俺が悩んでしかめっ面をしていた所為か、クァバルさんが都合のいい解釈をしてくれたみたいだ。しかし、また思いっきり顔に出てしまったか。


「あぁ、まぁ、そうですね。察していただけると助かります。クァバルさんは?」

「あ、私はその・・・・・・隣のノーティリカ公国から来ました」


 ノーティリカ公国・・・・・マップを確認。


 ノーティリカ公国はここから真直ぐ西に向かったところに位置しているみたいだ。面積は小さく、今いるティンガル村があるリーンフォデルン王国の10分の1位しかない。因みに俺がいたヴィラヴィブの大森林はリーンフォデルン王国とノーティリカ公国の境界線、村からは北西にある。


 ん?


 マップを眺めているといつもと違うものが一つあることに気が付いた。


 これは、何だろう?


 マップ上に表示されている国の名前が他と違ってグレーになっている。


「ご存知の通りノーティリカ公国とこの国の関係を考えれば出身を言わない方が良いんでしょうけど、この村の方々は気にされていないみたいで本当に助かります。でもタルバンの街まで行ったらそうはいかないでしょうね」

「・・・・・・はぁ」


 いやご存知の通りって言われても知らないし、仲が悪いとかそんな感じ?


「あんたらは被害者だろうに、気にせんでいいのでは」


 クァバルさんの話に気の無い返事を返す俺の後ろからポックリンさんが話に混ざってきた。思わず驚いてびくっと肩が跳ねてしまったじゃないか。


「この国の方がそれを口にしては拙いでしょう!?それにこう言っては何ですがあなた方だって被害者では無いですか」

「こんな村とも言えない村に役人の耳などありゃせんよ。だがあんたにそんな事を言われるのは申し訳ない」


 ちょっとぉ、人の頭を飛び越して会話されるのって寂しくなるから、ていうか話の意図が見えてこないんですけど。


「そうだよ商人さん。あたしらは国の指示でこうなっているけどあんたら公国の人は違うじゃないか」


 更に俺の頭を飛び越える別の声、振り返れば村長の奥さんではないですか。


「こんな身勝手な話もあったもんじゃないよ。あたしらはあんたたちに責められても文句が言えない立場だよ」

「私にそんな気は無いですよ。それにこれは国同士のこと、ですから・・・・・」


 そう言ってクァバルさんが眉尻を下げると、ポックリンさんも村長婦人も申し訳なさそうに口だけ笑うんだけど・・・・・俺は完全蚊帳の外だ。


 「商人さんはえらいねぇ」と、今度は女子会をしていたお姉さんが混ざってきた。これにより俺はテーブルを含め四方八方から囲まれ、頭を飛び越す会話が始まってしまった。


「まったく、いつ終わるのか、あんなくだらない理由で」

「本当よね。そりゃあ噂には聞いていたから欲しがってしまう気持ちも分からなくは無いけど」

「でも自分勝手すぎるわよ、あんなの」

「公国としても至宝。呑み込めない条件だったみたいです」


 女子会陣がマシンガンの如く捲し立て、クァバルさんが溜息交じりに小さく首を振る。


「あんたは見た事あんのかい?」

「去年一度だけ拝見いたしまして、それはそれは美しく呼吸すらも忘れてしまう程でした」

「ほぉ、噂通りの美しさなんだの」

「いえ、私は遠くから朧げな姿だけでしたから、きっと間近で拝見すれば噂以上なのはは間違いと思いますよ」

「いやはや機会があれば見てみたいもんじゃ」

「あんたみたいな爺さんでは見た瞬間死んでしまうかもしれないね」


 冗談とは思えない一言を口にしながら豪快に笑う村長婦人につられ、何時しかその場にいる人みんな笑っていた。



 俺だけを除いて。



 だから何の話だよ。俺を囲んで俺の知らない話で盛り上がるのはやめてくれ。畜生、輪の中心は何も無いんだと言うのをこんな所で実証されるとは。


 人々の中心に居るのに居ないものとして扱われた俺は、肩身狭く冷めてきたスープを黙々と食べるしかなかった。

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